5 体調不良
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
5 体調不良
「ーーコホッ、コホッ」
息を吸った途端、肺から何かが込み上げてくるような感覚に襲われて、咄嗟に胸を抑えた。
発作が起こる前に戸棚に入っている薬を手に取り、台所へ行く。少しの息苦しさを感じながら、コップに注いだ水とともに薬を飲み込む。こほっとまた咳をこぼして、ゆっくりと深呼吸する。
落ち着いて、こういうときは焦らないで深呼吸をするの。小さい頃、看護師さんに言われた言葉を反芻する。頭ではわかっているけれど、無意識に握りしめていた拳に力が入る。
薬を飲んで咳は収まったのだけれど、なかなか呼吸が整わないことに冷や汗が出てくる。
ちらりと縁側の方を見ると畳み途中の服が目に入った。そういえばまだ途中だったな。とにかく、徐々に荒くなる呼吸をどうにかしないと。立っているのが少し辛くなってその場で膝をついた。
しばらく床に座ったまま、ゆっくりと深呼吸を心がける。徐々に治まっていく呼吸に安堵しながら、頭がいつもより重いことに気がついた。経験上、このあとは熱が出るだろう。
とりあえず途中で放っておいた洗濯物を全て畳み終えてから、スマホを手に取った。体調が優れないため今日は夕食を作れそうにないと彼にメッセージを送る。
ご飯を作れなくて申し訳ない気持ちはあるけれど、これから体調が悪化する方が問題だ。とにかく、1度畳んでしまった布団をひき直してそのまま横になる。
とりあえず休もう。もしかしたら寝たら良くなるかもしれないし。
ズキズキと先程よりも痛む頭を無視して目を閉じた。
なんだか身体が熱い。体温が上がったのだろうか。布団に潜っているからかもしれない。いや多分、夏の暑さのせいだ。
*
「ショートさん、お疲れ様です。先程の敵は警察に引渡しましたのでもう問題ありません」
人通りが多い道中で、なりふり構わず暴れる敵が起こした事件はこれで解決した。額に流れる汗を拭って、大きく深呼吸をする。
「本日は猛暑日となるでしょう」というニュースキャスターの声を思い出す。気温の高さに加えて、じめじめする湿気のせいで左の熱を使うと汗が止まらない。
午前中のパトロールを終え、1度事務所に戻ってお昼休憩に入る。楽しみにしていた彼女の作ってくれたお弁当を手に取る。弁当を包む風呂敷を開けると、箸が入っていないことに気がついた。珍しいミスだな。
サイドキックの誰かによって事務所に大量ストックしてある割り箸を貰ってお弁当に手をつける。ほうれん草のおひたしにかぼちゃの肉巻き、白米の上にはこんがり焼いてある鮭が乗っていて、飾り付けに彼女の育ててるトマトやナスが入っている。相変わらず栄養バランスの良いお弁当だ。
空になったお弁当箱を片付けて、残りの休憩時間を確認するためにスマホを見る。約1時間前に彼女からの通知があったという知らせを見て慌ててトーク画面を開いた。
"具合が悪くて、今日の夕食は作れそうにないです。"
彼女からのメッセージを見て、ドクッと心臓が嫌な音をたてた。どうしてもっと早く気づかなかったのかと、数分前まで呑気に弁当を食べてた自分に腹を立てる。そういえば、今朝は特に問題はなさそうだったように思うのだが、気づかなかったのか。突然具合が悪くなったのか。
一応休憩時間はあと30分ほどある。急げば少しは様子を見に行ける。1度家に帰ろうと最低限の荷物だけ持って、事務所から出ようとしたとき、お昼当番で事務室で待機してしていたサイドキックが声をあげた。
「ショートさんどこ行くんですか!先程、ショートさんに電話がありましたよ」
その言葉に、心の中で舌打ちをして事務所の中に戻る。そのまま電話があった事務所に呼び出されて、すぐそっちの方へ向かわなくてはいけなくなった。
とりあえず、彼女の体調を確認する一言と、帰りに何か買っておく必要があるかというメッセージを送って車に乗り込んだ。
目的の場所に到着して、車を出る前にスマホを見る。
いつもすぐに帰ってくる彼女からの返信はまだきていない。
呼び出された理由は単純なことだ。人質を使って立てこもりを引き起こした敵と戦うため。
人質がいることから、雑に突っ込むわけにはいかない。抜かりなく作戦を立てるにはある程度の戦力が必要というわけだ。
数時間後、敵はあっさり確保された。人質の救出や警備配置ではなく直接敵に向かう役割となったのは幸運だった。人質救出と同時にできる限りのスピードで敵を捕まえる。捕まえた瞬間、思いっきり凍結させようかと思ったが、私怨を丸出しにするわけにもいかず、ぎりぎりのところで留まった。
事件が解決し事務所に戻ってすぐスマホを確認するが、彼女からの返事はやはり無い。スケジュールを管理しているサイドキックに明日の休暇を伝え、今日の報告を済ませて急いで帰宅する。無理やりねじ込んだ休暇にサイドキックが何やら言ってるようだが、とにかく今日は帰らせてくれ。理由を伝えている暇は無い。
