11-2 早く目を覚まして
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今日も、仕事を早く抜けて花を買いに行く。
ユキが好きな花。だけど具体的になんの花が好きかまでは知らなくて、ユキに似合う花を買って彼女の眠る病室に行く。
ベッドの横のキャビネットに飾り、未だに目を覚まさない彼女に目線を落とす。頭と骨折した足には包帯が巻かれていて、その痛々しい姿に胸が苦しくなる。
ピッピッと規則正しい心電図の音だけが鳴り響く病室の中で今日も1人、やり切れない思いを噛み潰しながら彼女の目覚めを待つのみ。
「ユキ…」
あまり良いとは言えない顔色をしていて、酸素マスクの中でゆっくり呼吸している。体温の低いその小さな手を握って愛おしい彼女の名前を呟くと、ぴくりとほんの少しだけ彼女の手に力が入ったように感じた。反射的に握った手に力を込めると、「ぅ、」と小さく呻く声が聞こえた。
「っ!…ユキ…?」
俯いていた顔を勢い良く上げ彼女の顔を見る。
彼女の頬にそっと右手を添えると、長らく見ていなかった彼女のガラス玉のような綺麗な瞳が顔を覗かせた。もう一度名前を呼ぶと、うっすらと目を開けている彼女が少しだけ目線を動かして反応を示したが、意識がはっきりとしないのか、ぼんやりとした顔でこちらを向くだけで言葉は返ってこない。
「は…ーー……ッ…」
「ユキ?どうした苦しいのか、どこか痛いのか」
何かを喋ろうとしているのか、酸素マスクの下で口がはくはくと動いているが、声が上手く出ないようで、ただ苦しそうな息が漏れるだけ。とりあえず急いでナースコールを探してそのボタンを強く押すと、まもなくしてスタッフが現れた。看護師によって一旦ユキから離された俺はそのまま血圧や体温などを測定されている彼女の様子を眺める。
* * *
頭がぼんやりとするのを感じながら、お医者様と焦凍くんが話しているの光景を見る。どうやら私は、約1ヶ月間ずっと眠っていたらしい。どうりで身体が重いわけだ。それに包帯でぐるぐる巻にされた左脚がズキズキと痛む。
最後に私の右手に繋がれた点滴を取り返えてから、また何かあればすぐにナースコールをお願いしますと言ってお医者様は出ていった。すぐに焦凍くんがこちらに近づいてきて、私の頬に触れる。なんだか久しぶりに感じるその温もりが嬉しくて安心して目を閉じると、瞼に彼の親指が触れた。
「眠いのか、体動かすから辛かったら言ってくれ」
うん、頷くと焦凍くんの手が私に伸びてきて体を横にするのを手伝ってくれる。
ベッドに寝転がり、はぁと息を漏らす。こんな小さな動きでも疲れるのかと、自分の体力が限りなく落ちていてことを感じて恐ろしくなる。
「ユキ、どこか痛いところはないか」
「大丈夫だよ」
「息苦しさとかもないか」
眠たくてふわふわする意識の中でずっと同じような質問を繰り返す焦凍くんの声が聞こえる。その声はとても優しくて、とても温かくて、とても安心できるから、私はそのまま意識を夢の中へと飛ばした。
以前のように苦しそうな表情ではなく、穏やかな顔をしているから、身体が良くなっていることは明白だ。けれど、まだ起きてる時間よりも眠ってる時間の方が長くて、俺が仕事から帰って来るときも目を閉じていることが多い。ユキが元気になっているのならば、それ以上は何もいらないからと思うことがある。元のように生活するのが困難でも、俺の隣で笑ってくれるのならば、それでいい。
それでも…、やっぱり眠るユキを見ていると、もう二度と目覚めないんじゃないかって不安になる。
毎日ユキの手を握りしめて体温を確認する。ユキが起きているときは、たくさん抱きしめて、彼女の温もりを確かめる。その度にユキは、心配かけてごめんなさい、というけど、正直その言葉はあまり好きではない。俺が無意識に不機嫌なのを顔に出すと、人の感情に機微なユキはありがとうと微笑んで俺を抱きしめてくれるから、そうやってユキとする会話をひとつひとつ心に刻み込む。絶対に、この愛おしい存在を離したくない。
「今日は起きてられたんだな」
「うん、最近は少しずつ体力が戻ってるような感じがするの」
「そうか、でも無理はするなよ」
「そうだね…でも焦凍くんが来る時間に眠ってしまうのは、寂しいから」
「…本当は、俺ももっとユキと話したい」
「うん」
「だけど、無理はしないでくれ」
「わかってるよ」
私を抱きしめる彼の手が少し震えているように感じるのは気の所為じゃないだろう。何かに怯えるように震える彼の体を、あまり力の入らない腕で抱きしめる。
「焦凍くん、私ね焦凍くんが大好きよ」
「ああ、俺もユキが好きだ」
「焦凍くん、泣いてるの?」
「泣いてねえ」
「私は、まだ死ぬつもりはないけれど…」
私のその言葉に一瞬、彼の力が弱まった。
そして、とても泣きそうな震えた声で言うのだ。
「っユキ…、俺から離れていかないでくれ…」
「私は、焦凍くんから離れる気なんてないけど」
「わかってる、好きだ、ユキ」
「私も、焦凍くんが好きだよ」
ぎゅうぎゅうと私を抱きしめる彼の腕の力が強くなる。少し体が痛いけど、彼を襲う不安は私がつくりだしたもので、それを拭ってあげるのも私でありたいから。
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