友達、だよね?
「あのさ…元カノから連絡あってさ…」
並木は言った。
「なんか…ヨリ戻したいって、言われて、」
並木に呼び出され、2人で飲んだ。その日の並木は口数が少なく、時折俺をじっと見つめた。
その帰り道、古い自転車屋のシャッターの前で、並木は立ち止まって唐突に話し出したのだった。
「それでさ、考えたんだけど……お前さ、」
「よかったな」
そう言うしかなかった。
友人の幸せを願えないなんて悲しいから、俺は並木を見つめたまま、ほんの少し笑った。
ちゃんと、笑ったように見えただろうか。
並木は納得のいかないような顔をして何か言いかけたけれど、その口はそのまま閉じられた。
そう。それでいい。
軽い遊びだったと思えばいいんだ。
俺たちは恋人なわけじゃないし、好きだと言い合ったこともない。
2度、体を重ねた。
でもそれは、傷心を抱えた2人の気の迷いだったんだ。
初めて並木に触れられた日から、1ヶ月ほど経った日のことだった。
*
「今日、並木どしたの?あいつが来ねえなんてめずらしくね?柿崎連絡したんだろ?」
「したよ。でもなんか歯切れ悪くてさ。予定あんのかって聞いてもはっきり言わねえし」
「ふぅん。相内なんか知らねえの」
さぁ、と答えてから、柿崎と野村の視線を正面から受け止められずに、俺は手元のウーロンハイに視線を送る。
いつも、高校の同級生4人で集まる居酒屋。今日はここに並木の姿がなかった。
「でもなんか、彼女とヨリ戻ったとか」
「え!」
「あのデリカシー無い発言した女の子と?大丈夫なのかよおいおいおい」
並木は元カノと別れる時、セックスが良くなかったと言われて傷付いていた。
それがなければきっと、俺と並木はあんな行為に及ばなかっただろう。
考えを巡らせていたら柿崎が顔を覗き込んできた。
「相内なにその顔。並木取られて寂しいのかよ」
「3×3で合コンしようぜ!最近知り合った子の友達がかわいくてさぁ」
「野村は誰でもいいんだろ」
「そんなわけねえよ、俺にだって好みはある。ただ心が広いだけだ」
「何それ」
2人の会話を聞きながら、ともすればやけ酒になりそうな場をやり過ごした。
口数が多くボケ担当の並木がいないからか、いつもより1時間ほど早く解散した。
帰り道が1人逆方向の俺は、酔い醒ましにと自販機で買った水のペットボトルを手に、ゆっくりと自宅へ向かった。
居酒屋と自宅の間には並木の住むアパートがある。
あの日も、俺は水を持っていて、並木にそれを飲ませながら歩いた。数時間後、あんなふうになるなんて考えもしなかった。
俺はペットボトルを開けて水を一口飲んだ。
並木のアパートが見えてきた。並木の部屋の電気は消えている。家にはいないらしい。
それとも彼女と。
そこまで考えて、俺はうずくまりそうになるのをなんとか堪える。
この喪失感の意味を、考えたくなかった。
「相内?」
今一番聞きたくない声に呼ばれて振り向くと、並木が立っていた。その傍らに彼女。
なんてありきたりな展開。
そして。
「相内、ビールでいい?」
「いや、俺やっぱ帰るよ」
なぜか3人で並木の部屋にいる。
「いいからちょっと待てって。…美緒は?」
「私もビールで」
並木が彼女の名を呼ぶ。
なぜか、居たたまれない気持ちになった。
並木の彼女は落ち着いた感じの美人だった。
なんとなく想像していたタイプとは違った。天然系の並木と少しキツそうな彼女の相性はいいのだろうか。そんなことが、気になる。
「相内くんは、大学生ですか?」
「はい」
「理系?」
「理工学部」
「わあ、イメージぴったり」
並木の彼女がにっこりと笑った。
胃が重くなる。
「並木くんの友達っぽくないね」
「…は」
意味がわからず聞き返すと、ビールとつまみを抱えた並木がテーブルにつく。
「俺がバカっぽいって言いたいんだろ」
「別にそんなこと言ってないよ」
薄く笑う並木の顔を、彼女が覗き込む。
俺はここで何をしているんだろう。
このラグマットの上で、俺は並木と。
立ち上がる時、テーブルに膝が当たってガタンと音がした。
「ごめん並木。俺やっぱ帰るわ」
ずんずんと玄関へ向かい、靴を履きかけたところで後ろから手首を掴まれた。
