歪曲恋愛
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ぐっと歯を食いしばって耐える。
ぐらぐらと揺れる電車は足元が覚束無い。気を抜くとふわふわと宙に浮いてしまいそうだ。ここでは、誰も自分を見ない。まるで透明人間になったような気がする。
それが心地よくて、酷く寂しくて。
―――都会の空気にはまだ慣れない。
一大決心をして家を飛び出したのはまだほんの数ヶ月前のこと。地元で就職して欲しいと懇願する両親の望み通りに、田舎にしてはそこそこ有名な企業に内定していた。
一般的に言う「お金持ち」の分類の家に生まれ、蝶よ花よと育てられてきた。近所の人からも可愛がられ、勉強も運動も、人並みだけどできないわけではなかった。
自分の人生は順風満帆だと信じて疑わなかった。
「高坂さん家もね、気持ち悪いわ」
「あそこの奥さん、まだ不倫してるんでしょう?」
「椿ちゃんも可哀想に。」
「お父さんが本当のお父さんじゃないなんてね」
「……え?」
自分が母の不倫相手の子供だと知るまでは。
父は会社経営者で、どうしても父が欲しかった母が、
結婚を迫るために托卵した子供だった。
何よりもおぞましいのは、母は未だにその不倫相手と会っていて、父もその事実に気付いているということ。知っていて知らないふりをしている。
あまりにも歪な家族の形を自覚して以来、二人のことを気持ち悪いと思ってしまい、もう家には居られなかった。
両親には黙って内定を辞退し、怒り狂った2人から逃げるように東京へ出た。
学生時代こつこつと貯めたアルバイト代と事情を知っている父方の叔父に援助してもらって、激安オンボロ物件でフリーターをしながら一人暮らしをしている。
「あ、」
がたん、と大きく揺れて電車が止まる。
新宿と表示されたのを確認して、慌てて扉の方へと寄る。人の波に流されながらホームに降り立つ。
「お姉さん、初回どうですか?」
並走してくるキャッチの男を受け流し、目的地へと急ぐ。新宿は仕事があるから頻繁に来るけれど、この独特の夜の空気は好きになれそうにない。今日だって、待ち合わせじゃなかったらこんな時間には来なかった。
【上京おめでとうございます。
もしよければ、一度会ってみませんか】
東京へ来るきっかけを与えてくれた人に初めて会うのだ。多少無理してでも来るしか無かった。
ずっと悩みを親身に聞いてくれた人。一度直接会ってお礼がしたかった。
待ち合わせ場所について乱れた前髪をさっと整える。
カバンに入れていたぬるくなったミネラルウォーターを口に含んで一息つくと、こちらを凝視している男性と目が合った。
「椿さん、ですか?」
「……え、あ、もしかして奈倉さん、ですか?」
爽やかな声。返事の代わりににこりと微笑まれる。
失礼ながら想像していた人物像とは全然違う。本物の奈倉さんはすらっと細身で顔が整っていて、少し身構えてしまう。流石都会、芸能人みたいだ。
「よかった、迷子になりませんでしたか?」
「は、はい」
思わず上擦った声で返事をすると、
奈倉さんは緊張しないでと笑って、ついてくるように言った。なんとなく隣を歩くのは気が引けて、
人混みの中をはぐれないように必死に背中を追いかけた。
「奈倉さん、あの、本当にありがとうございました。
見ず知らずの私を助けてくださって」
「助けたなんて。ただ話を聞いただけですよ」
彼との出会いは、ネットの掲示板だった。
誰にも言えない悩みを書くというもので、両親のことを知った日に、思いのままに殴り書いた。
身バレしない程度にぼかして、ただただ楽になりたくて。そんな中、個別にメッセージをくれたのが奈倉さんだった。
「……でも、どうしてそんなにお優しいんですか?」
「いやぁ、優しくなんかないんですよ」
「そんな、謙遜なんて」
「いえ、謙遜なんかじゃなくてね」
ぐらり。突然視界が歪む。
「え?」
上手く頭が回らず、そのまま体が横に倒れる。
視界の端にキャリーケースが写った。気付いた時にはもう遅い。あれほど爽やかな笑顔を浮かべていたはずの奈倉さんは、まるで別人のように楽しそうに笑っている。
人身売買か、それとも―――。
最悪のケースを思い浮かべながら、私は意識を手放した。
