あなたたち、狙われていますよ。

「頼む鳴海…セックスとまでは言わない、言わないから…素股でいいから…」

俺は何を言っているのだ。

「柏木さん、顔を上げてください、そんな…何を言って…いるのかちょっとわからないですよぅ、ふふ、ははは」

鳴海もやばい。

「笑うな」
「ごめんなさい、だって、ふふふ、すまた…?ふはっ、すまたって何ですか?」
「まじかよお前」
「ブフッ」
「笑いすぎ」

俺の部屋で2人で酒を飲んだ。金曜の夜だ。
明日は休み。恋人と2人。そういう雰囲気になっておかしくない、むしろならないほうがおかしいはずだ。
なのに鳴海はなぜかこのタイミングで笑い上戸の能力を発揮したのだ。

「ねえ柏木さん、すまたって?あはは、すまた!すまたしたい!俺もすまたしてみたいです!」
「え?お前も…」
「ねえ柏木さん、俺もすまたしたい!すまたすまたー!はは」

かわいい顔でそんなふうに屈託無く言い、抱きついて来る。
絆されそうだ。
いやしかし。ここは先輩の威厳も男のプライドも守りたい。

「鳴海」
「はい」

鳴海は素直でまっすぐな視線を向けて来る。
……負けないぞ。ここで立場をはっきりさせてやる。
真剣な表情を作ってにじり寄ると、鳴海は少したじろいだ。

「お前、俺に抱かれたいという気持ちはないの?」
「柏木さんに、抱かれる……」
「俺が丁寧にお前に触れて」
「触れて……」
「気持ちよくしてやって」
「気持ちよく……」
「我慢できない、もう、いいか、って、切羽詰まった顔でお前に聞いたり」
「切羽……」

優しく頰に触れながら説明するのに、鳴海はどんどん眉毛を下げて行く。わからない。どういう感情だそれは。

「お前の名前を愛おしげに呼んだり」
「鳴海って……?」
「そう。鳴海って」
「柏木さん、逆に、僕が柏木さんを抱いたらどうなります?」
「えっ、どうなるって……」
「僕が愛おしげに柏木さんを呼んだり」
「呼んだり……」
「我慢できなくてもうダメですどうしようって涙目になったり」
「かわいい……」
「キスしようとして歯が当たっちゃったり」
「童貞かわいい……」
「男同士でもそういうこと、できるって調べたんですけど」
「調べたのか!」
「このあいだ買ったバイブが」
「あれは特殊な性癖の男性用だからな……?」
「僕、柏木さんとの初めてのこと考えたら幸せで……でも、僕がその、男の子の役だと思っていたので」
「そう……」

なんで。どうして。混乱しつつも「柏木さんとの初めてのこと」という言葉が頭の中でぐあんぐあん鳴った。
きっと俺の眉毛もこれ以上ないほど下がっていることだろう。

「俺はお前を抱きたいと思ってたんだよ。ずっと」
「そうなんですか?だってどうしたって柏木さんはかっこいいし、僕の憧れの人だから、大事にしたいのは僕の方ですよ」
「え?普通に嬉しい」

ふはは、と鳴海は笑った。

「柏木さん、今日はなんだかかわいいですね」

全っ然駄目だ。嬉しくてタチとかネコとかどうでも良くなってきた。
でも負けたくない。残りわずかなプライドを無理矢理かき集めて抵抗した。

「わかった。挿入についてはまた検討するとして、今日はとりあえず俺に素股をさせてくれ」

ムードも何もあったものではないが、言われたことが本当に嬉しくてたまらず抱きつくと、鳴海は俺の背中をそっと撫でた。

「すまたってよくわからないけどいいですよ。柏木さんがそこまで言うなら、僕は何だっていいんです」

鳴海の手を引いてベッドルームへ向かいながら、鳴海の懐の深さに自分の浅さを恥じた。
それにしても双頭バイブを知っていながら素股を知らないでいられる人生とは。
世界は広い。
地球はでかい。
宇宙は果てしなく、恋人はかわいい。

「わあ!大きなベッドですね。5人くらい寝られそう」

鳴海はベッドを見るなり明るい声をあげ、その上に寝転がった。
薄暗くなるまでライトを落としてから、俺はゆっくりと、仰向けで微笑む鳴海に覆い被さった。
ああ。
俺はこの時を、どれだけ待ち望んでいたか。
感慨深くて若干泣きそうになる。

