ほんとはもっと甘えたい

土日をゆっくり過ごすために、金曜の退社は深夜になることが多い。
その日も家に帰りついたのは深夜1時を回ったころだった。
部屋の電気をつけ、スーツのポケットから携帯と煙草を取り出してテーブルに放る。
ネクタイを緩めて上着を脱いだところで、携帯が鳴った。

「もしもし。どうした」

相手は歩だった。

『こーすけ?』

その声音から、異変を感じ取る。

「歩?」
『こうすけ』
「…お前、飲んだ?」
『かえれない』

いつもと違い、気が緩み切った声だ。

「どこにいる」

歩はここから車で15分くらいの場所にあるコンビニの名前を言った。

「迎えに行こうか」
『うん』
「……本当に?」
『うん』

こんなことは初めてだ。いつも、意地を張って断るくせに。未成年が酒を飲んでけしからんと気づいたのは、そこへ向かう車の中だった。
コンビニに着くと、歩は雑誌コーナーにとろんとした顔をして立っていた。
ガラス越しにその姿を見つけて、思わず頬が緩む。俺にそんな顔を見せることは今までなかったから。
歩は俺の車に気づき、すぐに駐車場へ出てきた。笑ってはいない。でも、へにゃっとしている。

「飲んだのか」
「うん」
「どこで」
「友達んち」
「親は?」
「いなかった」

乗り込んでシートベルトをすると、歩はじっと俺を見た。

「何」
「こうすけだ」
「…そうだけど」
「迎えに来たの」

そう言って目を閉じて、眠りにつく寸前、歩は微かに笑った。

「お前が来いって言ったんだろ」

そう言い返す声は、自分のものと思えないほど柔らかかった。

抱きかかえるようにして歩を家の中へ運び、ソファへ寝かせる。ほっと一息ついて立ったままソファの背に寄りかかると、歩が目を覚まし、起き上った。

「こうすけ…」
「何」
「怒ってる?」
「いや。何を?」

煙草に火をつけてから、横になる歩を見下ろすと、ぼんやりした顔をした彼は俺を座らせてその膝に頭を乗せた。腰に抱きつかれて動けなくなる。

「酔った」
「お前、やめろよ…」
「なにを?ひざまくら?」

眉間にしわを寄せた不安そうな顔に、色気を感じて思わずキスをした。

「違う。あんまり…酔ったりすんな。心配、するだろ」

正直未成年の飲酒なんか、別に俺はどうでもいいと思っている。でも、俺の前ですらそんなに無防備になるのなら。

「心配した?」

いつもよりあどけない顔をして俺の首を引き寄せる歩に、我慢ができなくなってのしかかった。

「酒くさい…?」
「いいよ…なんでも」

酒のにおいは確かにした。でもいつもと違う声、態度、表情、その全てに引っ張られる。

「あゆちゃん」

いつもは怒るその呼び方も。

「うう」

唸って赤い顔で目を逸らす。

「恥ずかしい?」
「なんで…いっつも…ちゃんづけすんの…」
「かわいいから」
「…んなわけねえし…」

歩は照れて腕で顔を隠してしまった。

「あゆちゃん。かわいい顔見せて」
「…やだ…」
「歩」
「んっ、ん…」

顔を背けようとする歩を少しだけ押さえつけて、何度もキスをする。そうするうちに、逃げようとすることをやめ、ちゃんと正面から俺のキスを受け始めた。

「んー…」

甘えたような声を出されて、最大限に優しくしてやりたくなる。

「こうすけ、こうすけ、やりてぇ…すっごい」
「…うん」

声が上擦らないように気をつけながら返事をする。情けない。
歩の体を俯せにして弄る。歩はそれだけでもう息を荒くした。
なんだか少し、いつもとは違う感情が湧く。それが何なのか、この時点ではまだわからなかった。
首筋に吸い付いて、仰け反る体を抱きしめながら舐め上げる。
いつもならそのままじっとして声を殺すのに、歩ははあはあと喘ぎ混じりの息をしながら後ろ手で俺に触れようとした。

「あゆちゃん。積極的だな」

うう、と唸って、歩は俺の体の下から這い出た。ソファを降り、床に座って俺を見る。起きろ、と言う。
戸惑いつつ上半身を起こした俺の腰にふにゃりと抱きつき、そのまま下のジッパーを下げられた。

「は?何、おい、歩」
「…何って?」
「…何」
「いいだろ」

歩は俺が抵抗すると思ったのか、若干急いで俺のペニスをパンツから出した。
そうして、ぱくっと咥える。
ちろちろと舌を出し、先端を舐め、半分ほどを口に含む。
あまり上手ではない。歯があたる。
でも、普段そんなことをしないので、異常に興奮した。
あまり息を弾ませないようにして、ゆっくり歩の頭を撫でる。ワックスでスタイリングされた髪の毛は、指通りが悪く、少し軋んだ。

