19 お花見
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お花見…そう、桜の花が辺り一面を覆い尽くし、まさにお花見シーズンにピッタリのこの場所。しかし、何故かあまり公共的には知られていないひっそりとした穴場。僕は今年もこの場所に1人で訪れていた。決してぼっちだというわけではない。ただ、ひとりが好きで、この場所を他の人に知られたくないだけだ。
とはいっても、別に僕だけが知ってる穴場という訳では無い・ほら、ちらほらと人が現れ始めた。けれどここに訪れる人はいつも静かに風情を楽しんでいるような感じで、人が大量に集まるお花見スポットのように騒がしくなることはない。だから僕はこの場所が好きだ。今年もどうかこの穏やかな場所がこのまま変わりませんように、と願いながら頭上を覆う桜を眺める。
突如、春風にしては強めの風が吹いて散りばめられた桜の花弁が視界を覆った。咄嗟に目を瞑り風が収まるのを待つ。そしてゆっくり目を開けると今度は、桜色の1枚の布が僕の視界を覆った。驚いて数歩後ろにさがり、布を顔から遠ざけるようにして持つ。手触りがよく上質そうな布質にうわぁと変な声が漏れた。今の風で飛んできたものだろうか、辺りを見回して持ち主らしき人を探す。
すると高級そうな着物を身にまとった女性が目に止まった。困ったように辺りを見回して手をさ迷わせている様子にピンときた。
少し迷ったが、届けに行くべきだろうと足を踏み出した瞬間、女性の隣に現れた人物を見て思わず足を止めた。
長身のその男性は女性の前に立つと身を案じるかのように女性の肩を抱き寄せて顔を近づける。あまり、男女の経験とかそういうのにあまり免疫のない僕は、その光景に思わず顔を逸らしてしまった。そして、僕は完全に渡すタイミングを逃しその場に留まることになった。
しばらく様子を見ていて気づいた。男性は帽子を被っているがその隙間から見える髪の色、紅白のツートンカラー、その目立つ色は見覚えがある。よくニュースとかで見かけるその髪色の人物。恐らくこの髪色を聞いてイメージする人物はこの日本ではかなり共通するのではないだろうか。
そう、今大人気ヒーロー、ショートである。ほぼ帽子で隠れていてパッと見だと気づかないかもしれないが、僕にははっきりと見えた。それに服越しでも分かる鍛えられた体格、顔はイケメン、それで確信した。
そもそも落し物を渡すだけでも躊躇していたのに、ヒーローショートとわかっててあそこに話しかけに行く勇気が僕にあるか、いやあるわけないだろ。それから、あの雰囲気をぶち壊しにいく勇気もない。
春だといってもやはり風が吹くとまだ寒い。腕を擦る女性(多分奥さん)の肩に自分の来ていたカーディガンを掛けるショート。カーディガンの下はまあまあ薄着で、女性が申し訳なさそうに顔をあげると、ショートはそれに微笑んでから何かを言って女性の頬を撫でる。少し恥ずかしそうに顔を桜色に染めて俯いてしまった女性を見て、さらに顔を緩ませたショートは、今度は女性の頭を撫でて肩を抱き寄せた。
甘い…甘すぎる…、、あんなところに誰が割り込んで行けるだろうか、いや行けるわけないだろ。
ショートと奥さん。割と有名な話だがその割には情報がないその2人を今この目で見ている。悔しいが、この穴場に広がる桜並木と2人の姿が言葉では言い表せないくらい似合っている。
ショートは徐に近くにある木のベンチに布を広げてそこに座るよう奥さんに促す。奥さんを先に座らせてからショートも腰掛けて、持っていた手提げ袋からお弁当を取り出した。
これまた高そうな重箱の蓋を開くと、色鮮やかな中身が顔を覗かせる。お弁当屋さんでも開けるんじゃないかと思うほど見た目の良いお弁当を見てショートは目を輝かせて奥さんを褒めているようだった。それに対して嬉しそうにふわふわと笑う奥さん、めっちゃかわいいんだが。
完璧な容姿、料理上手、旦那はヒーロー。人生勝ち組とはまさにこのことか。
今日、数時間2人を見ていた。奥さんの方は桜を見ては顔を輝かせ、純粋に花見を楽しんでいるようだ。しかし、ショートはというと、桜ではなくずっと奥さんの方を向いて表情を緩ませている。本当に奥さんのことが大好きなのだろう。彼の行動を見ていれば、奥さんを大切にしていることはひしひしと伝わってくる。ショートと奥さん、こんなレアな光景を僕が見てしまって良いのだろうか。
少し強めの春風がヒューヒューと音を立ててこの桜道を通り過ぎる。再び目の前に現れた たくさんの桜の花弁越しに2人を見た。強く目を瞑り手で目を擦ろうとする奥さんを制するショート。風でゴミが目に入ったのか、何度も瞬きをしてはらはらと涙を流す奥さんの頬をショートはハンカチで優しく拭う。しばらく涙を流したあと、何事もなかったかのように目を瞬かせて笑顔を見せる奥さんにショートはほっと肩を下ろした。少し赤くなった瞳の上、瞼辺りにそっと口付けを落とした。
自然すぎるその流れに何となく見逃したが、数秒遅れてぶわっと自分の顔の体温が上がった。なんなんだあれは、2人ともそのまま食事を続行してるし、ショートからしたらあれは普通なのか?イケメンすげえな、と小学生みたいな感想を呟いて溜息をつく。
僕、何やってんだろう…。もはやお花見じゃなくて、ショートと奥さんを見てるだけだ。早くこれを渡して帰ろう、もしくは場所を変えようと上質な布を握り直した。
ふう、と深呼吸をしてドクドクと早い鼓動を落ち着かせる。謎に込み上げてくる緊張感に冷や汗をかきながら恐る恐る夫婦の方へ足を運ぶ。
2人の目の前に近づき足を止めると、彼らの目線がこちらを向いた。緊張で変な声が出た気もするがそれを無視してなんとか右手にもつ布を持ち上げて言葉を発する。
「あ、あの…!ここここれ、さっき拾って…、」
「まあ、わざわざ拾ってくれたんですか」
僕の言葉が終わる前に反応したのは奥さんの方だった。大きな瞳を輝かせてくるりとこちらへ向いた。もうどこかへ飛んでいってしまったと思っていたから、ありがとうと女神みたいな笑顔で微笑まれて昇天するかと思った。
奥さんとは反対に何も言葉を発さないショートの方へ恐る恐る顔を向ける。やっぱり奥さんに話しかけるのは不味かったか、いや別に奥さんに話しかけたわけではないのだが、何か弁明を…と頭を悩ませていると、ショートは僕を見て少し首を傾げた。そして、ワンテンポ置いてから、ありがとうな、そう軽く微笑んでから奥さんに向き直った。
え、僕いま、2人に感謝されて微笑まれたのか…。
放心状態の俺は、奥さんからもう一度お礼を言われながら手渡されたものを反射的に受け取った。そのまま2人から足の向きを変え距離をとる。
はっと意識を戻して手元にあるものを確認して発狂しそうになった。別に、特別ヒーローが好きというわけではなかったが、僕はこの日からヒーローショートのファン(正確には2人の)となった。
そして、奥さんから渡された和菓子は家宝となって家の神棚に奉納してある。
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