18 彼の勘違い
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事務所に戻ると、やけにそわそわしたようなサイドキック達の様子に俺は首を傾げた。
おい、と近くにいた者に声をかけて何かあったのかと尋ねると、そいつは妙に怯えた様子でスマホの画面を俺に向けた。
『ショート、女優の○○とホテルへ!』
画面に映る某記事には、俺と例の女優が2人で歩いている写真と確かにそのような見出し書いてあった。先日、なんかの護衛任務を任され、対象の人物をホテルへ送り届けた後、偶然そこにいた知らない女が絡んで来たのを思い出した。ただの酔っ払いかなんかだと思っていたが、女優だったのか。まあ、それがなんなのだと溜め息をつく。すると、サイドキック達は一瞬呆れたような表情をしてから少し間をおいて、慌てて俺に忠告をする。
「ショートさん!この見出しは明らかにスキャンダルを狙って、熱愛報道とか不倫騒動に持っていくためのものですよ!もし、ショートさんの奥さまがこの記事を見たら…」
その言葉にはっとしてサイドキックのスマホを勢い良く取り上げ記事の内容を確認する。あからさまに不倫を匂わせるような内容と、その女優の勝手なインタビューへの受け答えがつらつらと書かれており、最悪の事態を把握した。
なんだこれは…とふつふつと怒りが込み上げてきて思わず燃やしかけたスマホをサイドキックへ返す。もしユキがこの記事を見たら不安にさせてしまうに違いない。聡いユキのことだから簡単に信じたりしないとは思うが、こんなものを見てとても良い気にはならないだろう。
とにかく、彼女にいらぬ疑念を抱いて欲しくないし、嫌な思いをさせたくない。まずいな、一刻も早く帰らなければならなくなった。
* * *
早急に仕事を終わらせて急いで家に帰る。おかえりという彼女の声が聞こえないだけで不安な気持ちが募っていく。悲しんでいたらどうしよう、怒っていたらどうしよう、呆れられたらどうしようと全く冷静にならない頭を抱えて居間の扉を開けた。
すると、彼女のガラスのように透き通った空色の瞳いっぱいに溜まる涙。俺が帰ってきたことに気づいてこちらを向いた彼女と目が合った途端、彼女の目から溜まっていた涙がほろりと零れ落ちた。
その光景を見た途端、とてつもない後悔を覚えた。
* * *
ふと、この間千代ちゃんに借りた映画のDVDがあったことを思い出し、お出かけ用のバッグに入れたままのそれを取り出した。あまりビデオなどは普段見ないのだけど、せっかく千代ちゃんが貸してくれたものだし、たまにはこうして家で過ごすのも良いかと、テレビの電源を入れた。
記憶消失になってしまう恋人が主人公のその映画に、いつの間にか感動して魅入ってしまい、気がついたら涙腺がゆるゆるになっていた。画面の中を上から下へ流れていくエンドロールをぼんやり眺めながら一息つく。
目に涙が溢れてしまってぼやけてしまう視界をなんとか抑え込もうと、必死に目に力を入れた。もし、私が記憶をなくしてしまったら、焦凍くんはどんな気持ちになるのだろうか。もし彼が記憶をなくしたら、私は……、ダメだそんなの耐えられるはずがない。見終わったばかりの映画の余韻に浸りながらそんなことを考えていると、突如、ガラガラと家の扉が開く音に我に返った。
まずい、焦凍くんが帰ってきてしまった。昼頃に今日は早く帰ると連絡があったが思った以上に早かった。まだ夕食の準備が終わっていないのに。
急いで支度をしないとと立ち上がり台所へ行こうとすると、扉に手をかけたまま、目を見開いて固まる彼と目が合った。途端に頬を伝う涙に気づいて慌てて手で拭おうとする前に、彼の手が先に私の頬に触れた。なんとも言えない不安そうな表情をする彼を見て、夕食の準備が済んでないことを思い出す。
きっと夜ご飯を作っていなかったから体調が良くないと思われたのかもしれない。
「焦凍くん、ごめんなさい。まだご飯できてなくて…」
「ユキ悪い、そんなに不安にさせてるなんて思わなくて、あれは誤解なんだ」
私の言葉を遮るように早口で告げられた言葉に首を傾げる。誤解とは…というよりなんで彼から謝罪の言葉が出てくるのか分からなくて、ポカンとしてしまう。
綺麗な瞳から零れ落ちる涙を拭うように咄嗟に手が伸びた。ユキの言葉を遮って直ぐに謝罪を述べるも、何も言葉が出てこないというように黙ってしまうユキにひどく焦りを感じてしまう。
とにかく、早急に誤解を解かねばとあの時の事実を伝えるとさらに混乱したように俺を見上げながら小さく首を傾げる。少しの間をおいて、彼女の口からもう一度ごめんなさいという言葉が聞こえて咄嗟に彼女の口を塞いだ。
なぜ彼女の口から謝罪の言葉が出てくるのか。やはり呆れられてしまったのだろうか、ごめんなさい、もう貴方とはいられないと、そんなことを言われたらどうしよう。
「あの、夕食まだだから、直ぐに用意するね」
「俺も手伝う」
「焦凍くんは帰ってきたばかりだから、休んでていいよ」
「いや、それはダメだ」
「そ、そうなの…じゃあ、一緒に作ろうか」
