1 寒い夜には
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1 寒い夜には
買い物を終えてスーパーを出ると、先程まで夕焼け色だった空は真っ黒になっていて、少しずつ顔を出す星が点々と輝いていた。小さく深呼吸をすると吐いた息が白いことに気がつく。早く、帰らないと。家を出たときよりも低くなった外の温度に身震いしながら早足で帰路に着く。
「はぁ、思ったよりも遅くなっちゃった」
早足で帰ってきて乱れた呼吸を整えながら時計を見る。20時を過ぎているのを確認して少し反省。
本当ならお昼に買い物するつもりだったのに、いつの間にか昼寝をしていた自分を殴ってやりたい。とりあえず、買ってきた物を確認して台所に立つ。彼が何時に帰ってくるか分からないけれど、もしかしたら、もうすぐに帰って来るかもしれない。仕事終わりで疲れているだろうし、お腹も空かせているだろうから早く作っておかないと。
白菜をちょうど良いサイズに切りながら彼のことを考える。今日は早く帰って来られるだろうか。緊急な仕事が入って急いでそちらに向かっているかもしれない。彼は優しいから道で困っている人がいたら、その人を助けていて帰りが遅れるかもしれない。今日もたくさんの人を助け、ヒーローとして活躍する大好きな彼を想像して暖かい気持ちになる。
コンロの火を消して完成したお鍋を眺める。
生姜の匂いが台所に広がった。入れ過ぎてしまっただろうかと考えるが、今日は寒かったからきっとよく温まるだろうと勝手に納得して完成したお鍋に満足する。
先に夕飯をたべてしまおうか。それとも先にお風呂に入っておこうか。でも本当は、どちらも彼と一緒がいいから。彼は、私が遅くまで待っているのを知ると心配そうな顔をする。でも、それと同時に私が起きていると嬉しそうに顔を綻ばせる彼を私は知っている。彼はまだ帰って来ないけれど、どうしようか。
とりあえず、もう少しだけ、彼が帰って来るのを待ってみよう。
お鍋に蓋をして、リビングにある炬燵に足を入れる。電源が入ってないから、寒いじゃないかと腹を立て、スイッチをONにして、ぼうっと外の方を眺める。
この家には綺麗な庭園がある。私が植物が好きだと言ったから、彼は立派な庭園を立ててくれた。きっと私が暇にならないように色々考えてくれたんだと思う。そんな彼の気持ちにまた胸の奥が暖かくなる。
真っ暗な空間の中で、小さな池の傍にある庭園灯の周りだけ、ゆらゆらほんのりと橙色に照らされている。
外はとても静かだ。
なんとなく、なんとなく、少し寂しいような気がした。
*
19時、スマホを確認して一息つく。本日の市中パトロールの時間はこれで終了だ。あとは、事務所に戻って依頼状況の確認とデータ処理を行っているサイドキックへ、今日起きた出来事の報告。
事務所で1時間、2時間、サイドキックとの情報交換を行っている最中、緊急用の電話の音が鳴り響いた。
" ○○区域で火災発生、逃げ遅れた者が多数いると思われる。"
" 出動可能なヒーローは直ぐに現場へ向かってください"
それを聞き終わる前に事務所を出て氷結を使って現場へ急ぐ。
幸い、自分を含め複数のヒーローが直ぐに現場へ駆けつけたため、大きな問題もなく火災は処理された。救助者を全て助け出し、お礼の言葉や歓声を受け取りつつ、スマホの画面を確認する。22時30分。
今からサイドキックを呼ぶより速いかと判断して、タクシーを捕まえ乗り込む。事務所の場所を伝え、もう一度ゆっくりと息をついた。こういう時、いくらヒーローと言えど私情で個性を使えないのがもどかしい。
今日も1人で自身の帰りを待っているであろう愛しい人の存在を思い浮かべる。今日は日付けが変わる前に帰れるだろうか。
「…ユキ」
静かな車内で、つい、その愛しい存在の名前が口から溢れた。そして、どういうわけか胸が苦しくなる。いつもそうだ。彼女のことを考えると愛しさと同時にどうしようもなく胸が締め付けられるような感覚になる。
