友達、だよね?

いつもの居酒屋に、いつも通りに集まる。
それがなんだか妙に照れ臭い。

「俺は相内の隣ね」

並木が言って俺の隣に座った。向かいに座った野村の顔が引きつる。

「並木、頼むから一回死んでくれよ」
「は?なんで?」

柿崎は黙って野村と並木のやり取りを見てニヤニヤしている。

「お前、俺の言ったこと覚えてねえの」
「言ったこと?いつ?一回ヤったくらいで彼女ヅラしてんじゃねえよ、のあの子の時の?」
「ちげぇし!何だよ何でそれが出てくるんだよ!」
「あの時は聞いてるこっちも焦ったよな、ゴムつけたのに妊娠したとか。女の子の嘘だったけど」
「黙れ」

野村と並木は、なんだか最近仲が良くなったような気がする。

「ノロケんなって言ったよな?」
「うん、覚えてる」
「今のはノロケと判定されておかしくないだろ」
「ノロケ?俺が?いつ?」

並木はこういう時本当に質が悪い。

「まあまあ野村、並木にそんなこと言ったって無駄だって。並木は多分生まれた時から今日まで勘の鈍さが成長してないんだから」

柿崎が取りなす。
今回のことで、俺も並木も柿崎のおおらかさにとても助けられた。

「仲直りの旅行に行こうぜ」

並木が唐突に言って、野村はとても嫌そうな顔をした。

「とりあえずビール頼むか」

俺が言うと、並木が店員を呼ぶボタンを押す。

「旅行って、どこに?」

柿崎がメニューを広げてみんなに見えるように置いた。
来た店員がかわいい女の子だったので、野村が間髪入れずにビール4つね、と言って優しげに微笑んだ。

「どこでも。近場の安いホテルで一泊とかよくない?あーでも温泉がいいな。相内の浴衣っいってぇっ!」

野村がテーブルの下で並木を蹴ったらしい。

「相内、なんか最近野村が怖い」

並木が子犬のような目で俺を見る。

「仕方ない。全面的に並木が悪い」
「はっ!何でだよ!相内まで…もう倦怠期か…」

呆れて並木を見つめていたら、柿崎が吹き出した。

「並木。相内は俺らの前だから照れてんじゃね。後で2人になったらかわいがってやれよ」
「そうなのか!もう…やべぇな相内ったら全く…」

頭を撫でようと伸びてきたデレ顔の並木の手を払いのけ、柿崎に非難の目を向けると、野村に殴られていた。

「柿崎は余計なこと言い過ぎなんだよ」
「だって考えてみろよ。おもしろいじゃん」
「は。この2人の関係?どこが」
「お前、それは多分嫉妬だよ」

俺と並木は2人の会話を見守る。

「お前は自分が尊敬してた相内という男を並木に取られてイラついてんじゃねえの」
「何?」
「だってもうそろそろ受け入れてもいいじゃん。仕方ないだろ、両想いなんだから。なぁ?」

柿崎は俺たちに頷きかけた。

「そうなのよ、野村悪いね、すてきな相内は俺のものになってしまったよ」
「バカ並木ほんと死ね」
「な、野村、そんなわけで旅行に行こうぜ」
「ふん。2人で行けば」
「えー。それはまた今度にするよ。就活本格的になるじゃん。そしたらなかなか4人で動けなくなるかもだろ、だから行こう、思い出増やそう!」

並木のこのテンションは何なのだ。

「就職、どこで考えてる?」

運ばれてきたビールで軽く乾杯しながら柿崎がみんなに聞く。

「俺はなるべく地元がいいな」

並木が言う。

「俺は東京行きたい」

野村の言葉に、一瞬みんなの視線が彼に集まった。

「日本人に生まれた以上、一回東京に出てみたくね?」
「わからんでもないけど。相内は?」

柿崎に聞かれる。

「やりたい仕事がある程度決まってるから、決まった会社によるな。場所にこだわりはあんまりない。柿崎は?」
「俺もそうかな。運命に従うまでだね」
「うう」

呻き声が聞こえて横を見ると、並木が目をつぶっている。

「おいどうしたバカ」

野村が聞くと、並木は目を開けて笑顔になった。

「な、やっぱり絶対旅行に行くべきじゃね?仲良し4人組で」

俺は並木のこういうところが。

「うん。いいかもな。行く機会も少なくなるしな」
「いいよ」
「仕方ねえな。付き合ってやる」

みんなが返事をして、決まった。

「うぉし!じゃあ俺が予約とかしとくから、野村が車出せよな」
「並木は乗せない」
「なんでだ!」

こういうところが、俺は、昔から。



「うほー!畳だ畳だ!」
「まず風呂行く?」
「温泉まんじゅう食おう」
「夜メシってレストラン?バイキング?」
「部屋食だって」
「さっき説明されただろ」
「聞いとけよ、つか予約したの並木だろうが」

