3 異なる夜空
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
3 異なる夜空
私の1日は彼が起きる時間と同じタイミングで始まる。正確には、彼が目を覚ましたあと、私を抱きしめたりキスをしたりと、たくさん動くので目が覚めてしまうのだが。それは置いておいて、私の朝は、御手洗、洗顔を済ませたら、まず、彼が仕事の準備をしている間に朝食と、彼のお弁当をつくるところから始まる。
朝食を済ませた彼を見送ったら、家の掃除。家の中は水仕事が多いので、常にハンドクリームを塗っているのだが、それを見た彼がお手伝いさんを雇おうかと言ってくれたことがあった。けれど、私が家の中にあまり他の人を入れたくないと言ったら、少し驚いた顔をしながらも自分も同じだと言ってくれた。
掃除を終えたら洗濯をして、適当にお昼を食べてから買い物に行く。その後は夕飯をつくる時間までお庭を手入れしたり、旅館に送る和菓子を作ったりする。そして大好きな彼を待ちながら、夕食と明日の朝食の準備をする。
「明日は宿直だから、帰って来れねぇ」
「わかった」
「悪い、電話できたらかけてもいいか?」
「ダメなわけないよ。焦凍くんが大丈夫なら私はいつでも大丈夫。」
「ユキ……行ってきます」
「行ってらっしゃい焦凍くん。今日も気をつけて」
今朝のやり取りを思い出す。抱きしめた身体を離すと、彼は寂しそうな顔をする。そんな顔をしたら、私まで、さらに寂しくなってしまうじゃないか。
今朝の空には今にも雨が降りそうな薄暗い空が広がっていた。
そうか、今日は彼が帰って来られないのか。フライパンの中を混ぜる箸の動きが止まる。つい勢いで2人分作ってしまった。別に、 余計に作ったら冷蔵庫にでも入れておけば良いのだけれど。
はあ、とため息をついて夕食を作り終える。
そういえば、今日は夜、雨が降るんだったか。急いで洗濯物を取り込まないと。
ポツポツ、と雨音が聞こえる。いつも静かな外だけど、今夜は騒がしくなりそうだ。中途半端に残された夕食にもう一度手をつける。
「冷めてる…」
それはそうだ。だってご飯を食べる手がなかなか進まないから。久しぶりの1人で過ごす夜は、自分が思っていたよりも、幾らか虚しさを感じさせる。
いつの間にか屋根に落ちる雨音が大きくなっているのを感じながら、膝を抱える。雨の、湿った匂いが嫌な、憂鬱な気持ちを増長させる。
電話、できるのかな。彼はできたら電話すると言っていたけど、何時になるかな。もしかしたらずっと忙しくて出来ないかもしれない。もうすぐ日付が変わるから、もう疲れて寝ちゃってるかもしれない。私がもう寝ていると思って、電話をするに躊躇しているのかもしれない。
とりあえず、いつ連絡が来ても大丈夫なようにスマートフォンのマナーモードを解除して音量も最大にして、布団へ潜る。足先も指先も冷たくて寒い。
「…しょうとくん」
無意識に呟いた愛しい人の名前は、騒々しい雨音に掻き消されてしまう。
*
ザーザーと地面に叩きつけるように降り注ぐ雨に顔を顰める。
「ひでぇ雨だな」
「そうっすね、変な事件が起きなければ良いですが」
予定では、23時には会議が終わりホテルに戻れる。
そうしたら、夕食の前に彼女に電話しよう。この雨の中、1人で過ごしている彼女が心配だ。
今夜も寒くなる。今日も冷える手足を擦りながらお風呂に入っているのだろうか。寝るときに彼女を温めてやることが出来ない。
朝、抱きしめた彼女の温もりが離れていく感覚を思い出す。今夜は彼女に会えない。
そう考える度に心が締め付けられるような感覚になる。
会議が終わると同時に外に出てスマホを見る。思ったより長引いたようで、スマホの画面には23:56という数字が映し出されていた。まだ、起きているだろうか。もし寝ていたら起こしてしまうのは忍びない。
だけど、彼女の声が聞きたいし、彼女の様子を知りたい。とりあえず、いきなり電話をするのではなく" 起きてるか "とメッセージを送った。
待ってましたと言わんばかりの速さで返信が帰ってきてほっとした。直ぐに通話ボタンを押すと、ずっと聞きたかった愛しい人の声が聞こえてきた。
" 遅くなっちまって悪い "
" いいの、焦凍くんの声が聞けただけで嬉しいから "
" 俺も、"ユキ"の声が聞きたかった "
" ふふ、同じだね "
" ユキ、明日なるべく早く帰れるようにするから "
" うん、だけど無理はしないで。私はいつまでも待ってられるか ら "
" ああ、ユキも、何かあったら直ぐに連絡しろよ "
" わかってるよ "
心配し過ぎだと、控えめに笑う彼女の声を聞くと、今日の疲れなんか忘れたように穏やかな心地になる。
声を聞く感じからして、体調にも問題はなさそうだ。
" 焦凍くん、明日もお仕事なんだからゆっくり休んで 、おやすみなさい "
" ああ、おやすみ "
通話終了を示す画面を見て、名残惜しさを感じる。
途端に、外の雨の音がうるさいくらいに聞こえてくる。コンビニで適当に夕食を買って早く寝よう。
「あ!轟くん、久しぶりだね。まだ起きてたんだ」
「緑谷か。久しぶりだな」
もう誰も居ないと思っていたロビーに戻ると、久しぶりに聞く友達の声が聞こえた。そういえば、明日のチームアップのヒーローのところに"デク"の名前もあったなと思い出す。
「轟くんって高校の時から用事が済むと直ぐに寝てるイメージがあったから驚いたよ」
「そうだったか?」
買ってきたおにぎりを開けながら緑谷の話に耳を傾ける。
「え、もしかして今から夜ご飯?」
「ああ、さっきまで電話してたから」
「電話って、あ、もしかして奥さん?」
「ああ」
「そうだったんだ。そっか今日は宿直だもんね。」
「そうだな、緑谷、お前も明日朝早いだろ。早く休んだ方がいいんじゃねえか?」
「そ、そうだね。轟くんもちゃんと休まないとダメだよ」
「ああ」
何故か、慌ててロビーからエレベーターへ向かう緑谷を横目で追いながら、最後の一口を食べ終える。やっぱり、ユキのつくる飯が食いてえ。
右手に残ったゴミを捨ててロビーを後にする。
適当に風呂を済ませ、ベッドへ潜ると、いつも自分の腕の中にいるはずの彼女の存在がないことを気付かされる。もう、早く眠ってしまおう。
おやすみ、ユキ。
1/1ページ