7 紅白色の飴細工
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7 紅白色の飴細工
ドーーーン!!!という心臓まで響くような破裂音とともに顔を空へ向ける。
よく晴れた夜空には、視界を覆い隠すほどの巨大な菊の花が咲いていた。
* * *
「ユキちゃん、この間の試作品なんだけどね、物凄い評判だったんだよ。もうこのまま店に出しても良いと思うんだけどね」
「まあ、それは嬉しいですね。ではまた作り次第こちらにお送りしますね」
人の良い笑顔で私自身の作った和菓子を褒めてくれるのは、この旅館の女将さん。私が昔からずっとお世話になったきた人だ。結婚してから仕事は辞めてしまったけれど、こうして時々顔を出したり、女将さんのご好意で私の作る和菓子を売ってくれたりしている。
今日は、家から徒歩30分ほどの距離にあるこの旅館に訪れていた。
「いつもありがとうね。そういえば、今夜の花火大会はあの旦那さんと行くのかい」
旅館の壁に貼ってある"花火大会"のチラシを指さして女将さんが私に尋ねる。
花火大会、そういえばスーパーの壁にもにもそんな広告があったような。実をいうと、花火大会には興味があるのだが、このような催し物があるときほどヒーローは忙しくなるのを私は知っている。人がたくさん集まり、浮かれているところを狙う敵も多いからだ。それに人混みでの騒ぎは鎮火するのにより多くの時間と人員が必要になる。今夜はきっと彼も忙しいだろうということは私でも予想できた。
「そうですね、とても楽しみです」
「そうかい、そりゃ良かった。楽しんで来るんだよ」
女将さんは私にとって母のような存在である。彼女も私のことを娘のように可愛がってくれている。だから、笑顔でそう答えた。花火大会に、彼と一緒にはきっと行けないだろうとは言えなかった。
「ユキちゃん、今日もありがとうね」
「いえ、こちらこそお邪魔しました」
相変わらず、安心するような女将さんの笑顔を見ると、つられて私も笑顔になる。
またね、と手を振る女将さんに小さく手を振り返し、お辞儀をしてから旅館を出る。外に出た途端、ミーンミーンと鳴くセミの声が煩いほど聞こえて、同時にぶわっと夏の暑さに身を包まれる。西から差す眩しい光を遮るようにパサッと和傘を開いて、足を1歩踏み出す。街ゆく人々が皆、浴衣を身にまとっていているのを見ると、もうお祭りは始まっているのだろう。
少しだけ、私も寄って行こうかな。この時間ならまだそこまでの混雑になってないだろうし、もしかしたら、仕事中の焦凍くんを見られるかも、なんて考えている自分に苦笑した。もう、仕事の邪魔したらいけないじゃない。
だけど、お祭りには少し興味がある。
飴細工があったら、それだけ買って帰ろうかな。
「うわー俺も彼女と祭り行きてー!」
「チャージズマさんこの間振られたって言ってましたもんね」
「おい!そういうこと言うなって、悲しくなるだろ」
大規模な祭りの警備に駆り出された俺たちは今、祭り会場周辺の安全確保のために見回りをしている。
自身の持ち場に移動すると、級友の上鳴が物凄い形相で街ゆく人たちを眺めていた。ヒーローの顔じゃねえな。
まだ屋台もちらほらと出てきたばかりで、祭りに来る人も疎らだ。恐らくもう1時間ほどしたら直ぐに大量の人で溢れるのだろう。
「そういやショートは奥さんと2人で行かねーのな」
隣で上鳴が不貞腐れたような顔をして呟いた。
いや、こういう日こそ人手が必要なんだから休むわけには行かねぇだろ。それに、ユキから花火大会の話も出なかったし、俺自身も花火大会について特に気にしてなかった。
「まあ、確かに仕事を休むわけには行かねぇけどさ、俺なんて今日祭り誘われて、仕事だから無理だって言ったらさ、急に癇癪起こされてよ。そして振られたんだよ!」
うわぁーんと泣き真似をして慰めてくれ!とくっついてくる上鳴を無理やり引き剥がす。
日が真上から傾き始めて、徐々に人が増えていく辺りを見回す。様々な集団がいて、その中には男女2組で歩く者たちも少なくない。
それを見て自分も…と、無意識に彼女と2人で歩く姿を想像していると、先程の上鳴の言葉が頭の中で蘇ってきた。
「あ?どうした?急に暗い顔して。そんなに俺がウザかったのか。流石にごめんて」
「いや、わりぃ」
「ん?なんだ?」
もしかしてユキも一緒に行きたいと思ってたのだろうか。
彼女がどう思っているかはわからないが、少なくとも俺は今、彼女と2人で祭りの中を歩くのを想像した。
「まあ、今日は敵が出なきゃ良いけどな」
「…そうだな」
そうは言っても、敵は出るだろう。警備強化があっとて、この人混みの中は犯行をするのに適している環境と言わざるをえない。怪しいものがいないか、注意深く周りを観察する。
すると、真っ赤な、見慣れれた和傘が視界に入った。
