友達、だよね?
相内が疲れている。
最近は就活も本格化してきて、その合間を縫うようにお互いにバイトがあって、全然ゆっくり会えていなかった。
23:00。バイト後その足で俺の家に来てくれた相内は、くたりと座ってテレビを見ていたと思ったら、いつの間にか眠ってしまった。
「お疲れさま」
眼鏡をそっと外してテーブルに置き、タオルケットをかけてやると、一瞬目を覚まし、ありがとう、とかムニャムニャ言って、また寝息を立て始める。
「かわいいの」
でもちょっと寂しい。
話したいこと、あったのに。まあ、大したことではないんだけど。
相内にくっついて、一緒にタオルケットにくるまる。それだけでも大分癒される。
入社試験は何社か受けた。書類選考で落ちる会社もあれば、最終面接にこぎつけた会社もあった。
でも、俺は内定をもらっていない。
だって、相内がどこに決まるかわからないから。
俺は遠距離恋愛なんか絶対にできない。
相内と一緒にいたい。片時も離れたくない。
なのに相内は、並木もちゃんと本気で就活しろと言う。やりたいことを優先しろ、って。
俺の一番やりたいことは相内のそばにいることで、それより優先しなきゃいけないことなんかない。でも相内はわかってくれない。
相内の一番やりたいことが仕事だって別に構わない。多少なら放っておかれてもいい。多少なら。
それでも、俺の一番はやっぱり変わらないと思う。
価値観の相違、というやつ。
「重い。お前のその価値観」
ガツンと、頭に雷が落ちる衝撃。
言ったのは相内じゃない。野村だ。
「重い?俺って重い女?」
「就職蹴ってまでついて来られる身にもなれ」
「な、なんで?ダメかよ……」
「キモい」
「キモい?!俺キモいの?!」
「並木、その気持ちちゃんと、真面目に、相内に話した?」
柿崎が言う。
今日は居酒屋で3人会。相内はバイトだ。
「話したよ」
「お前の話し方ってふにゃふにゃしてるから、真剣さが伝わってないんじゃねえの」
「だって、そしたら、そしたらさー、どうすればいいの?」
2人とも黙る。
話し方なんか、うまく変えられない。
「それよりこないだ久々に合コンでさ」
「まだ話終わってないんだけど」
野村が虐める……!
「知らねえよ、そんなの自分で考えろ」
「うう」
「相内今日バイト何時に終わんの?呼ぶ?」
「柿崎余計なこと言うなって」
「呼ぶ呼ぶ!会いたい!そして俺がついていくことを2人で説得してよ」
「間に入ってやろうよ」
「なんで男と男の間に入んなきゃなんねえの。すげえ嫌!見返りに女を寄越せ!」
すぐにメールを送信しておく。
『3人で飲んでるから終わったら来ない?』
「並木は本当にそれでいいのか?やりたい仕事とかねえの?本当に」
柿崎に聞かれてすぐに頷く。
「つか、やりたい仕事はまあ、あるんだよ。飲食系が好きだし。けど、相内と離れてまでってのはない。相内のそばで、バイトでも激務でも貧乏でもいいからそれに近い仕事をして、会いたい時に5分でも会えるならそっちの方を俺は選びたいんだよね」
また、2人は黙った。顔を見合わせている。
「……なに」
「いや、本当に好きなんだなと思って。相内のこと」
「キモいと思って」
「野村それしか感想言えねえの?!」
「若いうちはいいよ。だけどお前、おっさんになってもファミレスの店員やんのかよ」
「その頃には店長になっててみせる。バイトから」
2人とも、可哀想な犬を見る目で俺を見ている。
「だけどさ、俺思うんだけど」
柿崎がフライドポテトをつまみながら言う。
「相内がお前の考えてること、わかってないはずないと思うんだよ」
「そうかなあ」
「付き合いもそこそこ長いじゃん。友達として」
「うん」
俺もつられてポテトをつまむ。
「お前の言いたいこと、わかった上で、就職しとけって言ってんじゃねえの」
「じゃあ俺はどうすればいいの」
