16 個性「誘血」
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《近頃、行方不明になっている若い女性が多数報告されています。女性の方は外出は控えるように……
…しかし、きっとヒーローが解決してくれるはずです!!》
いつもは買い物に出かけている時間なのだが、本日というかここ最近は家でのんびりと過ごしており、手持ち無沙汰な気持ちを紛らわすためつけたテレビのニュースに顔を顰める。ニュースキャスターの女性がマイクを片手に我らがヒーローを信じましょう!!と声高々に語っている。
若い女性が行方不明…。その物騒なニュースに最近の彼の様子を思い浮かべる。「暫くは1人での外出をしないでくれ」と真剣な顔で言うものだから、そのときは頭に疑問符を浮かべながらも素直に頷いたが、こういうことかと納得。
毎日帰ってから大丈夫か?ずっと家に居るのは辛くないか?と声をかけてくれるし、もし家にずっと居るのが窮屈なら俺が居るときに一緒に出かけようと私を気遣う優しい彼の様子を思い出した。
犯人が早く捕まりますように、と祈りながら少し肌寒い秋風を感じながら縁側に腰をかけ洗濯物を畳む。
ことが起こったのは突然だった。
突然意識が遠のいて、持っていたはずの洗濯物が手から滑り落ちるのを薄っすらとした視界の中で捉えたと思ったら、次の瞬間には目の前が真っ暗になった。
* * *
ヒーローネットワークを通じて、現在最も大きな問題である連続婦女誘拐事件の犯人の情報をやり取りする。しかしながら、驚く程に難航しているのが事実である。
誘拐された女性について調べる他に方法がなく、犯人について言及することが叶わないのは、犯人の個性の影響であると想像できる。囚われた女性たちに性別以外の共通点は特になく、いずれも1人でいたところを狙われただろうと推測できるのみ。1人で家に残している彼女の安否も気がかりだ。
結局、本日も大した収穫なくもやもやしたままの解散となり、家に帰ることとなった。
俺は油断していたのだ。決して約束を破らない彼女が1人外出することはないだろうし、家に居れば大丈夫だろうと呑気に思っていた。彼女のスマホにはGPSをつけているし、なにかあっても直ぐに駆けつけられると思っていた。
家に帰り、おかえりなさいという言葉がこないことに疑問を浮かべつつ居間の扉を開ける。そして、中途半端に畳まれた洗濯物が転がっているのを見て頭が真っ白になった。
彼女の靴は玄関にあったので外には出ていないはず。なのに彼女の気配はこの家になく、変わりにあるのは無造作に投げ出された洗濯物とテーブルに置かれたスマホだけ。誘拐されたのだと結論づけるのに時間はかからなかった。
* * *
強いお腹の痛みに沈んでいた意識が浮上する。視界に映るのは自身の結ばれた両手と知らない男の足。錆びた鉄の匂いが鼻を掠めた。
「ようやく目が覚めたかよ」
不機嫌そうな男の声が聞こえてピシッと自分の体が強ばった。
「お前、ヒーローと結婚してるんだってな」
唐突な男の言葉に心臓が嫌な音を立てた。少しニヤついた男の顔が視界に入ってきて思わず後退るように体を動かす。
「なあお前どんなヒーローの女なんだ?」
不気味に口角を上げ、質問を投げかけてくる男の言葉を無視して黙りを決め込むと、勢いよく腹を蹴られ、あまりの痛さに小さく呻き声をあげた。その様子を心底楽しそうに眺める男の顔に、何もできない悔しさと恐怖が込み上げてきて、涙が出そうになる。
「俺はヒーローにただ復讐をしたいだけなんだ、どうだ協力してみないか?他の女とは違ってお前はヒーローの女だからな、あいつらより価値がある」
あいつらより…。男のその言葉にふと昼間に見たニュースが頭の中を通り過ぎた。そしてこの男が、連続婦女誘拐事件を引き起こしているのだと私は確信した。つまり、ヒーローが手をこまねいている相手。それともうひとつ、このままでは誰も助けにはら来れないのだということをひどく冷静な頭で悟った。
家に帰り、急に私がいなくなったことを知った彼はどう思うだろうか。この事件がなかなか解決に繋がらないのは、この数日でよく分かっている。恐らくこの男の個性が原因だろう。
私たちはいつもヒーロー達に頼ってばかりいる、いつも彼が助けに来るものだとばかり思っている。今だって、彼は私を探すために何とかしようと必死なのだろうと、そう思える。けれど、ヒーローだって全てを救えるわけではない。そんなことは誰だって分かっているはずなのに、ヒーローは何でもできると、バカみたいにそう思い込んでいた。
この事件がこのまま続いたら、どうしてかと責められるのはヒーローたち、なのだろうか。そんなの耐えられない。
彼らはいつも自分を犠牲にしてまで一生懸命に人助けをしているのに。 それじゃあ私はどうしたらよい…?