きっとまた自分が帰るのをずっと待っているのだろう。毎度毎度、不規則な自分の仕事の時間に合わせて行動してくれる彼女に対して申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちが複雑に重なる。早く彼女に会いたい。
ガチャ、と音を立てて鍵が開く。結局、0時を回ってしまった。居間の電気がついているのを確認したが、寝ている可能性もあるのでなるべく音を立てないようにドアを開けると、ふわっと生姜の香りが鼻を掠める。今日はいつもより一段と気温が低かったから生姜を使ったのだろうか。彼女が台所に立って料理をする姿を想像してなんだか愛しさが溢れてくる。
居間の扉を開くと毛布に包まり炬燵に突っ伏して眠っているユキの姿が見えて、無意識に表情が緩むのが自分でもわかった。炬燵から彼女の身体を出して、ゆっくり抱き上げる。すると小さく唸り身動ぎをした。
「…んん」
「ユキ、ただいま」
「しょう、とくん、おかえりなさい」
寝惚けたまま俺の顔を見つけた彼女はふにゃりと顔を綻ばせて抱きついてくる。なんだ、その可愛い行動は。俺も、それに答えるようにぎゅうっと抱きしめる。
「ユキ、寝るなら布団行くぞ」
「まだ夜ご飯と、あと、お風呂も」
眠たそうにしながら必死で口を動かす彼女の言葉を聞いて、また胸の奥がきゅっと締め付けられた。
段々目が覚めてきたのか、彼女は俺の手から降りて嬉しそうに、ふわふわと笑いながら話し始めた。
「焦凍くんおかえりなさい。今日はお鍋をしたの、外は寒いから生姜を入れたからきっと温まるよ。
ご飯準備してくるから急いで着替えてきてね。」
早く一緒にご飯を食べようと、それが楽しみで仕方がないのだ。というような様子のユキがめちゃくちゃ可愛い。
彼女の言う通りコスチュームを脱いで急いで着替えて戻ると台所で鍋と白米を温め直している彼女が目に入った。
「美味そうだな」
「ふふ、そうでしょ。きっと美味しいよ」
「そうだな」
ふわふわと幸せそうな顔をしながらご飯を食べる彼女を見るとこちらもつられて頬が緩む。美味しい、温かいご飯を毎日用意してくれて、こうして一緒に食事をする時間が心地いい。
彼女を遅くまで起きて待たせるのはさせたくないのだが、こうした時間を楽しみにする自分がいるせいで、あまり強く注意することが出来ない。無理をしていないければいいが。
目を細めて、普段はあまり変わらない表情を少しだけ緩めてご飯を食べる彼が愛おしい。やっぱり、待ってて良かった。
食事を終えて一緒に片付けをしてから、一緒にお風呂に入る。
彼のサラサラした紅白色の髪の毛を洗ってから、彼の身体に触れる。焦凍くんは、本当に、どこから見てもかっこいいなあ、なんてふわふわした頭で考えながら彼の身体を洗う。今日も、怪我はしてなさそうで良かった。
シャワーで泡を流し終えると、突然、顔を上に向かされた。彼の左右で色の違う綺麗な双眸がこちらを向いている。
ユキが自身の身体を洗い終えたのを見て、彼女の顔を両手で挟み、こちらに向けた。我慢できなくて、彼女の唇に自身の唇を押し付ける。それに優しく答えてくれる彼女を軽く抱きしめてから、今度は自分が彼女の髪の毛に触れて、身体に触れる。
自分とは違う細い絹のような髪の毛を優しく洗って、柔らかくてサラサラした真っ白い肌を泡で覆う。泡を流し終えるとき、彼女の頭がこくこくと船を漕いでいることに気がついた。
「おい、まだ寝るな。少しでも湯に浸かって温まってから風呂を出た方がいい。もう少し頑張ってくれ。」
小さく頷いたのを確認して、彼女の小さな身体を抱きしめるようにして一緒に風呂に浸かる。
「今日も、遅くなって悪かった。待っててくれてありがとう」
「…うん、今日もお仕事お疲れ様。ヒーローのお仕事はたくさんあるから仕方ないよ。きっと今日も急いで帰ってきてくれたんでしょ?」
「まぁ、そうだな」
「ふふ、私はそれだけで十分。いつもお仕事頑張ってくれてありがとう。」
「ユキ、愛してる」
「私も…」
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