13 フレイムヒーロー
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ピンポーンと軽快な音が静かな和室に響いた。よいしょと重い足を動かしてゆっくり立ち上がり、玄関へ急ぐ。ガラガラと木製の扉を横にスライドすると、そこには焦凍くんそっくりの心配そうな表情を浮かべたお義父様が立っていた。
「ごめんなさい、出るのが遅れてしまって」
「そんな慌てんでもよい、それよりも自分の体調を優先しろ」
「ふふ、はいありがとうございます」
どうぞこちらへ、とその人物を居間に通して目的のものを取りに台所へ行く。戸棚にしまってあった、お義父様に渡す用の上生菓子を取り出し振り返ると、すぐ近くにお義父様の大きな体が見えて驚いた。
「っわあ、ごめんなさい」
「す、すまない。何か手伝うことがないかと思ってな」
ああなるほど、だから着いてきたのかと心の中で納得する。しかし私はこのお菓子を取りにきただけなので手伝うことと言われても特にないのだが…。せっかく来てくれたのにそれを蔑ろにするのも気が引ける。
「それでしたら、このお菓子と持ち帰り用のものが奥の棚にあるので、持っていって下さると助かります」
「む、わかった」
素直に頷いて、お義父様はその大きな体に見合わない和菓子を両手に居間へ運ぶ。私もお茶を入れて零さないようにゆっくり運ぶ。やはり両手が塞がってしまうと手摺が掴めないので少し不安定だなと感じながら居間へ戻ると、大きな手がお茶を乗せたお盆を取り上げた。
「ゆっくり座っていろ」
「…ありがとうございます」
* * *
「今日はわざわざこちらまで足を運んで下さりありがとうございます」
「いや、問題ない。それよりも身体は大丈夫なのか」
強ばった顔で私に心配をかけてくれるお義父様と私が会ったのは焦凍くんと結婚する直前だった。焦凍くんはお義父様と私をあまり会わせたくないという感じだったが流石に挨拶はしないといけないと思い、彼に頼んで会いに行ったのが最初だ。
彼らの家族事情はある程度聞いているが、私がお義父様と初めて会ったときはもうかなり丸くなっていたので、私からしたら優しくて不器用な人という印象だった。それから、初めて会ったときに渡した菓子折りを美味しいと言ってくれたのをきっかけに年に数回、彼の家に作った生菓子を持って行き、お茶会をするような関係になっていた。
しかしここ最近は私が怪我をしたせいでしばらく会うことができず、今回お義父様は私を気遣ってこちらまで足を運んでくれたというわけだ。
彼女と初めて会ったとき、随分と控えめな娘だという印象を持った。今どきの娘はみな快活でお喋り、どこかそんなイメージがあったがその真逆。お淑やかで控えめ、男を立てて3歩後ろを歩くような彼女は、自身の嫁である冷を彷彿とさせた。そのため最初に会ったときはひどく戸惑った。今までの自分の愚行は自覚しているし反省している。だが彼女にどう接したら良いか分からず無言で威圧的な態度をとったような気がする。なんといっても焦凍の目が俺を牽制するかのようにギラついていた。重たい空気が部屋中を包み込み、どう言葉を出そうかと無駄に緊張していた。しかし、そんな俺たちなどまるで気にしていないかのように、彼女は笑顔で菓子折を差し出してきたのだ。
「こんにちは、現在、焦凍さんと結婚を見据えてお付き合いをしておりますユキと申します。どうか一度でも焦凍さんのお父様に挨拶をと思い、こちらに伺いました。」
そう丁寧に、はっきりと述べた彼女の印象は俺の部屋へ入って来たときに受けた印象とは少し違っていた。この重たい空気の中、彼女の周りだけ穏やかな雰囲気が漂っているように見えた。
気の利かない俺が「ああ」、と一言述べてその菓子折を受け取るとまたふわっと花が咲くように笑う。そのような顔を今まで向けられてこなかったから、余計にどうしたら良いかわからなくなった。
「礼くらい言ったらどうだ」という焦凍の一言にその場で流れるように言った礼の言葉にも彼女は笑顔で頷く。
そのときから、彼女の態度は変わらない。相変わらず、気遣いが上手な穏やかな娘だ。家族との溝が深い俺にとって何も気にすることなく接してくれる彼女の存在は大きい。家族との悩みの相談や雑談をする時間が意外にも心の余裕に繋がった。彼女が轟家に加わってから少しずつ家族も歩み寄ってくれていると感じるのだ。
今では年に数回こうしてお茶をする仲であるが、この間事件に巻き込まれ大怪我をしたと聞いたときはかなり狼狽えた。令や夏雄、冬美も見舞いに行ったことを聞いて自身も見舞いに行こうかと考えたが、焦凍に断られた。それからしばらく会えずじまいであったが、自分が焦凍と彼女の家に行けば良いという発想に至り彼女に連絡した。
インターホンを押してから扉が開くまでに少し時間がかかっていた。左足を引き摺るようにして歩く姿を見て想像以上の怪我の重さを知った。もしや今まさに無理をさせているのかと聞こうと思ったが、彼女は俺と話が出来て嬉しいと微笑むので押し黙った。
「それで今度、冷の誕生日に何かしようと思うのだが…」
そうですね…と毎度真剣に考えてくれる彼女に感謝しかない。この歳になってようやく人を尊重し愛するという感覚を理解したように感じる。
* * *
久しぶりに話をしたからか随分と長居してしまった。そのことを謝罪し彼女から受け取った菓子折を持って席を立つ。見送りをしようと一緒に立とうとする彼女を制して、1人玄関を出るため扉に手をかけると、自身の手が届く前に、扉がひとりでに開いた。
「っなんで、お前が」
「焦凍」
俺の顔をみて驚きの声をあげ、顔を顰める焦凍の名を呼べばさらに顔を顰められた。
「今日は邪魔した。ユキは良い娘だな」
「そんなこと言われるまでもねえ。俺はなんでここに居るのか聞いてんだよ」
「彼女とお茶をしに来た」
「…次来るときは俺に連絡してくれ」
*
「焦凍くん、おかえりなさい」
「ああただいま、ユキ」
台所で湯呑みを洗うユキの様子を観察する。急に親父が来ていたのは驚いたが、ユキの負担になってないなら良い。
親父とユキの仲が良いことは不服だが、ユキの仲介によって俺らの家族の溝がなくなっているのは事実なので何も言えない。少なくとも親父がユキのことを嫌うよりマシだ。まあ、ユキが嫌われるなんてことは万に一つも有り得ないが。
しかし、まだ療養中のユキの元へ訪れると思っていなかった。湯呑みを洗い終わったユキを居間に連れていき座らせる。
「焦凍くん…まだご飯が、」
「俺がやるからユキは休んでていいぞ」
きょとんとする可愛いユキが大人しく座っているのを見てから台所へ行き、この間緑谷に教わった料理を作ために気合を入れた。
1/1ページ