並木のボケは、温泉に来ても治らない。

「相内、浴衣に着替えるの手伝う?」
「いい」
「帯でくるくるしてあげるから」
「いいからほら、並木も早く着替えろ。温泉行くぞ」

壁際に追い詰められたので避けるように横に逃げる。

「並木。浴衣よりさ、風呂の方がおいしいんじゃね?浴衣はあとでいくらでも見られるよ」
「……柿崎、お前いいやつだな」
「あーあーあー聞こえない聞こえないバカの声聞こえない……相内お前あのバカのどこがいいんだよ」

ニヤニヤしている柿崎の肩を抱く並木と、不機嫌そうな顔で俺を睨む野村。

この4人で頻繁に会うことも、卒業したらなくなるかな、と少し寂しい気もした。





「なんで隠すの、なあ相内、タオルいらなくね?いっつも見てるじゃん!待って、待てって相内!」

体を洗い終えて、並木の追跡をまく。

大浴場はかなり広く、しかも湯気で曇っていて、少し離れるともう誰がどこにいるかわからなかった。
しかも俺は眼鏡を外している。
さっき、その顔を見た並木が、眼鏡無し相内もかわいいと言って野村に首を絞められていた。

露天風呂に出ると、相内、と声をかけられる。

「野村?」
「こっち」

手をあげる人に近づく。

「あー気持ちいい」
「な。温泉久々。ここ、いいね。次は女の子と来よう」

野村は空を見上げた。

「なーなー、男と付き合って楽しいの?」
「……さあ」
「ちょっと。真面目に聞いてんだけど」

はぐらかそうと思ったけれど逃げられそうにない。

「男ってより…並木は、まあ…いいなと、思う」

おじさん2人組が上がって行き、俺たちだけになる。

「いつから、好きとかだったの」
「そんな、いや、結構最近」
「……ふーん。なんか、相内ってもっとムッツリで涼しい顔して女の子大好きで超エロいんだと思ってた」
「どんなイメージだ」

野村が手で湯をすくう。

「女の子、好きだったんだよな?」

俺も真似をして湯を掴む。

「まあ。人並みには」

零れた水滴が音を立てた。

「なんで男、しかも今さら並木なんだって思うけど。でも俺だって、なんで今の女の子と居るかって聞かれたら、なんでかわかんない。たまたまいろんなことが合って今一緒にいて、お前らも、きっとそれと同じだよな」

野村は多分、自分に言い聞かせている。
突然変なことになった友人2人の世界観がわからず、戸惑って怒って、それでも俺たちを、なんとか受け入れようとしてくれている。

「ずっと思ってたけど、野村が女の子にモテるの、よくわかる」

優しくて気が利くのはもちろんだけど。
野村には芯がある。一本、まっすぐな芯が。

「急に何。褒めても並木のノロケは許さねえけど」

言ってから、野村は鼻まで風呂に浸かった。

「並木には指導しておくから」
「あいつノロケの意味がわかってないからな」
「うん」
「一生理解できなそう」
「その時は、諦めて」

野村は笑った。





 *





「ちょっとー相内どこ」

くそぅ。見失った。
あの子、なんで下半身隠すんだろう。
意味わかんね。いっつも見たり触ったり舐めたりしてんのに。
照れてんのか?

「並木」
「あ?柿崎いる?」
「こっち」

湯煙の中から柿崎の声が呼ぶ。
内風呂がとにかくたくさんあって、テンションが上がる。

「広いな、ここ」
「いやまじでね。最高じゃない?」
「いい宿みつけたね。ネット?」
「うん。あとお母がよかったって言ってた」
「そうなんだ。でさ、ちょっと聞きたいんだけど。あいつらいない時に」
「なになに」