運悪く、この事件に関わってしまった今の私にできることは――
「おい、何を考えてる。恐怖で声も出ないのか」
ハッと鼻で笑う男はナイフを手に目の前でチラつかせてくる。もとより殺す予定ならば既に私の命はないはずだ。つまり、この男は私を人質としてここにおいているのだろう。それなら好都合だと私は覚悟を決めた。
「こんなことをしても、何の意味もないと思うけれど…」
「あ?なんだお前、自分の立場分かってねえのか」
「ヒーローは必ず助けに来て、貴方は捕まるよ」
「黙れ!」
男が腕を大きく振りかぶってナイフを下ろす。ザクっと切れた私の腕から血が飛び散り、私の視界を鮮やかな赤が覆う。すると、男がふらっとよろけた。段々と動きが鈍くなりぼんやりとした様子になっていく男に問う。
「仲間はいないの?」
「…仲間、は今は、別のところに…」
「そう、私以外の女性はどちらへ?」
「どこ…、いまは、ここには、」
いない…と小さくなっていく男の声に、少し気を緩める。思ったより出血量が多くて個性が効きすぎている。
「ねえ、私の腕を縛っているこれ、解いて欲しいの」
そう言うと朧な目をしたままこちらへ近づいてきて、私の手を縛っている縄にナイフを当てる。そしてそのままパタンと倒れて男は眠った。何とかしてそのナイフを使って自力で縄を切る。
私の個性…。血液を使って人の思考能力を下げ、最終的に眠らせる個性。具体的なことはわからないけど、小さな頃、怪我した私のもとにやってきたお手伝いさんが暴発したこの個性によって突然眠ってしまったことがあった。軽くトラウマなその出来事以来ずっと使わないようにしてきた個性。今私にできることはこれだけ。
男の服をまさぐり震える手で男のスマートフォンを探す。
* * *
「ックソ…、!」
ダンッとテーブルを叩く鈍い音が和室に響いた。ついさっきまで、この事件について調べていて、それでいて結局何も分からなかったはずだ。つまり、彼女を助けにいけない。何もできないことにイラついて思わずテーブルを叩いてしまった。自分を落ち着けるように一度呼吸おいて冷静に考える。
この家に誰かが入ってきた痕跡はないということは、ワープ系の個性をもつ者がいる可能性が高い。つまり追跡するのは不可能である。とりあえず、今起きたこととわかることをヒーローネットワークに乗せ情報を追加する。それでも手立てはないに等しい。何も変わらない現状を考えて全身に冷や汗が流れる。初めて個性を発動した時のように自身の右側から冷気が、左側から熱が溢れそうになるのを堪えぐっと手に力を入れたとき、ポケットに入っているスマホが震えた。
こんなときに誰だとスマホ画面を見ると全く見覚えのない番号が表示されている。嫌な予感がして咄嗟に応答ボタンを押す。
誰だ、と問いただす前に想定外の声が耳に響いた。
" 焦凍くん? "
" …っユキか!?今どこに居るんだ! "
" その、私にもどこか分からなくて、このスマホから位置情報を送るから、迎えに来て…"
" わかった直ぐに行く "
大丈夫か?なんて声を掛ける前に直ぐに家を飛び出した。大丈夫かなんて声を聞けばわかる。あんなに震えた声で、大丈夫なはずがないのだ。とにかく送られてきた位置情報を確認する。高校生の頃、緑谷がやっていたように仲間のヒーローに位置情報を共有する。誘拐事件の敵の居場所がわかったとメッセージを添えて。
