ほんとはもっと甘えたい
真剣に、人を好きになった。
10も年下で、友人のいとこである彼は、いつも怒っている。
その顔がかわいくて、俺は怒らせるようなことばかり言う。
少しからかえば怒り、ちゃん付けで呼べば怒り、それでも、たまに優しくすると大人しくなる。
素直じゃないのか、素直すぎるのか、よくわからない。無愛想を売りにしているのかと思うくらい、滅多に笑わない。笑いそうになると、それさえも怒りに変えてぶつけてくる。
彼とはそうやっていつも、コミュニケーションを取っていた。
下手な会話よりずっと、それは俺を満たしてくれる。
ここ最近は仕事が立て込んで、彼との僅かな逢瀬ですらままならなかった。もう2週間、顔を合わせていない。彼がそれをどう思っているのかは、毎日するメールではよくわからない。
でも、俺の方がもう限界だった。
「歩、今何してた」
金曜日の夜、無理矢理仕事を切り上げて、会社を出てすぐに彼に電話をかける。彼の後ろはなんだか騒がしい。
『……友達とカラオケ』
愛想も何もなくぽんと放られる声に、疲れた心が温められる気がした。
「明日また仕事だけど、遅くなってもいいから来ないかと思って」
駐車場の車に乗り込み、煙草に火をつける。
『終わったら行く』
「迎えに行こうか」
『いいって。自分で行く』
意地を張る。絶対に甘えて来ない。
男同士、プライドがあることがわかっているからなのか、それに対する不満は俺には全くなかった。
「じゃあ、後でな」
電話を切って、少し余韻に浸る。
彼は嬉しそうな声も出さなかったし、仕事終わったんだとか、お疲れ様とか、そんなことも何一つ言わなかった。
ただ、彼が行くと即答してくれただけで充分だった。
出会ってすぐに俺は彼を気に入って、彼を家に呼んでは手作りの飯を食わせた。胃袋を掴もうとしたのだ。我ながら健気だった。
そうして徐々に懐柔して、距離を縮めて、ここまで来た。
彼は次の春、高校を卒業する。
日付が変わる頃、彼はうちに来た。
部屋に上がり、テレビの前に陣取って、疲れた、と言った。
「あゆちゃん、友達いるんだな」
「いるし!」
彼はすぐムキになる。
「楽しかった?カラオケ」
「普通」
そして怒り以外の感情は全力で抑えてくる。
俺は少し離れた2人用のダイニングテーブルの椅子に座り、煙草に火をつけてから、テレビのチャンネルを替え出した彼を観察した。
久しぶりだ。本当に。前に見た時より、少し髪が伸びている気がする。2週間でそんなに変わるわけはないけれど、俺にとってはそのくらい長い時間だった。
「なんか飲むか」
「ココア」
「ガキ」
「うるせえ、オヤジ!」
罵声を背中で受け止めながら、俺は煙草をくわえたまま、彼のためにお湯をわかし、彼のためにストックを切らさないようにしている缶を手にする。
彼が部屋にいるだけで、さっきまで怒濤のように流れていた時間が緩やかに変化するような気がした。
いわゆる癒し系というやつには程遠い雰囲気なのにと、いつも不思議なのだが。
俺はやはり疲れていたらしい。
ソファに座って彼の頭や肩に触れて、テレビ見てるのにうぜぇ、と切り捨てられながらちょっかいをかけ、そのうちうたた寝をしてしまった。
はっと目を覚ますと、床に座った彼が俺の顔を覗き込んでいた。
目が合って散ってしまったけれど、確かにその顔には滅多に見ないような真剣な表情が浮かんでいて、俺は思わず彼の頬に手を伸ばした。
「なに」
短く言って離れようとするのを逃さず、ソファに引き上げる。
「あゆちゃん、癒せよ」
ぎゅっと抱きしめると、抵抗するように彼はもがく。
「会いたかった」
背中や頭を撫でるとすぐに大人しくなった。彼はたまに、こっそり俺の匂いを嗅いでいる。
「キスするつもりだった?」
「は?んなわけないだろ」
「じゃあなんで見てたんだよ」
「べっつに」
「素直になれって」
「うるせえな、もう放せよ」
本格的に抵抗し出した彼を、俺はありったけの想いを込めて抱きしめる。
