23 今度こそ2人で花火を
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「ユキ、今度の土曜日に祭りがあるみたいなんだ」
「うん?」
「一緒に行かねぇか」
「い、行きたい!」
鈴虫の鳴き声を聞きながら2人並んで縁側に腰掛けてまったりと過ごしていた日の夜、焦凍くんがおもむろに口を開いた。まさか、彼からそんなことを言ってもらえるとは思わなかった。
素直に嬉しくて、行きたいとそう伝えると、月明かりに照らされた焦凍くんが柔らかく微笑んだ。やっぱりかっこいいな、なんて思いながら彼の顔を見つめる。焦凍くんがあまりにも素敵に笑うから、なんだか嬉しくて、恥ずかして、自分の身体を寄せて彼の腕の中へ飛び込んだ。
そんなに嬉しかったのかと笑いながら焦凍くんは優しく受け止めてくれる。そんなの嬉しいに決まってる。私の肩を寄せる焦凍くんの腕が、私の頭を撫でる焦凍くんの手がとても優しくて、嬉しくて、幸せで、なんだか泣きそうだ。
あれ、私ってこんなに涙脆かったっけ。
「お仕事は大丈夫なの?」
「ああ、祭りがある場所は俺の事務所の管轄外だから問題ねぇ、むしろユキの方が心配だ」
「私?」
「少し遠出になるからな、ユキの体調が心配だ」
そこで気づいた。もしかして、私が少しでも体調が悪い感じだったら2人でお祭りに行けないかもしれない。そんな…それなら頑張って体調崩さないようにしないと。
よしっと心の中で拳を握りガッツポーズをすると、その気合いが焦凍くんに伝わったのか、彼は私の頭にぽんと手を乗せ目を細めて小さく笑う。
「だから、無理は出来ねぇな」
「ふふ、そうだね」
俺の言葉に、穏やかに目尻を下げて頷くユキが可愛い。可愛いのだが、彼女にはあまり俺の意図が伝わっていないようだ。
例の誘拐事件から大分時間が経ったとはいえ、俺的には前と同じように毎日家事をこなそうとしてるユキが心配でらならない。それなのに何故だかそれが彼女に伝わらない。前と比べたら家事が全然できてないとユキはいつも申し訳なさそうに言うが、俺からしたら本当にそうなのか疑わざるを得ないくらいにはしっかりこなしているように見える。いや、確かに夜ご飯を作っておかえりと出迎えてくれのは嬉しいし、毎日家の掃除をしてくれるのは感謝しかないのだが、ただでさえ、身体が弱っているのだ。
俺の腕の中に納まる彼女が目を離すといつか俺の前から消えてしまわないか、時々そんなことを思って怖くなる。しかしそんな俺とは裏腹に、幸せだと呟いて俺の腕の中で楽しそうに笑う愛しい彼女が、酷く愛らしく思えて、衝動のままにぎゅっと抱きしめる。
「それで、明日浴衣でも買いに行こうかと思って」
「2人でお買い物?」
そうだなと頷くと、「それも行きたい!」と嬉しそうに、幸せそうにふにゃりと表情を崩すユキ。こうしてユキが喜んでくれるだけで俺も幸せな気持ちになる。いつも我慢させてばかりで悪いな。そう呟きながら興奮気味の彼女を落ち着かせようと背中を撫でると、ふわふわと笑いながら甘えてくるのだ。ああ、ユキが可愛すぎてどうにかなりそうだ。
祭り当日、朝から張り切って2人で選んだ撫子柄の浴衣に着替えたユキは、今か今かとその時を待ちながらそわそわとしている。昼にもなっていないのに、まだ屋台すら始まってないんじゃないか。
「今日は花火まで見るんだろ」
「うん!」
「夕方からずっと外に出てるんだから今は大人しく休んでろよ」
「だ、だって…」
