吉丁八本

コウが厄介な事になった。こころにハマったらしい。
こころはあんなに翔に心酔しているのに。勝ち目なんかないし、胸糞悪い想いをするだけなのに。馬鹿な奴だ。
コウは元々我儘なところがあるし嫉妬心も執着心も強いから、ハマれば相手に恋人がいようが寝取りだって別に何でもない事のようにやってのけ、自分のものにしてきた。
一見爽やかに見えるが、昔からそういう奴だ。
そういうところも込みで、女に人気がある。
言っても聞くようなタマじゃないから放っておこうと思っていた。
心底面倒だ。

「なあ。ヤってるとこ見せて」

コウの声は普通だ。けど、内心青筋を立てているのが俺には手に取るようにわかった。
深夜、麻雀で集まった俺の部屋でのこと。
ベッドに並んで座っていた翔とこころは、コウにそう言われて顔を見合わせた。
多分それだけでも、コウは相当頭に来ているはず。
止めておけばいいものを。
俺はコウの隣で煙草の煙と一緒にため息を吐いた。

「心」

いい?と翔がこころに聞く。
翔はこころにはどこまでも優しかった。
優しいけど頭がおかしい。

「うん。いいよ」

頷いてにこにこ笑うこころは、翔の言うことなら何でも聞く。
まあ正直、こんなに従順に一途に想われれば男なら嬉しくないはずがない。
忙しなく煙草を吸うコウは、歯ぎしりするほどそのポジションが欲しいのだ。
ちゅ、ちゅ、クチュ、ぴちゃ、と音を立てながら、2人がキスをしている。
思えば俺もそうだった。なぜかこの2人のセックスが見たい。
何にも執着の無いように見える、生きる事すらどうでもいいと思っていそうな翔と、中身をどこかに置いたまま生きてきてしまったみたいなこころが、どんなセックスをするのか興味があった。
それは吐きそうなほど普通のセックスだった。
普通で、異常だった。
こころは魔性だ、と思う。見れば見るほど、話せば話すほど、あの人間の淫蕩な表情と身体が見たくなり、秘部の奥の奥を暴きたくなる。
風俗はあいつの天職だ。間違いない。
翔は思っていたより激しく乱暴にこころを抱いていた。優しく丁寧にこころの名前を呼ぶくせに、目が死んでいて薄気味が悪かった。
翔はこころとセックスしながら、そのどろりとした目で何度も俺を見た。牽制なのか何なのか知らないが。
早々に我慢がきかなくなった俺は、咥え慣れているこころにフェラさせながら、翔の口にも突っ込みたい衝動に駆られた。
嫌だ、止めてください、と言ったら許してやろうか。
でも「好きにしてください」と言われて醒めた。
こころのことは単純に、素直でかわいい奴だと思う。
翔はあの日から、俺の中では得体の知れない気味の悪い奴になった。

「あぁっ、ん…翔くん…」

甘い声に顔を上げると、全裸のこころが「好き、好き」と言いながら翔のちんぽに自分のを擦り付け腰を振っている。
幸せそうで何より。
コウの灰皿には吸殻が増える一方だ。

「なあ」

コウが突然でかい声を出す。

「こころさー、嫌がってみて。レイプみたいにさー。イヤだやめてとか言ってんのに翔が乱暴にして、押さえつけてぶち込むみたいなやつが見たいんだけど」

何を言い出すんだ。こいつも大概だ。
思わず翔達の方を見て、俺は見たく無かったものを見た。
コウが気づいたかわからない。翔はコウのことを一瞬酷く冷たい目で見た。馬鹿にしたような、侮蔑の視線だ。
この業界にはおかしいやつが腐るほどいる。
それでも翔はやはりちょっと普通ではない。深く付き合いたくなかった。
翔がこころの耳元で何か囁き、こころが一瞬翔に強く抱きついた。
そして。

