22 私のはなし
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私には、両親についての記憶があまりない。小さな頃、まだ千代ちゃんに出会う前の記憶といったら、大きな屋敷の中の、大きな松の廊下をただ一人でさ迷っていた記憶と、なんにもない真っ白な病室にただ静かに座っていたような記憶があるくらいだろうか。
両親は私が4歳くらいのときに不慮の事故で亡くなった。そしてあまり関わりのなかった祖父の元に預けられる形で、父の実家の大きな屋敷に住むことになった。
祖父はお医者様だったからいつも忙しそうで、私が声をかけても良いものか、その時の私はあと少しの勇気が出なくて、ただお爺様の背中を見つめることしかできなかった。
6歳になって小学校に通えるようになった。私は身体が強くないから、外に出ることも少なかったし、保育園や幼稚園にも通えなかったから、小学校がとても楽しみだった。けれど、その小学校も私が弱いせいで休みがちになってしまった。
そんなとき、ちょうど小学校3年生に上がった時期に、同じクラスになった千代ちゃんに出会った。彼女は私がどれだけ学校を休んでも、私が登校する度に元気よく挨拶をしてくれた。そのうち私の入院している病院にまで顔を出すようになって、私が学校に行けないときでも、たくさん話をしてくれた。
高校生のとき、千代ちゃんの家族が私の誕生日にサプライズをしてくれたことがあった。そんなこと今までされたことがなくて、どう反応したら良いか分からなかったけど、とても嬉しくて涙が止まらなかったのを覚えてる。
小学生から高校生の間の記憶はほとんど千代ちゃんとの思い出ばかりだ。高校を無事に卒業をすると、今度は就職先を見つけるのに苦労した。あまり勉強もできなかった私は祖父のような医者になることはもちろんできない。せっかく書類審査を通過して面接まで進んでも、私の身体が弱いことを知ると怪訝な表情をされるばかりで、相手にすらしてくれないことだってあった。そんな時に出会ったのが女将さんだ。その人は亡くなった両親が運営していた旅館を継いでいた。祖父と両親の間柄についてはあまり知らないけれど、私が祖父に引き取られてからは旅館に顔を出すことなんてなかった。私の記憶にも両親が旅館を運営しているという事実だけが残っているだけで、そんなこと忘れかけていた。しかし、女将さんは私のことを知っているようだった。私がまだ言葉も発することのできない赤ん坊の時に会ったことがあるらしい。この時に女将さんと再会できた私は運が良かったのかもしれない。
これが、焦凍くんと出会う前の私のはなし。
* * *
「お爺様、今までありがとうございました。お爺様はお忙しい人だったのであまりお話をする機会がなかったですが、小さな頃から本当にお世話になりました」
「ユキ。お前にはたくさん寂しい思いをさせてしまったな。本当にすまなかった」
「そんなことないわ。私はお爺様にとても感謝しているんですよ。それに、今わたしとても幸せなの。だから安心して下さい」
「はは、相変わらず優しい孫娘だ。最後にユキの笑顔が見れてわしは幸せ者だな。今までありがとう」
「はい、こちらこそありがとうございました」
約一年前、ユキが義祖父を看取ったところを俺は横で眺めていた。義祖父の手を握りながら静かに涙を流すユキになんと声をかけたら良いか分からなくて、ただ呆然としていた記憶だけが残っている。
両親を幼い頃に亡くしているユキにとって、唯一残っていた血縁者の祖父が亡くなるということは、どういうことを意味していたのか。その時、ユキがどんなことを思っていたか、俺には到底想像がつくことではないが、何故か俺自身も泣きたくなるくらい胸が苦しくなった。
そして、改めてユキの過去についてあまり知らない自分に気がついて、もどかしくて歯がゆい気持ちになったのをよく覚えている。
* * *
「なあ、ユキって小さい頃どんな感じだったんだ?」
「は?なんであんたにそんなこと話さないといけないの」
「…ユキからあまり話してくれねぇから」
ユキの幼馴染である佐山千代から小さな頃の話を聞こうとすると上手く誤魔化されてしまうことが多い。俺自身、小さい頃の話はあまりいい記憶がなくて、話をするにも良いものじゃない。だから過去の話をするときにユキの話ばかりを深堀りするのに躊躇してしまう。