「もう少しこのままでいて。本当、会いたかったよ」
すると彼は珍しく、俺の顔を真顔で見た。
「働きすぎじゃね。すげえ疲れてるじゃん」
俺はしばらく黙って彼の顔を見つめ、その言葉を噛みしめた。
「なんだよ。きもちわるいっ」
居心地が悪くなったのか、彼は手で俺の顎をぐいっと押した。俺は堪えきれずに微笑んだ。
「今はもう疲れてない。お前の顔見てたら元気になったわ」
来てくれてありがとうな、と言うと、なぜか彼はまた怒り出した。
「嘘つけ」
「何が」
「疲れてるじゃん」
「いや?もう大丈夫」
「仕事、そんな大変なのかよ」
「別に」
「っ、お前!」
彼はガバリと起き上がり、ソファの脇に立って俺を睨み付けた。
「俺は浩介の子どもじゃねえんだよ!」
俺は意味がわからず、とりあえず起き上がって座った。
彼はまだ目をつり上げている。
「大変だとか疲れてるとか、俺に隠すことねえだろ!そんなに年下が頼りないならもう別れれば!」
俺は、自分の隣をぽんぽんとたたいた。
「歩。とりあえず座れ」
自分の言葉にショックを受けたみたいに固まってしまった彼を、引き寄せて座らせる。腰に手を回して彼の顔を覗き込んだ。
「お前、そんなこと思ってくれてたのか」
彼はわざと目を逸らし続けている。
「悪かったな」
頭を撫でながら頬にキスをした。
「まあ、さっきまでは疲れてたんだけど、今はすげえ回復したわけよ。なんでかわかるか?」
彼は返事をしない。
「大好きな人がわざわざ会いに来てくれたから。しかもその人は俺のこと心配してくれて、それだけで疲れなんかどっか行く。本当だ」
横から抱きしめても、彼は抵抗しなかった。
「なぁ、歩。好きだよ」
彼の髪にキスをする。
「だから、別れるなんて言うな。お前から見ればオッサンだけど、我慢して」
すると彼は、落ち着かないような素振りで少しだけこちらに顔を向けた。相変わらず視線は交わらない。
「別に、俺は別れたいとか思ってねえし……」
俺はわざと返事をしなかった。続く言葉を全部聞いておきたかった。
「……オヤジとか言ったけど……別に思ってないし……」
それから?
俺は声に出さずに問う。
「とにかく好きで一緒にいるんだから俺はいいんだって!」
ふん!と声が聞こえそうな勢いでそっぽを向いた彼を、俺はとても愛しく感じた。
「俺のこと、好きで、一緒にいるんだって?」
好きで、にアクセントをつけて意地悪く聞いてやると、背を向けた体から裏拳が飛び出してきた。
手のひらで受け止める。パシッと音がした。
「あっぶねえなぁ、あゆちゃん怖い」
「ふざけんなよ!俺は真面目に言ったのに!」
「好きなの?俺のこと」
「知るか!あほオヤジ!」
「騒ぐなってクソガキ」
彼の手首を掴んでこちらを向かせる。最上級にむくれた頬を手で包み、親指で肌を撫でる。
「ほんと、かわいいよ、お前は」
唇に優しくキスをすると、彼の体から力がふっと抜けた。
「あゆちゃん、ちゅう好き?」
至近距離で、逃げられないようにして、俺は聞く。
「あゆちゃんやめろ」
その声にはもう威勢がない。
「歩」
彼は耳元で囁かれることに弱い。
もう一度キスをして、やっぱりもう一回、今度は少し深いキスをして、それから俺たちはベッドに移動した。
「っん、っあ!…あ、う…」
彼の体が熱い。
いや、俺もかも。
「歩」
彼が感じるところをゆっくり責めて、そうすると俺の口からは彼の名前しか出て来なくなる。
セックスの時、普段の加虐趣味は俺からすっぽりと抜け落ちる。
どうしてか考えたことはないけれど、彼が気持ち良さそうだと嬉しいし、痛いことは絶対にしたくない、というそれだけだ。
夢中になって抱き合っても、俺の中にはどこか冷静な部分があって、常に彼の表情や声を観察している。
そうして加減するのは、彼のことが心から大切だから。
彼の中に入る時、彼は俺の顔を蕩けたような目で見つめる。毎回必ず。
何を考えてる?
