12 雪の降る日
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お疲れ様でした!!というサイドキックの言葉を背に事務所の扉を開けた。冷たい冬の風が頬を撫で、ふわっと白い雪が目の前を通り過ぎる。あまりの寒さに白い息を吐きながら、手のひらを空の方へ向けると、またふわりと落ちてきた雪が肌に吸い込まれていく。
雪に関して、特段関心を持っているわけではないが、毎年「雪が綺麗だね」と言って笑うユキの顔を思い浮かべると、悪くはない景色だと思う。
傘は、持ってきていなかったか。もう一度どんよりとした空を見上げる。幸いにも雪が降っているのはほんの少しで、傘をささずとも大丈夫そうだと判断し、俺は早足で帰路についた。
* * *
冬の庭には青や白の花が似合う。
縁側から外へ出るとあっという間に体が冷気に包まれてふるふると震えてしまう。ブランケットを羽織ってなんとか寒さに耐えながら少し前に開花したホワイトローズの花を眺める。今年もこんなに綺麗に咲いてくれた。
手を伸ばして縁側に近い位置に咲くホワイトローズの花に触れると、ふわりふわりと手の甲に舞い落ちた白い雪が吸い込まれていく。次々と落ちて来る雪の所在を辿るように空を見上げると真っ白な空間の中、ふわふわと雪が舞っている光景を目にした。
「きれい…」
ぼんやりと上を見上げたまま、しばらく立ち尽くして、じんじんと熱くなり始めた手にようやく視線を戻すと、少しずつ肩や手に降り積もっていく雪に気がついた。パサパサと慌ててそれをはたいてから急いで家の中に入る。
今日は温かいご飯にしないと、それから、寒い思いをして帰ってくる彼が、すぐにお風呂に入れるようにしておかなくてはならない。私が退院してもうだいぶ月日が流れた。ようやく無理のない程度なら家事もやっていいとのお達しを受けたので遠慮なく家事ができるようになったのだ。そうして気合いを入れ、かじかんだ手足を無視して家事を再開する。
少し急いで準備を終えて、もう一度あの光景を見るために縁側に戻る。そこに腰を下ろして、だんだんと白くなっていく世界を眺める。小さな頃から、なぜだかこの光景が好きなのだ。
「…っユキ!!」
静かに降る雪の中で、いつもは聞かない彼の大きな声が響いてビクリと肩が跳ねる。彼が帰ってきたと気づいて縁側から離れようとすると、それよりも先に彼の腕に抱えられてしまった。あれ、彼は数秒前まで玄関前にいなかったかだろうか。
「手も足も赤いし、身体も冷えてる。風邪ひいたらどうするんだ。」
雪景色を背景に彼の美しい顔がこちらを見下ろす。いつもより、少しだけ怒気を含んだ声色に自分の浅はかさに気がついた。
そうよ、こんな寒い中外に出て風邪なんかひいたら焦凍くんに迷惑がかかってしまうじゃないか。軽率な自分の行動が恥ずかしい。
「ごめんなさい…私、」
「ユキ、怒鳴って悪い…その、雪が綺麗だな」
「え…」
また名前を呼ばれて咎められるのかと覚悟した。しかし反省の意を表してもう一度彼の顔を見上げると、先程の怒りなどまるでないように、彼はとても優しい顔でこちらを見ていた。そのまま軽々と家の中まで抱えられて、風呂場まで連れていかれる。
「寒いから、先に風呂に入ろう」
「…うん」
* * *
帰宅して家の敷地に入ろうとしたとき、自分より少しばかり背の低い塀の奥に、縁側に座ってぼんやりとしているユキの姿が見えて思わず叫んでしまった。
こんな寒い中何をやっているんだと、しかも素足で薄着で、冷えた身体で。もし風邪をひいたらどうするだと少し強く言葉をかけてしまった。
その言葉を聞いて肩をびくりと跳ねさせ、少し落ち込んだような顔をする彼女を見て、すぐに咎めたことを後悔した。抱き抱えた自分より何回りも小さくて細い身体を上手く調節した自身の炎で温める。
彼女の透き通った空色の瞳に、雪が綺麗と笑う姿を思い出して、先程怒ってしまったことへの弁明なのか、つい言葉が漏れた。実際のところ、俺にとって綺麗なのは雪ではなく彼女なのだが。
俺の言葉に目を丸くする彼女が可愛らしい。だけれど、今はそんなことしてる場合じゃない。早くこの冷えた彼女の体を温めないと、と風呂場へ急ぐ。もしユキに何かあったらと気が気じゃないというのに、やっぱり咎めたのは間違ってなかった。いくらユキが可愛いからといって俺の知らないところで体調を崩したりなんかしたらたまったものじゃない。
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