あなたたち、狙われていますよ。

昔、実家で犬を飼っていた。雄の中型犬で、父が誰かからもらってきたその犬は、妹によって「チョコ」と名付けられた。耳がぴんと立っていておそらく日本犬の血が入っていたチョコは、名前とは少しちぐはぐな印象だったけれど、人懐こくて、誰にでも腹を見せて甘える犬だった。
チョコの気持ちが初めてよくわかる。
撫でてほしい。触ってほしい。好きな人に。そうしてもらえるなら、どんなに恥ずかしい事だってできる。苦しいくらいにそう思う。

「塚本。ただいま」

優しげに笑う宮園さんの前で、俺は犬になる。
しかし、最初の頃の印象を思い出すと、にわかには信じられない現状だ。社長と宮園さんがそういう関係なのだと気づいた時には吐き気さえしたのを覚えている。

「お帰りなさい」

そう言って靴を脱ぐ前の宮園さんに駆け寄り、首に腕を巻きつけてしがみつく。そうしないではいられない。いつも。
すると宮園さんは、ちゃんと抱き止めて背中をポンポンと撫でてくれる。毎日変わらない態度でそうしてくれる人がいることの安心感を、俺はこの人に教えてもらった。

「宮園さん……」
「もう帰ってたんだね」

彼の声はどこまでも優しい。たとえ俺が、抱きついたまま股間を擦り付けるように動かしても、少し困ったように笑うだけで絶対に振り払ったりしない。

「しゃぶらせて下さい」
「先にシャワー浴びちゃだめ?」
「だめ……ああ……お願いです宮園さん」

ずるずるしゃがみこみ、宮園さんのベルトをいそいそと外しにかかる。

「塚本、ね、せめて家に上がらせてよ、このままじゃ……」
「ここで、ここでさせて下さい、もう、んんっ」
「塚本……」

宮園さんのペニスを取り出して、まだ柔らかいそれを口に含む。宮園さんのにおいがして、それだけでほとんどイきかける。
あとで冷静になって考えると自分はどうしてしまったんだろうと不安にもなるが、そうしている間はそんなことを考える余裕が無い。

「ん、ん、っん」
「……塚本」

息を詰めて、宮園さんは俺の頭を撫でる。少しずつ充血してくるそれを、俺は宝物のように大事に大事に舐める。唾液で濡れてきたそれが、すぐにでも欲しくなってきた。でも無遠慮に押し倒して跨ったりは絶対にしない。抱かれる時は宮園さんのペースでないとうまくいかないからだ。
今はただ、宮園さんの射精のためだけに自分を使う。勃起したものの先端が喉の奥に当たるまで深く咥え込み、えずく寸前の感覚が喉を勝手に締めて、宮園さんがひくりと反応するのがわかる。イくより気持ちいい瞬間だ。

「っ、はぁ……気持ちいいよ」
「んんーっ」

気持ちいい。宮園さんがそう言うとまた、触れてもいない後ろがきゅんきゅんと物欲しげに締まった。
カリに舌を這わせ、じゅぶじゅぶと音を立てて先端だけを唇で刺激してから、また深く咥え込む。

「塚本……、ああ……また、口に出ちゃうよ……いいの」
「んっ、んっ」

戸惑いながら声を少し上擦らせる宮園さんに、必死で頷いて見せる。飲みたい。生暖かい宮園さんの精液を、早く、早く、飲みたい。興奮で鳥肌が立つ。
宮園さんは俺の後頭部に軽く手をかけて、腰を突き出すように動かし始めた。決して無理に力を入れることはなく、あくまで優しいその動きに泣きそうになる。もっと激しくしてもいいんです。俺なんか奴隷みたいにしてほしい。無理矢理犯しても、中出ししてぐちゃぐちゃにしてくれてもいい。宮園さんに、好きにされたい。どろどろの欲望はまだ満たされたことがない。
その欲求不満に、俺は自分のペニスからカウパーを溢れさせた。
口で扱いていた宮園さんのものがまたひくりと緊張して、宮園さんがまた息を詰める。