「知らねえよ!もう、めんどくせえなあ」
野村がキレた。
「俺らの就職先のことには興味ねえのかお前」
「決まったの?」
野村はじっとりと俺を見た。
「もう確認的な最終面接しか残ってないから。多分最初の勤務地、東京」
「えー」
寂しくて泣きたくなる。
「俺も野村と同じ会社の面接残れてさ」
「え!同じ会社?」
「どうだ羨ましいだろう」
「うん……」
「で、俺も多分最初、東京」
「柿崎も?東京?えー……行くなよ柿崎」
抱きついたら、背中をバシバシ叩かれた。
どうしよう。みんないなくなってしまう。
「お前、人の方を向いてるから寂しくなんだよ。俺らみたく、仕事の方を向けよ。そしたら前進あるのみで、寂しいなんて言ってられなくなるから」
野村はそう言ってビールを飲んだ。
「みんな、どうやって、やりたいこと見つけんの」
涙声になる。
「ちょっと、並木、泣くなよお前、我慢しろ」
「相内早く来い!」
2人が慌て始めたけど、俺は構わず続ける。
「俺、就活だってとりあえず真面目にやったし、何に向いてるとか自己分析も一通りやった。けど、相内と離れてまでがんばろうと思えることなんか見つからなかったよ。おもしろそうって思う程度だよ。こんなの、俺だけなのかなあ」
「並木、大丈夫大丈夫、そんなことないって。落ち着け」
「お前最近の酒癖どうしたの」
野村が投げてくれたおしぼりで顔を拭く。
「情けない、俺。俺だけ。みんな、ちゃんとしてるのに」
「そんなことないって」
「なあ並木。お前就職しろ。なんでもいいから。できるから。そんで、がんばってみろ。自信をつけろ。お前がそんな情緒不安定だったら、就職した相内とだってうまくいかなくなるぞ」
「いーやーだー!」
「お前自分でバイト生活でいいって言ったんだぞ。本当はどっかで、バイトじゃ不安だと思ってんじゃねえのか」
「……そうなの?」
「いや知らんし」
「相内と、そこらへんも含めてゆっくり話してみな?」
柿崎が優しく言うのでまた泣きそうになってしまう。
「不安だよ、相内と離れるの。あいつ、また女の子に好かれて持ってかれるかもしんねえじゃん」
「それがうぜえっつってんの。相内は社会人生活とお前と、両方同時に安定させなきゃなんなくなるだろうが」
「だって……だって!ああー不安不安不安不安不安!」
「お前が不安なのは本当は相内のことじゃなくて自分の将来についてだろ」
「違う!相内が近くにいない場合の自分の将来が不安なの!」
「なんだよそれ。お前いくつだ」
「年とか関係ないし!」
「あ、相内」
柿崎の声で振り返ると、愛しい人が立っていた。
「あいうちぃ……」
相内の顔を見た途端、また涙が垂れてしまった。すると相内はふっと笑って頭をさらっと撫でてくれた。
優しい。大好き。
「あー。遅えよ相内。お前の並木が超めんどくせえことになってんだから」
「どうした」
安心する。本当に。この冷静な顔と声。会うと、不安が全部消えていく。
やっぱり、どんなことになっても相内のそばにいたい。
「俺、相内について行っていいよな?そこでバイト探すから、な、いいよね?野村と柿崎も東京行くんだって、だから、」
「並木、相内座らせてやれよとりあえず」
「相内痩せた?」
「少し」
「痩せたの?!」
野村が気づいたのに、俺は気がつかなかった。俺は何をしてるんだ。
「あーっ、並木がまた泣く!」
「だって」
「酔った?」
相内に聞かれて頷く。
「就活とか相内について行きたいとか、いろいろ悩んでんのが爆発したみたいだよ、酒で」
柿崎が説明しながら、残っていた焼き鳥とポテトを相内に集める。
「相内、俺、相内と離れるの嫌だよ」
「泣くな」
相内が涙を拭いてくれるので遠慮なく涙を落とす。
「もう考えてあるから」
「え?」
「帰り、家寄っていい?」
「ど、どうぞ」
相内はいつもの冷静な目で俺を見た。