「鳴海……」
「柏木さん」
「キスしてもいい?」
「はい」

見下ろした鳴海は、目をキラキラと輝かせている。

「…んっ…う…ん……」

優しく、何度も何度も唇を食んだ。柔らかな感触が気持ち良い。
なんだかんだ言いつつも緊張しているのか、鳴海が俺のシャツの裾をぎゅっと掴んでいる。
夢のようだ。
片手で鳴海の頭を抱き、キスを続けながら、ワイシャツのボタンを外した。
角度を変え、少し音を立てながら鳴海の柔らかい唇や舌を吸う。
そうしながら、俺は確信する。
鳴海は感じやすい体質だ。間違いない。
最高か。
死んでもいい。
服を剥ぎ取ってひくつく腹筋に手を這わせる。

「んん、あ、っ、や、」
「まだ撫でただけだぞ」
「だって……」

そう言って見上げる鳴海の目は今にも雫が溢れそうなほどに潤んでいた。

「柏木さんのキス、すごいんだもの…」
「そう?」
「あっ!ん…」

乳首に触れたら体が跳ねた。
反応がかわいくて、ゆっくりゆっくり、優しく指先で乳輪をなぞる。

「んんっ、く、だめ、だめぇ、柏木さんっ」
「どうして?」
「だめ、お願い柏木さん、俺…おかしくなっちゃう…」
「っ、なっていいよ、俺しか見てないんだから」

親指と人差し指で乳首をつまむ。

「あんっ」

腰がかくっと折れる。
つまんだまま、少し力を入れたり抜いたりした。

「あっ、んっ、んんっ…」

すごい感度だ。

「気持ちいいか?」
「ん、いい、柏木さんっ、あっ、良すぎて、どうしよう…」

顔をじっと見られた。

「どうした?」
「ねえ柏木さん…俺…すごく恥ずかしいんですけど、でも…なんか、柏木さんに、俺の全部を見てほしい」

幻滅しませんか、と言ってしがみついてくる鳴海のことを、ちょっと気が遠くなるくらいかわいいと思った。

「しないよ。お前のかわいいところ全部見せて」

指先で乳首をくりっと押して円を描くように刺激した。

「ああっ!や、やっ、あっん、んっ」
「声も、全部聞きたい」

もっとゆっくりしてやろうと思っていたけれど無理だと悟った。乳首を口に含んでれろれろと舌を動かす。

「ああんっ、あ!だめ!や、柏木さん、あっおっぱい、いや、すごい、すご、あっ」

ちゅ、ちゅ、と吸っては放し、小さな乳首を舌で蹂躙する。

「あんっ、あんっ、おっぱいすごいっ、柏木さんっ、柏木さん、えっち、あんっ気持ちいい、んぁ、ああーっ」

じゅ、じゅっ、ちゅぷ、じゅ、と大袈裟なほどの音を立てながら乳首を吸い続け、俺は思う。
こいつは自分で淫語を言いながら興奮していくタイプだ。
なんとエッチな。

「柏木さんっ!んんっ、俺の、おっぱいぃ、」
「鳴海のおっぱい、おいしい」
「いあぁっ!」
「ミルクが出てるかもな」
「っんん!柏木さん、柏木さんにいっぱいちゅぱちゅぱされたら、ああっ、ミルク出ちゃうかもっ」
「出していいよ」
「あんっ」

こっちの淫語にも反応が良い。
素晴らしい。
乳首を吸ってやりながら下着のゴムに親指を引っ掛けて少しだけずり下げる。

「っ!柏木さん、まって、かしわぎ、さんっ」
「どうして?」
「だめ、なんか、すごいから、」
「全部、見せてくれるんだろ?」

空いている手で鳴海の手を取り、甲にキスをする。

「王子様みたい…」

鳴海はうっとりと言った。
もう一度、今度は指に口づけを落としてから、静かに下着をおろしていく。
もうすでに臨戦態勢になっていたそこを、観察するようにじっくり見た。

「ああ…いや…恥ずかしい…柏木さん……見ないで…ちんちんっ、見ないで」
「おっぱい触っただけでこんなになった?」
「だって!だって…柏木さんが…えっちだから…」
「もっと鳴海のこと知りたい…教えて」