「待って相内」
「いや。今日はもう」
「帰んないで」
「なんでだよ。明らかに邪魔だろ」
「頼む。いて、お願い」
振り返ると、真剣な眼差しにぶつかった。
並木の肩越しに部屋が見えるが、彼女は死角に入っている。
俺は声のトーンを抑えた。
「どうして」
「やっぱ無理って、言うとこなんだよ」
並木が囁く。意味がわからず見つめ返すと、並木は言葉を重ねた。
「断ったら罵られそうですげえ怖いから一緒にいて」
「え、それはまずいんじゃ」
「なんとなくわかんだろ、プライドたけえんだよ。俺が刺されたらどうすんの」
「外で断ればよかったのに」
「痴漢とかって叫ばれたら」
「お前そんな女と付き合ってたのか」
「実はさっき一回断ったんだ」
部屋からはテレビの音が聞こえる。
「でもどうしてもって、明日の朝まで一緒にいてもう一回考えてって」
朝まで、の意味を考えてしまい、俺は覚悟を決めた。
「どういうこと?」
彼女は詰問口調で言う。美人が怒ると迫力がある。
「だから、美緒とはもうやり直せないって」
「なんで?ちゃんと説明して」
「なんでって」
「大体、なんで友達の前でそんな話できんの?どういう神経?」
確かにプライドが高そうだ。
俺は黙ってやり取りを聞いていた。
「もうさ、美緒のこと好きじゃねえ」
「は?本気で言ってんの?よく1ヶ月でそんなに変われるね。あんなに好きだ好きだ言ってたのに」
並木。お前はひょっとして。
「仕方ないだろ。もう好きじゃない。気になる人もいるし」
「はやっ。どうせえっちしたくなってそのへんの女と寝たんでしょ」
もしかして。
「なんだそれ」
「絶対そうだよね。えっち好きだったもんね」
並木。
お前ひょっとして女を見る目がないんじゃ…。
「…なんでもいいよ。もう終わり。な」
「むかつく!傷ついた!」
俺は彼女に向き直った。
「もうやめてくれ」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
「これ以上、並木を傷つけるな」
「ははは。よかった。俺生きてんな」
「ふん」
彼女が荒々しく部屋を出ていき、俺と並木は改めてビールを開けた。
「もっと怒るかと思ってたけど。でも相内かっこよかったなぁ。お前がモテるのはもうよくわかった」
そんなことじゃなくて、もっと別のことをわかれよ。
心を読まれたわけではないだろうが、並木は俺を見つめて黙った。
テレビは別れ話をする時に消したので、部屋は見事に無音になる。
「俺さ、あいつからヨリ戻そうって言われたとき、正直ちょっと嬉しかったんだ」
並木が手で缶をベコベコ鳴らしながら言う。
「けどさ、それでもし……相内にも女ができてって考えたら、すげえそれ嫌だなって思った」
俺は何を言われるんだ。
ベコベコの音が止まる。
「なぁ。俺、誰かにお前取られんのイヤだ」
誰かに取られかけたのはお前だろ、と言いかけてやめた。嫉妬したことは内緒にしたい。
「イヤだ、って、じゃあ…どうすんの」
平静を装って言う。鼓動が速まった。
「とりあえず、相内を俺のものにしたい」
顔から火が出るほど恥ずかしいことを言われた。
「ほんとはあの時…相内に彼女から連絡来たって言ったあの時に、俺の気持ちはもう決まってて、お前あんな顔で笑うし、ほんと、あれ家だったらがんがん押し倒してたな」
「並木の話はあちこち飛ぶよな」
「だからさ、とりあえず彼女に話つけてから相内に気持ち伝えようと思って、でも彼女が思ったよりしつこくて家までついてきてさ、そしたら相内が家の前にいるんだもんな。もう今日で全部課題終わるじゃん、と思ったらもう」
「並木はよくしゃべるな」
「相内、返事は?」
言われて黙る。
どう言えって言うんだ。
お前のこと、手に入れるのが怖いって。
無くすこと考えたら震えて手が出ないって。
男に対して抱いていい感覚なのかわからない。恋愛感情なのかもわからない。
でも素直な犬みたいな並木のこと、俺はもう、友達として見られない。
そういうことを、どう伝えれば。
考えていると、並木がテーブルに突っ伏した。
「はーあ。いいよ。断るなら断れ。早くとどめ刺して」
