友達、だよね?

「おうおう!」
「久しぶりー」
「かんぱーい」

なみなみとビールの注がれたジョッキが4つ、ガチャンと勢いよくぶつかった。

場所はいつもの居酒屋。
4人で集まるのはかなり久しぶりだった。

向かいに座った柿崎と野村が旨そうにビールを流し込むのを眺めてから、隣の相内にちらりと視線を送る。

相内はジョッキを置いて、目の前に置かれた「本日のオススメ」に目を落としていた。
眼鏡の奥で伏せられる睫毛。

相内に会うのは一昨日ぶりだ。お互いバイトが終わった後に1時間だけ会った。
俺が、少しでいいから顔が見たいとわがままを言ったのだ。
そういう時、相内は面倒くさがったりしない。どうにかしようとしてくれる。
まあ、会おう会おうとテンションが上がったりもしないけど。

そんなことも全部、柿崎たちは知らないのだ。

「元気?並木元気か?大丈夫かその後」

柿崎の声に、俺は相内から視線を剥がして、考えを巡らせた。

柿崎たちには、彼女と別れてうだうだした姿を見せたのが最後だった。

「あ?あーうんうん大丈夫大丈夫」
「ちゃんと勃ってるか?」
「うんもうそれはそれは元気で困っちゃうくらい」

野村に即答してから、はっとして相内を見てしまった。

相内は無表情で俺を見ていたけど、目が合った瞬間、微かに動揺したみたいだった。

『なぜ俺を見る』

相内の顔にはそう書いてあって、変な間が開いた。

「えーなによ、並木もう彼女できたのかよ」
「いや、彼女、は、いない」
「彼女は?じゃあなんだよセフレ?」
「いや野村じゃねえし」
「いや俺セフレはいねえし」
「なんで相内の方見たの?」

柿崎うるさい黙れ、と俺は念を送る。

「まさか相内と風俗行ったとか…」
「いやだから野村じゃねえんだから」
「風俗なんかなくても俺には友達がたくさんいるからな」
「野村、それセフレって言うんじゃねえのか」
「お前らは?」

全然助けてくれないと思っていた相内がやっと口を開いた。

「野村は相変わらずだけど、俺はちょっと気になる子がいる」
「へー!なになに、なに繋がり?」
「大学の友達がさー」

相内のお陰でうまく質問責めをまいて、久々の話に花が咲く。





と思ったのに、話題は戻ってきた。

「あの日の並木はひどかったよなぁ」
「そうだよ、『一生ひとりで生きるんら』とか言ってさぁ。かと思えば『勃たないのやらぁ』って泣きそうな顔して」

野村も柿崎も、酔い潰れてクダをまいた俺のことをよく覚えていて、心からいたたまれない。

「でもよかったな、勃って」
「野村が扱いたお陰じゃねえの」

そう言われるまで忘れていた。
あの日、相内ととんでもないことになって上書きされていたけど、野村にも触られたことを思い出して青くなる。

なんとなく。
なんとなくだけど、相内の顔を見るのが怖いので、黙ってビールを飲み干した。

「相内は?まだ彼女作る気ないの?」

野村が聞いて、隣からは、んー、と唸る声が聞こえた。

「高校の時の前原覚えてる?巨乳の」

野村の質問で薄ぼんやりと思い出したのは、かわいい顔をした隣のクラスの、小柄な、おっぱいの目立つ女子の姿。

「あいつの友達が相内に会ってみたいっつっててさ、」
「だめだめっ!そういうのは!」

気付いたら俺がお断りしていた。

なんでお前が、という意味の込められた野村たちの視線を受けて息が止まった俺の耳に、相内の柔らかい声が届く。

「好きな人がいるから」

それって俺のこと、とすぐにでも聞きたい気持ちを抑えて、相内の顔を盗み見る。
相変わらずの無表情は、俺の方を見なかった。

なんだぁそうなんだ、と、柿崎たちは次の話題に移っていく。

柿崎と野村は変わらない。

俺と相内の関係だけが変化して、4人で遊ぶ時も、俺にとって相内だけが特別になってしまった。

相内はどうなんだろう。
お前にとって俺は、柿崎や野村と何が違う?