怖い、もし、別れようとか、言われたら。
「別れ話じゃないから安心しろ」
「あ、うん」
相内が男前過ぎて惚れる。
「はーキモ。まじキモ」
「すげえな。カップルだな」
「うるさいなあ君たち黙りたまえ」
「さっきまでメソメソしてたくせに!」
「で?東京行くって?」
相内は聞いてから、ウーロン茶を注文した。
「飲まないの?」
「明日面接だから。朝から」
「相内のスーツ姿見たいなー。その眼鏡にスーツ。激萌えだよね」
「で?東京?」
流された。
「うん。柿崎も同じとこ内定取れそう」
「多分ね」
「で、2人とも東京だったら、ルームシェアしてみようかと思ってんだけど」
「は?!」
俺は開いた口が塞がらない。
「お前ら一緒に住むの?」
「家賃高そうだし」
「俺らがまだ同棲もしてないというのに?」
「知るか」
「他に知り合いもいないし、とりあえず最初だけ。まあ、まだどうなるかわかんないけど」
「まさかお前らもつきあっ」
「おいハゲやめろ」
「さすがにそれはないわー、野村と付き合ってもすぐ浮気されそうだし」
「確かに。もし辛くなったら電話しろよ?おれが聞いてやるから」
「ハゲまじ黙れ。お前と一緒にすんな」
「なあ相内、こいつらだけ幸せに同棲なんてズルくね?やっぱ俺もついて行く。ね?」
静かにウーロンティーを飲んでいた相内は、俺の顔を見て言う。
「その必要はない」
「……どういう意味?」
「だから、後で」
「俺が、俺が必要なくなったってこと?そうなの?ねえ!はっきり言えよ、相内のバカ!もう抱いてやらないから!乳首弄ってやらないんだからー!」
「え」
「うん?」
「野村、今日のお勘定つけといて!」
「奢れってことかこのアホが!おい!辱められた相内を置いて帰るな!」
悲しくて悲しくて、店を飛び出す。
そうか。そうなんだ。俺が邪魔なんだ。俺がいなきゃいいんだ。
涙が溢れて溺れそうだ。
「どうしよう……おれ、どうやって生きて行けば……」
「並木」
相内の声が追いかけてきた。俺は全力で逃げる。俺の方が体力があるので、全然追いつかれない。
走って家に辿り着き、部屋に入ってドアを閉める。
しばらくそのまま玄関に突っ立っていると、足音が近づいて、いきなりドアが開いた。
「なんで、逃げる……」
相内の息は上がりきっていて、玄関に入ると座り込んでしまった。
「だって相内が」
「並木、酔いすぎ」
「だって相内が!」
「俺はまだ何も言ってない。お前が勝手に邪推したんだろ」
「はい……」
「別れようなんて思ってないから、少し落ち着けば」
「本当?」
「お前でも、不安になることあるんだな」
相内はなぜか、少し笑った。
「あるよ、俺、相内がいなかったらさぁ、」
「それより、乳首云々の方が腹立たしいんだけど」
あれ、相内の顔が急に怖い。
「もうしませんすみません」
潔く頭を下げたら、とりあえず上がらせろと言って相内は靴を脱いだ。
自分の家のように勝手知ったる感じで俺の家にいる相内に堪らなくなって、座った相内を後ろからぎゅっとしてしまった。
「相内」
お願い。ついてくるなって言わないで。
祈るような気持ちで、腕に力を込めた。
俺のドキドキに対して、相内はびっくりするくらい冷静な声で言う。
「並木。お前、県内で就職決めろ」
「へ?」
意味が分からなくて、背中にしがみついたまま聞く。相内もそのまま動かずに続ける。
「俺も県内の企業に入る。そしたら、お前の悩みは解決だろ?」
一瞬考えて、それからどたどたと相内の前に回り込んだ。
「だって、待って、お前はやりたい仕事があるだろ」
「あるよ」
「それ、だって、それは、」
「やりたい仕事を県内で決めればいいだけだ」
「かっ」
っっこいい……!
「まあ、研究職で探したら一社しかなかったし、厳しいけど。がんばるから。お前もがんばって就職して」
ああ、なんという漢らしさ!
