2 少し遠出をしようか
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
2 少し遠出をしようか
最後に、朱色の口紅を薄く塗ってからもう一度鏡を見る。変なところはないか、不自然な部分はないか、何度も鏡を見てはため息をつく。
ユキにとって、外に出ることは、買い物以外では病院に行く時と、前に働いていた旅館にお手伝いに行くときくらいで、こうしてお洒落をして出かけるというのは珍しかったりする。ちゃんとお化粧をするのも久しぶりだし、いつもの着物や浴衣ではなく、軽めのワンピースを着ていると、なんだか落ち着かなくて、緊張してしまう。なぜこんなにも必死なのかと言うと、ついさっき大好きな彼から連絡がきたからだ。
" 今日は午後には仕事が片付きそうだ "
" だから、久しぶりに午後から出かけないか? "
突然きた連絡に驚きつつ、早急に「出かけたい!」とメッセージを返してから数時間、この有様である。
時計を確認すると、短い針と長い針がともにてっぺんに到達する時刻であった。いけない、もう午後になっちゃう。具体的には何時とは言われていないけれど、とにかくもう午後になるから急いで片付けないと。
家の外から車のエンジン音が聞こえた。慌てて外に出ると、車から出てきた焦凍くんが目を見開いて駆け寄ってくる。あ、コスチュームから着替えてる。いつもと違う洋服だからかドキドキと胸が騒がしい。
うん、今日もすごくかっこいい。
少し熱を持った頬を両手で挟んで顔を隠す。
ぽんと頭に乗った彼の大きな手の重みに顔を上げると、焦凍くんの綺麗な瞳がじっとこちらを覗き込んできた。
私の手を退かして、彼のひんやりした右手が頬に触れる。
「ユキ、体調が良くないのか」
「…どうして?体調は全然大丈夫だよ」
「いや、なんかちょっとぼんやりしてたし、顔が赤いから。」
ぼんやり、してただろうか。それは多分、彼がとてもかっこ良くて、見惚れてたから。それを彼に伝えると、少し目を細めて微笑んでから、もう一度、私を見つめ直した。
「ユキも、いつもの和服も良いけど、洋服も似合ってるな。」
別に、こんなこと初めてでもないし、焦凍くんはよく私を褒めてくれるけれど、なんだか今はとても恥ずかしく感じてしまう。それを感じ取ったのか、彼はふっと小さく笑ってから固まって動かない私の手をゆっくり引いて車に乗せてくれる。
車の中に入ると、焦凍くんの香りに包まれる。抱きしめられているような感じがしてとても安心する。
そういえば、出かけるとは言っていたけど、何処に行くのだろうか。ただ単にドライブをするのだろうか。まあ、彼と居られればどちらでも良いのだけれど。
彼は普段あまり喋らない。かくいう私自身もあまりお喋りをするようなタイプではないので、車の中ではほとんど会話はない。たまに、一言二言交わす程度だが、それがお互い心地いいのだろう。車の走る音ばかりが響く車内で、運転する彼の横顔がかっこよすぎて、ついつい魅入ってしまう。
「とりあえず昼だな、何食べるか」
「お蕎麦じゃなくて良いの?」
「蕎麦も良いけど、せっかく2人で外食できるわけだし、何かユキが食べたいもん食わしてやりてぇ」
「うーん、、じゃあ、パスタが食べたいかも」
「わかった」
彼の言葉に少し考えてから、この間テレビで特集をしていて食べたいと思っていたパスタをリクエストすると、彼は直ぐに笑って頷いてくれた。
それにしても、どうして今日なのだろうか。基本的に私はずっと家にいるのだが、彼は基本、週一で休みがあるかないか。だから、彼が1日休みの日に出かけることも出来たのに、わざわざ仕事終わりにこうして一緒に出かけるのは、彼の負担になっていなければいいけど。
彼の方を向いていた顔をふと窓の方に向けると、あまりの眩しさに思わず目を瞑った。空には雲一つない鮮やかな青が広がっている。焦凍くんの、左の瞳と同じ綺麗な色だ。
* * *
久しぶりに午後の休みが取れて、早く彼女に会えることを思うと気持ちが高ぶる。
そういえば、この間チームアップでともに仕事をした八百万が、「とてもおすすめの観光スポットがあるのです」と言って教えてくれた植物園を思い出した。
スマホで場所を調べると、見たところ結構新しくオープンしたようで、休日に行くと混雑になるだろうなと想像ができる。場所はそこまで遠くないから、人混みの苦手な彼女を連れていくなら平日休みの今日が最適かと考えて、さっそく彼女にメッセージを送る。思いのほか直ぐに肯定の返事が帰ってきたのを確認して自然に口元が緩んだ。
きっと彼女は喜んでくれるだろう。ふわふわと笑みをを浮かべるユキの顔を想像しながらさっさと残りの仕事を片付けて、彼女を迎えに行く。
家に着いたと思ったら勢いよく玄関の扉が開いて驚いた。淡い桃色のワンピースを着て、化粧が施されているユキの綺麗な顔がこちらを見て固まる。少し経ってから頬を紅くして顔を手で隠してしまうのに対して、どうしたのかと咄嗟に手が伸びた。
