佐々木くんの日記

◯月◯日
試しに作ったペアリングを、教室でみどりさんに見てもらった。

「すっごくかわいい」
と20回くらい言ってもらったので、仲のいい人とつけてと言って差し上げた。
学校祭では男女ペアのものも少し売る予定だと言ったら、
「ペアじゃなくても可愛いのがあったら買う」
と言ってくれた。

みどりさんは本当にいい人だ。
みどりさん、彼氏の林くんとペアで何かつけてくれるかな。
何か作れればいいな。

それで、あと何人かの女子にいろんなリングの形やデザインを教えてもらった。

こんなのが好き、あんなのがいいと、たくさんアイディアが出る。
女子ってすごい。

斉木がそばで聞いていたんだけど、
「俺もマネージャーになんかプレゼントすっかな」
と言うので
「僕、何か作る?」
と聞くと
「なんで俺がマネージャーにプレゼントするものがお前の手作りなんだよ」
と言われた。

確かに。

だから、
「教えてあげるから斉木も何か作れば?」
と勢い込んで言ってみたけど、
「野球してきまーす」
と言って逃げられてしまった。

松谷くんに笑われた。

部活でパッチワーク先輩がくるみボタンの作り方を調べてくれていて、
伝授してもらった。
これで好きな柄のくるみボタンが作れる!
くるみボタンみたいな指輪も作れそう。

今日は違うデザインの、女子同士用のペアリングを2セット作れた。



◯月◯日
ああ。
今日はとっても疲れた。
もう寝る。

数学の点数が。
90点とは。
よくもまああんな間違いをしたものだ。
ショック。

とても縫い物がしたい。
ひたすら波縫いしたい。
でも眠い。寝る。

まゆたんのチョコが食べたい。
試験の前の日に全部食べちゃったしな。
あれがあれば、何でもがんばれる気がするのに。
もうない。
ああ。




〇月〇日
昨日のショックを多少引きずっていたのでとても手芸がしたかった。

今日は休みだったけど、家より部室の方が集中できるので学校へ行って作業をした。

行く途中で手芸のコトリに寄って、くるみボタンの作成キットなるものを買った。
買い占めたいくらい幸せを感じた。

好きな柄のくるみボタンがいくらでも作れるなんて。

学校に着いたら、ミシン先輩が来て作業をしていた。
1人よりも誰かいた方が楽しいし、同じことを考えた人がいてとても嬉しかった。

「先輩も学校に来たんですね」
と言ったら
「試験で部活がなかったから反動で」
と言っていた。

わかる。

ミシン先輩はなんと自前のミシンを持って来ていた。
小型なのに細かい刺繍ができたりして素晴らしい。

持ち運びができるようになっているということは、持ち運んでまでミシンを使いたいと思う人がこの世に何人かはいるということ…?
その人たちのために小型化を進めた技術者がいるということ…?
なんという素敵な世界。希望が湧いてくる。

ちなみにミシン先輩はお年玉を貯めて買ったそうだ。

僕があまりにもミシンを褒めて観察して離れないので、先輩は刺繍をして見せてくれた。
コスモスの花の刺繍だ。

速い。速すぎる。有能すぎて呆気ない。

思わず
「手でやるのの何倍の速さでしょうね」
と言ったら、
先輩はとても渋い顔をした。

「手で刺繍をするのって、ゆっくりゆっくり時間をかけて丁寧に、私は今趣味を楽しんでいますよって心から実感できるような体験だと思う。
だからそのすぐ隣でこのミシンがこんなことをしていいのかって私はいつも思うの。
刺繍を速くしたいというのはそれはもう趣味じゃなくて仕事なんじゃないかって思う時がある。
それは私のように仕事でないくせに作業を速くしたいって体質の者にとっては小さくない問題なのよ」
と言っていた。