至近距離で見ていてどうにも我慢ができなくなり、勃起したそれの先端を舐めた。

「っあ!」

大きく腰が揺れた。
浅く口に含んで、カリを刺激するように舌をゆっくり動かす。

「あっ!あ、だめ、あ、柏木さんっ!」

ん?と思った瞬間、口に生暖かく苦い液体が注ぎ込まれる。
びく、びく、と痙攣しながら荒い息を吐く鳴海に、「ああ、射精したのか」とやっと気づいて口を離した。

「ごめん、なさい、俺、」
「いいよ。気持ちよかった?」
「すごく……え?柏木さん、もしかして飲んでしまったんですか?」

まだはあはあと息をしながらも心配そうな顔でこちらを覗き込む鳴海がひどく愛らしかった。

「本当に…ごめんなさい…興奮しすぎちゃって…こんなに早く」

恐縮している鳴海の手を自分の股間に触れさせる。

「なあ…わかる…?」
「あっ…」
「お前にこれから素股を教えてやるからな」

鳴海を全裸にして、自分も服を脱いでいく。目のやり場に困ったらしい鳴海は赤い顔をして俯いていた。
四つん這いにした鳴海を後ろから抱きかかえるようにすると、彼の体温でこの世の全てが満たされるような気になった。

「幸せだ」

思わず口にすると、俺もです、と消え入りそうな声が返ってきた。
ローションを自分のものに塗りつけてから、緊張からか内股になってしまっている鳴海のもも裏にあてがった。

「ひっ、あ」
「…挿れるよ」

ズブ、という感触があり、鳴海の滑らかな肌の間を猛った性器がすべっていく。

「あ、あっ、く、あ、柏木さん」

鳴海は掠れた囁き声で俺を呼んだ。
ゆっくり進み、ついに、下腹部が鳴海の双丘に触れた。

「ああ…」
「っは、はぁ、柏木さん…あ…」
「大丈夫か?」
「これ、これが、すまた…?」
「そうだよ」
「なんか、気持ちいいし…あったかいし、すごく…幸せ」
「そうだよ。セックスは幸せだろ」
「はい」

柏木さん、もっとして、と肩越しに振り向いて囁く鳴海の体を思い切り抱く。
ぬちゅ、ぬちゅ、と音を立てながら腰を動かすと、鳴海がすぐに声を上げ始めた。

「んっ…んぁ、あっ、あっ」

必死で抑えてきたが、自分の呼吸も荒い。
素股ではあるものの今自分は鳴海を抱いている。
鳴海と自分の性器が擦れ合っている。

「っ、鳴海」
「ああ!柏木さん…っ、だめ、俺、我慢できません!」

何を、と思って見ると鳴海は自分のそれを手で扱き始めた。

「あっ、あんっ、柏木さん、柏木さんのおちんぽ、すごいっ!おっきい…、太いぃ!あぁ、んぅ、ああっ」
「鳴海…」
「もっと!もっと呼んでくださいっ、俺の名前、ああ、気持ちいい、柏木さん…!」

鳴海はベッドについていた腕に力が入らなくなったらしく、顔をシーツに埋めて喘ぎだした。
腰だけを高く掲げるような体勢で、俺のものがいいところに当たるように動いている。

「鳴海っ、」
「ああ!やぁぁ!きもちぃ、ああっ、んぅ、ちんちんこすってぇ!もっと!柏木さん!」

乱れ切った鳴海にこちらも理性が吹っ飛んだ。
バツバツと音が出るほど激しく腰をぶつけ、昂まってきたところで目の前に見せつけられている後孔の縁を撫でた。

「ひゃうっ!」

明らかに一段階高い声が聞こえた。
こっちは、また今度ゆっくり。
この感度が楽しみで仕方ない。

「鳴海」

起こしていた体を鳴海に密着させて腰だけを動かす。
終わりが近い。

「柏木さんっ」
「ああ……鳴海…イきそう」
「っ!」

鳴海が息を飲んだ。声だけでも感じるらしい。

「はあっ…イく…鳴海…イくよ…」
「柏木さん!ああっ!イって!ああんっ、柏木さん!俺もイっちゃう!あぁっ!」

自分のものだと信じられないくらいに荒い声が出た。

「っあ、鳴海…!」
「ッイくっ、あ、ああ!あ!っんーっ!」

できる限り腰を押しつけながら精液を吐き出した。びっくりするくらい量が多い気がする。
快感が長く続き、とにかく酸素が足りなくて深い呼吸を繰り返す。鳴海の体からも緊張がとけ、ほぼ同時に達したことがわかった。
密着したままベッドに倒れこみ、腕の中にある体を大切に抱く。鳴海はしばらく自分の体に回された俺の腕を撫でていたが、ふと口を開いた。

