15 ヒーローのお仕事2
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〈ヒーローショートが○○のブランドモデルに!〉
まさにヒーローのファンからしたら大ニュースであるこの記事にネットが騒ぎだす。
最新デザインの洋服を着たショートの広告をみつけて、つい見とれてしまう。やっぱり、焦凍くんかっこいいからこういう洋服も似合う。天から注ぐ太陽の光がまるで焦凍くんの広告をピンポイントで照らしてるかのように輝いて見える。
彼が広告に出たりイメージブランドとなるのは大変珍しいので、どうにかその服を手に入れられないかと考える。ニットやパーカーが主なデザインで男性女性どちらもカバーしているそのブランドは若者の間で人気らしい。スマートフォンで調べた情報を見て、その服が売ってるであろうショッピングモールへ行きたいが、1人でそんなところへ行ったら確実に怒られるのでとりあえず断念。そもそもスーパーへの買い出しすら微妙な反応をされるのだ。まず私の体調が良であり、天気が晴れであるときしか許されていない。彼の過保護に拍車がかかるも心配させて迷惑をかける方が嫌なので、今回は諦めるしかなさそうか。
もし彼にお願いしたらお店に連れてってくれるだろうか。だけど、彼のファンが集まると予想できるそこに連れていくのは辞めた方がいいか。でも1人で買いに行くのはゆるしてもらえないだろうし、正直1人でそこに行くのは私も不安なのでやっぱり諦めるしかない。とさっきからグルグルとまわって同じ結論に終着する度に残念な気持ちが降りてきて少し気分が落ちてしまう。
「ユキ、何かあったのか」
「え?」
「なんか落ち込んでるように見える。もしかして俺がなんかしちまったか?」
大きな両手で私の頬に添えて顔を覗き込まれる。不安そうに瞳を揺らして問う彼に慌てて否定するように首を振った。
「ち、違うの。あのね…えっと、」
「うん」
どうしよう。言うべきか、こればっかりは彼に迷惑をかけてしまう気しかしない。けれども言葉に詰まる私に優しく頷いて回答を待ってくれる彼を蔑ろにもできない…。
空色の瞳を揺らして困ったような表情をするユキの反応に不安が募る。そんなに言いづらいことなのだろうか。もしかしたら本当に自分が何かしたのかと思ったが食い気味で否定されたので恐らくそうではないのだろう。
一生懸命何かを伝えようとする彼女をゆっくりと待つ。そうして小さな声で紡がれた続きの言葉はあまりにも予想外だった。
「あのね、私スーパーの帰りに焦凍くんの広告をみたの。それで、そのお洋服を着た焦凍くんがかっこよくて見とれちゃって…じゃなくて、そっちじゃなくてえっと…」
突然恥ずかしいことを口にしたと勝手にテンパり出す彼女は可愛が、とりあえず落ち着けと声をかける。ぽんぽんと彼女の頭に触れると少し落ち着いたのか一度深呼吸をして、何かを決意したように言葉を繋いだ。
「焦凍くんの、イメージブランドの服が欲しくなっちゃったの…」
なんだそんなことか、と思わずそのまま口にすると彼女は目に涙を浮かべて俺の顔を見つめる。 そして、彼女が今日葛藤していたという内容を一つ一つ聞くとなんとも可愛らしい話で愛しさが込み上げてくる。
それなら、サンプルをこちらから用意できるというのに。そう伝えると先程までの困り顔をきらきらとした笑顔に変えて抱きついてくる。あまりの愛しさに顔がにやけそうになるのをぐっと堪えて彼女を抱きしめた。
あまり乗り気じゃなかった仕事も、ユキにこんな反応をしてもらえるのなら悪くないかもしれねえな。
* * *
「わあ!焦凍くんが着てたものと同じ色…」
嬉しそうに持ち帰ってきたサンプルのパーカーを抱きしめるユキ。少しだけ待っててといって数分後、帰ってきたユキを見ると、着物から紺色のパーカーに着替えていた。
フリーサイズのパーカーは彼女には少し大きくて膝上まで伸びているが、ズボンを履いてないのか。 いつも着物ばかり着ている彼女のことだからきっとサイズを見てワンピースの類と同じだと勘違いしたのだろう。
生足を晒してワンピースのようにして大きめサイズのパーカーを着る彼女に対してなんだかグッと妙な気持ちが込み上げてくる。
普段あまり見ることが出来ない格好で、ちらちらと視界に入る生足が新鮮だ。とりあえずズボンのことは伝えずにいたら、ユキはその日そのまま過ごしていた。
「ユキ、寒くねえか」
「うん大丈夫だよ?」
「そうか…」
いつもは着物で覆われている足が空気に触れて気になるのか、時折足を擦り合わせる動作がなんか堪らない。たまにはこういうのも悪くねえ、とまた新たな扉を開いた。
「ねえ、見た?生ショート!」
「見たに決まってんじゃん!ショートがテレビ局にいるなんてレア中のレアなんだから!」
テレビ局の女子トイレ、メイク直しをしながら同僚の子と話すのは、今大人気ヒーローショートのこと。人気ヒーローにも関わらずメディア露出が極端に少ない彼を生で見られる機会なんて滅多になく、私達は今、歓喜に溢れていた。
「やっぱヒーローショートなのよね」
「そう?私はレッドライオットのが好みだわ」
「ああ、ちょっと男臭過ぎない?」
「そこがいいんでしょうが!それこそショートって結婚してるみたいだし、ファンとしてはなんか萎えるでしょ」
「んー実際そう言ってるだけで何の情報もないし、本当かどうかも怪しくない?」
「まあ、それは確かに」
「まあ結局私の方が可愛いんだから、関係ないわ」
そう自信満々に言う同僚は真っ赤なリップを唇に塗り、うっとりと鏡に映る自分の顔を見つめている。
何を隠そう、この子はヒーローショートのファンである。彼のファンには2つの派閥が存在する。大多数は彼が結婚しているという事実を受け入れ、ショート夫婦を推すことが多いのだが、彼女はそれとは違う少数派の代表みたいなものだ。
恐らく、テレビ局にいる間お近付きになり、あわよくばなんて思ってる可能性もある。実際、彼女は芸能界にいるだけあって可愛いし、そういうスキャンダルを起こしやすい性格なので尚更。
別に同じ番組に出るわけでも、広告やCMで共演をするわけでもないのに、早速!といって〈ショート様〉と書かれた控え室の扉をノックする彼女を見て私は呆れたようにため息をついた。
特徴的なショートの低音ボイスが返事をしたのを聞いて、さっきも整えた髪をもう一度整えてから彼女はズカズカとその部屋へ入って行く。え、中まで入るのかよ。私は知らないからと扉の外で待機。中での会話を盗み聞きする。
「こんにちは!実は先程テレビ局に入って行く様子を見かけたので、ぜひ挨拶をと思いまして!