「いや、そういうんじゃなくて」
「じゃあ何?俺が彼女んとこ戻ると思ったらいてもたってもいられなくて、うちの前まで来ちゃった?」
「まさか」
わざわざ来たわけではなかったが、心中は似たようなものだったのでギクリとする。
「あいうちー」
並木がにじり寄ってくる。
「な、なに」
「くっつきたい。早くくっつきたいから早く早く早く返事しろ」
俺の腰に腕を回して抱きつき、胸の位置から俺を見上げるその目は笑っている。
「いやもうくっついてるだろ」
「はぐらかしてんじゃねえよ、お前意外と女々しいな」
少しムッとして、半ば意地になって俺は口を開く。
「今日はヤらないからな」
並木は雷に撃たれたような顔をした。
「なんで!」
「明日忙しいから無理できない」
「はぁー?!ねえわ!無理無理!」
「いや俺が無理だ。卒論の実験で体力使うから」
「うおーお前…この流れで…くっそ…じゃあキスは?」
縋るような目が捨てられた子犬のようだ。
「……いいよ」
腰にへばりついたままだった体勢を戻して、並木が俺の手を握って嬉しそうに笑った。
恋だか愛だか、それ以外の何かなのかすらわからないものに巻き込まれるのは少し怖いけれど。
それを伝える術もよくわからないけれど。
譲れないことが俺にもひとつだけあるから。
「俺も並木を他の人に取られると困る」
並木は少し切なそうな顔をして、それからゆっくりと顔を近づける。
もう唇が重なると思った時、並木はニヤ、と笑って言った。
「今日はヤらねえってことは、明日はいいってこと?」
俺はそれに答える代わりに、並木に軽くキスをした。
軽いキスだけのつもりが。
「あっ……もう、やめろ…」
「無理…今日はほんと我慢とか無理…」
「っあぁ!」
並木に正常位で貫かれている。
「はぁっ、相内、きもちい…今日、中出ししたい」
「ばっ!ばか!絶対だめだ!」
キスだけして離れようとしたら、頭を押さえられてめちゃくちゃに舌を入れられ、押し倒され、その先は並木のいいようにことが運んだ。
脱がされる所までは本気で抵抗したが、胸を責められるともうどうでもよくなった。
「やっ…ヤらないって言ったのに、あっ…そこは譲ったんだから我慢しろ…」
「だって…相内……」
並木は腰を緩やかに動かしながら、俺の胸に顔を埋める。
この間も思った。俺は並木のこの仕草が愛しくて仕方がない。
「相内がせっかく…今日から俺のものになって…記念日なのに…」
「き、気持ちが悪い」
「なんでだよ」
「あっあぁ!やめろ、って!」
いきなり奥を突かれて、快感に胸を反らす。
「俺がどんな気持ちで、お前に気持ち伝えたかわかってんの?…すげえ、怖かったのに」
「っん、だからって中出ししていいことには、ならないだろ」
「…うん…」
並木が不承不承の体で頷くのを見て笑いそうになったが、いじけられると面倒なので目を瞑って耐える。
そのまま自然と言葉が口をついて出た。
「嬉しかったよ。並木の気持ち」
あいうち、あいうち、と胸に額を擦りつける並木の頭を撫でると、並木は体を少し起こして小刻みに腰を前後に揺すり出した。
「あっあ、あ、あ、」
「相内ちょうかわいい」
ものを握られて扱かれる。
「あ、待っ、て、擦るな」
「一緒にイこう?」
「や、あっ、ん、あっあっあっ」
俺を握る並木の手に手を重ねると、視覚的にすごくヤラしくて、自然と腰が揺れてしまう。
はぁはぁという2人の息遣いの中、並木を見ると目が合って、一気に昂った。
「ああ!…ぁ…並木!」
「ほんとかわいい、もうっだめだ、出る……っ」
「あ、ああ!…あ……あぁ…」
「ちょっとそこに座れ」
「はい。すみません」
「お前人の話聞いてた?」
「はい。すみません」
「中出しはするなって言ったんだけど」
「はい。すみません」
「なんでいっつも約束守れないの?」
「え、きもちいから…?」
「……ふぅん」
「ごめん!」
素直に気持ちを伝え合ったところで、俺たちの関係は今までとあまり変わらないだろう。
ひとつだけ変わったとすれば。
体を重ねたあとも、罪悪感も後ろめたさも何もなく、ただ和やかに2人一緒にいてもいい、ということ。
俺は、柿崎と野村にこのことを言うかどうか、すごく迷っている。