「俺……一生童貞でいいです」

これを聞いた時の俺の気持ちを、誰かわかってくれるだろうか。
俺は自分の力で、恋人を抱く権利を勝ち取ったのだ。



翌日の営業課フロア。
窓の外は真っ暗で、ほとんどの社員が帰宅している。席に着いたままこんな話をしているが誰かに聞かれる心配はない。
それにしてもだ。
宮園さんが笑い始めて1分32秒。
上品な笑い声がやむ気配はない。
笑い声の合間に言葉が挟まる。
「どうして」「初めてが」「素股」「よく」「それで」「満足できたね」「理解不能だ」「一体」「挿入まで」「何億年」「かかるの」等と言っているようだ。

「いいんですよ…俺たちには俺たちのペースがあるんですよ…それがちょっと遅いだけで」

自然と視線が下を向いてしまう。

「そうだね、笑ったりして悪かったよ」

宮園さんが俺に謝った。
ただし涙目で笑い声のため、誠意は全く感じない。笑いすぎて息が上がっている。
このやろう。

「ともかく、鳴海がにゃあにゃあネコちゃんに目覚めてくれてよかったじゃない?」
「そうなんですよ!重要なのはそこ!」
「今日はなんだか柏木の周りに花が咲いてるように見えたんだ。一時はどうなることかと思ったけど、本当に良かったね」

宮園さんは綺麗な笑顔で自分の爪を見た。

「塚本とはどうですか」
「彼は毎日可愛くなっていくんだ。あまりの変わりように心配しちゃうくらいだよ」
「完全に堕ちたんですね」
「堕ちたって言うのやめてよ。俺が努力で落としたんだよ」
「堕としたんですよ」
「塚本はねえ、フェラするのが気に入ったみたいで」
「あ、そういう話はいいんで」
「帰宅した途端玄関でしゃぶろうとするし、もういいよって言うまで俺のを口から放さないんだよ」

閉口する。

「どんどん上手くなっちゃって…次は何を仕込もうかなぁ」

さあさあ。鳴海の件の報告は終わったし、そろそろ帰るか。
バッグを出して帰り支度を始めると、宮園さんも立ち上がった。

「何か食べて帰る?」
「ですね」
「そうだ!」

宮園さんが少女のような表情で何事かをひらめいたようだ。
何だ。新しいワインバーでも見つけたのか。

「今度4Pしない?」
「バカじゃねえか!すみません先輩に向かって」
「口を慎みなよ」
「そっちもな」
「別に、鳴海を差し置いて塚本を犯せなんて言わないよ?セックスしてるところに他人がいることが重要なんだ。話を聞いた限り、鳴海は見られて興奮するタイプな気がしない?きっと見られながらだと柏木にものすごく甘えてくると思うよ」
「しっ、知りませんよ…」
「あ、ちょっと興味持ったね?」
「つ、塚本は絶対に嫌がりますよ」
「嫌がる塚本が見たいんだよ、何言ってるの」
「俺はヤってる宮園さんを見るのが非常に嫌です」
「えっ…傷つく……」

宮園さんは眉間にしわを寄せ、手で胸を押さえた。
この……綺麗な顔で憂いを帯びるな。罪悪感でいっぱいだ。

「どうしてそんなこと言うの……俺はそばで柏木が鳴海を抱いててもなんともないし、盛り上がったところで柏木と熱いキスをするくらいどうってことないよ?」
「どうってことないでしょうね、宮園さんには心がないですもんね」
「目の前で俺が柏木とキスしたら、塚本がヤキモチ焼いてくれそうだからね」
「あなたは人生のどのタイミングでそんなに歪んだんですか。今度自分史を作って読ませて下さい」
「4Pまでに初挿入を済ませておいてね」
「プレゼンまでに資料まとめろみたいに言うな」
「スケジューリングは得意でしょ?きっとできるよ。柏木は俺の一番優秀な後輩だもの」

仕事面でのみ尊敬する先輩の言葉に勇気付けられそうになり、ぶんぶんと頭を振った。

「さて、何食べようか」

昨年度の実績はゼロだったのだから、今年は右肩上がりのはずだ。
などと考えながら、俺はフロアを出て行こうとする先輩を追った。



-end-
2017.10.13
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