9 休日は2人で
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9 休日は2人で
部屋の東側を襖の和紙から透けて届く太陽の光を浴びて、眠っていた意識がゆっくりと覚醒していく。今日の仕事は休みのはずなのに、もう習慣となってしまった時間にしっかりと目が覚める。
自分の腕の中でいまだすやすやと眠る愛おしい存在を抱きしめ、彼女の愛らしい寝顔を眺めると、自然と表情が和らぐ。彼女の真っ白でさらさらとした頬に手を添えると、擽ったそうに身をよじる。その可愛らしい仕草に胸の奥がグッと刺激され、彼女の閉じられた瞼にそっとキスを落とす。
俺が顔を離すと同時に、その瞼がゆっくりと開かれ、ガラス玉のように透き通った瞳が俺の顔を捉えた。
「おはよう、ユキ」
起きたばかりで眠たそうにする彼女はぱちぱちと何度か目を瞬かせてから、ふにゃっと笑って小さくおはようと声を発する。そのあまりの愛おしさに、もう一度、自身の腕の中にその存在を閉じ込めた。
スっと襖を開けて部屋の中に新鮮な空気を入れる。
外には、まさに秋晴れとういうような青い空と澄んだ空気が広がっている。襖の先にあるそこそこ大きな庭園には彼女が育てている秋の花、山茶花や菊の花、リンドウなどが綺麗に咲いていて、その上にはたくさんの紅葉が覆うようにして彩られている。
スズムシやマツムシもその中で心地良さそうに音楽を奏でているみたいだ。
「今年も綺麗に咲いてるな」
「ふふ、そうでしょ。特に、菊の花は今までで1番綺麗に咲いたと思うの」
着物に着替えながら楽しそうに庭の話をするユキが、普段この庭で花を育てている様子を想像して、穏やかな気持ちになる。
太陽の光に照らされて、暖かくなった縁側に腰をかけ、深呼吸をする。同時に彼女も、お茶と和菓子を持ってきて俺の横に腰掛ける。今日は薄紫色の生地に、目の前に咲いているものと同じ、りんどうの花の模様があしらわれた着物を身につけていて、よく似合っている。
入れたばかりの温かいお茶を口に含み、お盆に乗った上生菓子を1つ取り小皿に乗せる。黒文字で切り分ける前に、手を止め彼女が作ったこの生菓子をよく観察する。
橙色に染まった白餡の中に、細かく金魚の模様が彫られている。改めて見ると、どうやってこれを作ってるのか、と疑問が浮かぶ。
ちょっと器用すぎねぇか。
旅館で売られるだけあってとても精巧に作られたそれを見てると黒文字を入れるのに躊躇してしまう。なんとなく彼女の方を見れば、ぱくりと1つの生菓子を食べきって、満足そうに微笑んでいた。
「焦凍くん?あれ、美味しくなかった?」
「いや、それは絶対にねえ」
まだ食ってねえが、ユキが作ったものが美味しくないわけがないのですぐに否定する。
「なあ、これって作るのにどれくらいかかるんだ?」
「えっと、作るもののこまかさにもよるけど、速くて5分とか、長くて30分くらいかな」
「それでこんな細かいもの作れるのか。すげえな」
もう一度生菓子を見る。黒文字を中央に入れ、半分になったそれを口に含む。甘いな。普段から甘いものを食べることはあまりないが、餡が好きな彼女は、旅館に送るもの以外にもよく自分で作っているので、俺もこの生菓子を口にすることはよくある。彼女が好きだからこの生菓子は俺も好きだ。
「ユキ、次はいつこれ作るんだ?」
「どうして?いつでも作れるけれど…」
「いや、いつもどうやって作ってるのか気になっちまって。それに、ユキがこれを作ってるとこが見てぇ」
「私が、作ってるところを?」
「ああ」
「それなら、お昼を食べたら、一緒に作ろっか」
にこりと笑顔を浮かべる彼女に、俺も一緒に作るのか…。と思ったが、一緒に作ることを楽しみだと言う彼女を見たら、何も言えなくなってしまった。
* * *
私は今、これまで見たことのないほど戸惑いの表情を浮かべる焦凍くんを目の前に、悶えている。ダメだ、かわいい。
「ユキ、わりぃまた餡子が潰れちまった」
「ふふ、焦凍くんそんなに握らなくてもいいのに」
上手く加減が出来ねえと言ってクチャッと右手で白餡を握り潰す焦凍くん。もう、どうしてそうなるの。
模様を作る方が難しいので、私が作った桜の形と葉っぱの形をした生菓子をくっ付けてもらおうかと思ったら、付けるのに指を押し付け過ぎて不格好になってしまったらしい。しゅんとした顔をこちらに向けて不格好になった生菓子を私の作業している横にちょこんと置く。助けを求めるような顔が可愛くて、つい笑い声をこぼすと、彼はムスッとした顔になった。
「俺は…こういうこと向いてねえのかもしれねぇ」
「そうね、だって焦凍くん不器用なんだもの」
「ユキは器用だな」
焦凍くんは物凄く真剣な顔で、もう俺は細かい作業をするべきじゃないとかどうとか言い始める。
彼が不器用なのは知っていたけれど、頑張って作る姿があまりにも様になってたから、まあ一緒に作れて良かったと思う。貴重な彼の表情が見れて私は満足だ。彼自身は作品に全然納得いってないようだけど、そのままお皿に乗せて冷蔵庫へしまった。
「おい、俺のやつ直さなくていいのか」
「どうして?私は焦凍くんが作ったのを食べたいの」
「……そうか」
* * *
ユキに、俺が作ったものを食べたいと言われた。すげえ嬉しいのに、自分が想像以上に不器用なのを自覚して落ち込む。ユキの作業する様子を見ながら作っていたのに、いったい何が違ったんだろうか。
いや、ユキの、あの繊細な動きはどうしたって無理だろ。先程の彼女の手元の動きを振り返る。白餡を丸めて、三角棒で速く丁寧に模様を作る。そして、ユキの白くて細い指が…。あれ、途中から彼女の手の記憶しか出てこない。
台所に散らかった道具を手際良く片付けるユキの白くて小さな手を見つけて掴まえる。
「ん?焦凍くん…?」
「ユキの手、なんかさらさらふわふわしてて良いな」
「ふわふわ?焦凍くんの手は大きくてかっこいいよ」
突然手を掴まれて、こてんと首を傾げる彼女。俺の言葉に頭の中ではてなマークを浮かべたようだが、すぐに掴まれてない方の手で俺の手を包み込んでにっこりと花が咲いたように笑う。うん、やっぱりかわいいな。
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