友達、だよね?

「だめだよ相内」
「どうして」
「どうしても。だめだ。当たり前だろ」
「理由がわからない」
「だめったらだめ」

並木がめずらしく、意見を曲げない。

「許す訳にはいかないよ」
「だから、どうして」

テレビもついていない部屋の中は空気がぴんと張り詰めていて、同棲して以来一番緊張感のある気配に家具たちも静まり返っている。

「相内が大事だからだよ」
「俺は駄目で、お前はいいのか」

若干苛立って眼鏡を取る。ぼやけた視界の中の並木は、それでも険しいとわかる表情を浮かべていた。

「俺はいいんだよ。相内はだめ」
「意味がわからない」
「わかってよ、つかわかるでしょ、普通」
「普通?」
「なんでわかんないんだ」
「もういい」
「なんで相内が怒るんだよ、俺だよ、怒ってんのは。謝ってよ」
「は?」
「その『は?』っていうのやめて。相内のそれ怖いから。怒らないと言わないじゃんそれ。てことは怒ってるじゃん」
「何を言ってるのかわからない」
「なんだよ眼鏡取ったりして。殴り合いでもすんの」
「馬鹿なこと言うな」
「じゃあ相内だってバカなことしないでよ」
「俺はしてない」
「しようとしたじゃん。信じらんないよ。相内を誰だと思ってんの? 俺の大事な人だよ? 世界一かわいい人だよ? それをさぁ。ふざけんなよまったく」
「意味がわからないって言ってるんだ。わかるように言えよ」
「しかたないなぁもう勘弁してよ」

ふん、と鼻息をもらしてから腰に手を当て、並木は言った。

「相内は料理をしないで。怖いから。綺麗な指が無くなったらどうすんの。心配で血の気が引きそうですので。俺がやるから座ってて」

今度は俺が荒い鼻息を吐く番だ。

「俺を何だと思ってる」
「それ以外は完璧だけど料理だけはヤバい人」
「酷い言い方だ。傷ついた。そこまでじゃない」
「あっごめん、ごめんね、確かにそこまでじゃないかも。言いすぎたよ。ついつい」

抱きつかれても苛立った気持ちはなかなか治まらない。

「相内……大好きだよ」
「そんなんじゃ許さない」
「なんで……怒ってんの俺だって」
「は?」
「それやめてよ、ね、仲直りしよう」
「は? 無理」
「相内がキレてる意味はわかんないけど謝るから」
「馬鹿にしてるのか」
「してないしてない。愛してるだけだよ。大事大事なんだよ。ね」

並木が俺の顔を覗き込む。

「乳首にハチミツたらして舐めてあげるから。機嫌直して」

俺の身体がひくりと反応するのを並木は見逃さなかった。

「ハチミツとメープルシロップ、どっちがいい?」
「どっちでも。お前が舐めるんだし……」

言ってしまった時にはもう遅かった。並木は俺の服を脱がすのが異常に速い。

「ラー油とかどうだろうね? はは、うそうそ」

ラー油? どうだろう、どんな感じだろう、ピリピリするんだろうか、などと考えると、もうさっきまでの怒りはどこかに飛んで行き霞んで見えなくなっていた。

脱がされた上半身にメープルシロップを垂らされ、冷たく粘度を保ったそれがゆっくり乳首を通過して、声が漏れてしまう。

「あっ……」

するとすかさず並木がそこへ吸い付いて、優しく舐めとっていく。
俺の体はビクン、ビクンと痙攣して、自分の息だけが荒く、恥ずかしく、何も考えられないほど興奮する。

「気持ちいいの、相内。かわいい」
「はぁ、……っはぁ」

並木は俺の腰に抱きついたまま、器用にそれを繰り返した。舌がくりくりと乳首のまわりを舐めまわし、先端を舐め上げて、しゃぶり、「じゅ」といやらしい音をたてて離れていく。そしてまた、甘い液体が垂らされる。
繰り返し繰り返し。おかしくなってしまう。

「もう、だめ、イく、イくから、並木、」
「乳首で感じてる相内、やばいよ」
「知らない……っ、あ、ん、んっ、まじで、やばいからっ、待て、っ」
「俺ももう我慢できなそう……」

並木が股間を俺の太ももにすりつけて、どれくらい興奮しているかを分からされる。

「挿れるから後ろ向いて」

素直に背を向けてキッチンカウンターに手をつくと、後ろから手が伸びて、また乳首に触れてくる。
そうしながら後ろにぬるぬるしたかたいものがあてがわれ、少しずつ中へ入ってくる感覚に意識が飛びそうになった。

「っあ!」
「はぁっ、あ、すご」
「や、っあ、んく、うぅ」
「もう、動くね、相内、相内っ」
「ああっ……!」

すぐに激しく腰を使われて、ガクガク揺さぶられる。腰を掴んでいる並木の手だけが優しい。

「あっ、待って、鍋の……せっかく用意、途中までしたのに、っ、ん」
「っ、ふふ、それ今言うの」

苦し紛れにそんなことを言うと、並木が少し笑った。それにまた興奮がつのる。

「野菜出してくれたんだもんね。はぁ……わかってるよ、大丈夫……っあ……良かった、包丁出す前に気づいて……」
「あっ! ん、んっ、」
「あとでインスタントラーメン突っ込んでラーメン鍋にしよ、だから大丈夫……ここ気持ちいい?」
「んんっ」
「あ、すげ、俺も気持ちいい……」