柿崎はニヤニヤ笑いながら顔を近づけてきた。

「挿れんの?相内に」

俺もつられてニヤける。

「挿れるってー。そりゃあもう、ひひ」
「気持ちいい?」
「すっげ!すっげえよ!」
「女とどっちがいい?」
「相内がいい。俺はね」

へえ、と言って柿崎は笑う。

「でも男のケツなんて綺麗ではないだろ?ケツ毛とか、全然萎えない?」
「相内って体毛は薄いよ」
「あー。そんな感じする。白いしな」
「めちゃくちゃ興奮するよ、相内の感じてる顔とか声とか」
「えー!ちょっと想像できないけど!見てみてえな」
「それはダメよ。ふふ。あと、あいつ乳首感じるらしくてさ」
「乳首?男でも好きなやついるらしいもんね」
「あーだめだわ、思い出したら勃ちそう」
「おいやめろ!風呂だぞ!」

柿崎がお湯をパシャッとかけてきた。

「うん。気を付ける」
「でもさ、相内も気持ちいいのかな、ケツに挿れられんの」

あ。よくは考えたことなかったな。

「どうなんだろ。別に嫌そうではないけど…」

もしかして我慢してたりするのかと、俺は少し不安に思った。

「痛くねえのかなと思って」
「後で聞いてみよう」
「今日ヤるつもりじゃないだろうな」
「は?我慢しろって言うのか!無理!浴衣の相内なんて想像しただけでアレなのに!」
「……野村には絶対バレるなよ」
「柿崎ってほんといいやつだな」
「並木と相内がねぇ……まさかこんなことになるなんてな。ほんと、生まれてから一番くらいの衝撃だったわ」
「……ごめんね」
「謝ることはないけど」

柿崎はまた笑う。

「お前らが、変なことで傷つかなきゃいいとは思うよ」
「ヤバい柿崎!お前優しいね!大好きだよマジで!」

思わず抱きつく。

「幸せになりな!」

柿崎も抱き返して来た。

おやじ2人組が、変なものを見る目で俺たちを見ていた。





 *





風呂から部屋に戻ると夕飯の用意がされていた。
賑やかな食事が終わり、布団を4組敷いてもらって、端に寄せられたテーブルに買ってきた酒やつまみを適当に出していく。

「あーっ、うまかったなー」
「部屋食よかったね」
「さあさあ。あとは酒」
「……寂しい」

酔った並木がいきなり泣きそうな顔をする。
何が言いたいのか俺は少しわかってしまった。
並木の頭を撫でてやる。

「みんなバラバラになっちゃうじゃん。就職したら」

みんなが並木を見た。

「寂しいな、大人になるって寂しい……相内キスして?」

俺に擦り寄る並木。

「なっ…!バッカ野郎飲み過ぎなんだよ!キモい!」

わめきながら並木に殴りかかる野村。

「相内、ちゅーしよう、ね、ぎゅってしていい?浴衣やばいね、ちょーかわいいよ相内」
「うるせえよ黙れ変態!」

野村を無視してさらに擦り寄る並木を俺から引き剥がす野村。
忙しい。

「ひたすら無視して静かに酒飲む相内がツボなんだけど」

柿崎が笑う。

野村に引き倒され馬乗りになられた並木が、布団の上で大の字になってバタバタ暴れている。

「ぬおー!ムラムラする!」
「死ね、おら、死ねよ」
「だってのむらだってさ!女の子と温泉来て浴衣姿見たらムラムラするだろ!帯解いて素肌を見たいじゃん!俺のものだよねって首筋に赤い跡をつけたいじゃん!帯で手首縛って中途半端に肩とか出してだらしない感じの半裸を写メりたいじゃん!パンツが濡れ」
「わかったからもうやめろ!」