「相内、ついていく。俺お前の金魚のフン人生で満足!」
「いや駄目だから。それが駄目だからお互い就職しようって話だ、って聞けよ並木」
相内の頬に顔をすりすりしていたら怒られた。
「聞いてるよ。相内、いいの?それで」
相内はいつもの目で俺を見る。動揺なんかしないみたいな、チーターみたいな目で。
「それでお前が安心して暮らせるならいいんじゃないか」
「相内は後悔しない?」
「それはずっと後になってから考えることだ。今は俺もそうしたいから」
「相内って、揺るぎないね」
相内は、全然そんなことない、と憮然とした顔をした。
相内もいろいろ悩んだり迷ったりするのかと、少し意外な気がした。
俺は、相内さえいてくれれば、何も悩むことがない。
「絶対決めろよ」
「がんばる。絶対」
「じゃ、明日面接だから帰る」
「うん」
一緒にいるために。
「相内。もし、お互いうまくいったら、一緒に住まない?」
プロポーズみたいな気がして照れた。いいよと言ってくれると思ったけど。
「内定もらってから考えろ」
「はい……」
さすが。俺の相内。冷静すぎる。
次の日俺は少し早く起きて、出かける相内に会いに行った。
実家の玄関から出てきた相内は、俺を見て驚いた顔をする。
「並木?」
「エロ!スーツエロ!」
バカ、声でかい、と怒られる。
そうだった、朝で、外だった。
「相内、面接がんばってね」
「ん」
「これ。おにぎり。お昼に食べるんだよ、ハニー」
アルミホイルに包んだ小さめのおにぎりを3つ渡す。
相内は何とも言えない顔をした。
「中身はツナマヨと昆布と生姜焼き」
「うん」
「がんばって。あと、ありがとうね、相内」
相内は、周りを見渡すと、ちゅっと素早くキスをしてくれた。
「オウフッ」
「何だその声」
相内は笑った。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
俺も頑張ろう。ちゃんと毎朝、玄関で相内と行ってらっしゃいを言い合えるように。
そうして俺たちは、揃って無事に、県内の会社の内定をもらった。
-end-
2013.11.24
最近は就活も本格化してきて、その合間を縫うようにお互いにバイトがあって、全然ゆっくり会えていなかった。
23:00。バイト後その足で俺の家に来てくれた相内は、くたりと座ってテレビを見ていたと思ったら、いつの間にか眠ってしまった。
「お疲れさま」
眼鏡をそっと外してテーブルに置き、タオルケットをかけてやると、一瞬目を覚まし、ありがとう、とかムニャムニャ言って、また寝息を立て始める。
「かわいいの」
でもちょっと寂しい。
話したいこと、あったのに。まあ、大したことではないんだけど。
相内にくっついて、一緒にタオルケットにくるまる。それだけでも大分癒される。
入社試験は何社か受けた。書類選考で落ちる会社もあれば、最終面接にこぎつけた会社もあった。
でも、俺は内定をもらっていない。
だって、相内がどこに決まるかわからないから。
俺は遠距離恋愛なんか絶対にできない。
相内と一緒にいたい。片時も離れたくない。
なのに相内は、並木もちゃんと本気で就活しろと言う。やりたいことを優先しろ、って。
俺の一番やりたいことは相内のそばにいることで、それより優先しなきゃいけないことなんかない。でも相内はわかってくれない。
相内の一番やりたいことが仕事だって別に構わない。多少なら放っておかれてもいい。多少なら。
それでも、俺の一番はやっぱり変わらないと思う。
価値観の相違、というやつ。
「重い。お前のその価値観」
ガツンと、頭に雷が落ちる衝撃。
言ったのは相内じゃない。野村だ。
「重い?俺って重い女?」
「就職蹴ってまでついて来られる身にもなれ」
「な、なんで?ダメかよ……」
「キモい」
「キモい?!俺キモいの?!」
「並木、その気持ちちゃんと、真面目に、相内に話した?」
柿崎が言う。
今日は居酒屋で3人会。相内はバイトだ。
「話したよ」
「お前の話し方ってふにゃふにゃしてるから、真剣さが伝わってないんじゃねえの」
「だって、そしたら、そしたらさー、どうすればいいの?」
2人とも黙る。
話し方なんか、うまく変えられない。
「それよりこないだ久々に合コンでさ」
「まだ話終わってないんだけど」
野村が虐める……!