「だから、佐山に聞くしかねぇんだ」
「はぁ、まあでも、あんたには知っといてもらいたいこともたくさんあるし、今回はユキのためにね」
「助かる」
* * *
久しぶりに焦凍くんの実家に顔を出すことになって、緊張しながらも早くみんなに会いたいという気持ちをが流行って早速轟家に足を踏み入れた。
その瞬間、パンッと弾けるような音がした。びっくりして思わず目を瞑った。
横にいた焦凍くんが焦ったように大丈夫だと肩を抱き寄せてくれてそのまま目を開けると、目の前には夏雄さんと冬美さんが笑顔で立っており、いつの間にか、私は頭から大量のキラキラしたカラフルなテープを被っていた。
「「ユキちゃんお誕生日おめでとう!」」
「ユキ、誕生日おめでとう」
夏雄さんと冬美さんの声が重なり、それに続いて焦凍くんの声が聞こえる。突然のことに驚いて立ち尽くしていると、玄関から少し離れた奥のドアからお義母様が顔を出した。それに続いてお義父様も。そうして私の方を見て、とても優しい笑顔でおめでとう、と言うのだ。
そういえば、今日は私のお誕生日だったか。こんなに賑やかに祝われることなど久しくなかったから、なんだか胸の奥がぐっと刺激されたような気がして、思わず涙が溢れそうになる。
「ありがとう、ございます」
涙を堪えようとしたからか、絞るような小さな声しか出なかったが、皆が優しい顔をして私を囲んでくれる。
「ユキちゃん、ケーキも用意したのよ。みんなで食べましょう」
「今日は俺も一緒に作ってみたんだよ。ユキちゃんの感想聞きたいな」
「ユキ、中に入ろう」
そうして焦凍くんに手を引かれながら家に上がり、豪華に飾り付けられた部屋へ入った。
* * *
私たちが用意した飾り付けやケーキを見た途端、くしゃりと顔を歪めてまた涙を流すユキちゃんを見て、なんだか嬉しいような切ないような気持ちになる。
今日のサプライズを提案したのは焦凍なのに、あまりにもユキちゃんが涙を流すから、焦凍は何かダメだっただろうかと複雑そうな表情をしている。何とかユキちゃんを落ち着かせようと必死だ。そんな焦凍を夏くんが呆れたような苦笑いを浮かべた顔で見守っている。
そしてその少し遠くからお母さんもお父さんも焦凍とユキちゃんの様子を微笑ましく眺めている。
燈矢にぃがいなくなって、お父さんが家から出ていって、もう見ることが出来ないと思っていた家族の光景を目の当たりにして、私まで涙が出そうになる。
焦凍が高校生になった時から私たち家族は徐々に変化をみせてきたけど、ユキちゃんが来てから更に変わったと思う。最初こそ焦凍の婚約者を私たち家族の問題に巻き込まないようにと考えていた。だけど、ユキちゃんはいつの間にか私たち家族の中で大きな存在となっていて、お父さんとも仲良くなっていた。
そうしてユキちゃんが私たちの家族に加わってから家族の溝が驚くほど埋まっていったのは紛れもない事実だった。
何故かは分からないけどユキちゃんにはそういう雰囲気があったのだ。とっても穏やかで誰に対しても優しい。人の話を聞くのが上手でものすごく気遣いのできる人。
そんなユキちゃんの存在のお陰で私たちは少しずつだけどまた良い方へ進むことができたと私は思ってる。
だから、今度は私たちがユキちゃんをもっと幸せにしてあげたいと思った。焦凍から突然サプライズがしたいと連絡がきたときは驚いたけど、私も夏くんも直ぐに賛成した。お父さんもお母さんも参加してくれることになって、絶対ユキちゃんを喜ばせてあげるのだと意気込んだ。
頬に涙の跡をつけたユキちゃんは、とっても綺麗な笑顔で私たちの作ったケーキを頬張っていて、焦凍はそれを幸せそうに見つめている。
自分が作ったケーキはどうだと興味津々でユキちゃんに問いかける夏くん。その光景を優しく見守る母と、少し硬い表情で、ユキちゃんに祝福の言葉を述べる父。
食べ終えたお皿を流しに運びながら、そんなみんなの様子を見て、今回のサプライズは大成功だと、幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。
「冬美さんも一緒に食べましょう。ケーキ、とっても美味しいですよ」
「うん、そうしよっか。 ユキちゃん、ありがとう。」
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