聞きたいと思うのに、いつも聞けない。
俺が腰を動かす度に、彼の吐息に抑えたような喘ぎ声が混ざって、止められなくなる。体力の限界まで付き合わせてしまう。
好きで好きで堪らない。いつまでもくっついていたい。望むことは何でもしてやりたい。
普段意地悪ばかり言う、その罪滅ぼしをしているのかもしれない。
「なあ歩、俺、今日ほんとがんばったんだって」
熟睡している彼の前髪を弄りながら、俺は小さな声で話しかける。
「今日会えなかったらもう爆発しそうだったから、すげえがんばって仕事終わらせた」
耳たぶを指で挟んで軽く引っ張る。
「お前が来た時、普通の顔してたけど、もう少しですっげえ嬉しそうな顔してしっぽ振っちゃうとこだったわ」
少し触りすぎたのか、彼は身動ぎをした。
「こういうこと、起きてる時に真面目に話したら、お前はうぜえって言うんだろうな」
そこで彼が、うんっ、と寝息と寝言の中間みたいな声を出したので、俺は声をたてないように笑った。
「お前はいつまで俺といてくれるの」
卒業したら、お前はどこへ行く?
受け止めたいと思いながらもなかなか聞けないでいることを、寝ている彼にぶつけた。
朝食を一緒に食べて、家に帰る彼に、仕事行くついでに送ろうかと言ったが、やっぱり答えは、1人で大丈夫、だった。
じゃ、と言って玄関に向かおうとする彼を俺は後ろから抱きしめた。
「次会う時までの充電」
しばらくそのまま彼の首筋に顔を埋めていた。
体を離すと、彼はくるっとこちらを向いて、いきなり短いキスをしてきた。
「はい、充電」
彼はそう言いながら背中を向け、いそいそと靴を履き、一度もこちらを振り向かないままうちを出ていった。
昨日の話、聞いてた訳じゃないよな。
1週間会わなくてもがんばれるような、今すぐ会いたいような、複雑な気持ちを俺は噛みしめた。
真剣に、人を好きになった。
自分よりも大分年下の人を、簡単には諦められないくらいに、好きになってしまった。
-end-
10も年下で、友人のいとこである彼は、いつも怒っている。
その顔がかわいくて、俺は怒らせるようなことばかり言う。
少しからかえば怒り、ちゃん付けで呼べば怒り、それでも、たまに優しくすると大人しくなる。
素直じゃないのか、素直すぎるのか、よくわからない。無愛想を売りにしているのかと思うくらい、滅多に笑わない。笑いそうになると、それさえも怒りに変えてぶつけてくる。
彼とはそうやっていつも、コミュニケーションを取っていた。
下手な会話よりずっと、それは俺を満たしてくれる。
ここ最近は仕事が立て込んで、彼との僅かな逢瀬ですらままならなかった。もう2週間、顔を合わせていない。彼がそれをどう思っているのかは、毎日するメールではよくわからない。
でも、俺の方がもう限界だった。
「歩、今何してた」
金曜日の夜、無理矢理仕事を切り上げて、会社を出てすぐに彼に電話をかける。彼の後ろはなんだか騒がしい。
『……友達とカラオケ』
愛想も何もなくぽんと放られる声に、疲れた心が温められる気がした。
「明日また仕事だけど、遅くなってもいいから来ないかと思って」
駐車場の車に乗り込み、煙草に火をつける。
『終わったら行く』
「迎えに行こうか」
『いいって。自分で行く』
意地を張る。絶対に甘えて来ない。
男同士、プライドがあることがわかっているからなのか、それに対する不満は俺には全くなかった。
「じゃあ、後でな」
電話を切って、少し余韻に浸る。
彼は嬉しそうな声も出さなかったし、仕事終わったんだとか、お疲れ様とか、そんなことも何一つ言わなかった。
ただ、彼が行くと即答してくれただけで充分だった。
出会ってすぐに俺は彼を気に入って、彼を家に呼んでは手作りの飯を食わせた。胃袋を掴もうとしたのだ。我ながら健気だった。
そうして徐々に懐柔して、距離を縮めて、ここまで来た。
彼は次の春、高校を卒業する。
日付が変わる頃、彼はうちに来た。
部屋に上がり、テレビの前に陣取って、疲れた、と言った。