周囲に影響が出ないように氷結を使い、唯一の情報を頼りに進む。小さく廃れた廃工場に辿り着くと、数名のヒーローも同時に到着したようだった。
「どうなってるんだショート」
「俺にも分からねぇが、早くここを開けるぞ」
「待て、向こうに何があるから分からないんだ飛び込むのは早計だろ」
その通りだ。流行る気持ちを抑えて拳を握る。中の様子を探るように耳をすませても、何も聞こえない。このままどうすべきか、と話し合おうとしたとき、ふわりと強い花の香りが鼻を掠めた。咄嗟に吸わないように顔を手で覆い警戒する。
「なんだ、この匂い…。なんか急に眠気が」
香りを強く吸ってしまった1人が朧気に呟いた。ミッドナイトのような眠気を誘う個性を持つものがいるのだろうか。
『そういえば、ユキはどんな個性を持ってるんだ?』
『私の個性…』
『無理に言う必要はねえが』
『そのちょっとトラウマになってて、昔個性を暴走させたときに近くの人を突然眠らせてしまって』
『催眠の類いなのか』
『たぶん?それ以来使ったことなくて…』
そういえば、随分と昔にユキと話したことがある。彼女の個性について。そこまで具体的な話はしていなかったけど、この話からして、この香りは彼女の個性ではないのか…と想像がついた。ということは、中の様子が静かなのも納得がいく。
「中に入るぞ、香りを吸い込むな」
「おい、罠がある可能性もある」
「いや、この個性は恐らくユキのものだ」
「な!?じゃあこの中は…」
錆び付いた鉄製の扉を無理やりこじ開けると、先程よりも強い花の香りがして頭がクラクラする。その香りの先を見遣ると、床に倒れている男とユキの姿。
「ユキ!!」
香りを吸わないように手で口元を覆いながら近づいてから気づいた。彼女の右手から大量に血が流ている。急いで止血し包帯を巻き付けると、強く香っていた匂いが弱まるのを感じた。
後から入ってきたヒーローが男を捕獲して、警察を呼ぶ。静かな廃工場があっという間にヒーローの声とパトカーの音に包まれ騒がしくなる。
「ショートさん、とりあえずその人を救急車に」
「ああ」
もともと白い顔色をさらに白くして気を失っている彼女を横抱きにして運ぶ。低い体温を温めるように抱き寄せて、伏せられた瞼にキスを落とす。遅くなってすまねえ。
その後、ユキと共に倒れていた主犯の男とその仲間のワープの個性を持つ男は逮捕された。そしてユキの個性により男の個性(結界)が解けたことで、すぐに誘拐された女性達の場所も見つかり、誘拐されていた女性たちは助け出された。
翌朝にはニュースでも事件解決の報道が流れ、多くの人がヒーローを称え、囃し立てる。この事件解決のトリガーとなった彼女1人だけが、怪我を負い、血を流して、未だ病院のベッドで眠っているのにも関わらず。
ユキさんの眠る横で、彼女の手を握る轟くんの手は震えている。泣きそうな顔でただ彼女の目覚めを待つショートの姿を見て、何故だか胸が苦しくなった。
ヒーローデクとして僕も現場に赴いていたが、少し遅れての到着だったので事件はほとんど解決していたから、その場の詳しいことは知らない。けれど、この事件が彼女のおかげで解決したという事実は知っている。そして、彼女のおかげでで他の女性たちも助かった。結果的には誰も死なずに全員を助けることに成功したように見えるけど、それは彼女の犠牲の上に成り立ったことで、ヒーローとしては情けないことこの上ない。
轟くんにとってのその悔しさは僕なんかでは計り知れないものだろう。何か、声をかけたいけど言葉は何も出てこなくて、中途半端に伸ばしかけた手を引っ込めた。