「知らねえよ、そんなの自分で考えろ」
「うう」
「相内今日バイト何時に終わんの?呼ぶ?」
「柿崎余計なこと言うなって」
「呼ぶ呼ぶ!会いたい!そして俺がついていくことを2人で説得してよ」
「間に入ってやろうよ」
「なんで男と男の間に入んなきゃなんねえの。すげえ嫌!見返りに女を寄越せ!」
すぐにメールを送信しておく。
『3人で飲んでるから終わったら来ない?』
「並木は本当にそれでいいのか?やりたい仕事とかねえの?本当に」
柿崎に聞かれてすぐに頷く。
「つか、やりたい仕事はまあ、あるんだよ。飲食系が好きだし。けど、相内と離れてまでってのはない。相内のそばで、バイトでも激務でも貧乏でもいいからそれに近い仕事をして、会いたい時に5分でも会えるならそっちの方を俺は選びたいんだよね」
また、2人は黙った。顔を見合わせている。
「……なに」
「いや、本当に好きなんだなと思って。相内のこと」
「キモいと思って」
「野村それしか感想言えねえの?!」
「若いうちはいいよ。だけどお前、おっさんになってもファミレスの店員やんのかよ」
「その頃には店長になっててみせる。バイトから」
2人とも、可哀想な犬を見る目で俺を見ている。
「だけどさ、俺思うんだけど」
柿崎がフライドポテトをつまみながら言う。
「相内がお前の考えてること、わかってないはずないと思うんだよ」
「そうかなあ」
「付き合いもそこそこ長いじゃん。友達として」
「うん」
俺もつられてポテトをつまむ。
「お前の言いたいこと、わかった上で、就職しとけって言ってんじゃねえの」
「じゃあ俺はどうすればいいの」
「知らねえよ!もう、めんどくせえなあ」
野村がキレた。
「俺らの就職先のことには興味ねえのかお前」
「決まったの?」
野村はじっとりと俺を見た。
「もう確認的な最終面接しか残ってないから。多分最初の勤務地、東京」
「えー」
寂しくて泣きたくなる。
「俺も野村と同じ会社の面接残れてさ」
「え!同じ会社?」
「どうだ羨ましいだろう」
「うん……」
「で、俺も多分最初、東京」
「柿崎も?東京?えー……行くなよ柿崎」
抱きついたら、背中をバシバシ叩かれた。
どうしよう。みんないなくなってしまう。
「お前、人の方を向いてるから寂しくなんだよ。俺らみたく、仕事の方を向けよ。そしたら前進あるのみで、寂しいなんて言ってられなくなるから」
野村はそう言ってビールを飲んだ。
「みんな、どうやって、やりたいこと見つけんの」
涙声になる。
「ちょっと、並木、泣くなよお前、我慢しろ」
「相内早く来い!」
2人が慌て始めたけど、俺は構わず続ける。
「俺、就活だってとりあえず真面目にやったし、何に向いてるとか自己分析も一通りやった。けど、相内と離れてまでがんばろうと思えることなんか見つからなかったよ。おもしろそうって思う程度だよ。こんなの、俺だけなのかなあ」
「並木、大丈夫大丈夫、そんなことないって。落ち着け」
「お前最近の酒癖どうしたの」
野村が投げてくれたおしぼりで顔を拭く。
「情けない、俺。俺だけ。みんな、ちゃんとしてるのに」
「そんなことないって」
「なあ並木。お前就職しろ。なんでもいいから。できるから。そんで、がんばってみろ。自信をつけろ。お前がそんな情緒不安定だったら、就職した相内とだってうまくいかなくなるぞ」
「いーやーだー!」
「お前自分でバイト生活でいいって言ったんだぞ。本当はどっかで、バイトじゃ不安だと思ってんじゃねえのか」
「……そうなの?」
「いや知らんし」
「相内と、そこらへんも含めてゆっくり話してみな?」
柿崎が優しく言うのでまた泣きそうになってしまう。
「不安だよ、相内と離れるの。あいつ、また女の子に好かれて持ってかれるかもしんねえじゃん」