「あゆちゃん、友達いるんだな」
「いるし!」
彼はすぐムキになる。
「楽しかった?カラオケ」
「普通」
そして怒り以外の感情は全力で抑えてくる。
俺は少し離れた2人用のダイニングテーブルの椅子に座り、煙草に火をつけてから、テレビのチャンネルを替え出した彼を観察した。
久しぶりだ。本当に。前に見た時より、少し髪が伸びている気がする。2週間でそんなに変わるわけはないけれど、俺にとってはそのくらい長い時間だった。
「なんか飲むか」
「ココア」
「ガキ」
「うるせえ、オヤジ!」
罵声を背中で受け止めながら、俺は煙草をくわえたまま、彼のためにお湯をわかし、彼のためにストックを切らさないようにしている缶を手にする。
彼が部屋にいるだけで、さっきまで怒濤のように流れていた時間が緩やかに変化するような気がした。
いわゆる癒し系というやつには程遠い雰囲気なのにと、いつも不思議なのだが。
俺はやはり疲れていたらしい。
ソファに座って彼の頭や肩に触れて、テレビ見てるのにうぜぇ、と切り捨てられながらちょっかいをかけ、そのうちうたた寝をしてしまった。
はっと目を覚ますと、床に座った彼が俺の顔を覗き込んでいた。
目が合って散ってしまったけれど、確かにその顔には滅多に見ないような真剣な表情が浮かんでいて、俺は思わず彼の頬に手を伸ばした。
「なに」
短く言って離れようとするのを逃さず、ソファに引き上げる。
「あゆちゃん、癒せよ」
ぎゅっと抱きしめると、抵抗するように彼はもがく。
「会いたかった」
背中や頭を撫でるとすぐに大人しくなった。彼はたまに、こっそり俺の匂いを嗅いでいる。
「キスするつもりだった?」
「は?んなわけないだろ」
「じゃあなんで見てたんだよ」
「べっつに」
「素直になれって」
「うるせえな、もう放せよ」
本格的に抵抗し出した彼を、俺はありったけの想いを込めて抱きしめる。
「もう少しこのままでいて。本当、会いたかったよ」
すると彼は珍しく、俺の顔を真顔で見た。
「働きすぎじゃね。すげえ疲れてるじゃん」
俺はしばらく黙って彼の顔を見つめ、その言葉を噛みしめた。
「なんだよ。きもちわるいっ」
居心地が悪くなったのか、彼は手で俺の顎をぐいっと押した。俺は堪えきれずに微笑んだ。
「今はもう疲れてない。お前の顔見てたら元気になったわ」
来てくれてありがとうな、と言うと、なぜか彼はまた怒り出した。
「嘘つけ」
「何が」
「疲れてるじゃん」
「いや?もう大丈夫」
「仕事、そんな大変なのかよ」
「別に」
「っ、お前!」
彼はガバリと起き上がり、ソファの脇に立って俺を睨み付けた。
「俺は浩介の子どもじゃねえんだよ!」
俺は意味がわからず、とりあえず起き上がって座った。
彼はまだ目をつり上げている。
「大変だとか疲れてるとか、俺に隠すことねえだろ!そんなに年下が頼りないならもう別れれば!」
俺は、自分の隣をぽんぽんとたたいた。
「歩。とりあえず座れ」
自分の言葉にショックを受けたみたいに固まってしまった彼を、引き寄せて座らせる。腰に手を回して彼の顔を覗き込んだ。
「お前、そんなこと思ってくれてたのか」
彼はわざと目を逸らし続けている。
「悪かったな」
頭を撫でながら頬にキスをした。
「まあ、さっきまでは疲れてたんだけど、今はすげえ回復したわけよ。なんでかわかるか?」
彼は返事をしない。
「大好きな人がわざわざ会いに来てくれたから。しかもその人は俺のこと心配してくれて、それだけで疲れなんかどっか行く。本当だ」
横から抱きしめても、彼は抵抗しなかった。
「なぁ、歩。好きだよ」
彼の髪にキスをする。
「だから、別れるなんて言うな。お前から見ればオッサンだけど、我慢して」
すると彼は、落ち着かないような素振りで少しだけこちらに顔を向けた。相変わらず視線は交わらない。
「別に、俺は別れたいとか思ってねえし……」
俺はわざと返事をしなかった。続く言葉を全部聞いておきたかった。
「……オヤジとか言ったけど……別に思ってないし……」
それから?