私、愛川マナって言います!これから共演とかもあるかもしれないので、よろしくお願いします!」
女子トイレで話していた声よりも2トーンほど高くして、可愛らしい口調に変わっていく彼女の様子に思わず苦笑する。それに対して、少しの間をおいてから「はい、よろしくお願いします」とだけ述べるショートの声。
「ショートさん、○○のイメージブランドとして起用されたんですよね!私びっくりしちゃって!すごくかっこよかったです!」
「ああ」
「え、えと…あ!そのお菓子、前にショートさんが紹介してたやつですよね!私も食べてみたいと思ってたんですよ!」
「そうなんですか…」
愛川の作った声がだんだんと崩れていくように感じるのは気のせいだろうか。ショートが思うような反応を示さなくて焦っているのだろう。わざわざ自己紹介をして名前を強調したのに、それに関してはドスルーだし、次は自分も可愛いと言って欲しかったのだろうが、帰ってきたのはたった二文字の相槌。その次は彼の持ってきたお菓子かなんかを分けて貰うつもりだったのだろう。しかしショートの方の声色はだんだん不機嫌になってるような。
こうして部屋の中でのやり取りを分析していると、突然勢いよく扉が空いて、不機嫌オーラ丸出しの愛川が出てきた。
「ああ、おつかれ」
「は?まじ意味わかんないんだけど。」
「なにが?」
「ショートよ!私のこと最初だけこっち見て挨拶してくれたけど、その後はこっちを見向きもしないでちらちらスマホに目を向けるし」
「そ、そうだったんだ…」
「挙句には、「いつまでいるんですか?」だってよ!」
私が脳内分析してる間にそんな会話があったのか。それにしても、ヒーローショートもド直球だな。意外と声色に不機嫌さもで出たし。天然というか素直というか、まあそんな感じなんだろう。まあ完全に愛川には興味を持たなかったってことね。どんまい、という気持ちを込めて肩をぽんと叩けば睨まれた。解せない。
*
数時間後、何故かヒーローショートを出待ちするという奇行に出た同僚に巻き込まれつつ、私は時間を持て余す。そろそろ広告の撮影も終わるだろうと、テレビ局の外で待っていると、ショートがある女性に呼び止められていた。万物ヒーロークリエティ、彼女は彼とは反対によくテレビ出演をしているので私も知っている。ショートとクリエティは同じヒーロー同士だし、まあ絡むのは納得か。いったい何を話してるんだろうか。気づかれないように耳を澄ます。
「撮影お疲れ様です」
「ああ、八百万か。お前も大変だな」
「撮影がということでしょうか?それならわたくしはもう慣れていますので特に問題はありません」
「そうか、すげぇな」
「いえそんな…ではなく!わたくし今回轟さんに渡したい物がありまして。これを、いつもお世話になっていますのでぜひ奥様と!」
「温泉チケット…これ貰ってもいいのか?」
「ええもちろんですわ!実は4人分のチケットを頂きましたから遠慮はいりませんわ」
「そうか、ありがとうな」
「はい!それではまた、ぜひ奥様と楽しんでらして!」
そうして少し柔らかい表情をしたショートがこちらへ歩いてくる。え、待ってめっちゃ優しい顔してんだけど、ツラ良すぎでしょ。てかやっぱ結婚は本当だったのか。まあ本人が公言してるもんなそりゃそうか。と1人で納得して隣の同僚を見やると、物凄い形相で彼を睨んでいた。
「はあ、萎えたわ」
「ほらね、やっぱ結婚してないヒーロー推そうよ」
「は?だから私はショートファンだってば」
「あれ、今諦めたんじゃないの」
「なんで私が諦めないといけないのよ。とりあえず今日は気分が下がっただけ。次こそ私の魅力を気づかせてやるわ」
そう張りきってテレビ局から帰っていく愛川を見送る。ショートのリアコ勢って大変だな。こうなんとなく手の届くようなところにいるってのも。ショートが奥様の話をしているときだけなんとも言えない優しい顔をしてたことに気づかなかったのだろうか。
なんとなく同僚が下手な手噛ませ犬にならないことを祈って私たちもテレビ局を後にする。まあ正直なところどちらでも良いのだけど。
後日、愛川が某バラエティ番組で夫婦の惚気を披露するショートを見て発狂するのはまた別の話。
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