ほんとはもっと甘えたい

金曜の夜、泊まりに来た歩をあまり構ってやれないでいたのはわかっていた。

「まだ仕事すんの」
「あと少し」
「……俺眠いんだけど」

22時頃帰宅した俺と、それを待っていたかのように訪ねてきた歩は、俺の買ってきた焼き鳥を一緒に食べた。
家で食事を済ませてきたという歩の食欲はそれでも旺盛で、ココアを飲みながら10本を平らげた。
そうして、持って帰った事務仕事を片付ける間、大分、我慢していたのだろうことも、わかっていた。

「眠い」
「先に寝ていいよ」
「……寝ねえよ」

わかっていた。一緒に寝たいと、そう思ってくれていることは。わかっていたんだ。

「わかったよ、もういいから。メールあと一通送信したら俺も寝るからベッド行ってろ」
「じじいは大変だよな。そういうの社畜って言うんだろ」

しかし俺も疲れていたのだ。その上わかったような口をきかれて少しイラついたからかもしれない。
お前に仕事の何がわかる、ネットで聞きかじった言葉を並べて万人のことをわかったようなつもりになるなと言いたかったが言わなかった。
その代わりに、つい、出てしまった言葉だった。

「お子ちゃまは先にねんねしてろ」

ピキ、と音が聞こえた気がして振り返ると、すっと目を細め、握った拳を震わせた歩が目に入り、浩介は思わず後ずさった。

「……許さねえからな。ぜってえ、犯す」

不穏なことを口走った歩は一歩、二歩、とこちらへ近づいてくる。

「ちょっと待て、おい歩」
「うるせえ」
「俺の話を聞け。とりあえずメールをさせろ」
「うるせえよぶち殺すぞこのヘタレ」

そう言われて浩介は口をつぐんだ。その勢いに押されて黙る。

「だいたいおめーはいつもいつも口ばっかりでいざとなると俺に手も出せねえんだよな、はいはい、知ってる知ってる。だったら俺がやってやるよ、文句ねえだろ。両手を出せ」
「歩。お前なあ。年上に向かってその口の利き方は」
「あん? じゃあじじいは年下ナメていいのか? 年なんか関係ねえよクソが」

いつもの百倍口が悪い。胸のあたりをどんと押されて後ろにあったソファに尻餅をついた。

「手出せよ」
「手? ……なんで? ちょっと待て、メールを」
「うるせえ! 両手出せ!」

歩のキレ方はかつてないほど激しく、自分の言葉が彼の逆鱗に触れたことは十分に理解した。怖いかと言われればそうでもない。でもまあ歩の気の済むようにさせてやろうと、浩介は落ち着き払って両手を差し出した。

「思い知らせてやる」

歩はそう言うと、唇をぺろりと舐めながら、浩介の両手首を新品の結束バンドで後ろ手に拘束した。
なぜそんな物を持っているのか、ついに聞くことができなかった。



「俺の、どこが、子どもだって」

そう首をかしげる歩は、艶のある若い肌を露出し、腰にタオルを巻いている。風呂上がりのいい香りがした。
こちらは彼がシャワーを浴び終わるまで拘束されたまま放置されていたのだ。うとうとしかけたところに、そんな姿の歩が現れた。

「機嫌直せよ……そういう意味で言ったんじゃねえよ」
「煙草が吸いたいだろうな、仕事片付けて、あとは寝るだけなんだから、一本吸いたかっただろうな、でも吸わせてやらねえよアホが」
「お前、今日ちょっと口悪すぎだぞ」
「うるせえよ。親気取りか?」

ゆっくりと近づき、ソファに座らされたままの俺の膝の上に、歩は脚を開いて跨った。目の前に、ほぼ全裸の恋人の体があり、少し目のやり場に困る。

「おい、見ろよ、子どもの裸なんかどうでもねえだろうが」

挑発するように睨みつける歩の目は怒りで据わっていた。

「悪かったよ。俺の言い方が悪かった。もう許せよ」
「嫌だね。ふざけんなよ」

そう言いながら、歩は下着をつけていない股を俺の股間に擦り付けた。途端に反応しそうになって拘束された手を軽く握った。
そうか。本当にこれから犯されるのだ。そう思うとますます歩の体を見られなくなった。

「見ろっつってんだろうが」

視線を追って、胸を反らすようにして見せつけてくる。

「舐めろ」

掠れた声と同時に、歩は乳首を俺の唇に押し当てた。舌をちろりと出すと、ふにっとした感触があり、何度かそれを繰り返すとそこが少しずつ固くなってくるのがわかる。
俺の動揺や遠慮が薄れるのが思ったより早かったのか、歩は少し焦ったような顔をした。

「んんっ……あっ……」

自分で言い出したくせに、先に勃起したのが恥ずかしいのか、歩は小さく喘ぎながら少しずつ腰を引きだした。巻かれたタオルの股間の部分が持ち上がっている。

「子どもはそんな反応しねえだろ……ちゃんとわかってるから、もっとこっち来て……くっつけよ」
「う、るせえ、わかってんだよ」

遠慮がちに腰を振り、歩はだんだん息を荒くしていく。

「や、あんっ……」

勝手に喘ぎながらこちらには全く触れて来ない。生殺しだ。
その時、巻いていたタオルがはらりと落ち、先端が赤く腫れた歩のペニスが露わになった。

「なあ……俺には何もさせてくれないのか」
「させねえよ、子どもに、興奮すんのか、お前は」
「子どもには興奮しない。でも歩にはするよ、知ってるだろ」
「っ、ん」

俺の声に感じ入ったような声をあげ、歩は俺の上半身に抱きついてきた。かわいい。触れたい。
ローションを手に取り、歩は自分をほぐし始める。くちゅ、と音がするたびに、歩は眉をひそめて息を吐いた。