善人などいない
ぐらぐらと揺れる電車は足元が覚束無い。気を抜くとふわふわと宙に浮いてしまいそうだ。ここでは、誰も自分を見ない。まるで透明人間になったような気がする。
それが心地よくて、酷く寂しくて。
―――都会の空気にはまだ慣れない。
一大決心をして家を飛び出したのはまだほんの数ヶ月前のこと。地元で就職して欲しいと懇願する両親の望み通りに、田舎にしてはそこそこ有名な企業に内定していた。
一般的に言う「お金持ち」の分類の家に生まれ、蝶よ花よと育てられてきた。近所の人からも可愛がられ、勉強も運動も、人並みだけどできないわけではなかった。
自分の人生は順風満帆だと信じて疑わなかった。
「高坂さん家もね、気持ち悪いわ」
「あそこの奥さん、まだ不倫してるんでしょう?」
「椿ちゃんも可哀想に。」
「お父さんが本当のお父さんじゃないなんてね」
「……え?」
自分が母の不倫相手の子供だと知るまでは。
父は会社経営者で、どうしても父が欲しかった母が、
結婚を迫るために托卵した子供だった。
何よりもおぞましいのは、母は未だにその不倫相手と会っていて、父もその事実に気付いているということ。知っていて知らないふりをしている。
あまりにも歪な家族の形を自覚して以来、二人のことを気持ち悪いと思ってしまい、もう家には居られなかった。
両親には黙って内定を辞退し、怒り狂った2人から逃げるように東京へ出た。
学生時代こつこつと貯めたアルバイト代と事情を知っている父方の叔父に援助してもらって、激安オンボロ物件でフリーターをしながら一人暮らしをしている。
「あ、」
がたん、と大きく揺れて電車が止まる。
新宿と表示されたのを確認して、慌てて扉の方へと寄る。人の波に流されながらホームに降り立つ。
「お姉さん、初回どうですか?」
並走してくるキャッチの男を受け流し、目的地へと急ぐ。新宿は仕事があるから頻繁に来るけれど、この独特の夜の空気は好きになれそうにない。今日だって、待ち合わせじゃなかったらこんな時間には来なかった。
【上京おめでとうございます。
もしよければ、一度会ってみませんか】
東京へ来るきっかけを与えてくれた人に初めて会うのだ。多少無理してでも来るしか無かった。
ずっと悩みを親身に聞いてくれた人。一度直接会ってお礼がしたかった。
待ち合わせ場所について乱れた前髪をさっと整える。
カバンに入れていたぬるくなったミネラルウォーターを口に含んで一息つくと、こちらを凝視している男性と目が合った。
「椿さん、ですか?」
「……え、あ、もしかして奈倉さん、ですか?」
爽やかな声。返事の代わりににこりと微笑まれる。
失礼ながら想像していた人物像とは全然違う。本物の奈倉さんはすらっと細身で顔が整っていて、少し身構えてしまう。流石都会、芸能人みたいだ。
「よかった、迷子になりませんでしたか?」
「は、はい」
思わず上擦った声で返事をすると、
奈倉さんは緊張しないでと笑って、ついてくるように言った。なんとなく隣を歩くのは気が引けて、
人混みの中をはぐれないように必死に背中を追いかけた。
「奈倉さん、あの、本当にありがとうございました。
見ず知らずの私を助けてくださって」
「助けたなんて。ただ話を聞いただけですよ」
彼との出会いは、ネットの掲示板だった。
誰にも言えない悩みを書くというもので、両親のことを知った日に、思いのままに殴り書いた。
身バレしない程度にぼかして、ただただ楽になりたくて。そんな中、個別にメッセージをくれたのが奈倉さんだった。
「……でも、どうしてそんなにお優しいんですか?」
「いやぁ、優しくなんかないんですよ」
「そんな、謙遜なんて」
「いえ、謙遜なんかじゃなくてね」
ぐらり。突然視界が歪む。
「え?」
上手く頭が回らず、そのまま体が横に倒れる。
視界の端にキャリーケースが写った。気付いた時にはもう遅い。あれほど爽やかな笑顔を浮かべていたはずの奈倉さんは、まるで別人のように楽しそうに笑っている。
人身売買か、それとも―――。
最悪のケースを思い浮かべながら、私は意識を手放した。
善人などいない
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