ぱちゅぱちゅと、濡れた肌がぶつかる音が響く。
忘れた頃に並木の指が乳首に触れてきて、その度にうしろを締め付けてしまう。

「やばい、出そう」
「ダメ、相内、はぁっ、我慢して」
「無理、もう出る」
「あっ、相内、まだダメ、」
「なん、で」

意識がふわふわして来てもう射精することしか考えられないのに、並木に言われる「ダメ」のおかげで限界ギリギリでストップがかかる。

「たくさん我慢させた方が、イった時の反応ヤバいって聞いたから……」

誰から、と聞きたいけれどそんな余裕はない。話している間にも並木は容赦なく奥を突いてくる。

「ああっ、並木っ、い、いく」
「だめ、ダメ、まだ出さないで」
「んん……や、やばい待って、ほんとに、あっ、あ、」
「相内……中すごいよ、ん、あ」

普段は俺の言うことを否定せず何でも受け入れるのに、今日は本当にどうしたんだ。俺だってできる限り並木の言うことを聞きたい。それでもやっぱり限界は来る。だって乳首をつまんでこねくり回されながら中を擦られたら、俺じゃなくても、こんな、ああ。

「もう無理、出る、あっ、あ、出る、イく、イっちゃう、あ、」
「っ、相内」
「あーっ……! あ! や、ぁっ」

射精がいつもよりずっと長く続いた気がした。というより終わらない。もう出るものはないはずなのに、性器のさきからトロトロと透明の液体が零れているのを、激しい快感から来る痙攣の中でぼんやりと見ていた。

「すご、相内やば、っはぁ、めちゃくちゃかわいい……中もすごい、うねうねしてる、つかすごい、締まって、やばい俺も、もうイくね、出すよ、相内、っ」

並木が何か言っていた気がするし、並木が射精するまで中を擦られていたのに、ただただ気持ちいいという感覚しか残っていなかった。
気づくと二人してキッチンの床にへたりこんでいた。

「すご。相内すごかった。あんなイき方してんの初めて見た」

はぁはぁと息を弾ませながらも、並木はなんだか嬉しそうだ。
汗やら何やらで体がベトベトだ。気持ちが悪い。何よりも先にシャワーを浴びたい。
よろよろと立ち上がりかけ、何かが引っかかって並木を見下ろした。

「なんか、誰かから何か聞いたとか言わなかったか」
「たくさん我慢させた方が反応やばい、ってやつ?」

そうだ。それだ。

「野村がこの前、女の子との話でそう言ってたんだけど。本当にそうなんだなぁって思った! 相内もだったよって今度報告しなきゃな」

嬉しそうな並木に、つい足が出てしまった。

「いた! 蹴るなよ」

並木が子犬のような目で見上げるのを無視して洗面所へ向かう。
人を蹴るなんてこと、普段はしない。今のお前だからた。

「野村に、今日のこと、言ったら、別れるからな」

一言一言区切るようにしっかり宣言をする。こうでもしないと本当に言いそうだからだ。

「えっなんで?!」
「は?」
「怖!」
「シャワー浴びてくるからご飯作っといて」
「相内、相内、ごめんて」

いつもよりずっと疲労感が残っていて、並木が謝るのを背中で聞きながら、バスルームの扉を閉めた。
ああ。なんだか本当に疲れた。疲れた疲れた。

温かいシャワーを浴びながら自分の醜態を思い出す。あれはどういった反応なんだろう。自分の体なのにメカニズムがわからなくて混乱した。
それに一番わからないのは並木の口の軽さだ。天然も限度を超えると恐怖を覚える。

『ダメ、我慢して』

シャンプーを泡立てながら並木の声を思い出す。並木にあんなに駄目出しされるのは初めてだった。最後の最後までちゃんと言うことを聞いた俺は偉い。

『ダメだよ相内』

頭の泡を洗い流しながら、腹が立つのに妙に何度も思い出してしまう。不思議だ、と思いながら気づく。並木の声を思い出しながら勃起していた。
嘘だ。どうして。でも答えは簡単だ。
それは、気持ちが良かったから。

「っ、」

ボディソープを泡立てた手を性器に添えて、ゆっくり扱く。
一人でするのは本当に久しぶりだった。
シャワーを出しっぱなしにして、万が一声が出た時の保険をかける。

あんなに激しくイってたくさん出したのに、まだ足りないのか。どうして熱が残ってしまったんだろう。

くちゅくちゅと音を立てながら手を動かし、もう片方の手を壁について、ふわふわしてきた体を支えた。

シロップを乳首にかけられる感覚、吸われる音、挿入されている時に並木が俺を呼ぶ声。

「はぁ……っ」

いつもする時よりずっと早く限界が近づいて、そういう時の並木の、余裕のない顔を思い出す。
あの指が優しく、俺の乳首を。

「あ……」

我慢できずに、自分の指で乳首をつまむ。ものすごい快感が体を走り抜けた。
壁に寄りかかって手を動かしていると、キッチンで並木が何か独り言を言うのが聞こえた。

『我慢して』

「ん、あ、っ」

思い出すだけでは意味がなくて、一人でしても全然我慢ができない。
呆気なく射精してしまった。何より、後を引くような、痙攣までしてしまうような快感には、一人ではもう到達できない。

悔しいような、でもとても愛おしいような気持ちを胸に押しとどめるようにして、俺はもう一度頭から熱いシャワーを浴びた。






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2023.1.21
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