「それ、俺にはさせてくれないのか」
「無理」
「どうして? 俺がした方が気持ちいいだろ」
「……うるさい」

口調が少し落ち着いてきたのでもう一押しだと思った。

「歩……頼むよ……手、解いて。触らせて。歩」

俺が名前を呼ぶたびに、ひく、ひく、と腰が動いている。俺の声に反応して。
つい子ども扱いしてしまうのが悪いくせだという自覚はあった。歩がそれを嫌がっていることも。でも仕方がない。かわいくてかわいくて仕方がないからだ。

「歩」

俺の声に、歩がいい反応をするのも、愛おしくて仕方がない。
歩は一旦膝から降り、ハサミを取って戻った。パチンと音がして手が自由になると、歩の手からハサミを取り上げてテーブルに置き、そのままソファへ押し倒す。

「いやだ、やめろ、俺が乗るんだ!」
「いいから……」
「っうるせえ!」
「シー……静かにしろ」

キスをして、舌を入れると、歩は意外にもゆっくりそれに応じてきた。合間に言葉を挟みながら、優しく歩の口内を味わっていく。

「せっかく来たのに……構ってやれなくてごめんな……本当、悪かったよ、ごめんな……歩」
「ん、……は、ん……う……」

下から腰を擦り付けることで、歩は俺の言葉に応えてくる。

「触っていい?」
「……いい」
「歩……」
「んんっ」

歩の体は少し汗ばんでいて、腰骨を撫でると大げさな反応が返った。ローションを取り、指を濡らして、歩の後ろにゆっくり突き立てる。

「やっ、あ、あっ、まだ、無理」
「何が……」
「耳元でしゃべんな……!」
「……なんで……」
「んんっ! てめえ」
「てめえじゃねえだろ、名前、呼んで、お前も」

上を全部脱ぎ、それから前を寛げて、すでに完全に反応しきっている自分のものを露出させると、歩は顔を赤くした。

「まだ慣れないのか」
「何が」

そういう反応も。本当に。
手早くゴムをつける。

「なんでもない」

覆いかぶさると肌が触れ合い、それが心から気持ちよくて歩の体を思い切り抱き締める。性欲と同じくらい安心感が高まって、眠くなるような気がした。

「あ……」
「お前も気持ちいい?」
「……もっと……浩介……」

肩口に唇を押し付け名前を呼ばれたのを合図にして、股を開かせて自分のものに手を添え、濡れた場所を探った。

「ん……あ……」
「……ここ?」
「そこ……っ」
「挿れていいか」
「……いい……ん、あ、っく、」

少しずつ腰を進める。異物の挿入に強張る歩の体を撫でさすってなだめながら、うねる中を貫いていき、奥の奥まで欲望で満たした。

「歩……」
「ああ……っ」
「全部、入った」
「っ、知ってんだよ……」
「気持ちいい?」
「……るせぇ」

欲しい言葉が出てこなかったので、腰を少し動かす。

「あっ、ん……」
「は……俺は、すげ、気持ちいい」
「あっそ……よかっ、たな」
「お前は」

答える代わりに歩はがっしり抱きついてきた。
仕方がないので許してやることにして、そのままの体勢でだんだん腰の動きを速めていく。

「やっ、……んっ……はぁ、あ」
「っ、あ」

顔を見たくなり、上半身を起こすと、歩はうつろな目で見上げて来た。顔が赤く火照っている。
奥からずるずるとゆっくり抜いていくと、歩は体を震わせた。浅いところを突いて、抜ける寸前まで腰を引く。

「あっ、ちょ、そこ……」
「なに」
「い……お、お前、ずるいぞ」
「何が」

ニヤついた顔をおさえきれない。

「奥まで欲しいならそう言えよ」
「…………挿れろ」
「何?」
「奥、まで、……い……挿れて」

歩はやっとそう言い、ぎゅっと目をつむった。ああ。かわいい。

「っ、ここか」
「ああっ!」
「はぁ、は、歩……」
「あっ、んっ、んっ」

体を起こしたまま、歩の太ももを掴みながら腰をぶつけ、何度も奥を突いた。すでに二人とも汗だくだった。

「っ、もう、やだ、やめろ、も、あっ」
「イく……?」
「んんっ」
「……はぁっ、俺も……歩……」
「あっ、い、や、っイく……いぁ、あっ!」
「歩、っ、あ、出る……っ」

歩が大きく体を跳ねさせて、中が激しくうねり、搾り取るような動きに我慢できずゴムの中に欲望を吐き出す。
まだ理性が戻らないらしい歩が手をきゅっと握って来たので、それを握り返して頬やまぶたに何度もキスをした。
機嫌が直ってよかった。心からほっとしている自分に気づき、今度は謝罪を込めて歩を抱き締めた。

「……ベッド行く」

小さく呟いた歩を、明日は一日中ずっと抱いていたい。

「ベッド行ってもう一回するか」
「しねえよ」
「お前、俺を犯すって言ったよな。でも結局犯されて終わったんだな。まあいいよ、あゆちゃんがそれでいいなら」
「……じじい、覚悟しとけよまじで……」

がばっと起き上がると、歩は男らしく全裸でずんずんベッドルームへ向かって行った。

「早く来い!」
「はいはい」

気の済むまで、勝負を受けてやる。





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2018.10.26
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