-end-
並木は言った。
「なんか…ヨリ戻したいって、言われて、」
並木に呼び出され、2人で飲んだ。その日の並木は口数が少なく、時折俺をじっと見つめた。
その帰り道、古い自転車屋のシャッターの前で、並木は立ち止まって唐突に話し出したのだった。
「それでさ、考えたんだけど……お前さ、」
「よかったな」
そう言うしかなかった。
友人の幸せを願えないなんて悲しいから、俺は並木を見つめたまま、ほんの少し笑った。
ちゃんと、笑ったように見えただろうか。
並木は納得のいかないような顔をして何か言いかけたけれど、その口はそのまま閉じられた。
そう。それでいい。
軽い遊びだったと思えばいいんだ。
俺たちは恋人なわけじゃないし、好きだと言い合ったこともない。
2度、体を重ねた。
でもそれは、傷心を抱えた2人の気の迷いだったんだ。
初めて並木に触れられた日から、1ヶ月ほど経った日のことだった。
*
「今日、並木どしたの?あいつが来ねえなんてめずらしくね?柿崎連絡したんだろ?」
「したよ。でもなんか歯切れ悪くてさ。予定あんのかって聞いてもはっきり言わねえし」
「ふぅん。相内なんか知らねえの」
さぁ、と答えてから、柿崎と野村の視線を正面から受け止められずに、俺は手元のウーロンハイに視線を送る。
いつも、高校の同級生4人で集まる居酒屋。今日はここに並木の姿がなかった。
「でもなんか、彼女とヨリ戻ったとか」
「え!」
「あのデリカシー無い発言した女の子と?大丈夫なのかよおいおいおい」
並木は元カノと別れる時、セックスが良くなかったと言われて傷付いていた。
それがなければきっと、俺と並木はあんな行為に及ばなかっただろう。
考えを巡らせていたら柿崎が顔を覗き込んできた。
「相内なにその顔。並木取られて寂しいのかよ」
「3×3で合コンしようぜ!最近知り合った子の友達がかわいくてさぁ」
「野村は誰でもいいんだろ」
「そんなわけねえよ、俺にだって好みはある。ただ心が広いだけだ」
「何それ」
2人の会話を聞きながら、ともすればやけ酒になりそうな場をやり過ごした。
口数が多くボケ担当の並木がいないからか、いつもより1時間ほど早く解散した。
帰り道が1人逆方向の俺は、酔い醒ましにと自販機で買った水のペットボトルを手に、ゆっくりと自宅へ向かった。
居酒屋と自宅の間には並木の住むアパートがある。
あの日も、俺は水を持っていて、並木にそれを飲ませながら歩いた。数時間後、あんなふうになるなんて考えもしなかった。
俺はペットボトルを開けて水を一口飲んだ。
並木のアパートが見えてきた。並木の部屋の電気は消えている。家にはいないらしい。
それとも彼女と。
そこまで考えて、俺はうずくまりそうになるのをなんとか堪える。
この喪失感の意味を、考えたくなかった。
「相内?」
今一番聞きたくない声に呼ばれて振り向くと、並木が立っていた。その傍らに彼女。
なんてありきたりな展開。
そして。
「相内、ビールでいい?」
「いや、俺やっぱ帰るよ」
なぜか3人で並木の部屋にいる。
「いいからちょっと待てって。…美緒は?」
「私もビールで」
並木が彼女の名を呼ぶ。
なぜか、居たたまれない気持ちになった。
並木の彼女は落ち着いた感じの美人だった。
なんとなく想像していたタイプとは違った。天然系の並木と少しキツそうな彼女の相性はいいのだろうか。そんなことが、気になる。
「相内くんは、大学生ですか?」
「はい」
「理系?」
「理工学部」
「わあ、イメージぴったり」
並木の彼女がにっこりと笑った。
胃が重くなる。
「並木くんの友達っぽくないね」
「…は」
意味がわからず聞き返すと、ビールとつまみを抱えた並木がテーブルにつく。
「俺がバカっぽいって言いたいんだろ」
「別にそんなこと言ってないよ」
薄く笑う並木の顔を、彼女が覗き込む。
俺はここで何をしているんだろう。
このラグマットの上で、俺は並木と。
立ち上がる時、テーブルに膝が当たってガタンと音がした。
「ごめん並木。俺やっぱ帰るわ」
ずんずんと玄関へ向かい、靴を履きかけたところで後ろから手首を掴まれた。
「待って相内」
