8 新たな出会い
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8 新たな出会い
「そろそろ、秋冬に咲く花に変えるべきかな」
1部、茶色くなってしまったリンドウの花を摘みながら考える。ウィンターコスモスが良いかな、山茶花も良いかも。日が落ちる前に、ガーデニングショップに行こうと思い立ち外に出る支度をする。
玄関を出ると、夏も終わりだというのに相変わらずもやもやとした 湿った空気が流れていた。
結局、先程考えていた2つの花と、お店で目に付いた菊の花の種を買うことにした。夏の終わりを告げるコオロギの鳴き声を聞きながら、新たなガーデニング計画を想像し気分良く歩いていると、突然、トントンと肩をたたかれると同時に知らない男性の声がした。
どうしたのかと振り返ると、私の後ろには、知らない男の人がニコニコと笑顔を浮かべて立っている。
「あの、どうかされましたか?」
「いやね、お姉さんがとても素敵だと思いまして」
私の質問に対し、さらに笑みを深くして男が答える。
不気味だ。突然話始めるその男の、なんの脈絡のない会話がなんだか怖くて、嫌な感じがする。
なんの用があったのだろうか、帰っても良いだろうかと踵を返そうとしたとき、肩をがっと掴まれた。びっくりして男を見上げると、男の、真っ赤な瞳がこちらを射抜くように見つめている。そう思った途端、パチッと音が聞こえたような気がして、突然足に力が入らなくなった。
あれ、何が起こってるのかわからない。ただ、段々と身体から力が抜けていき、完全に地べたに座り込む状態となってしまうと、男は大丈夫ですか、と私の肩に手を置いたまま、空いた手を差し伸べてきた。
なんで、身体が動かないのか、心の中でパニックになる。この不気味な見知らぬ男の人に触れられるのも、訳が分からなくて徐々に恐怖が頭の中を支配していく。
「あれまあ、そこまで力が抜けてしまうとは思わなかったよ」
不気味な男の声が脳に響くように聞こえた。先程まで聞こえていた外の音から完全に切り離されたようにその男の声しか聞こえなくなる。頭が上手く働かない。
男が私の腕を掴み、無理やり立ち上がらせる。
自分の思うように身体が動かないので、男の操るまま、身体が動く。やばい、どこかに連れていかれるかもしれない。声を出そうにも、恐怖でなかなか喉が開いてくれない。引き摺られるようにして男の後を着いていくことしか出来なくて、恐怖で涙が出そうになる。
しかし再び男が喋り出そうとした瞬間、視界に何かが飛び込んできたと認識する前に、バッと男の手が離れた。
何が起こったのか…そんなことを考える間もなく、宙を一回転して投げ飛ばされた男を眺めた。そして突然支えがなくなった私は足元がふらつき倒れそうになったところを、ふわりと何者かによって抱きとめられた。そして頭上から聞こえる「もう大丈夫ですよ」という優しい声に安心して、ほっと胸を撫で下ろした。
男の手が離れたからだろうか、上手く回らなかった頭がようやく冷静さを取り戻してきたように感じる。
「ヤオモモ、あれ、ヤバいやつじゃない?」
ある休暇の日、たまたま街で会った耳郎さんに声をかけたところ、同じく休暇をゆっくりと過ごしていたようで、2人で食事でもという流れになった。耳郎さんおすすめのお店で食事を済ませ、私たちは、昼下がりの人気の少ない静かな通りを雑談しながら歩いていた。
そんな折、少し焦ったような耳郎さんの言葉に振り返り、指を指す方を確認すると、不気味な気配を漂わせた男とその男に連れられるようにして歩く着物を身につけた女性が見えた。よく見ると、綺麗な女性の顔には恐怖が滲んでいるのがわかる。
それに、あの男の不気味な雰囲気は…数年で培ってきたヒーローの勘が告げる。あれは敵だ。
すぐに耳郎さんに目配せをして、2人の背後を取る。
男の意識が女性に向かった瞬間、耳郎さんが男を投げ飛ばし、私は足元がふらつき倒れそうになる女性を受け止める。もう大丈夫ですよ。と安心させるように声をかけると、女性の怯えていた表情が少し和らいだ。
どうやら上手く身体に力が入らないようで、近くの公園まで連れて行き、しばらく休ませる。恐らく、あの男の個性なのだろう。
数分後、男を警察まで届けた耳郎さんが戻ってきたころ、女性の顔色も良くなったのを確認して安堵する。大事にならなくて良かった。
どうやら、あの男は"対象と目を合わせること"と"相手に触れること"を条件に相手の身体の自由を奪うという個性を持っていたらしい。もし、あの場で耳郎さんが見つけていなかったことを想像するとゾッとする。
ベンチで休む女性の様子を見ると、恐怖はもう無さそうで、先程のぐったりとした様子もなくなっている。
「あの、助けて下さりありがとうございます。」
助けた女性のちいさな声が響いた。ぺこりと頭を下げる女性に私たちは微笑んで、再度女性の身体に問題がないかを確認する。
今のところ個性の影響はもうなくなっているようだが、油断は禁物だ。念の為、家まで送りますと言えば、少し申し訳なさそうにお願いします。と女性は丁寧にお辞儀をした。
女性の後ろを耳郎さんと一緒に歩く。
改めて女性を見ると、現代においては珍しい着物を着ていて、所々見せる所作も丁寧でとても趣のある人のようだと感じる。八百万自身、身分の良い家の出身であるが、それでも目を引く上品さだ。