野村が軽くパニックになっているけど、俺もかなりいたたまれない。

「うわーん!相内!相内が足りないよぅ!」

並木はわめき続けている。

「大変だね」
「うん」
「いつもああなの?」
「いや……いつもでは……」
「……大変だな」
「…うん」

柿崎と酒を注ぎ合う。

「ほんとに好きなのか、相内のこと」

ぽつりと聞こえた声は野村のもので、野村に乗っかられている並木も野村を見ていた。

「うん。好き」

恥ずかしくて死ねる。

「でも、お前のことも好きだよ。東京行くとか言うなよ。寂しいよ」

並木が、自分の上に覆い被さっている野村の背中をぽこぽこと叩く。
野村は少しの間されるがままになったあと、ガバッと起き上がった。

「はー。めんどくさいヤツ」

その言い方が明らかに照れ隠しのようだったので、俺は柿崎と顔を見合わせて笑った。

「年に一回とか、みんなで集まろう?死ぬ訳じゃないんだから会えるって」

大の字になったままの並木に柿崎が言う。

「つか、お前は自分が就職できるかをもっと心配しろ」

野村が言って、ビールをぐびぐび飲んだ。

「うん…」

並木がしおしおと起き上がって俺の隣に座った。
への字になっているその唇に、なぜだか胸がキュンとした。

こういう変に格好をつけない素直なところが、そういえばずっといいなと思っていたような気がする。
いつ、それが「好き」に変化したんだろう。

「おい相内」

柿崎がいきなり俺の腕を引いて、一番端の布団に引っ張って行った。

「並木と2人になりたい?」

小さな声で聞かれて焦る。

「え」
「いや、そんな気がしただけ。野村と出てこようか?」
「柿崎」

俺は柿崎の両手を掴んで正面から見つめた。

「そんな気遣わなくていい」
「そう?」
「お前らとの時間も大事だから。多分、並木も同じ」
「そう」
「うん」
「じゃあそうする」
「……ありがとう」

そう言った直後、背中に衝撃を受けた。

「いっ」
「相内ねーねー柿崎となにしてんの、手つないでるし」

見ると、布団の端から端へ転がって来たらしい並木が俺に衝突していた。

「並木。少し落ち着かないか」
「なんで?何が?」
「ちょっと来い」

俺は、暴れて着崩れた浴衣姿の並木を部屋の外に連れ出した。
少し調子に乗りすぎている。

「お前の大事な友達2人がせっかく歩み寄ってくれてるのに、お前は突っ走るばっかりでいいのか」
「なにが?」
「2人の時とそうじゃない時でけじめをつけろって言ってんだよ」
「……ごめん」

しゅんとしてしまった並木に、垂れ下がった耳が見えたような気がして和む。

「そのうち2人でもどっかに行こう」

言うと、頭を垂れたままぽふっと胸に額を預けてきた。

「そうだな。今日は4人だから。我慢する」
「うん」
「でもひとつ言っていい?」
「何」
「浴衣の相内、まじでエロくてほんと、さっき一回勃起しちゃった」
「そう?」

一体どれだけ盛るんだろう。
もう、どうせなら苦しめと思った。

自分の胸元を少しはだけさせて並木を見る。

「こんな感じ?」
「かはっ」

変な声を出した並木を置いて、ささっと着直して部屋に戻る。

それから並木が戻って来るまで少し時間がかかった。











「消すよ」
「おやすみー」

端から、俺、並木、柿崎、野村の順で布団に入った。

寝る前にもう一度風呂に行ったからか、暑くて布団から足を出した。

隣の布団がもぞもぞと動く気配がして、腕がそっと伸びてきた。手が優しく首や肩に触れてくる。

「そこで怪しい動きしたら部屋から出すから」

野村の低い声と共に、手の動きがぴくりと止まった。

「……なんでわかった」
「バカの考えることは誰でもわかるんだよ」
「野村、最近どう?」
「話逸らしやがって。……こないだ行った時にいた居酒屋の店員のかわいい子覚えてない?」
「あー、新人ぽい子?」
「あの子とヤった」
「は!」
「まっじで?!」

暗闇で柿崎と並木が起き上がる気配がして、俺は少し笑った。

「手早すぎ!」
「俺に死ね死ね言うけど野村も死んだ方がいいと思う」
「だってトイレ行った時にアドレス渡したらその日のうちにメール来て、次の日会うことになって、その夜にヤれたんだもん。仕方ないじゃん」
「仕方ないの意味がわかんねえ」
「またヤり捨て?」
「いや、とりあえずキープ」

2人分のため息が聞こえた。

「歪みないね」
「言葉も無いな」
「こういうやつに限って結婚早かったりして」
「さっさと子ども作っていいパパやって」
「ムカつく。妬ましい」
「腹違いの子だくさんになって養育費で破産すればいいよな」

