21 ショートと千代ちゃん
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「あ、」
ショッピングモールの地下食堂、向かい側に座った男を見て思わず声が漏れた。その男は私の姿を見て「お」と一言発するだけで、すぐに目を逸らし自分が持ってきた食事を淡々と食べ始める。
「ねえ、最近ユキは元気?」
「ああ、元気だ」
「そう、それなら良いけど」
これはたまたま知り合いに合って話しかけただけ、という訳ではない。実際のところは、お互い静かに睨み合いバチッと火花を散らしそうな勢いなのだが。ヒーローショートは相変わらず仏頂面である。
ユキはきっと私たちの関係性を知らないだろう。いや、この言い方だとなんか変な誤解を生みそうだな。ユキはきっと私とショートのことを仲の良い友人というふうに思っているだろう。実は会う度こうして火花を散らす仲だとは微塵たりとも思っていないはずだ。
私たちが初めて顔を合わせたのはあの日、あの旅館襲撃事件の日。その日はお互いユキのことで頭がいっぱいで他の事など覚えていなかったのだが。後日、ユキの眠る病室で再開した。
「あの、ユキのお見舞いに、」
「ああ、えっと…」
「佐山千代と言います。ユキの幼なじみです」
「そうだったのか、轟焦凍、ユキの」
「知ってます、ショートさん、ユキを助けてくれてありがとうございます。これユキの好きな果物買ってきたんで」
「…ああ、ありがとうな」
今思えば、あのときの私はかなり冷たい態度を取っていたと思う。私は腹が立っていたのだ。あの時、ユキを助けたあと、救急車まで運んで、直ぐに仕事へと戻って行った彼に。
なんで、ユキの隣に居てやらないのかと、ユキがあんなに苦しそうにしているのに。私がショートの代わりに救急車まで行こうすると、あなたも要救助者です、不用意に動かないで下さいと言われて他のヒーローに止められた。
彼の職業はヒーローだ。人を助けることが仕事で、彼の行動に何もおかしな部分はなかった。彼がどんな気持ちでいるのか、そんなのは知らないけど、とにかく悔しかった、腹が立った。ユキが、死んじゃうかもしれないのに。どうして、お前がユキの隣に居てやらないのか。ただただ、悔しかったのだ。
だから、彼と再開したときに喧嘩腰になってしまった。ユキの幼なじみ、と強調して言った。ユキの夫だと言おうとする彼の言葉を遮った。ユキの好きな果物だと言って梨を渡すと、少し驚いた顔をされた。きっと知らなかったのだろう。病室を見渡すと色んな花が飾ってあった。その中に、目当ての花は見当たらない。
後日、ユキの好きな花だと言ってネモフィラを差し出すとショートは、少し驚いたあと、微妙な顔をしてそれを受け取った。
「ユキのこと本当に大切に思ってますか」
そう口にする私に、椅子に腰掛け、複雑そうな顔をしていたショートは怒った様子で立ち上がった。
「大切に思ってるに決まってるだろ」
「じゃあ、他にユキの好きな花、知ってますか。ユキの好きな食べ物、どれくらい知ってますか。」
そうして口篭るショートにまた腹が立った。彼がユキのことを大好きなのは嫌というほど知っている。もちろん、ユキが彼のことを大好きなのも。ユキと話をしていて、彼の話が出る度に、お互いがお互いを大切に思っていることは感じていた。ユキがとても幸せそうにしてるから、それで良いと思っていた。
だって、ユキと1番仲の良い友達は私だし、ユキのことを1番良く知っているのも私だと自負しているから。
ただ、この男のことはやっぱり気に入らない。クールな印象とは違って思いのほか感情が表に出やすいこの男は、ユキのことを、なんにも知らないじゃないか。
こうして私は、彼に会って早々マウントを取ることになったのである。ユキのことが大切なのは、お前だけじゃない、お前がユキのことをちゃんと幸せに出来ないのなら、私はお前を許すことが出来ない。そう態度に出していたのが伝わったのか、彼も私に対して敵対心を剥き出しにしてきた。
ユキの眠る病室で、どちらがよりユキのことを知っているか言い争って、その後再開する度にバチバチと火花を散らすことに繋がった。ユキにはショートと仲良くなったとだけ伝えているけど。恐らく彼の方も私たちの仲が宜しくないことは伝えていないのだろう。
* * *
「この間、クスミティーの茶葉を渡しに行ったんです。ユキ、ものすごく喜んでくれて、めっちゃ可愛かったんですよ」
「そうだな、この前、俺が帰ったら嬉しそうに淹れてくれたぞ」
「私がユキにあげたんですよ、あれは」
「ユキが俺に淹れてくれたんだ」
そう言って仕事だからと食堂を出ていくショートの背中を睨みながらため息をついた。あいつ、マジでムカつく。
前に会ったときなんか、ユキは杏仁豆腐が好きだとか、りんどうの花が好きだとか、唐突に得意気に話し始めた。いや、前に私が質問したんだから、私が知らないわけないだろ。そしてこいつがマジの天然だと気づくのに時間はかからなかった。それが余計に腹立つのだ。
ヒーローショート、ヒーローチャートではいつも上位にいて、強くて大人気のヒーローが聞いて呆れる。こうして彼と話す度に思う、ありえないくらい不器用で天然で、ただユキ大好きのポンコツ野郎。
次ユキに怪我をさせたり、ユキのことを不安にさせたら今度こそ許さないから。
水分が欲しいと目の前のペットボトルに手を伸ばした。持ち上げたそれは随分と軽くて、もうほとんど中身が残ってない。はあ、ともう一度ため息をつき、持ち上げたそれを握り潰してゴミ箱へ捨てた。
「次は何を持って行こうかな、出来れば、あいつには思いつかないようなもので」
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