この暑い中、日傘をさすものは多いが、ああいった和傘をさす人はあまりいない。だから気づいた。ユキが祭りに来ていると。あの様子からして1人で来たのだろう。和傘の下にある彼女の表情が見えなくて、心の中に言いようのない不安が募る。やっぱり、祭りのことは知ってたのか。
恐らく、ユキが花火大会のことを口に出さなかったのは、俺がこの日忙しいと分かっているからだと理解した。ほんとうに、どうして俺は…。さっき上鳴に言った自分の言葉を思い出して、後悔する。
花火大会なんてまるで意識せず、彼女の気持ちにも気づけなかった自分が情けなすぎる。今すぐ彼女の元へ走って行きたいが、仕事中のため叶わず、遠くから彼女の様子を観察する。
人が増えてきたが、1人で大丈夫だろうか。転んだりしないだろうな。もし彼女が敵に遭遇したらどうしよう。
ぴたり、と飴細工と書かれた屋台の前で彼女の足が止まる。
しばらく店主と会話をして、くるりとこちらを向く、和傘の下からちらりと見えた彼女の顔は、その手に持つ赤と白の鶴の飴細工を見て嬉しそうに笑っていた。
赤と白の飴細工。たくさんの色がある中、どうしてその色を選んだのか、聞かなくてもわかった。
その紅白の鶴を見て、彼女が本当に嬉しそうに、愛おしそうに笑うから、ぎゅううっと心臓が握り潰されるような感覚になって一瞬呼吸が止まった。叫びたくなるほどの愛おしさを噛み締めて、一度大きく深呼吸をする。
とりあえず、彼女の笑顔を見て、先程からチラつく上鳴の言葉から想像した"嫌われる"という心配は杞憂だったと、少し心が軽くなった。それと同時に新たな懸念が生まれる。
ユキは、花火大会が始まる時間、つまり夜もずっとここにいるつもりなのか。電話で聞こうと思ったが、ピタッと手が止まる。
電話して、なんて言うんだよ。彼女の気持ちを知らなかったくせして、わざわざ帰れとも言いにくい。とりあえず、気をつけろとだけでも伝えるべきか。
" もしもし、どうしたの? "
仕事中の俺から電話が来ると思わなかったのだろう。疑問が生まれるのは当然だ。
" いや、祭りに一緒に行ってやれなくて悪い "
" え!?よく私がお祭りに来てるって分かったね "
" さっきパトロール中に少し見かけたんだ "
" ああなるほど!ふふ、さっきね飴細工のお店で鶴の形をしたものを買ったの。焦凍くんの髪と同じ色のものなんだけどね、なんだかもったいないなくて食べられない "
ああ知ってる、という言葉を呑み込んで、そうだったのかと相槌をうつ。すると突然、あ!と声あげて、ごめんなさい。忙しいのにたくさん喋ってしまって、何か伝えることがあって電話したんでしょ?と話を戻す彼女。
その言葉に、何て言ったらいいか迷った挙句、夜は気をつけてくれと。それだけしか、彼女に伝えることができなかった。
" あ、それなら心配しないで。私はもう家に帰るから。花火は家から見るから大丈夫だよ "
だって、私がいたら焦凍くんお仕事に集中出来ないかもしれないじゃない。お仕事の邪魔はしたくないの。と彼女は言葉を続けた。
電話をしたのはこっちなのに、また気を遣わせてしまった。彼女は俺のことをよく分かっている。今の彼女の言葉はまさに俺の懸念を見事に見抜いたものだった。
だけど、それと同時に俺は彼女に何もしてあげられていないことを自覚させらたような気がして、プツリと切れた通話画面に目線を落とした。
* * *
「ひったくりよ!誰か」という声が聞こえたと同時に走り出して、すぐに犯人を捕まえる。本当に、なんでこういう奴らは悪さをするのだろうか。
空が暗くなって、屋台の灯りと人々が持つ提灯の橙色が辺りを照らす。大量の人で溢れかえる中で、小さな罪を犯そうとする敵が徐々に現れ始めた。もっと気を引きしめねぇとな。
捕まえた敵共を警察に引き渡す。
その時、耳を聾する炸裂音が頭上に響いた。反射的に音の方へ目を向けると、夜空には大きな花火が打ち上がっている。
穏やかな夏風が頬を撫で、次々と上がっていく鮮やかな花火に目を奪われる。
先程見たユキの笑顔を想い浮かべ、なんとなく花火に手を伸ばす。きっとユキも、縁側に座ってこの空を見上げているのだろう。
今度は、その隣には俺も座って、2人きりで…。
視界を埋め尽くす鮮やかな花たちは、大きく、綺麗に咲いた。そして、すぐに消えてしまう。
縁側に座ると、夏風とともに季節の変わりを告げるような澄んだ空気の匂いを感じて、なんとも形容し難い切なさが私の胸を押さえつける。まだ食べることができない飴細工を握り締めて夜空を見上げ、次々と打ち上がる花火に目を奪われる。
焦凍くんも、今この空を見ているのだろうか。
いや、きっと、今もたくさんの人を助けて忙しく働いているのだろう。
すごく綺麗な花火だ。
いつか、こんな花火を2人で見れたらいいな。
紅白の鶴を輝かしい空に掲げて、ユキはそっと心の中で願った。
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