「…気持ち悪い?」

上目遣いで見上げながらそんな殊勝なことを聞くので、もっとわしわしと撫でてやった。

「気持ちいいよ」

その証拠に、お前が舐めてるそれがそんなになってんだろ、と思う。膨張して痛いくらいだった。
んんっ、とくぐもった声を上げながらフェラをする歩に、カウパーが滲むのがわかる。
照れくさくてもうやめて欲しくなった。嬉しいし、恥ずかしくて死にそうだ。

「…すげえ、硬くなった」

何だか得意げに言われて、何も返せない。
ソファに仰向けに倒れた俺の上、歩が下だけを脱いで跨る。

「お前酒飲んで変わりすぎだろ」
「何が」
「こんなこと…しないくせに、いつもは」
「…俺は大人だっつーの、もう」
「成人もしてないのに?」
「精神年齢がたけーんだよ」

少しずつ濡らして、少しずつ拡げる。ローションとゴムを協力して相手の体に使う。そんなことも、普段のこいつならしない。
歩はなるべく自分がセックスに関わらないようにしている。いつも主導権を握っているのは俺だ。
歩がゴムをつけた俺のペニスを支えて腰を下ろした。飲み込まれるところが見える。

「…ん……あ……っ」

もう少しで全部、というところで、下から突き上げる。

「ああっ!」
「…っは、歩…」

ゆっくり腰を回すと、歩はひときわ大きく喘いだ。
表情が緩んで、ひどくセクシーに見える。

「待って、俺が、やるから…」

歩は俺の肩を両手で押さえ、膝をついて腰を少し浮かした。そうして半分ほど抜き、ゆっくりまた腰を落とす。

「う…」

思わず呻く。歩は俺を見下ろしながら何度もそれを繰り返した。

「なんかさ、なんか、いい、これ」
「…は」
「浩介が、下にいる…エロい顔して」

あまり我慢できそうになかった。

「歩、後ろに手ついて」
「ん?」

歩が俺の膝のあたりに手をつくと、開いたその股の情景が、見たこともないほど卑猥になる。

「全部見える」

やられっぱなしで悔しくて、そうはっきり言って笑ってやると、歩は顔を真っ赤にした。

「イくとこも全部見ててやるよ」

下からずん、と腰を振る。

「あっ」

ペニスが出たり入ったりするその上で、歩のものもガチガチになっている。

「あ、や、っああ!」

止まらなくて、奥の奥までこじ開けるように突き上げた。

「い、ああ、あっ、あっ、い、いいっ、気持ちいい…」

歩は上半身を反らして目をぎゅっと閉じている。

「歩…気持ちいいか…」
「ん、い…いい…は、あ」

この、いつもとは少し違う多幸感は何だろう。
いつもは、少しでも間違えば壊してしまいそうな気がしていたんだ。
歩の体も、無理にでも崩すまいとするそのプライドも、俺たちの関係も。
でも、何もかもが少しずついつもより緩んだ歩が、今ならなんでも許してくれる気がして。出来る限り優しく、と心がけていたものが今日は少し、溶け出してしまった。

「自分で扱いて…歩、イくとこ見せて、俺に」

言ってから、俺はそんなことを望んでいたのかと愕然とした。声が興奮で上擦るのにも構わずに、そんなことを。
歩は悶えながら俺を見て、目を逸らし、それから片手を自分のペニスに添えて握った。
俺が下から突き上げるのと同じリズムで自慰をして、口を半分開けたまま、あっあっあ、と声を上げ続ける。
そんなに声を出す歩を見たのは初めてだった。
だんだん扱く手の方が速く激しくなっていき、挙句、歩は大きく体を震わせた。

「っああぁ!んっ!んん…!」

勢いよく飛沫を飛ばしてイった歩を見て、ラストスパートをかけるまでもなく、俺は絶頂を迎えてしまった。



「何したんだよ!俺が寝てるのに!」

翌朝の歩はすこぶる機嫌が悪かった。
激しい行為のせいで腰が痛むらしく、目を覚まして開口一番そう叫んだ。
俺はその少し前に起きて、目の前の恋人が昨晩見せてくれたものを思い出し、一人幸せに浸っていたというのに、だ。

「俺が勝手に襲ったみたいに言うなよ」
「はぁ?同意した覚えはねえよ!」

その他の記憶も一切無いくせに、よく言えたものだ。

「あんなにかわいかったのに…」
「ふざっけんな」

ベッドに横たわったまま枕を投げようとする歩を抱きかかえて止める。

「未成年の飲酒は法律で禁止されています」
「うっせ。オヤジまじ黙れよ」
「お前さぁ、いつまでその反抗期引きずるの?精神年齢高いんじゃなかったの?」
「何の話だよ、知らねえよ」
「覚えてないならいいよ」

しばらくまた、仕事が忙しいけど。
昨日の記憶だけで相当頑張れる。俺はものすごく健気だと思う。
起き上がって煙草に火をつけ、キッチンに入ってココアの在庫を確認していると、ベッドから起きられないでいる歩の小さな悲鳴が聞こえた。
歩が世界一弱みを見せたくない相手が、ずっと俺ならいい。
そして、たまに、本当にたまに、昨日のような顔を見せてくれたら。
俺はもう、他に何もいらない。




2015.4.23
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