「塚本、あっ、……イきそう」
「んっ」
「出すよ……塚本、塚本っ、っあ、はぁっ」
「んーっ……ん、んぐ、ふぅ、ふ、はぁ、ん」

飲み込む時にごくりと喉を鳴らしてしまい、恥ずかしさで顔が熱くなった。大事にゆっくり飲み込もうとすると物欲しげな音が鳴る。
宮園さんは精液の量が多い。昨日も同じようにしたのに、今日もたくさん出してくれた。涼やかな見た目で誰にでも優しく、仕事もできて穏やかな笑顔を絶やさないし、変態的なこととは無縁に見える。そんな先輩の精液が多いことに、俺はとてつもなく興奮してしまう。それを知っているのはこの世で一体何人だろうか。宮園さんは今まで、どんな人間をどれだけ抱いてきたのだろう。そう考えると、嫉妬で涙が出そうになり、同時に、今この瞬間は俺だけを見ていてくれるという興奮で、縋る手に力が入った。

「塚本……ごめんね、気持ち悪くない?」

そう言いながら宮園さんは、床にへにゃりと座り込んだ俺の唇を親指でそっと拭った。引かれるのが嫌でおいしかったとは言えず、無言で頷くと、宮園さんは眉を下げて笑った。大好きな表情だ。
そこでやっと、宮園さんは靴を脱いで家に上がった。

「今度は塚本が気持ちよくなる番だよ。さあ、行こう」

支えられて立ち上がり、広いベッドルームへ入るなり、宮園さんは俺の服を手早く脱がせていく。

「あの、俺も……汗が、し、シャワーを……」

焦って言おうとするのに、唇を塞がれて続きを言うことができない。宮園さんに仕掛けられるキスはとても卑猥なのでたちまち立っていられなくなる。息が上がり、心臓が音を立てて、体の力が抜け、代わりに一点に血が集中して流れていく。
気づいた時にはベッドに押し倒されてのしかかられ、その手や指や唇から身体中に愛撫を受けていた。

「あっ、はぁ、あ、みやぞのさん」
「今日もかわいいよ」
「あっ、んっ、んっ」
「ん、乳首、舐めてもいいかな」
「はっ、あぁんっ」

宮園さんはじゅるじゅると、顔に似合わない下品な音を立てながら俺の乳首を舐めて、舌先で転がす。

「だめぇ、もう、もう、宮園さんのおちんぽ、おちんぽほしいっ、お願いします、いれて、いれてくださいっ」
「ふふ、かわいい……もう欲しいの」
「さっきからずっと、欲しくてもう、死んじゃいます……」

宮園さんは微笑みながら、ゆっくり自分のそれを俺の後ろにあてがい、そこにローションをとろとろと垂らしていく。

「あっひっ、ああっ、はやく、はやく……!」
「ちゃんと濡らさないと。ね。塚本はいい子だから、待てるよね」
「んんっ……」

噛んで含めるような言い方に、しばらく我慢するよりほかにない。
宮園さんは自分のものの先端を俺にくちゅくちゅとこすりつけながら、俺の顔をじっくり観察している。まっすぐな視線に興奮が高まり、俺はひたすら荒い呼吸を繰り返した。アナルがキュンキュンと収縮する。何もしなくても「にちゃ、ぬちゃ」と音を立てている気がして、思わず両手で顔を覆った。

「このまま、こすりつけてるだけでもイっちゃいそうだよ」
「……っ、だめ、お願いします、いれて、奥までガンガン突いてほしいっ」
「そんなにほしい?」
「ああっお願いします……ほしい……」