休んで待っててと言う言葉を焦凍くんに食い気味で否定され、その圧に負けtあ。じゃあ一緒に作ろうかと伝えると、ずっと力の入っていた彼の肩からふっと力が抜けて緊張した顔が少し緩んだ。
さっきから何を言ってるのかわからないのだが、お酒を飲んできたのだろうか。しかし、どうにもそういう感じではなさそうで、余計に首を傾げることしか出来ない。
気を取り直して料理に集中しようとするもちらちらと感じる不自然な視線を感じて集中が途切れてしまう。
本当に、どうしたのだろうか。何かを言いたげにこちらを向いて、すぐに顔を逸らしまたこちらを向く。気になってどうしたのかと尋ねると、「俺のこと嫌いになってねえのか」と予想外すぎる言葉に思わずえっと声が漏れた。すぐにそんなわけがないと否定すると不安そうな瞳を揺らして顔をぐいっと近づけてくる。
そのまま彼の手が背中に回ってそっと抱き寄せられる。されるがまま彼の体へ飛び込むといつもと違って弱々しく抱きしめられる。心做しか彼の声が震えているような。本当に、どうしたのだろうか。
コトンと茶碗をテーブルに置く音が響く。何となくいつもより落ち込んでいるような焦凍くん。そして意味不明な彼の言動に、何て声をかけるべきかと考えながら無言で夕食を囲む。
彼は、「もうあんなことにならねえように気をつけるから」とまた脈絡のない話をし出して、私は再び首を傾げる。
とりあえず、曖昧な返答になってしまったが適当に相槌をうって無言になる私になにか勘違いをしたのか、今度はしょんぼりとした顔になってしまった。
何となく寂しくてテレビの電源を入れると、ある女優さんがとあるトーク番組でインタビューを受けている様子が映し出された。
『では、ヒーローショートとはどんな関係なんでしょうか』
『えっと、私自身は仲の良い男友達という感覚だったのですが…』
いじらしく頬を赤らめて意味深に受け答える女優さんとヒーローショートという名前。もしかして、新しいドラマとかに焦凍くんが出演するのだろうか。真偽を確認すべく彼の方を振り向くと、ガタッと音を立てて勢い良く立ち上がる彼の姿が。
「どうしたの焦凍くん?あの女優さんはお友達?」
いつものようにふわふわとした笑顔でそう述べるユキ。彼女の笑顔をいつも通り、穏やかで優しい雰囲気をまとっているが、テレビの中で心当たりのない言葉をつらつら並べる例の女優のせいで焦りがどんどん大きくなっていく。
心の奥底から込上がってくる怒りを抑え込んで俺は一度大きく息を吐いた。
「ユキ、さっきも言ったが、あの女とは今までに1度しか合ったことがねえ、だから仲良くもねえ」
「そ、そうなの…。じゃあ彼女勘違いをしているみたいね」
少し不機嫌さを顕にしながら、静かな声で話をする焦凍くんの圧に押されて素直に頷く。
なるほど、そういうことか。テレビからショートの不倫疑惑の話が出てきたことと、帰ってきてからずっと焦っていた彼の様子を照らし合わせて、この状況を完璧に理解した。しかも私が映画を見て感動していたことが、彼の勘違いに拍車をかけていただなんて。
私が彼を勘違いさせてしまったのだけど、なんだか少し可笑しくて笑いそうになるのを必死に堪える。笑いを我慢するのに握り締めた拳がそっと彼の手に包まれ、流れるように彼の顔を見上げると、今にも泣きそうな目をして何かを言いたげに口をはくはくと動かしていた。
「焦凍くん…?」
「いや、本当にすまねえ。怒る気持ちも分かるが、あの情報は全部捏造だ。俺には今もこの先もずっとユキしか見えてねえ。信用ならねえなら信用を得られるようにユキが望むことならなんでもやるから、」
黙って俯いてふるふると肩を揺らす私が怒ってるのかと思ったのか、その口から謝罪と怒涛の愛の言葉が出てきてこちらが口を開くのを許してくれない。
私の手を握って弱々しく私の名前を呟く彼が可愛らしくて愛おしくて、思わず私も立ち上がって彼の瞼キスを落とした。話し続ける口が開いたまま止まった。
「焦凍くん、私何も怒ってないよ」
「そ、うなのか」
「うん、だって私は誰よりも焦凍くんを信じてるのよ、あんな報道を簡単に信じるわけないわ」
突然のユキの行動に驚いた。誰よりも信じてる、そう言って頬を撫でてくれる彼女の手が優しくて緊張して固まっていた体から力が抜ける。
なんで泣いていたとか、どうして怒っていたのかとか、聞きたいことはたくさんあったが、とにかく彼女の言葉に安心してしまってそんな心配は吹き飛んだ。
いやユキがこんなことで人を嫌いになるはずがないことなんて分かっていたはずなのに。今度は彼女を信じていなかった自分に腹がたってきた。
終始情緒が安定しない俺の顔を覗き込む、彼女の心配そうな瞳と目が合う。何を思ったのか、「私も、焦凍くんしか見てないよ」と頬を撫でる彼女に毒気を抜かれて肩の力が抜けた。
彼女の手を引いてテーブルを跨いで向かいに座っていたのをこちらに移動させる。まだ夕食が、と彼女が喋る前にその小ぶりな口を塞いで抱きしめた。
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