さくら色の君を想う

梅雨が明け、一気に夏が近づく頃、球技大会が開かれる。
その最終日、由井は白衣を羽織ったままの姿でバレーボールのコートに立っていた。
毎年、球技大会のトリは、教師チームの試合が組まれることになっていた。
彼らの雄姿を見ようと、体育館は応援の生徒たちで溢れ返っていた。
ホイッスルで試合が始まる。試合は3セット制で、2セットを先取したチームが勝ちとなる。
白衣の袖を肘までまくった由井が打ったジャンプサーブは、きれいな弧を描いて相手コートへ突き刺さった。
体育館に歓声が響く。由井は眼鏡を押し上げる。
両チームとも、体育教師やスポーツ経験のある教師で構成され、力量もなるべく均等になるように配されていた。ラリーは続かず、勢いのあるサーブとアタックの応酬となった。
そんな中、由井が学生時代に培ったジャンプサーブは着実に相手のレシーブを崩した。
由井のいるチームが第1セットを先取したが、第2セットは惜しくも落とした。
袖をまくり直しながら束の間の休憩を取って呼吸を整えていると、たくさんの生徒に交じってこちらを見つめる野島が目に入った。本当にたまたま、そちらに顔を向けたのだったが、ぱちりと目が合ってしまった。
同時に、第3セット開始のホイッスルが鳴り響く。
第3セットはジュースで最高の盛り上がりを見せたが、結局29-27で由井のいるチームが勝利を収めた。教師同士がハイタッチで喜びを分かち合う。それを生徒たちの大きな拍手が包んだ。

汗だくになった教師たちがコートを出て、体育委員の生徒たちが表彰式のためにコートを片付けていく。
タオルで汗を拭っていると、3年生の女子生徒たちが由井の元に走り寄る。

「先生!まじかっこよかった!」
「ああ。疲れた」
「はい先生、あげる」
「いいの?ありがとう。遠慮なく」

1人が差し出した水のペットボトルを受け取って半分ほどを一気に飲み干す。
視線を少し先に向けると、またも野島と目が合った。野島はすぐに視線を逸らしたが、由井のそばにいた女子生徒たちがそれに気づいていた。

「ねえ先生。あの1年の男子、絶対先生のこと好きだよ」
「絶対狙われてるって。キモい」
「お弁当作って来るってほんと?」
「試合中もずっと見てたよ、先生のこと。うちらあの子の後ろにいたの。超見てたよね」
「みんな言ってるよ。1年の男子で由井先生に付きまとってる子がいるって」

そこで、表彰式のために整列するようにと案内があり、生徒たちは移動していく。
自分が関わるせいで上級生にあることないこと噂されている野島が気の毒だった。
そして、何度も目が合ったことを思い出し、ある考えに思い至る。
自分も無意識に野島の姿を探しているのではないだろうか。
その考えを振り払うように、速足で自分の持ち場へ向かった。



「高橋先生、7組、何かあったんですか」

学校の空気が日常に戻って数日経った日の放課後、職員室の隣にある相談室を使って1年7組の生徒と面談をしていた担任の高橋に、副担任である由井は声をかけた。

「ああ、由井先生」

高橋は由井より1つ年下の数学教師で、明るくはっきりものを言う性格で生徒にも人気があった。
その高橋が眉根を寄せている。

「実は、たまたま他の先生経由で耳にしたんですが、上級生にからかわれている生徒がいて」

嫌な予感がした。

「そう。……深刻なんですか」
「今のところはそうでもないです。野島、なんですけどね」

はい、という返事が不自然に響かなかったかが気になった。

「言いづらいんですが……由井先生にやたら付きまとうのはやめろとか、授業中ずっと見つめていて気持ちが悪いとか、抱きついて顔を近づけていたのを見たとか、直接いろいろと……まあ、クラスで孤立しているわけではないので、しばらくは気を付けて様子を見ようと思っています。野島と仲良くしている何人かに、進路相談のついでを装って話を聞いたところです」

すぐに返事ができなかった。高橋はその間を勘違いしたらしく、心配そうな顔で見返してきた。

「すみません。由井先生に相談するのもどうかと思ったんですが」
「いや、僕は副担任だし、聞いておいてよかったです。僕に相談しづらければ副主任の須藤先生にも協力してもらって。僕からも頼んでおきますから」

杞憂に終わればいいと思っていた小さな影が、形を露わにして胸を圧迫した。どうにかして彼を守ってやりたいという、強く濃い気持ちの出所は一体どこなのだろう。
由井はそれを直視することをためらっていた。

放課後、由井がそこを通ったのは本当に偶然だった。
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