「やだっ!やめて…!」

潰れた声をあげ、こころがもがくのを、翔が上から思いきり押さえつけて脚を開かせようと動く。

「や、ね、翔くん、お願いっ…、痛いよ!」

こころの言い方は真に迫っていて、ぞくりとした。
演技がうますぎる。男専門のデリヘルやってるだけある、と妙に感心する。

「すぐ終わるから」

押し殺したような翔の声が聞こえ、必死に抵抗しているように見えるこころが鼻をすすった。
これでボロボロ泣きだしたら俺はあとでこころに何かうまいもんを奢ってやる。
ああ。ムラムラする。無駄に。
腹が立って立ち上がり、冷蔵庫からビールを取り出してプルトップを勢いよく開けた。

「やー!やだ!おねがっ、ああ!」

こころの悲鳴が聞こえる。
断続的な喘ぎ声が聞こえて、突っ込まれて揺すられ始めたことを伝えて来た。
コウの背中越しに、息荒く腰を振る翔が見える。

「これ何が楽しいんだお前」

呆れてコウに声をかけると、コウが低く唸った。

「楽しいわけねえだろ」

意味不明。
床に放ってあったエロ本を手に取る。素人特集は俺の趣味じゃないから誰かが持ってきたものだ。
こころが泣き声で喚き始めた。

「しょうくん、やめて…うっ、お願い…っ」
「中に…出すよ…」
「やだ、やだよ…」
「こころ…っ」

翔がイきそうだ。
そこにまたコウが声をかける。

「なぁ。中出ししたらクパアして見せて」
「AV監督かよお前は」
「お前あんなエロいの目の前にしてよくエロ本見てられんな」
「俺はお前と違って神経がまともだから」

コウは俺と話しながらこころから目を逸らさない。
大概だ。本当に。阿呆が。
箱に手を伸ばすと煙草が切れていて、更にムカつく。
舌打ちをしながらコウの煙草に手を伸ばしたところで、翔の動きが激しくなった。

「あー、イく、イくっ、出すよ、なかにっ、こころ」
「やだ!やだ!や…あ…」
「っ、」

ビクビクと痙攣し、こころの手首をがっつり押さえつけたまま、翔がイった。

「見せて」

コウがベッドに乗る。
馬鹿なのかあいつは。

「うわ。エロ。なあ、俺もヤっていい?」

翔を体で退かせてコウはこころに笑顔を作る。
ハアハアと息をしているこころは脚を広げてアナルを晒したまま翔を見た。少し不安そうだ。
翔は自分の服を直しながら、こころの好きにしていいよ、と笑った。
好きも何も。
どいつもこいつも。ここにはアホしかいない。
いいじゃん、翔とはヤって俺とはできねえの、とコウがこころの頬に触れる。
普通はそうだろ。アホか。
こころは少し考えてから、お仕事ならいいよ、と小さな声で言った。
コウが「お前高えからなー!まあいいや。後払いで」と言いながらこころに覆い被さり、体を撫で回しながらキスを始めたので、俺は煙草を買いに出るため立ち上がった。
玄関を出ると、上半身裸のまま翔がついてくる。

「煙草すか」
「ああ」
「吸います?」

翔の差し出したラッキーストライクを一本取り火をつける。
翔も吸いながら横を歩いている。
マンションを出てでかい通りを挟んだ向かいにコンビニがある。車が途切れるのを待った。
深夜なのに暑い。

「お前さー、気持ち悪いな」

一番の阿呆はこいつだ。

「俺すか」

翔は穏やかな声で言う。
まあいい。こいつらの問題だ。俺は関係ない。
これ以上首を突っ込みたくないから、コウには後で、こころとヤるなら今度から自分の家に呼べと言おう。
道路を渡り、くわえタバコのままカウンターで煙草を買う。迷惑そうな男の店員に煙を吹きかけて外に出ると、翔が電話をしていた。

「明日行く。…うん。…じゃね」

短いやり取りに、こころの顔が浮かんだ。

「女か」

電話を終えた翔に言いながら、道路を戻る。

「男っす」

翔の返事は穏やか。爽やか。

「最低だなてめえは。まあ知らんけど」
「っすね」
「ラキストまずいんだって。お前なんでこんなの吸ってんの」

翔からもらった煙草を道路脇に捨てて踏み消し、新しい煙草を開ける。

「コウさんのよりマシっすよ」

翔の言い分を鼻で笑いながら部屋への通路を歩く。
隣のジジイがまたうるさいかもしれない。深夜に出歩くなだの部屋で騒ぐなだの何だの。
こっちは夜の仕事してんだ。ジジイの早起きに付き合ってられるか。