俺は声に出さずに問う。
「とにかく好きで一緒にいるんだから俺はいいんだって!」
ふん!と声が聞こえそうな勢いでそっぽを向いた彼を、俺はとても愛しく感じた。
「俺のこと、好きで、一緒にいるんだって?」
好きで、にアクセントをつけて意地悪く聞いてやると、背を向けた体から裏拳が飛び出してきた。
手のひらで受け止める。パシッと音がした。
「あっぶねえなぁ、あゆちゃん怖い」
「ふざけんなよ!俺は真面目に言ったのに!」
「好きなの?俺のこと」
「知るか!あほオヤジ!」
「騒ぐなってクソガキ」
彼の手首を掴んでこちらを向かせる。最上級にむくれた頬を手で包み、親指で肌を撫でる。
「ほんと、かわいいよ、お前は」
唇に優しくキスをすると、彼の体から力がふっと抜けた。
「あゆちゃん、ちゅう好き?」
至近距離で、逃げられないようにして、俺は聞く。
「あゆちゃんやめろ」
その声にはもう威勢がない。
「歩」
彼は耳元で囁かれることに弱い。
もう一度キスをして、やっぱりもう一回、今度は少し深いキスをして、それから俺たちはベッドに移動した。
「っん、っあ!…あ、う…」
彼の体が熱い。
いや、俺もかも。
「歩」
彼が感じるところをゆっくり責めて、そうすると俺の口からは彼の名前しか出て来なくなる。
セックスの時、普段の加虐趣味は俺からすっぽりと抜け落ちる。
どうしてか考えたことはないけれど、彼が気持ち良さそうだと嬉しいし、痛いことは絶対にしたくない、というそれだけだ。
夢中になって抱き合っても、俺の中にはどこか冷静な部分があって、常に彼の表情や声を観察している。
そうして加減するのは、彼のことが心から大切だから。
彼の中に入る時、彼は俺の顔を蕩けたような目で見つめる。毎回必ず。
何を考えてる?
聞きたいと思うのに、いつも聞けない。
俺が腰を動かす度に、彼の吐息に抑えたような喘ぎ声が混ざって、止められなくなる。体力の限界まで付き合わせてしまう。
好きで好きで堪らない。いつまでもくっついていたい。望むことは何でもしてやりたい。
普段意地悪ばかり言う、その罪滅ぼしをしているのかもしれない。
「なあ歩、俺、今日ほんとがんばったんだって」
熟睡している彼の前髪を弄りながら、俺は小さな声で話しかける。
「今日会えなかったらもう爆発しそうだったから、すげえがんばって仕事終わらせた」
耳たぶを指で挟んで軽く引っ張る。
「お前が来た時、普通の顔してたけど、もう少しですっげえ嬉しそうな顔してしっぽ振っちゃうとこだったわ」
少し触りすぎたのか、彼は身動ぎをした。
「こういうこと、起きてる時に真面目に話したら、お前はうぜえって言うんだろうな」
そこで彼が、うんっ、と寝息と寝言の中間みたいな声を出したので、俺は声をたてないように笑った。
「お前はいつまで俺といてくれるの」
卒業したら、お前はどこへ行く?
受け止めたいと思いながらもなかなか聞けないでいることを、寝ている彼にぶつけた。
朝食を一緒に食べて、家に帰る彼に、仕事行くついでに送ろうかと言ったが、やっぱり答えは、1人で大丈夫、だった。
じゃ、と言って玄関に向かおうとする彼を俺は後ろから抱きしめた。
「次会う時までの充電」
しばらくそのまま彼の首筋に顔を埋めていた。
体を離すと、彼はくるっとこちらを向いて、いきなり短いキスをしてきた。
「はい、充電」
彼はそう言いながら背中を向け、いそいそと靴を履き、一度もこちらを振り向かないままうちを出ていった。
昨日の話、聞いてた訳じゃないよな。
1週間会わなくてもがんばれるような、今すぐ会いたいような、複雑な気持ちを俺は噛みしめた。
真剣に、人を好きになった。
自分よりも大分年下の人を、簡単には諦められないくらいに、好きになってしまった。
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