11-3 少しの変化とともに
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久しぶりの我が家に、少し気持ちが浮つく。
私が目覚めて約3ヶ月、怪我もだいぶ良くなり、リハビリも終えてようやく退院の許可がおりた。
私は早く2人の家に帰りたい一心でリハビリを頑張っていたのだが、焦凍くんは少し複雑な顔をする。確かに、体力は前よりも回復したといっても普通に生活できる訳ではないし、リハビリが体力回復も兼ねていたのだが 、どうにも疲れやすい気がする。その話を彼にしたからか、退院が決まったとき、ものすご心配した様子で、本当に退院しても大丈夫なのかとお医者様に詰め寄っていた。
お医者様からは引き続き入院するということもできるが、怪我に関してはもう退院はできるほどには治っているらしいので、あとは私たちの意思で、ということらしい。一刻も早く自分たちの家に帰りたかった私は、もちろんすぐに退院する意思を彼に伝えた。
さっそく家に入るとあらゆるところに付けられている手摺が目に飛び込んできた。前までこんなものなかったはずなのに……焦凍くんが、私のためにわざわざつけてくれたのだと察する。脳へのダメージによって左半身の感覚が前よりも鈍く、動かしにくくなったというのを気にしたのだろう。私が呑気に病室で過ごしている間にたくさん考えて準備をしてくれたのだと思うと胸の奥が熱くなる。同時に自分の考えの浅はかさも自覚した。
私ったら早く退院して家に帰りたいだなんてわがままを。見てわかる通り、負担は全て焦凍くんにのしかかるのに。
「焦凍くんありがとう。私、焦凍くんがこんなに考えてくれてるなんて思わなくて、やっぱりまだ病院にいた方が」
「ユキ、確かに心配なことは多いが早く2人で過ごしたいっていうのは俺も同じだ。ユキがそう言ってくれて嬉しかったよ」
私の肩を優しく抱き寄せて、優しい声で彼が話す。
ユキのことを負担だなんて思ったことないと私の心を見透かしたようにそう言って頭を撫でてくれる。
「ありがとう」
「ああ、だけどこれだけは約束してくれ。絶対に無理はするな。怪我はまだ完治してないし、体力だって全く回復してないんだからな」
「わ、わかってるよ」
ものすごく真剣に、その端正な顔をグイッと近づけて伝えてくるものだから、あまりの勢いに少しだけ怯んでしまった。
彼の綺麗な顔にじっと見られて恥ずかしいので、思わず顔を逸らしてさっさと家に上がる。
「それじゃあとりあえずお昼ご飯を作ろっか」
久々の自宅の台所、少し興奮ぎみそこに立ち、よしっと気合いを入れた私を見た彼はムスッと顔を顰めた。
「ユキ、」
「あれ、まだお腹空いていない?」
そうじゃねえ!と少し不機嫌に言って彼はそのまま私を抱えた。突然の浮遊感に驚きながら、どうしたの?と彼に問いかけるも彼は私を無視して寝室へ入る。そして布団の上まで運んでから優しく降ろしてくれた。彼は少し不機嫌な様子で私を見つめている。
「ユキ、今は料理も掃除もしなくていい」
「ええ!?」
「とにかく、休んでてくれ」
今日はまだ動けると言って立ち上がろうとすると、優しく肩に両手を置かれ抑えられてしまった。もう一度、休んでてくれと圧を押されて、私はその圧に負けた。
「…わかった」
「ああ、じゃあ俺が作ってくるから」
「えっ…」
焦凍くんが作るの?と聞き返す前に焦凍くんはそそくさと台所に行ってしまった。
私を心配しているということなのだろうか。しかし、これは些か過保護過ぎやしないかと苦笑する。そういえば彼は料理できるのだろうか。いや流石にした所を見たことがないだけでそんなことはないか。少し不器用な彼だが簡単な料理くらいなら問題ないか、と頭の中で自問自答をし、とりあえず大人しくしてようと布団の上でいったん肩の力を抜いた。
しばらくして、なぜか肩を落としてしょんぼりとした焦凍くんが扉を開けて現れた。その手にはうどんとお茶を乗せたお盆を持っていて、ご飯を持ってきてくれたのだと分かったので素直にお礼を言う。
「うどんを茹でてくれたのね、ありがとう焦凍くん」
「いやユキ、少し茹ですぎちまって、あとお茶もあんま上手く入れられなくて…」
だんだんと小さくなっていく声に相当落ち込んでいるんだと感じる。彼には悪いが、なんとなく予想の通りという彼の様子に緩みそうになる頬を必死で抑える。
だって、頑張って作ってくれたのは伝わるもの。笑ってしまったら失礼よ。
「焦凍くん、茹ですぎても大丈夫よ。ただいつもより柔らかいだけだし、お茶だって焦凍くんが入れてくれたっていうだけで私はとても嬉しい」
そう言うと、少し恥ずかしそうにしながら持っていたお盆を私の膝辺りに運んでくれた。自信なさそうに小さく肩を丸める彼の様子がなんだか可愛らしい。
「不味かったら言ってくれ」
「そんなわけないよ、焦凍くんが作ってくれたんだもの」
確かに少し柔らかいけど、普通のうどんだ。というか茹でるだけで不味くなるはずもないのだが。
心配そうな表情のまま私の隣で正座する彼に、美味しいと伝えると、ほっと安心したように緊張を解いた。だけどまだ何かを求めるような彼の顔を見て、ネギが欲しいと伝えると光の速さで取ってきてくれた。
「ありがとう」
「ああ、何かあればまた言ってくれ」
至極満足そうな顔をしてそう言う焦凍くん。なぜか、ものすごく機嫌が良くなった。怒ったり、落ち込んだり、笑ったりと今日の彼は表情豊かだなあと珍しい彼の様子に自分の表情筋が緩むのを感じながらうどんを食べる。
* * *
小さな口でうどんを啜る彼女の様子を眺めながら、自分の表情筋が緩みきってしまっているのを自覚する。
ちょっと失敗してしまったがなんとか作ったうどんを美味しいと言って食べてくれる彼女を見てると、とてつもない愛おしさが込み上げてくる。
目を離すと直ぐに動こうとするユキには心配事しかないが、少しばかり強く制したら大人しく休んでくれて安心した。
今日、彼女からたくさん感謝の言葉を受け取った。彼女のために何かをする度に、それはもう愛らしい笑顔を浮かべてお礼を言ってくれる姿が、なんだかめちゃくちゃ良いと思った。いつもこのような家のことはユキに任せっぱなしだったと気がついて、自分ももっと彼女のために何かしてやらないとという気持ちになる。
そしてユキに何かをお願いされる、頼られることがこんなにも嬉しいことだと思わなかった。
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