「いや。今日はもう」
「帰んないで」
「なんでだよ。明らかに邪魔だろ」
「頼む。いて、お願い」
振り返ると、真剣な眼差しにぶつかった。
並木の肩越しに部屋が見えるが、彼女は死角に入っている。
俺は声のトーンを抑えた。
「どうして」
「やっぱ無理って、言うとこなんだよ」
並木が囁く。意味がわからず見つめ返すと、並木は言葉を重ねた。
「断ったら罵られそうですげえ怖いから一緒にいて」
「え、それはまずいんじゃ」
「なんとなくわかんだろ、プライドたけえんだよ。俺が刺されたらどうすんの」
「外で断ればよかったのに」
「痴漢とかって叫ばれたら」
「お前そんな女と付き合ってたのか」
「実はさっき一回断ったんだ」
部屋からはテレビの音が聞こえる。
「でもどうしてもって、明日の朝まで一緒にいてもう一回考えてって」
朝まで、の意味を考えてしまい、俺は覚悟を決めた。
「どういうこと?」
彼女は詰問口調で言う。美人が怒ると迫力がある。
「だから、美緒とはもうやり直せないって」
「なんで?ちゃんと説明して」
「なんでって」
「大体、なんで友達の前でそんな話できんの?どういう神経?」
確かにプライドが高そうだ。
俺は黙ってやり取りを聞いていた。
「もうさ、美緒のこと好きじゃねえ」
「は?本気で言ってんの?よく1ヶ月でそんなに変われるね。あんなに好きだ好きだ言ってたのに」
並木。お前はひょっとして。
「仕方ないだろ。もう好きじゃない。気になる人もいるし」
「はやっ。どうせえっちしたくなってそのへんの女と寝たんでしょ」
もしかして。
「なんだそれ」
「絶対そうだよね。えっち好きだったもんね」
並木。
お前ひょっとして女を見る目がないんじゃ…。
「…なんでもいいよ。もう終わり。な」
「むかつく!傷ついた!」
俺は彼女に向き直った。
「もうやめてくれ」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
「これ以上、並木を傷つけるな」
「ははは。よかった。俺生きてんな」
「ふん」
彼女が荒々しく部屋を出ていき、俺と並木は改めてビールを開けた。
「もっと怒るかと思ってたけど。でも相内かっこよかったなぁ。お前がモテるのはもうよくわかった」
そんなことじゃなくて、もっと別のことをわかれよ。
心を読まれたわけではないだろうが、並木は俺を見つめて黙った。
テレビは別れ話をする時に消したので、部屋は見事に無音になる。
「俺さ、あいつからヨリ戻そうって言われたとき、正直ちょっと嬉しかったんだ」
並木が手で缶をベコベコ鳴らしながら言う。
「けどさ、それでもし……相内にも女ができてって考えたら、すげえそれ嫌だなって思った」
俺は何を言われるんだ。
ベコベコの音が止まる。
「なぁ。俺、誰かにお前取られんのイヤだ」
誰かに取られかけたのはお前だろ、と言いかけてやめた。嫉妬したことは内緒にしたい。
「イヤだ、って、じゃあ…どうすんの」
平静を装って言う。鼓動が速まった。
「とりあえず、相内を俺のものにしたい」
顔から火が出るほど恥ずかしいことを言われた。
「ほんとはあの時…相内に彼女から連絡来たって言ったあの時に、俺の気持ちはもう決まってて、お前あんな顔で笑うし、ほんと、あれ家だったらがんがん押し倒してたな」
「並木の話はあちこち飛ぶよな」
「だからさ、とりあえず彼女に話つけてから相内に気持ち伝えようと思って、でも彼女が思ったよりしつこくて家までついてきてさ、そしたら相内が家の前にいるんだもんな。もう今日で全部課題終わるじゃん、と思ったらもう」
「並木はよくしゃべるな」
「相内、返事は?」
言われて黙る。
どう言えって言うんだ。
お前のこと、手に入れるのが怖いって。
無くすこと考えたら震えて手が出ないって。
男に対して抱いていい感覚なのかわからない。恋愛感情なのかもわからない。
でも素直な犬みたいな並木のこと、俺はもう、友達として見られない。
そういうことを、どう伝えれば。
考えていると、並木がテーブルに突っ伏した。
「はーあ。いいよ。断るなら断れ。早くとどめ刺して」
「いや、そういうんじゃなくて」