柿崎がトイレに立って、その直後に野村の携帯が鳴り、ごめん電話だわ、と断ってから野村は電話に出た。

相内は何も言わない。

今、何を考えてる?
やっぱり、4人で普通に友達できる方がいいと思ったりしてる?
窮屈だとか面倒だとか、考えてない?

俺は沈黙に耐えかねて、何か話しかけようと相内の方を見た。

相内は携帯を弄っていた。

なんとなく話しかけそびれて前を見たら、野村はまだ通話中で、何を悩んでいるのか、うんうん唸っている。
どうせ合コンの人数が合わないとかそんなことだろう。

その時、俺の携帯がメールを受信して、開いてみると差出人は相内だった。

『落ち着け。』

バレてる。いろいろ。
でも相内の優しさが俺の中の不安を一気に解かした。

急いで返事を打つ。

『なんか緊張するね!こいつらにバレないか!』

送信を押す。

隣で相内の携帯が鳴って、メールを読む短い沈黙のあと、ふ、と笑う気配が伝わってきて、俺はなぜか死ぬほど照れた。

その後、携帯を操作する指が視界に入る。

野村はまだうだうだやっている。

バカだなお前、目の前で友達がこんなに幸せな気持ちでいるっていうのにそんな下らないことで悩みやがって。

全く非のない野村を前に、俺は今すごく幸せだと叫びたくて仕方がなかった。

またメールを受信して、俺はすぐにそれを開く。

『俺はいずれ話そうと思ってたから、ばれても別に構わないよ。』

どうしてお前はそういつも冷静なんだ。
もう、ついていきます、と俺は心の中で相内に向かって頭を下げた。

機会があったら相内の元カノに全力でお礼を言いたい。

相内と別れてくれたことと、俺は知らないけどその詳細と、あと別れたタイミングについて。

友達じゃない。
もう、相内は友達じゃない。
柿崎や野村には、こんなにドキドキしたりしないから。



野村が、はぁあ、どうすっかなぁ、とテーブルに突っ伏した。

俺はそのチャンスを見逃さなかった。

隣で壁に貼られたメニューをぼんやりと見ていた相内の首に手を添えて、その唇に唇を重ねた。

すぐに放してそっぽを向く。

相内が一拍遅れて、は、と間の抜けた声を出したところで、柿崎が帰って来た。

「トイレで考えたんだけどさぁ、なんか最近集まっても飲んでばっかじゃね?って野村電話中かよ」
「あーそうかもな。前は海とか行ったよね」

何食わぬ顔で応じる。
なんだ、俺もやるなと思う。

「就活始まる前にどっか行かね?泊まりで行けたらいいな。相内どした?酔ったか?」

柿崎が心配そうな声を出すのにつられて隣を見ると、相内が両手で顔を覆って俯いていた。

「眼鏡に指紋いっぱいつくよ?」

俺はそう声をかけながら、うっすら赤く染まった相内の耳を見て、今まで触れたことのなかった同性の愛しさに改めて悶えたのだった。










「泊まりで合コンとか!」
「それ完全にヤり目だろ!」
「違うって違うって。ただコテージ借りてわいわいするだけ。まあヤりたければヤれるけど」

野村の電話の相手は、その幹事だったらしい。

5×5で予定していたところ、男性側の3人が急遽入ったゼミコンと重なって来られなくなり、野村は悩んだ挙げ句、俺たちを誘ってきた。

「みんな彼女はいねえんだろ?いいだろ1日くらい。別に付き合えって言ってんじゃねえんだから」

それはどうなんだ、相内はモテるから絶対女の子たちに構われて俺はそれを見てヤキモチ焼いたりしなきゃいけないじゃん、でもあれか、相内とお泊まりデートには違いないから隙見てイチャイチャできるかも、いや待てよ。

「そうだな。フツーにおもしろそう。ちょうどどっか行きたいって言ってたとこだしな」

俺が悩んでいる間に、柿崎が乗り気な返事をしてしまう。

「相内は?」
「いいよ」

野村に聞かれた相内も眼鏡をハンカチで拭きながら答えた。

「じゃあ決まり。詳細メールすっからよろしく」
「野村!俺の扱い!」
「並木は行くだろ、俺たちが行くなら」
「うっ」

確かに俺は3人に従うポジションだった。今までは。

でもまあいいか、相内が行くなら。
俺はあまり深く考えずに承諾した。

なかなかの波乱に満ちた旅行になるわけだけど、それはもう少し先のお話。








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