でも僕は、手でゆっくりするのも、ミシンで速く作って出来栄えに感動するのもどっちも趣味なのでは、と思ったので、先輩としばらくその話をしていた。

いろんな考え方がある。
ミシン先輩はすごくいろんなことをしっかり考えている人で、話すのが楽しい。

先輩はそのあと、ショートパンツを作っていた。
だんだん増えていく、色とりどりのショートパンツ。

くるみボタン用の布を探して箱を漁っていたら、着物で小さな猫の柄のがでてきた。
色からして子ども用の着物の切れ端だと思った。

それを使ってとりあえずくるみボタンを2つ作った。
キットがあればとても簡単だしかわいすぎてびっくりしてしばらくぼうっとしてしまった。

ミシン先輩が話しかけてくれて、あまりのかわいさに意識を失っていたと言ったらすごく笑われた。

佐々木くんはなんとも言えない感性の持ち主だ、と言われた。

先輩はその間に深緑色のショートパンツを仕上げていた。
さすが。

「でも確かにかわいくできたね」
と言ってもらって、それを指輪に作り替えようとしていたところに、ビーズ先輩とミニチュア先輩がやってきた。

先輩たちは、ケーキのミニチュアをキーホルダーにつける作業をしていた。
そのために作った小さなケーキが10個くらいあって、それがもう息が止まるほどかわいい。
ロールケーキが。いちごロールとフルーツロールがあって感動。

僕のくるみボタンを2人とも褒めてくれて、そうしたら今度は部長とパッチワーク先輩が来た。

連絡し合った訳でもないのにみんな揃ったので、楽しくなって笑ってしまった。

そしたらパッチワーク先輩が僕の作ったくるみボタンを見て「あっ」と声を出した。
聞いてみると、それはパッチワーク先輩が入れた布だったのだ。





パッチワーク先輩の話はこう。

先輩のひいおばあさんが、先輩の小さい頃に手縫いで着物を作ってくれた。
お正月とかそういう時におめかしして楽しめるように、と。
でもひいおばあさんは、先輩がそれを着るのを見ないまま川のあちら側に旅立ってしまった。
先輩はその着物に袖を通す機会のないまま、丈が合わなくなって着られなくなり、それでもどうしても捨てられなくて、ひいおばあさんに謝りながら丁寧に糸を解き、様々な大きさに裁断して部室のハギレの箱へ仕舞った。

そうすれば、誰かがこの生地をかわいいものに作り替えて使ってくれるだろうと思った、と先輩は言った。

全員でしばらくの間、僕の作ったくるみボタンを見つめた。

そうして僕は同じ生地のくるみボタンをもう4つ作って、先輩たちに1人1つずつ渡した。

「みんなで何かにつけて使いましょう」
と言ったら、みんないいねいいねと言ってくれた。

ミニチュア先輩が
「佐々木くんって、優しいね」
と言ってくれた。

ミシン先輩が
「いい話だわ」
と言って、僕もそう思うと言ったら、
「佐々木くんがくるみボタンを6つ作って私たちにくれたところまでがいい話だよ」
と言われた。

部長にはまた肩を揉まれた。

それから、指輪にしたい人いますかと聞いたら、ビーズ先輩が、私指輪がいいな、と言ってくれたので、指輪の台につけた。
つけてもらったらとってもかわいかった。

ミニチュア先輩は、小さなソーイングセットを持っているんだけど、ボタンをそれにつけていた。

ミシン先輩はミシンのカバーに縫いつけた。

部長は安全ピンを使ってトートバッグにつけた。

パッチワーク先輩はどうするのかと思っていたら、
「私は持って帰って、どこにつけるかゆっくり考える」
と言った。

「佐々木くん、かわいいの作ってくれて本当にありがとう」
と笑っていた。

なんだか良かった。
世界平和はあそこにあった。

僕は何につけようかすごく迷った。
帰ってから、さゆに要らなくなったヘアピンをもらい、それにつけてみた。
かわいいけど僕がつけるのはなんだかアレなので、まゆたんにつけてみたい。

絶対に似合う。
しかし絶対に怒られる。
受け身の練習が必要だ。

でもな。
せっかく先輩たちとお揃いの大事なくるみボタンだから、やっぱり自分のものにつけよう。
僕も少し考えよう。

それにしてもパッチワーク先輩は本当に尊敬すべき先輩だ。




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