先程話をした感じからして、とても控えめな女性であるという印象もある。このような純粋な人は、ああいった輩に狙われ易い。会ったばかりだというのに、この女性が心配になってくる。
「お2人とも本当にありがとうございます。あの、お時間があれば少しお礼をしたいのですけれど、どうでしょうか」
15分ほど歩いて、立派な日本屋敷に辿り着いた。
それよりも気になるのは、表札の「轟」という文字。
私も耳郎さんもまさか、と一瞬固まる。いや、轟さんという方が他にいてもおかしくはない。だけど、もしかしたら、あの轟さんのお家だったとしたら…。
「ヤオモモ、轟の奥さんの名前ってユキさんって言ったっけ」
「ええ、轟さんが奥様の話をされるときは、いつもその名前を呟いていますわ」
静かに会話にする私たちに彼女は首を傾げる。
慌てて、それではお邪魔いたします、と言って中に上がった。居間に通されてその場に座る。
半分ほど開いた障子の向こう側にはこれまた立派な庭園があって魅入ってしまう。しばらくして、もう1人の"轟さん"は、たった今入れたであろうお茶と、とても綺麗な和菓子を出してくれた。
「うわあ、凄い綺麗な和菓子ですね」
「本当ですわ、こんなに綺麗なものは わたくしも初めて見ます」
そう言うと、"轟さん"は少し照れたように微笑んだ。
良かったらこれを持ち帰ってください。と今度は丁寧に包装してあるものを持ってきた。あれ、この包はどこかで見たような…。包みに書いてある旅館の名前を見てはたと気づく。この前、テレビで轟さんが紹介していたお土産だ。先日彼に会った時、その話題を出したら轟さんは、すごく優しい顔をして、奥様が作っているものだと教えてくれた。ということは…。
「あの、轟ユキさんでしょうか。不躾に申し訳ありません。気になってしまって」
どうしてわかったのか、と目を見開く彼女を見て、肯定と受け取る。耳郎さんも察したようで目を輝かせた。
「わたくし、八百万 百と申しまして、わたくしたちは轟さんとは高校の同級生でした。轟さんから貴方の話を少し聞いたことが会ったので」
「まあ、それじゃあやっぱりお2人もヒーローなんですか?」
「ええ、わたくしは万物ヒーロー、クリエティと申します。」
「わ、うちはイヤヒーロー、イヤホンジャック…」
何故かテンションが上がった八百万が興奮気味にヒーローとしての自己紹介をしたので、耳郎もつられて挨拶をした。そんな2人に対して、パアっと表情を綻ばせたユキもつられて自己紹介をしする。
「すごい、だからあんなに強かったんですね。私、お2人がいなかったら今頃どうなるかと思って。本当にありがとうございます」
「ヒーローとして当然のことをしただけです。本当に何もなくて良かったですわ」
こう何度もお礼の言葉を述べて褒めてくれると、なんだか少し照れ臭いと感じながらも、しばらく話をして打ち解けてきたところで、お礼の和菓子を受け取って、轟家を後にする。
夕焼けが差し掛かる外を眺めながら、ふと八百万が呟く。
「今日のこと轟さんに伝えた方がよろしいのでしょうか」
「そうした方が良いかも。あいつの個性のことも轟に伝えておくべきだと思う」
「でしたら、わたくしが連絡しておきます!」
* * *
事務所で書類を整理しているとき、机の右上に置いてあるスマホが通知を知らせる。ちらっと目を向けると八百万の文字。珍しい人物からの連絡に、何かあったのかとスマホを手に取る。通知を開いて送られてきた文字を見て驚いた俺はおもいきり膝をぶつけながら席を立った。
ガタッと大きな音がしてサイドキックが一斉にこちらを振り向いたので、1度咳払いをして、落ち着いて席に座る。
とりあえず、今は大丈夫そうか。ユキを助けてくれた八百万と耳郎にお礼のメッセージを送り、俺は早く帰れるように書類を裁くスピードを速めた。
「ふう、なんか今日は一段と疲れたような…」
夕食も作り終え、明日の料理の下準備も終えて、一息つく。今日は色んなことが起きた怒涛の1日だった。
彼が帰って来るまであとどれ位だろうか、といつものように考えていると、ガチャッと勢いよく家の扉の鍵の音が聞こえた。想像以上に早い彼の帰還に慌てて玄関へ足を運ぶ。
「おかえりなさ、」
「ユキっ、ただいま」
おかえりなさいと言う前に、帰ってきた彼の腕に包まれる。そんなに急いでどうしたのだろうか。
「ユキ、本当に身体に異常ないのか」
とても心配するような瞳で私の顔を覗き込む彼の様子に、八百万さんが今日のことを伝えてくれたのだと察した。
「もうなんともないから大丈夫」
「本当か?個性をかけられたって聞いたが」
「うん、そうみたい。だけど私にはよく分からなくて、」
少し怖かっただけ。と彼の目を見て言うと、また強く抱きしめられる。そっと彼の背に手を回して服をぎゅっと掴むと、私を抱きしめる腕にさらに力が入った。
彼の体温が心地よい。
彼に抱きしめられるとひどく安心する。その安心感からか気づかないうちに張っていた気が解けたように身体の力が抜けていく。
ああ、やっぱり少しじゃなくて、かなり怖かったのかも。安心感で出そうになる涙を堪えながら、彼の胸に顔を押し付けると、彼の大きな手が私の頭を優しく撫でてくれた。
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