咳止めの薬はいつも戸棚に入っている、解熱剤はあと残りはどれくらいだ。痛み止めや風邪薬は家にあっただろうか。最近彼女の調子が良かったせいで記憶が曖昧だ。とりあえず、いつも医師が処方する薬以外のものと適当な夕食、彼女が食べられそうなものを買って帰ろう。
自宅に戻り、廊下を早足で進む。少しだけ水の入ったコップが、台所にそのまま置いてあるのを横目に彼女が寝ているであろう部屋へ急いだ。
そっと寝室に入り、寝ている彼女を見つける。
この暑い中布団に潜っていたのか、掛け布団を捲って様子を見る。少し呼吸が荒いな。額に手を当てると思いのほか熱を持っていて、体温が高いことが分かる。
枕元に咳止め薬と解熱剤が置いてあるので、恐らくそれを飲んで寝ていたのだろう。とりあえず汗が酷いので、替えの寝間着と身体を拭くためのタオルを持ってくる。
彼女の背中を支えてゆっくりと抱き起こすと、彼女は苦しそうに小さく呻って薄く目を開けた。
「悪い、辛いよな。だが汗拭いて着替えねえと熱が上がっちまうから、少しだけ我慢して俺に寄りかかっててくれ」
できるだけ優しく、安心させるように声をかける。
一通り身体を拭き終わり、寝間着もあたらしいものへと替え、苦しそうに肩で息をするユキを布団に寝かせる。
「しょうとくん…、のどが、」
「水か、すぐに持ってくる」
コップに水を汲み、急いで戻る。自分で無理やり起き上がろうとするユキの肩に慌てて自身の手を添えた。
コップを両手で持ちふた口ほど飲んでから、けほっと小さく咳をする。
「ユキ、他にして欲しいことはあるか」
小さな声で"右手が"…と言ってユキは熱を持った手で俺の右手に触れた。彼女の意思を察して右手を彼女の額に持っていき、ほんのり冷気を出すと苦痛に歪む顔色が少しだけ良くなったような気がした。
そのまま彼女の両目を覆うようにして撫でれば、ユキは安心したように目を閉じた。
先程より幾分か顔色が良くなった彼女を布団に寝かせる。ユキの頬を撫でて、目元にそっとキスをしてから自身も着替えようと部屋を後にした。
*
肺から何かが込み上げてくるような、前よりもずっと酷い不快感に目が覚めた。
「ゴホッ、ゔ…ケホッ」
あまりの気持ち悪さに思わず起き上がろうとするが、身体が重くて思うように動かない。微妙に身体を動かしたおかげで、額に置いあった手が滑り落ちて、彼が隣に眠っていることを認識する。
上手く呼吸が出来なくて、無理やり息を吸おうとすると、ヒュッと嫌な音が鳴った。両手にに力が入るのがわかる。
まずい、どんどん苦しくなっていく呼吸に生理的な涙が出てきてしまう。
「はぁっ、ゴホッ…ゴホッ、」
咳をする音が聞こえて目が覚めた。隣で寝ていたはずの彼女が胸を抑えるようにして呼吸を乱していた。
すぐに起き上がって彼女の背中を摩る。
握っている彼女の右手に力が入っていることに気づいて焦りを感じる。完全に過呼吸の症状だ。
とりあえず彼女の身体を起こして自身に近づける。
抱きしめるようにして空いている右手で背中をリズム良く叩きながら声をかける。
「ユキ、落ち着いて、俺の呼吸に合わせろ」
「ゴホッ…はあっはあ…ケホッ、コホッ」
ユキの右手には力が入ったまま変わらない。完全に身体が強ばっている状態だ。彼女の喉からひゅーひゅーという音が聞こえる。涙を流しながら大きく肩を揺らし、頑張って呼吸をする彼女の背中を一定のリズムでトントントンと叩き、自分も彼女が合わせられるようにゆっくり呼吸をする。俺には、これしか出来ない。
しばらくして、ようやく呼吸が整ってきたようで、ずっと強ばっていた身体の力が抜けて今度はぐったりとした様子で俺に身体を預ける彼女の頭を撫でる。
「っはぁ、はぁ」
「ユキ、頑張ったな。水を取ってくるから少し待ってられるか?」
小さく頷くのを確認して、彼女の身体を布団に倒す。少しだけ背中を上げて、その間に枕を幾つか挟んで膝の裏には自分が使っていた掛け布団を丸めて入れる。
「ユキ、少し水分をとろう。あと咳止めの薬もまた飲んでおいた方がいい。」
待て、熱はどうだ、と額に手を当てて彼女の体温を確認する。
「全然下がってねえ…」
落ち着いたといえど、肩で息をしながら、ぼんやりと遠くを見つめているユキ。
解熱剤の箱を見ると、1日1錠という文字が見えた。
昨日何時に飲んだのか分からないが、今は外を見る感じ明け方だろう。熱は全く下がっていないが、いったん解熱剤は置いて、咳止め薬を出して彼女に飲ませる。
熱は全く下がっていないが、とりあえず落ち着いている彼女の様子に安堵する。疲れて再び眠りに落ちる彼女を見守り、冷たくした自身の右手を額に添える。やっぱり今日は仕事に行けねえな。
この様子だとあと数日は拗らすだろうと予測する。
ただ、彼女は流石に明日には仕事に行けと言うだろう。
緊急任務が入る可能性もある。そうすると彼女の様子を常に把握することが出来ないのだが…。
やはりスマホに繋がる脈拍センサーでもつけておくべきか。
1/1ページ