もしかして、体調があまり良くないのか。そういえば体調のことを確認していなかったか。
彼女の顔を覗き込み、具合が悪いのかと尋ねると、そうではないと彼女は慌てて否定する。「焦凍くんがかっこいいから、見惚れちゃったの」と恥ずかしそうに言う彼女にグッと心臓が掴まれた。ユキも、いつもの着物も似合っているが洋服も似合ってる、そう伝えるとまた、彼女は恥ずかしいと固まってしまった。…かわいいな。
彼女と2人で車に乗るのはとても心地が良い。特段、話をするわけではないのだけど、2人で静かに過ごすこの時間が結構好きだったりする。
お出かけをするのに相応しい、よく晴れた空を車の中から見上げる。透き通るような青色の空は、ユキの瞳とよく似ている。
植物園までの道のりで見つけたパスタ専門店と書かれた看板の店の駐車場に車を止める。
彼女の手を取って車から降りて店に入った。
ふわりとオリーブの香りが漂う店内はクラシックミュージックが流れていて、少しレトロな雰囲気だ。
目当ての和風パスタを美味しそうに頬張る彼女を眺めて、その可愛さを噛み締める。いつも幸せそうな顔をしてご飯を食べるユキの表情が好きだ。あまり表情筋が動かない自分と比べてコロコロと表情の変わる彼女を見てるとこちらまで、その表情につられてしまう。
少食な彼女がパスタを食べきることができるのかと思っていたが、案の定、まだ3分の1ほど残っているのにおなかいっぱいで苦しいという表情をする。自分が頼んだボロネーゼと彼女の残った和風パスタを貰い、食べ終えて会計を済ませる。
再び車に乗って目的の場所へと走らせる。
早く彼女の喜ぶ顔が見たくて、車のスピードを少しだけ速めた。
目的の場所の駐車スペースまで来ると、既にたくさんの植物が飾られていて、一気に華やかな雰囲気に囲まれた。
すぐに植物園だと気がついた彼女は 感嘆の声を漏らして、大きな目を、さらに大きくして輝かせた。
「わあ、すごく綺麗な場所だね。新しく出来た植物園なのかな、もしかして今日はこれが目的だったの?」
「ああ、たまたま耳に挟んだもんで、ユキが喜んでくれるかと思って」
「うん!とっても嬉しい!」
満面の笑みを浮かべて喜ぶ彼女が、あまりにも期待通りの反応をしてくれるから、なんだか嬉しくなる。
やっぱり連れてきて良かった。ユキの小さな手を取ってチケットを渡し園内へ入る。
俺自身、植物についてあまり詳しくはないが、彼女がよく話をしてくれるので、なんとなく知っている。自分達を囲む色鮮やかな植物を眺めていると、ふと淡い桃色をした花が目に入った。あ、この花はユキに似合いそうだな。なんて名前なんだろうか。
煌びやかな花々に囲まれて、その中で優しく微笑むユキ。その光景が、まるでおとぎ話のように幻想的で綺麗だと思った。
彼女には花が似合う。小さくて、儚くて、美しい花は、彼女に似ていると思う。
ひらりと舞う花弁が目の前を通り過ぎた。手の平を広げて掴もうすると、花弁はヒラヒラと俺の手を躱して地面に落ちていく。
なんとなく、彼女の姿が儚く散っていく花に重なって見えた。思わず、彼女と繋いでいる手に力が入る。それに気づいたのか、こちらを振り返った彼女は、いつもみたいに、ふわふわと笑っている。
そんな彼女を見て、また胸が苦しくなる。何故だか、急に切なくなった。感情が抑えられなくて、彼女と繋いだ手をぐっと自身の方へ引くと、驚いた彼女が自分の胸に飛び込んでくる。ぎゅうっとその小さな身体を強く抱きしめる。
暖かくて、柔らかくて、小さくて、儚くて、愛おしい彼女を離すまいと強く、大切に抱きしめる。急にどうしたのかと困惑ながらも、彼女も手を俺の背に回して抱きしめ返してくれる。
「…焦凍くん?、どうしたの」
「いや、なんかユキが消えちまうかと思って」
「ふふ、どうしてそうなったの?私は、ずっと焦凍くんの隣にいるよ」
「…そうだな」
ユキの言葉を噛み締めて、もう一度、彼女の小さな身体が潰れてしまわないように優しく、だけど離れていかないように強く、抱きしめる。
どうしてか、胸が苦しい。
ああ、どうしようもなく、彼女が好きだ。
赤と白の色纏ったダリアの花。品種改良のものだろうか。どちらにせよ、綺麗なのは変わらない。紅白色の花なんて珍しい。焦凍くんの色だと思うとついつい魅入ってしまう。次はお庭でどんな花を育てようか。やっぱり赤色の花がいいだろうか。私たちを囲む綺麗な花たちを見ながら、心を踊らせて考えていると 突然、繋いでいた彼の手が熱くなって力が入った。そして突然に引っ張られる。そのまま彼の胸に飛び込むと、いつもよりも少しばかり強い力で抱きしめられた。急にどうしたのだろうか。
ユキが消えちゃうと思った。そういう彼の声は少し震えていた。どうしてそう思ったのかなんて分からないけど、どういうわけか焦凍くんの不安な気持ちが伝わってきて、何故か私まで苦しい気持ちになる。彼の背に手を回して精一杯の力で抱きしめ返す。すると今度は苦しいくらい強い力で抱きしめられる。
私の頭に触れている彼の左の手が、とても熱を持っていると感じるのは気のせいだろうか。
1/1ページ