気が遠くなりそうだった。焦らしに焦らして、宮園さんはまたくすりと笑い、それから。

「あ゛あっ!」
「はぁ、あ、ほら、入ってるよ……」
「っあ、ああっ! んんっ! あ」
「気持ちいい」

宮園さんの優しい声が耳元でいい、褒めてもらったような気がしてぎゅ、と中を締め付けてしまった。

「奥に先っぽがあたっちゃうね」
「はぁ、はぁ、あてて、おく、おくに、みやぞのさんのっ、おちんぽあてて、あっ、はぁ」
「いやらしくて大好きだよ」

一度ぎゅっと俺を抱きしめてから、宮園さんは本格的に抽送を激しく繰り返し始める。

「ああっ! あっ、あ、はぁ、はぁ、はぁ」

恥ずかしいことを言って、宮園さんに呆れられたい。どうしようもない変態だと軽蔑されたい。

「宮園さんっ、あっあっあっあっあっ、あ、もっと、ああっ、ケツマンコ、きもちい、あんっ」
「塚本」

どこでそんな言葉覚えたの。悪い子。
宮園さんはそう言ってくすっと笑い、俺のこめかみにキスをした。
宮園さんに飽きられたくなくて、最近ゲイ動画ばかり観ていることは、絶対に言いたくない。
いやらしい腰つきの宮園さんの背筋を撫でる。しっかり筋肉があって、すべらかで、なにかの芸術のようだ。
宮園さんが舌を使ってキスをするのを夢中で受けながら、俺は宮園さんのことだけを考えている。
初めて抱かれた日、初めて二人きりで飲んだ日、初めて「頼って欲しい」と慰められた日。記憶はどんどん遡る。初めて宮園さんを見た日、俺はこの人の事をどう思ったのだったろう。少なくとも、こんなことになるとは想像もしなかったはずだ。
その時の自分に見せてやりたい。
自分がこんなにも欲望をむき出しにして、彼に全てを委ねて、浅ましくねだるだけの獣のようになっているところを。
もっと、宮園さんの前でだけ、何もかもとっぱらって裸になりたい。

「んんっ、宮園さん、見て、乳首自分で触るの見てくださいっ」
「っ、やらし」
「あっもうだめ、いっちゃう、いく、宮園さんたねつけしてぇっ」

自分の中に浮かんだ言葉をそのまま口に出して、ひたすら宮園さんのものを感じることに集中する。
宮園さんは、とてつもなくセクシーな声で「イくよ」と囁いてから、腰をぶつけたまま息を詰めた。中出ししてもらえた喜びで触れてもいない性器から瞬時に精液が噴き出す。
自分の体が絶頂とともにびくんびくんと激しく痙攣するせいで、俺がイくといつも宮園さんのものがずるりと抜けてしまう。本当は、二人ともイったあとも挿入されたまま抱き合っていたりしてみたいのに、これも、いつも叶わない。
犬だ。犬みたいに、この人にだけしっぽを振って、エサをもらって、撫でてもらって、絶大な信頼を寄せて、そしていつもいつも、そばにいたい。

「愛しています。宮園さん」

そう言葉にすると、いつも視界がぼやける。

「大丈夫。大丈夫だよ。塚本」

君を離したりしないよ。
宮園さんの声は優しく、眠気を誘う。

「また明日ね」

その声を聴き、毎日泣きながら眠るのに、俺はとても幸福だ。







「塚本はね、毎日俺に愛してるって言って泣くんだよ。かわいいくて気が狂いそうだ」

嬉しそうに言う宮園さんをスルーして、俺は週末に鳴海と行く予定の高級温泉宿のホームページを見ている。少し残業してから帰宅しようと思ったものの、食事も露天風呂も和洋室になっている客室も、どれをとっても鳴海とのいやらしいことに結びついてしまい仕事にならない。
ホームページを見ている時点でもうだめだ。宮園さんもうるさいし帰ろう。

「毎日セックスしてるのに毎日セックスしたくなるんだ。こんなの初めてで戸惑っちゃうよ」

初めて付き合った高校生のようなことを言う。

「仕事も忙しいのにどうしたらそんなに精力保てるんですか」
「うーん……、愛、かな?」
「さ、帰ろう」
「うなぎ食べて帰らない?」
「いいすね」

暑い盛りのうなぎは食欲を誘う。すでに涎が出そうだ。

「鳴海の分もお土産に買って帰ったら? 先に帰ったんでしょ? 精力ついちゃうよ」

天使フェイスの先輩の涼やかな瞳をまじまじと見返しながら、ノートパソコンをゆっくりと閉じる。

「そうします」
「俺、8時には解散しないとなんだけどね」
「この後? なんか予定あるんですか」

宮園さんは優しい笑顔を浮かべる。

「塚本と、SMルームのあるホテルに行く約束してるんだ。楽しみ」
「表情と話の内容が合ってねえ」
「どんなプレイするか聞きたい? 後日報告書提出していい? 写真もつけるけど」
「絶対やめてください」
「良かったら柏木も鳴海と」
「いや俺らはまだそういうのはちょっと」
「4人で合流する?」
「いい加減4P諦めてくれません?」

それにしても、うなぎ、鳴海、そして明日は祝日。最高の気分で、会社を後にした。




-end-
2019.8.12
6/6ページ
スキ