「じゃあ何?俺が彼女んとこ戻ると思ったらいてもたってもいられなくて、うちの前まで来ちゃった?」
「まさか」
わざわざ来たわけではなかったが、心中は似たようなものだったのでギクリとする。
「あいうちー」
並木がにじり寄ってくる。
「な、なに」
「くっつきたい。早くくっつきたいから早く早く早く返事しろ」
俺の腰に腕を回して抱きつき、胸の位置から俺を見上げるその目は笑っている。
「いやもうくっついてるだろ」
「はぐらかしてんじゃねえよ、お前意外と女々しいな」
少しムッとして、半ば意地になって俺は口を開く。
「今日はヤらないからな」
並木は雷に撃たれたような顔をした。
「なんで!」
「明日忙しいから無理できない」
「はぁー?!ねえわ!無理無理!」
「いや俺が無理だ。卒論の実験で体力使うから」
「うおーお前…この流れで…くっそ…じゃあキスは?」
縋るような目が捨てられた子犬のようだ。
「……いいよ」
腰にへばりついたままだった体勢を戻して、並木が俺の手を握って嬉しそうに笑った。
恋だか愛だか、それ以外の何かなのかすらわからないものに巻き込まれるのは少し怖いけれど。
それを伝える術もよくわからないけれど。
譲れないことが俺にもひとつだけあるから。
「俺も並木を他の人に取られると困る」
並木は少し切なそうな顔をして、それからゆっくりと顔を近づける。
もう唇が重なると思った時、並木はニヤ、と笑って言った。
「今日はヤらねえってことは、明日はいいってこと?」
俺はそれに答える代わりに、並木に軽くキスをした。
軽いキスだけのつもりが。
「あっ……もう、やめろ…」
「無理…今日はほんと我慢とか無理…」
「っあぁ!」
並木に正常位で貫かれている。
「はぁっ、相内、きもちい…今日、中出ししたい」
「ばっ!ばか!絶対だめだ!」
キスだけして離れようとしたら、頭を押さえられてめちゃくちゃに舌を入れられ、押し倒され、その先は並木のいいようにことが運んだ。
脱がされる所までは本気で抵抗したが、胸を責められるともうどうでもよくなった。
「やっ…ヤらないって言ったのに、あっ…そこは譲ったんだから我慢しろ…」
「だって…相内……」
並木は腰を緩やかに動かしながら、俺の胸に顔を埋める。
この間も思った。俺は並木のこの仕草が愛しくて仕方がない。
「相内がせっかく…今日から俺のものになって…記念日なのに…」
「き、気持ちが悪い」
「なんでだよ」
「あっあぁ!やめろ、って!」
いきなり奥を突かれて、快感に胸を反らす。
「俺がどんな気持ちで、お前に気持ち伝えたかわかってんの?…すげえ、怖かったのに」
「っん、だからって中出ししていいことには、ならないだろ」
「…うん…」
並木が不承不承の体で頷くのを見て笑いそうになったが、いじけられると面倒なので目を瞑って耐える。
そのまま自然と言葉が口をついて出た。
「嬉しかったよ。並木の気持ち」
あいうち、あいうち、と胸に額を擦りつける並木の頭を撫でると、並木は体を少し起こして小刻みに腰を前後に揺すり出した。
「あっあ、あ、あ、」
「相内ちょうかわいい」
ものを握られて扱かれる。
「あ、待っ、て、擦るな」
「一緒にイこう?」
「や、あっ、ん、あっあっあっ」
俺を握る並木の手に手を重ねると、視覚的にすごくヤラしくて、自然と腰が揺れてしまう。
はぁはぁという2人の息遣いの中、並木を見ると目が合って、一気に昂った。
「ああ!…ぁ…並木!」
「ほんとかわいい、もうっだめだ、出る……っ」
「あ、ああ!…あ……あぁ…」
「ちょっとそこに座れ」
「はい。すみません」
「お前人の話聞いてた?」
「はい。すみません」
「中出しはするなって言ったんだけど」
「はい。すみません」
「なんでいっつも約束守れないの?」
「え、きもちいから…?」
「……ふぅん」
「ごめん!」
素直に気持ちを伝え合ったところで、俺たちの関係は今までとあまり変わらないだろう。
ひとつだけ変わったとすれば。
体を重ねたあとも、罪悪感も後ろめたさも何もなく、ただ和やかに2人一緒にいてもいい、ということ。
俺は、柿崎と野村にこのことを言うかどうか、すごく迷っている。
-end-