*
悔しさと情けないさと自分への怒り、目覚めないユキへの不安と愛おしさ。色んな感情が渦巻いて頭の中を支配する。なぜ自分は彼女が大変なときにいつも隣に居られないのだろうか。いつだって俺は彼女の存在に助けられている。家に帰れば毎日優しい笑顔でおかえりなさいと言ってくれて、美味しいご飯を作って待っていてくれる。常に俺に負担がかからないように、俺が満足するように、俺が望むように尽くしてくれているのに、俺は、それに甘えているだけではないのか。仕事だからと彼女をいつも1人家に残して、ヒーローという仕事をしていながら、1番大切なものが危険に晒されて何も出来なかった自分が情けない。
いったい彼女はどんな気持ちで囚われていたのだろうか。彼女のことだから、俺たちが捜査に難色を示しているのに気づいて自分の個性を使ったのだろう。それはその場で最も合理的な判断だった。結果的に事件は解決したし、考え得る限り最も速く、最低限の犠牲だったと思う。
だけど、俺はまた彼女を助けられなかった…。温度の低い彼女の手を両手で包み込んで意味もなく自身の体温を送る。この愛おしくて儚い存在が、いつか自分の前からいなくなってしまうのではないかと苦しくなる。絶対に離してたまるものかと握る手に力を込める手は震えていて、情けなく涙が出そうになる。
ふと優しい手が、そっと頬に流れる涙を拭う。そのまま添えられた手に優しく撫でられて、涙の溜まった自分の瞳に彼女の細い指が触れた。その手を掴んで俯いていた顔を彼女の方へ向ければ、大きな空色の瞳と目が合った。
「っユキ…!」
「焦凍くん、どうして泣いてるの…」
ユキの言葉を無視して自分より小さな彼女の体をめいっぱい抱きしめる。彼女の小さな手が優しく、慰めるように頭を撫でる。「大丈夫だよ」と優しい声が頭に響いてくるものだから、溜めてたものが次々と溢れ出してきて止まらない。
「心配かけてごめんなさい」
「本当に、目が覚めて、よかった…。」
「助けてくれてありがとう」
違う。俺は、助けられなかった。ユキが血を流して敵と戦っているときに俺は何も出来なかった。怖かったはずなのに、痛かったはずなのに。俺がもっと速く助けられていれば、殴られた腹の痣も切られた腕の傷も彼女の身体につくはずがなかったのに。
彼女は「焦凍くんのおかげで頑張ろうって思えたの」と頑なにお礼を言い続ける。本当に、どこまでも謙虚で優しい彼女がいつか自分の手から零れ落ちてしまわないように、強く強く抱き締める。
「ユキ…俺の前から、いなくならないでくれ」
「私は、ずっと焦凍くんの隣にいるつもりだけど」
そう言うと私を抱き締める力がぐっと強くなる。彼はたまにこういうことを口にする。何を持ってその言葉を言っているのか私にはわからないけど、こういうとき、私は黙って彼を抱き締めて、頭を撫でることしかできない。そうして彼が落ち着くと、心底愛おしいというな顔をしてキスをしてくるのだ。私だって、あなたを愛おしいと思っているのに。
・個性「誘血」
・自分の血の香りを吸った者の思考能力を低下させることができる(ある程度自分の意思で操作可能)
・強く香りを吸いすぎたり、個性主本人の意識外で発動している場合、対象を眠らせることができる。
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