「先輩」

ジジイの部屋の前に差し掛かったところで翔が俺を呼んだ。

「ムラムラしないんすか。心見てて」
「あ?」

だったら何だ。

「心は多分、先輩とも寝ると思いますよ」

気づいたら右手が出てた。
吹っ飛ばされた翔はジジイの部屋の鉄製のドアにぶち当たった。ガゴ、とでかい音がマンションの通路によく響いた。
そのままにして部屋に戻ると、コウとこころは窓のところで立ちバック中だった。

「あぁんっ、だめ、そんなにしたら出ちゃうぅ」

さっきとは打って変わって甘く喘ぐこころを、コウは大事そうに抱きしめている。
哀れなやつ。人のものが欲しくなるとか、幼稚園のガキか。
テレビをつけて飲みかけのビールを流し込む。
肩を押さえながら翔が戻って、ちら、と窓の方へ目をやった。
まただ。翔はコウに刺さりそうな視線を向けていた。
嫌ならやめさせればいいものを。
阿呆の思考は理解できない。
自分は明日別の男のところへ行く癖に。
まあ、どんな関係性のやつか知らんけど。

「ああ、すげえ、なあ、気持ちいい?こころ」
「ん、んんっ」

バックのままぐちゅぐちゅキスをしながら、こころは翔を見た。
ああ。嫌なんだな。コウに抱かれるのが嫌なんだ。顔に出てるぞ。こころ。
思わず笑ってしまい、ビールを飲み干してまた煙草に火をつける。
隣に座った翔が突然、俺の口から煙草を取り上げた。

「は?」

睨みつけようとしたのが間に合わなかった。
翔は俺の肩を掴んでキスをしてきた。煙草の匂いのする舌が入ってきて、俺はすぐに顔を背ける。

「おい。冗談抜きで殺すぞ」
「すんません。ムラムラして」

翔は俺の口に煙草を戻し、穏やかに笑う。

「次やったら二度とここに来られないようにしてやる」

言うと初めて、翔は少し怯えたような顔をした。
すんません、ともう一度小さな声で謝り、煙草を掴むと、翔は部屋を出て行った。
意味不明その2だ。
無性に斉藤に会いたくなる。あいつは唯一、俺の周りでまともな考えのできる人間だった。
そうこうしているうちにセックスが終わっていた。

「翔くんは?」

コウの息も整わないうちにこころが全裸のままこっちに来る。
可哀想なコウ。

「知らん」

服着ろ、と言うと、こころは大人しく自分の服を拾った。

「なぁ。こころー。ちょっとアフターケアしろよもっとさー」

コウが喚いて、こころはベッドに戻り、萎えたちんぽをしゃぶってやっている。
俺はそれを横目に電話をかける。

『……何だ』
「斉藤今なにしてる」
『…寝てたに決まってるだろ』
「来ねえ?」
『……寝る』

切れた。
やっぱりあいつだけはまともだ。なぜ俺らと一緒にいるのかわからん。
冷蔵庫からこころのためにリンゴジュースを出してやったところでインターフォンが鳴った。次いで、激しく叩かれるドア。
ああうるせえ。ジジイは黙って寝てろよ。

「だれか来たの?」

すぐそばに来ていたこころがリンゴジュースを受け取りながら不安そうに俺を見上げる。
そうして見るとこころは本当に小柄だ。

「隣のジジイだな」
「仲良し?」
「いや、どっちかっつーと喧嘩仲間か」

音を無視して床に座ると、こころも隣に座った。
ベッドに座るコウの機嫌が最悪なのがわかったが、何もしてやれん。

「翔くんいない」

ぽつりと言うこころの頭を撫でてやる。

「それ飲んだら送ってやるから帰れ」
「うん…」
「俺が送る」

コウが服を着て目の前に立っていた。
表情が固い。またなんか変な事を考えている。

「大概にしろよ」
「うるせえ」

阿呆な友人がしゃがんでこころにキスをするのを見ながら、今日何度目かのため息をついた。





-end-
2016.7.30
4/5ページ
スキ