Extra1 憧憬
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時間軸は第11話の旅館での事件後、ユキが入院中のとき。ユキの診察医となった新人看護師さんのはなし。
窓から射し込む陽の光に充てられた彼女は、今日も物憂げな瞳で外を眺めている。
艶のある綺麗な髪の毛は、さらさらと彼女の肩下辺りまで伸びていて、窓から風が吹く度にふわふわと揺れている。
「轟さん、診察の時間ですよ」
私がそう言うと、彼女はゆっくりとこちらに顔を向ける。そうしてなんとも言い難い、寂しそうな、泣きそうなような表情で、困ったように目を伏せて小さく頷いた。
「今日も特に問題なさそうですね」と私が言うと、彼女はほっと息をつき強張っていた表情が少しだけ安心したように緩んだ。そして、今度は目尻を少し下げてやわらかい表情でまた窓の外を眺める。
彼女の瞳は海のように深い青色をしていて綺麗だと思った。細かくさらさらとした髪も、真っ白な肌も、淡い桃色の小ぶりな唇も、病室のベッドから外を眺めるその姿も、全てが美しく、儚く思える。
こんなに、泣きたくなるくらい美しい人がいるのかと、本気でそんなことを思った。まるで、1枚の絵画を見ているような感覚だ。
彼女の目線の先にいるのは一体なんなのだろうか。
私の名前はミツキ、先月から晴れて看護師として働くことができるようになった。
私の初めての仕事は、ちょうどそのタイミングで入院することになった 轟ユキさん という患者さんの診察をすることだった。最初は先輩と一緒にその人の診察を行った。そのときから、彼女の姿は私の目に酷く鮮明に写っていた。
初めて見た彼女は痛々しく頭に包帯を巻いていて、腕にも脚にも怪我を負っていた。それなのに、悲しそうに目を伏せて、寂しげな雰囲気を漂わせる彼女が本当に綺麗に見えたんだ。
* * *
彼女の遠くを見る目の奥には、いったい何があるのか、最初に診察を行ったときは分からなかった。
その日の夜、今度は1人で診察のために病室に向かったとき、彼女しかいなかった静かな部屋にはもう1人誰か居るようで、私は思わず扉の前で足を止めた。
ドアの外からだと小さな声しか聞こえなかったが、くすくすと彼女の上品な笑い声が聞こえた気がした。
一体誰が中にいるのだろう、あの、儚げな彼女が楽しそうに笑う姿を私も見てみたい。
ドアをノックして名前を呼ぶと、どうぞ、と男性の低い声が聞こえた。いったいどんな人が彼女と楽しそうに話しているのだろうと、そんなことを考えながらドアを開けたとき、部屋の中の人物を見て私は目を見開いた。
ヒーローショート。先程の声の主は彼だったのか。目立つ紅白の髪に青と灰のオッドアイ、言わずもがな整った容姿に大きな背丈、まさかこんなところで見ることができるなんて。
ただの診察に来ただけだが、彼女に何か不調があるのかと勘違いしたのだろう、彼は私が部屋に入ってくると優しく彼女の頬を撫でながら心配そうな顔を向けた。
診察に来ただけだと伝えると、彼もまたほっと息をつき、彼女に向けてとても優しい顔をして微笑んだ。それに返事をするように、彼女もまた、ふわりと微笑む。
あ、まただ、またこの感覚だ…。
まるで、時が止まったかのように、鮮明にその景色が私の目に飛び込んでくる。
この泣きたくなるような、叫びたくなるような、胸が締め付けられる光景。
とっても綺麗で、、なんだか 少し羨ましい…。
診察を終えて、点滴を取り替えていると、まだ寝るには早い時間だが、薬の副作用のおかげか彼女はうとうととし始めた。
「ユキ…」
ショートの心地よい低い声が優しく彼女の名前を呼んだ。ショートが彼女の頭を撫でて、そのまま目元を覆うように撫でれば彼女は安心したように目を閉じる。
そうして目元を撫でる手を止めて、次は眠った彼女の手を握り、ショートは心配そうに彼女を眺めている。
「あの、ユキの体調とか怪我とか順調に回復してるんでしょうか」
「…は、はい、徐々に回復しているのは間違いないです」
突然話しかけられて驚いた。けれど素直に彼女のことを述べれば、彼は良かったと小さく声を漏らす。彼女の手を強く握り直して、近くにあったサイドチェアに座り込んだ。そして心底愛おしいというような瞳を彼女に向けるのだ。
ほんとうに、彼女のことが大切で、大好きなんだと感じた。それと同時に、昼間、彼女が物憂げに窓の外を眺めていたのを思い出した。
ああそっか…、いつも彼女の瞳の奥に映っていた光景はきっと、この優し気に微笑むヒーローショートの姿だったのだ。ずっと窓の外を眺めているというより、あれは、ただひたすらに彼のことを思っていたのだろう。
ああ、ものすごく素敵な人達だ。こんなにもお互いを想いあっていて、こんなにも美しい。なんだか少し羨ましいなあ…と、私はその呟きをため息でかき消して、病室を後にした。
廊下に出て、閉まった扉を眺めてぼんやりとさっきの光景を思い出す。
「ほら、なにボケっとしてるの?まだ仕事は終わってないわよ」
「あ、先輩…すみません」
廊下に突っ立ていた私を咎めるのは、昼間に一緒に診察を行った先輩だ。「ユキちゃん、また体調崩しちゃったのね」と先輩は彼女のことを心配だと言って頬に手を当てた。
「彼女と親しいんですか?」
「ええ、ユキちゃんが子どもの頃は私がよく診てたのよ」
彼女は生まれつき、身体が弱かったらしい。小さな頃両親を亡くして、祖父に引き取られた彼女は忙しい祖父とあまり関わることなく1人で過ごしていた。先輩がまだ新人看護師だったとき、そんな小さな彼女の診察を行ったり、話し相手になっていたという。
そんなの、寂し過ぎる…。まるで、どこかの悲劇のヒロインのようだ。だから、あんな儚げで危うく見えるのだろうか。
悲しい過去を持っていて、あんなにも綺麗な容姿をしていて、最終的に理想的な王子様を見つけて結婚して、たくさん愛されて、ほんとうにヒロインみたいで…
やっぱり少し羨ましい。っていやいや、私は何を考えてるんだ。
今の私の目に映る何か、羨望か憧憬か、もしくは他の……。
なんだか不思議な気持ちのまま、仕事が終わった。気分転換にいつもと違う道を通って家に帰ると、なにやら甘い香りが1つの店から漂ってきた。
あ、お花屋さんだ…。
ふわりと香る甘い匂いはこの花々のものらしい。特に花に興味がある訳では無いが、綺麗な花が並ぶ店内になんとなく足を踏み入れていた。
「あ、これ彼女に似合いそう」
「いらっしゃいませ、誰かにプレゼントですか?」
「あ、いえ…」
無意識に言葉がこぼれ、それが聞こえたのか、店員に話しかけられた。別に花を買おうとしてたわけではなく、咄嗟のことで、俯いて微妙な反応をしてしまった。その様子を見た店員はごゆっくりどうぞ、と一言残し店の奥へ入って行った。
その背中を見つめて、小さくため息をこぼす。
私なにやってんだろう…。早く帰ろうと顔をあげたとき、店の奥に私の目を引く黄色い花を見つけた。
その花のそばにある名札を見る。「マリーゴールド」の文字を読み上げて、なんとく私はその花を1輪手に取った。
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