早く目的地に着いてしまっても手持ち無沙汰になるだけなので、もう少し家の中でゆっくりしてようと提案する。すると首をがっくりと倒して、子どものようにしょんぼりとした顔になるユキ。もちろん可愛いのだが、随分とお祭りにご執心なようで、俺の注意などまるで耳に入らない様子の彼女が少し気に入らない。
「ユキ、こっちにおいで」
「なあに?」
畳の上で胡坐をかいた自身の脚の上に彼女を誘導する。目の前でちょこんと座る彼女を足の間に挟んで小さな体を覆うようにして思いっきり抱きしめた。
「そんなに祭りが良いのか?」
「ふふ、焦凍くんとお祭りに行けるのが嬉しいの」
「…そうか」
* * *
「いいか、絶対手を話すんじゃねぇぞ。それと、具合いが悪くなったりしたらすぐに俺に言ってくれ」
「わかってるよ」
「ならいいが…まずはどの屋台に行くか」
祭りが賑わい始めてたくさんの人が溢れている。その中で、ずらりと並ぶ色とりどりの屋台を見渡して何を食べようか目を輝かせるユキが人ごみに呑み込まれないよう、なるべく人の少ない場所を探し道を開けながらゆっくり歩く。ユキが腕を絡めてるから、はぐれる心配は今のところなさそうだが、人にぶつからないかが気がかりだ。
「ねぇ、あの お人形焼き可愛い」
「食べるか?」
「うん、たべたい」
6つ入りの人形焼きを買って紙袋をユキに渡すと、そっと袋の中を覗いてから1つお気に入りのものを取り出した。それを顔の前に掲げて、彼女はふわりと嬉しそうに笑う。そして躊躇なく口へ入れた。次に取り出したものは某キャラクターの形をとった焼き菓子。真剣な顔でそれを眺めるユキはいったい何を考えているのだろう。
ひとまず、道中での立ち止まりは危ないので彼女の肩をそっと自身の方へ寄せて、道端に誘導する。
「あれ、待ってあのイケメンは!轟!」
「えーうそ!轟がお祭りに!?」
ユキと2人で買ったばかりの人形焼きを食べていると、聞き馴染みにのある旧友の声が聞こえた。相変わらずテンション高ぇなと思いながら振り返るとそこには案の定、芦戸と葉隠がブンブンと手を振りながらこちらに向かって来るのが見えた。
「ほとんに轟じゃん!轟もお祭りとか興味あったんだ」
「…まあな」
「めっちゃ以外なんだけど!
……って、だ、誰!?その美女は!?」
近づいてくる2人に軽く会釈をする。ズンっと身体を乗り出して興奮気味に話をする葉隠に適当に相槌を打っていると、隣にいた芦戸がユキを見て驚きの声をあげた。
後ろで俺の浴衣を掴むユキが驚いて小さく跳ねたのがわかった。俺の右脇からちょこんとと顔を出すユキと、それをキラキラとした目で見つめる芦戸。
すぐに、察したであろう状況に芦戸と葉隠はさらに目を輝かせ、キャーー!と高い声をあげてはしゃぎ出した。
「焦凍くんの知り合い?」
「ああ、高校の時の友達だ、今は同僚だが」
「やっぱり!あの、轟ユキです」
「えーー可愛い!あたし芦戸三奈!まさかこんなところで轟の奥さんに会えるとは思わなかったよ!」
「それ!私、葉隠透っていうの、よろしくね」
ユキが自己紹介をした事で続けて2人も自己紹介をする。勢いの良い2人に押され気味のユキが心配になったが、そんな俺の心配を余所に3人は直ぐに打ち解けたようだ。
しばらく会話をして満足したのか、バイバイと手を振り去って行く2人を見送った。すると浴衣の裾がクイクイと引っ張られる感覚に、ユキの方を向くと、彼女は少し遠くの方を指さしてみせた。
「焦凍くん焦凍くん、次は金魚掬いしてみよう」
金魚掬い1回やってみたかったの、と呟きながら楽しそうにするユキに頷いて、再び屋台の並ぶ道の中へ入った。