柿崎と並木はぶつぶつ言い合いながら布団に戻ったようだ。

「柿崎も幸せになるよ、絶対。ほんといいヤツだから」

並木がなぜか自信ありげに断言した。

「並木に言われてもなぁ」

柿崎が笑う。

「就職しても遊ぼうね!」

並木が元気に言ったが、誰も返事をしない。
空調の音が虚しく響く。

静寂。

「おいちょっとみんな!寝たふりやめろよ!」

クスクスという笑い声。

並木。旅行来てよかったな。
と、今度言ってやろうと思いながら、俺はいつの間にか眠っていた。












ゴソゴソという音で目を開けると、カーテンの隙間から光が漏れていて、もう朝だと知る。

部屋の端で人影がそっと動いていたので眼鏡をかけた。

「ごめん、起こした?」

浴衣を着直していた柿崎がコソコソと言う。

「いや。……風呂行くの?」
「朝風呂してくるわ」
「バカがバカの顔で寝てるから見てみろ」

野村が言うので、少し体を起こして覗いてみると、これ以上ないくらい布団をぐしゃぐしゃに蹴飛ばした並木が横向きの顔を半分枕に埋めて口を開けていた。

「芸術的」
「写メ撮ったよ」
「相内は?行かない?」
「うん。行ってきて」

2人は何だかんだ言いつつも並木を起こさないようにそっと部屋を出て行った。

歯磨きをして顔を洗い、布団に戻ると並木が目を覚ましていた。

「おはよう相内」
「おはよう」
「みんなは?」
「風呂」

並木はでかいあくびをした。まだ眠そうで、そんな顔も愛しいなんて、俺の頭はどうなったんだと眉間にシワが寄った。

「相内は行かなかったの?」
「寂しがるかと思って」

ぼんやりとした顔でたっぷり見つめられる。

ヤバいと思った時にはもう遅かった。
しっかりと組み敷かれている。

「バカ、やめろ」
「少しだけ。昨日は我慢した」
「帰るまで、っ、我慢、しろよ」
「い、や、だ」

こうなった時の並木のバカ力には敵わない。

「ほんとにっ、こら、あ、やめっ、」
「浴衣いいな。すぐ脱げる。うちにも用意するかな」
「あっ、ん」

胸元からするっと入った手が乳首を撫でて、俺は身をよじった。
その勢いで俯せにひっくり返され、並木が背中に密着してくる。指は乳首をくにくにとつまんだままだ。

「ほら。おっぱいきもちい?」
「ちが、や、やめろっ」
「こうやってしながら、これをほら、ここにこうして」
「っく、お願いだから、止まれ」
「だめだどうしよう。興奮してきた」
「あっ…あぁ…は、……んっ」

どうしてこんなに乳首が弱いんだと内心泣きそうになりながら、最後の理性を振り絞る。

「…ここじゃ…だめだ、から」
「洗面所行こう」

並木に引っ張られてふらつきながらユニットバスに入る。

「でかい鏡に映っちゃうね」

洗面所に手をつかされて後ろから抱きすくめられ、ぼうっとした頭で前を見ると上気した自分の顔の下で並木の指に弄られる乳首が見えた。

「あぁっ…なみき…あ、はぁっ」
「興奮してる?かわいい」

野村たちが帰って来るまでどのくらいあるだろう。

「なみき」
「ん」
「早く……早くして」
「何を?」

こいつの素の焦らしが腹立たしい。

「早く…挿れないと……帰ってくるから…」
「……そうだね」

並木は俺の首筋に後ろからちゅうちゅうとキスをした。
捲り上げられる浴衣。性急に下ろされる下着。並木の息が荒い。

「指、挿れるね」
「……っ、……」
「ローション持ち歩いててよかった」
「なんで、…」
「え、いつでも愛を伝えられるように」
「…あっ」

最初から勢いをつけて拡げられていく。片方の手は相変わらず乳首を弄っている。

「早く。早くしないと」

並木の声は嬉しそうだ。

「…相内……」

耳にキスをされ、舌を入れられながら囁かれて、なんとも言えない幸福感が沸き上がり、それが性感帯の感覚を研ぎ澄ませていく。

「はぁっ……並木……」
「なんで、そんな、かわいいの」
「知らない…っん」
「ね…ずっとそんなかわいかったっけ…」
「ん…早く……」
「相内も、俺と繋がりたい?」