「それがうぜえっつってんの。相内は社会人生活とお前と、両方同時に安定させなきゃなんなくなるだろうが」
「だって……だって!ああー不安不安不安不安不安!」
「お前が不安なのは本当は相内のことじゃなくて自分の将来についてだろ」
「違う!相内が近くにいない場合の自分の将来が不安なの!」
「なんだよそれ。お前いくつだ」
「年とか関係ないし!」
「あ、相内」
柿崎の声で振り返ると、愛しい人が立っていた。
「あいうちぃ……」
相内の顔を見た途端、また涙が垂れてしまった。すると相内はふっと笑って頭をさらっと撫でてくれた。
優しい。大好き。
「あー。遅えよ相内。お前の並木が超めんどくせえことになってんだから」
「どうした」
安心する。本当に。この冷静な顔と声。会うと、不安が全部消えていく。
やっぱり、どんなことになっても相内のそばにいたい。
「俺、相内について行っていいよな?そこでバイト探すから、な、いいよね?野村と柿崎も東京行くんだって、だから、」
「並木、相内座らせてやれよとりあえず」
「相内痩せた?」
「少し」
「痩せたの?!」
野村が気づいたのに、俺は気がつかなかった。俺は何をしてるんだ。
「あーっ、並木がまた泣く!」
「だって」
「酔った?」
相内に聞かれて頷く。
「就活とか相内について行きたいとか、いろいろ悩んでんのが爆発したみたいだよ、酒で」
柿崎が説明しながら、残っていた焼き鳥とポテトを相内に集める。
「相内、俺、相内と離れるの嫌だよ」
「泣くな」
相内が涙を拭いてくれるので遠慮なく涙を落とす。
「もう考えてあるから」
「え?」
「帰り、家寄っていい?」
「ど、どうぞ」
相内はいつもの冷静な目で俺を見た。
怖い、もし、別れようとか、言われたら。
「別れ話じゃないから安心しろ」
「あ、うん」
相内が男前過ぎて惚れる。
「はーキモ。まじキモ」
「すげえな。カップルだな」
「うるさいなあ君たち黙りたまえ」
「さっきまでメソメソしてたくせに!」
「で?東京行くって?」
相内は聞いてから、ウーロン茶を注文した。
「飲まないの?」
「明日面接だから。朝から」
「相内のスーツ姿見たいなー。その眼鏡にスーツ。激萌えだよね」
「で?東京?」
流された。
「うん。柿崎も同じとこ内定取れそう」
「多分ね」
「で、2人とも東京だったら、ルームシェアしてみようかと思ってんだけど」
「は?!」
俺は開いた口が塞がらない。
「お前ら一緒に住むの?」
「家賃高そうだし」
「俺らがまだ同棲もしてないというのに?」
「知るか」
「他に知り合いもいないし、とりあえず最初だけ。まあ、まだどうなるかわかんないけど」
「まさかお前らもつきあっ」
「おいハゲやめろ」
「さすがにそれはないわー、野村と付き合ってもすぐ浮気されそうだし」
「確かに。もし辛くなったら電話しろよ?おれが聞いてやるから」
「ハゲまじ黙れ。お前と一緒にすんな」
「なあ相内、こいつらだけ幸せに同棲なんてズルくね?やっぱ俺もついて行く。ね?」
静かにウーロンティーを飲んでいた相内は、俺の顔を見て言う。
「その必要はない」
「……どういう意味?」
「だから、後で」
「俺が、俺が必要なくなったってこと?そうなの?ねえ!はっきり言えよ、相内のバカ!もう抱いてやらないから!乳首弄ってやらないんだからー!」
「え」
「うん?」
「野村、今日のお勘定つけといて!」
「奢れってことかこのアホが!おい!辱められた相内を置いて帰るな!」
悲しくて悲しくて、店を飛び出す。
そうか。そうなんだ。俺が邪魔なんだ。俺がいなきゃいいんだ。
涙が溢れて溺れそうだ。
「どうしよう……おれ、どうやって生きて行けば……」
「並木」
相内の声が追いかけてきた。俺は全力で逃げる。俺の方が体力があるので、全然追いつかれない。
走って家に辿り着き、部屋に入ってドアを閉める。