自分たちの前に並んでいた人の手元をじっと見つめて、金魚掬いのやり方を真剣に学んだユキは、屋台の人から柄杓を貰うとよしっと気合いを入れて水槽の前にしゃがんだ。
彼女の浴衣の袖が汚れないように持ち上げて、彼女の後ろに立って、初の金魚掬いの行く末を見守る。
「ほら見て、3匹もとれたの」
「ああ、良かったな」
両手で金魚が泳ぐ小さな袋を大事そうに包むユキに、上手かったなと言って頭を撫でると、ふふっと嬉しそうに子どものように頬を綻ばせる。
次はどこに行こうかと、先程よりも少し興奮気味に足を動かすユキが、こほっと小さく咳をした。すぐにゆっくり呼吸するよう促して、ユキの背中に手を回し軽く擦ってやると苦しそうにまた何回か咳をして、ユキはごめんと呟いた。
「苦しいか?」
「けほっ、ちょ、っとだけ」
すぐに肩と膝裏に手を回して人気の少ない場所へ移動した。 近くにあるベンチに座らせて落ち着かせると、ユキの白い手が膝の上できゅっと拳をつくった。
少し不服そうに頬を膨らませるユキの頭を俺の肩に寄りかからせる。
「屋台を回るのは、もう少し休んだらな」
「うん…」
* * *
「焼きそばとたこ焼き?」
「ああ、祭りでは定番らしい」
「じゃあ、それにしよっか」
大分休憩をしてユキの咳も落ち着いたので、そろそろ夕食のために何か買おうか話しているとき、ふいに上鳴や切島が祭りについて話していた時のことを思い出した。祭りですべきことなんだと質問したら2人とも得意げに答えてくれたな。
焼きそばとたこ焼き…だいぶ偏った夕食だが、まあたまには良いだろう。それぞれ1つずつ買って、そろそろ花火を見る位置を見つけようかと少し屋台から離れようかと辺りが静かな通りへと移動する。先程よりも暗く、人通りが少ない。煙たかった空気が夏の湿った空気に変わった。
ちょうどいい丘を見つけて2人で腰掛ける。買ったものを近くに広げて、食べながら花火が始まるまで待機だ。
「疲れてないか」
「大丈夫」
芝の上に座って、ふう と一息つくユキが俺の言葉に大丈夫と頷く。一瞬だけ、彼女の綺麗な目が閉じられて色素の薄いまつ毛が彼女の青色の瞳を隠した。再び開かれた瞳が俺の姿を映すと、彼女は幸せそうに微笑んだ。
衝動的に彼女の後頭部に右手を持っていき、抱き寄せてから瞼にキスを落とす。流れるように目を閉じた彼女の頬に左手を添えてそのまま唇にもキスをする。
少し長めにキスをして、唇を離すとはっと驚いたように目を丸くさせ、大きく息を吸い込むユキ。そして、俺の名前を呟きながら、彼女は頬を紅くさせて恥ずかしそうに笑う。
「ユキ、愛してる」
「私も…」
愛してる、と唇を動かす彼女がその言葉を言い終わる前に、再び自身の唇を押し付けた。彼女を両腕で抱え込んで、今、この瞬間の愛しさを逃さないように、強く抱きしめる。
ヒュ〜~という音が聞こえて、すぐに大きな爆発音が夜空に轟いた。夏の夜空には、一瞬にして黄金の菊の大輪が広がっていく。
「わあ、きれい…。
あのね、私、ずっと焦凍くんとこの景色を見たいと思ってたの」
だから、今とても幸せだよ。と彼女は花火にも負けないくらい綺麗な笑顔でこちらを向いた。その表情に、胸の奥の方がぐっと掴まれたような気がして、とても苦しくて愛おしい。
「俺も、今すげぇ幸せだ。愛してる、ユキ」
「私も愛してるよ、焦凍くん」
Fin.
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