乳首を指でぐりぐりと押されながら聞かれ、腰が勝手に動いて並木の固いものが後ろに当たる。

「……早く、しろ」
「……うん」

並木が興奮しているのが伝わってきて、気持ちが昂った。

「っあ、」
「やっばい…きもちい」

少しずつギチギチと入ってくるそれが、いつもより熱い気がして意識が飛びそうになる。
首を反らせると鏡の中の並木と目が合った。

「う゛っ」

合った瞬間、並木が奥まで入ってきて息を詰めた。

「あっ……はぁ、あ、あっ、あ」

すぐに規則的な律動が始まって、並木のことしか考えられなくなった。

「やばいって相内、そんな、締めないで」
「してな、いっんっ」
「すぐ、っは、出ちゃうよ」
「ぁ…いいっ、並木……」

腰の動きはそのままに、俺を後ろから抱く腕に力が込められた。

「ね、相内」
「あっ、あ、あ、あっ」
「ケツ、きもちいの?」

並木の必殺技。
無邪気な言葉責め。

「なに、今さら……」
「柿崎が、相内はきもちいのかなって、心配してたよ」

一気に血の気が引いた。
何を話題にしてどうしてどうなってどんな流れで柿崎が。

「お前……」
「なあ、きもちいい?」

首筋にキスをしながら尚も動き続ける並木の足を踏む。

「え、あの、相内、痛いんだけど」
「……気持ち、いい、わけないだろ」
「え……?」

精一杯の気力を絞り出して鏡の中の並木を睨む。

「今すぐに抜け」

並木はしばらく黙った後、無視して思い切り腰をぶつけ始めた。腰が痛いくらい強く掴まれている。

「あっこの!なみ、きっああっ」
「嘘つき。相内の嘘つき」
「やめ、っ、うっ」
「そんなかわいい顔して拒否ったって、だめだからな」
「やっあっ、あぁっんっ」
「相内」

腰を掴んでいた手が体に回され、ぎゅっと抱きすくめられた。

「相内のケツ、めっちゃくちゃ気持ちいいよ」
「っう、うるさ、いっあっはあっ」

甘い甘い、優しい声に、興奮が混じっているのが堪らない。

「相内。大好きだ」

どうしてだ。
この声を、俺はずっと、高校の時からずっと、当たり前のように隣で聞いていたのに。

「んっ、んっ、あっ、は、あ」

首をひねって横を向くと、並木が唇を重ねる。お互いの吐息混じりの声を受け合いながら、腰の動きまで合っていく。

「んっく、う、あっあっあっあっ」
「っ、やべ、相内、あっ、出る、出る、」
「ああっ、並木……っ」
「すっげ、っう、あっ、あー……」
「ん……あ、……は…ああ……」

咄嗟に掴んだタオルに吐精した。
腰に生暖かいものが垂れる感触。

「……お前、かけたの?」
「偉くね?中出し我慢できた!」

嬉しそうに言う並木にため息がこぼれる。
でも確かに、今日ここで中出しされていたら、後処理が大変だった。

「……はいはい。よくできたな」
「やった、褒められた」

背中に並木の額がくっつけられたのを感じながら、俺はタオルで腰を拭いた。

「拭いてやるよ」
「うん」

優しい手つきで腰を拭かれた。

「やべ、浴衣にもかかってる」
「……着替える」
「ははは、ごめんごめん」

口笛混じりに洗面所で身支度を始めた並木を背に、俺は私服を取りに行った。






 *






「なあ柿崎。相内なんかおかしくね?」

朝食はバイキングだった。
各自好きなものを取りに散り、ご飯をよそってもらっていたら、野村が話しかけてきた。

相内は少し離れたところでサラダを取り分けている。
並木はカウンターで朝からステーキを焼いてもらっているようだ。

「おかしいって?何が?」

とぼけたけど、俺も違和感には気づいていた。

野村と一緒に朝風呂から帰ってくると、窓側の椅子に腰かけて外を見ていた相内が「お帰り」と言ってこっちを見た。

目が合った瞬間、なんだかぞわっとした。

何かはわからない。
でも、明らかに何かが変だった。

そこで俺は思い至る。

洗面所で上機嫌に歯を磨く並木。
着替え終わっている相内。
干されているタオル。
綺麗に畳まれた4組の布団。

そして、相内の、そう、あれは、あの違和感の正体は。
目の潤み、風呂上がりみたいな血色の良さ。
……色気?

謎は全て解けた!
並木!やりおったなお前!

内心、名探偵を気取りながら、俺は気づかないふりをすることにした。
だって野村が失神するかもしれないから。

それで、今に至る。

「なんか、びしっとしたいつもの相内じゃなくね?」
「そうか?」
「なんかな……ふにゃってる」
「寝起きだからじゃね?」
「んー……」
「いいからほら。飯だぞ」

野村、知らない方がいいこともあるよ。

俺は良好な人間関係を保つため、都合の悪いことは忘れることにしている。

みんなの分も取ったよとステーキの皿をテーブルに並べて笑う、並木というやつが昔から俺は結構好きだから。
例え野村に、朝からステーキなんかいらねえと一蹴されていても。

相内とは案外似合いのカップルかもなと、俺はステーキを口に放り込みながら思った。








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2013.5.13
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