しばらくそのまま玄関に突っ立っていると、足音が近づいて、いきなりドアが開いた。
「なんで、逃げる……」
相内の息は上がりきっていて、玄関に入ると座り込んでしまった。
「だって相内が」
「並木、酔いすぎ」
「だって相内が!」
「俺はまだ何も言ってない。お前が勝手に邪推したんだろ」
「はい……」
「別れようなんて思ってないから、少し落ち着けば」
「本当?」
「お前でも、不安になることあるんだな」
相内はなぜか、少し笑った。
「あるよ、俺、相内がいなかったらさぁ、」
「それより、乳首云々の方が腹立たしいんだけど」
あれ、相内の顔が急に怖い。
「もうしませんすみません」
潔く頭を下げたら、とりあえず上がらせろと言って相内は靴を脱いだ。
自分の家のように勝手知ったる感じで俺の家にいる相内に堪らなくなって、座った相内を後ろからぎゅっとしてしまった。
「相内」
お願い。ついてくるなって言わないで。
祈るような気持ちで、腕に力を込めた。
俺のドキドキに対して、相内はびっくりするくらい冷静な声で言う。
「並木。お前、県内で就職決めろ」
「へ?」
意味が分からなくて、背中にしがみついたまま聞く。相内もそのまま動かずに続ける。
「俺も県内の企業に入る。そしたら、お前の悩みは解決だろ?」
一瞬考えて、それからどたどたと相内の前に回り込んだ。
「だって、待って、お前はやりたい仕事があるだろ」
「あるよ」
「それ、だって、それは、」
「やりたい仕事を県内で決めればいいだけだ」
「かっ」
っっこいい……!
「まあ、研究職で探したら一社しかなかったし、厳しいけど。がんばるから。お前もがんばって就職して」
ああ、なんという漢らしさ!
「相内、ついていく。俺お前の金魚のフン人生で満足!」
「いや駄目だから。それが駄目だからお互い就職しようって話だ、って聞けよ並木」
相内の頬に顔をすりすりしていたら怒られた。
「聞いてるよ。相内、いいの?それで」
相内はいつもの目で俺を見る。動揺なんかしないみたいな、チーターみたいな目で。
「それでお前が安心して暮らせるならいいんじゃないか」
「相内は後悔しない?」
「それはずっと後になってから考えることだ。今は俺もそうしたいから」
「相内って、揺るぎないね」
相内は、全然そんなことない、と憮然とした顔をした。
相内もいろいろ悩んだり迷ったりするのかと、少し意外な気がした。
俺は、相内さえいてくれれば、何も悩むことがない。
「絶対決めろよ」
「がんばる。絶対」
「じゃ、明日面接だから帰る」
「うん」
一緒にいるために。
「相内。もし、お互いうまくいったら、一緒に住まない?」
プロポーズみたいな気がして照れた。いいよと言ってくれると思ったけど。
「内定もらってから考えろ」
「はい……」
さすが。俺の相内。冷静すぎる。
次の日俺は少し早く起きて、出かける相内に会いに行った。
実家の玄関から出てきた相内は、俺を見て驚いた顔をする。
「並木?」
「エロ!スーツエロ!」
バカ、声でかい、と怒られる。
そうだった、朝で、外だった。
「相内、面接がんばってね」
「ん」
「これ。おにぎり。お昼に食べるんだよ、ハニー」
アルミホイルに包んだ小さめのおにぎりを3つ渡す。
相内は何とも言えない顔をした。
「中身はツナマヨと昆布と生姜焼き」
「うん」
「がんばって。あと、ありがとうね、相内」
相内は、周りを見渡すと、ちゅっと素早くキスをしてくれた。
「オウフッ」
「何だその声」
相内は笑った。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
俺も頑張ろう。ちゃんと毎朝、玄関で相内と行ってらっしゃいを言い合えるように。
そうして俺たちは、揃って無事に、県内の会社の内定をもらった。
-end-
2013.11.24