大きな声では言わないけど
40 冷たいココアと生クリームは混ざり合わない
夜のカフェは結構混雑していた。
駅近くだからか、仕事帰りらしいサラリーマンやデート中のカップルでほぼ満席だ。
2人がけの席を見つけてトレーを置く。トッピングのチョコソースと生クリームがおいしそう。はやく飲みたい。のどが渇いた。
でも口をつける前に着信。
「はぁい」
「もう中?」
「うん!座ってるよ」
「今行く」
少し待っていると、入口に見慣れた長身が。
正浩はすぐに俺を見つけて「お」という顔をし、まっすぐカウンターへ向かった。
正浩は今日お仕事がお休みで、俺たちは長い長い夏休みだ。
ストローで生クリームを少し崩す。甘いだろうなぁ。おいしいだろうなぁ。
「うわー。さすが。くどそうなの飲んでる」
「メガネ!」
「こないだ買った」
「かわいいね」
正浩は目がいいから伊達メガネだ。ブラックのアイスコーヒーが乗ったトレーを置いて、正浩も向かいに座る。
「結構混んでんね」
「うん」
「創樹は?」
「なんと、なっつと泊まりがけで遊園地デート」
「遊園地ぃ?創樹がー?」
一生似合わねーと言って笑う。俺もそう思う。創ちゃんはどんな顔をして何に乗ってるんだろう。
「なっつが行きたくて行きたくて、すごいお願いしてた」
「なっつくん不憫」
かんぱーい、と言ってグラスを合わせ、甘いココアに口をつける。生き返る!
「2人で会うの久しぶりだねぇ」
「だなー」
「ごっちゃんは仕事何時に終わるの?」
「んー。遅そう。さっき今日ヤバそうって連絡来てた。あきくんは?」
「……バイト……」
「なんかあったの」
正浩が苦笑した。
生クリームと冷たいココアをぐちゃぐちゃ混ぜる。
「なんかねえ。今日は変だったの」
「何が」
「そわそわしたり。俺と目を合わせなかったり。でも『好きだ』とか言ってきたり。ねえ何だと思う?」
「浮気だね」
「えーっ無理ぃ」
「待て。泣くなって。とりあえず生クリーム山盛り飲みな」
気を落ち着かせるために生クリームをすくって食べた。おいしい。アイス食べたい。
目にたまった涙は溢れはしなかった。
「うける」
「うけない!」
「お前はほんと、恋に悩むのが好きだねー」
「ええ?全然好きじゃないよ……」
何を言っているんだろう。
首をかしげると、正浩は「お前が好きなのはあきくんだもんね」と言った。
「心配すんなって。あきくんが浮気なんかするわけないじゃん。バカじゃないの」
「でも……」
「自信持てとか言ってるわけじゃないよ、あきくんの人間としての尊厳の話をしてるんだよ」
「正浩、なんか頭良くなったの?」
「俺は図書館で本を借りるタイプの居酒屋店員だからなー」
キリッとした顔を作る正浩に、それはごっちゃんの影響でしょ、と思う。まったく信じられない。勉強したくなくて進学しなかったんだと思ってたのに、今では休みの日に図書館に行くらしいのだ。
ごっちゃんはいい人で、優しい。安心できる人だ。多分嘘を言わないし、調子いいことも言わないから、一緒にいても疲れない。
正浩にはもったいないけどぴったりだ。
「ごっちゃんて優しいパパみたいだよね」
「誰がお前んちのパパにさせるか」
「うちはお父さんいるもん」
「森田さんがパパってことは俺がお前らのママだよ」
「むりぃ!」
「俺だってお前らなんか生みたくねーわ」
「意外とかわいいかもよ、育ててみる?」
正浩には効かないとわかっているけど、首を傾げて目をパチパチしてみる。
正浩は「まじやめろ吐きそうおえー」と言いながら口に手を当てた。
あっくんには効果覿面なのにな。まあ、こういう人だから友達でいられるんだけど。
正浩はコーヒーを一口飲んだ。飲んでから、少し笑って言う。
「でもほんとはパパになりたかった人なんだよなー」
メガネの奥の目が一瞬伏せられた。
ちょっと簡単には返事ができなくて、俺もココアに口をつける。
正浩もいろいろ、悩むことがあるのかな。こんな子だったかな。もっと考えないタイプだったのに。これもごっちゃんの影響か。
「ノンケ相手だと余計なこと考えがちだけどそれもごっちゃんを愛する醍醐味と思えばぁ?」
ストローでぐるぐるしても、冷たいココアと生クリームはなかなか混ざり合わない。
「世界中の女どもからごっちゃんを奪ってやったと思えばぁ?」
俺だってあっくんを誰にも渡さない。だってあっくんが俺を選んでくれたんだもの。
性別は同じだけど同じ人間だし。
「んー」
正浩は長い腕を上に伸ばして大きく伸びをして、にこりと笑った。
「やっぱ飲みに行かね?」
「行く行く!おごり?」
「おごらねーけどノロケ話を聞いてやる」
「えぇ!」
「そんな顔くしゃくしゃにして嬉しそうにしなくても」
急いでココアを飲もう。
「アイスココアに生クリームって、なんか最初いいけど飲みかけの時グロいな」
正浩は顔をしかめながらココアを見た。
混ざり合わないけど、それでもいいんだ。
生クリームもココアも、俺はどっちも好きだから。
-end-
2017.8.5
夜のカフェは結構混雑していた。
駅近くだからか、仕事帰りらしいサラリーマンやデート中のカップルでほぼ満席だ。
2人がけの席を見つけてトレーを置く。トッピングのチョコソースと生クリームがおいしそう。はやく飲みたい。のどが渇いた。
でも口をつける前に着信。
「はぁい」
「もう中?」
「うん!座ってるよ」
「今行く」
少し待っていると、入口に見慣れた長身が。
正浩はすぐに俺を見つけて「お」という顔をし、まっすぐカウンターへ向かった。
正浩は今日お仕事がお休みで、俺たちは長い長い夏休みだ。
ストローで生クリームを少し崩す。甘いだろうなぁ。おいしいだろうなぁ。
「うわー。さすが。くどそうなの飲んでる」
「メガネ!」
「こないだ買った」
「かわいいね」
正浩は目がいいから伊達メガネだ。ブラックのアイスコーヒーが乗ったトレーを置いて、正浩も向かいに座る。
「結構混んでんね」
「うん」
「創樹は?」
「なんと、なっつと泊まりがけで遊園地デート」
「遊園地ぃ?創樹がー?」
一生似合わねーと言って笑う。俺もそう思う。創ちゃんはどんな顔をして何に乗ってるんだろう。
「なっつが行きたくて行きたくて、すごいお願いしてた」
「なっつくん不憫」
かんぱーい、と言ってグラスを合わせ、甘いココアに口をつける。生き返る!
「2人で会うの久しぶりだねぇ」
「だなー」
「ごっちゃんは仕事何時に終わるの?」
「んー。遅そう。さっき今日ヤバそうって連絡来てた。あきくんは?」
「……バイト……」
「なんかあったの」
正浩が苦笑した。
生クリームと冷たいココアをぐちゃぐちゃ混ぜる。
「なんかねえ。今日は変だったの」
「何が」
「そわそわしたり。俺と目を合わせなかったり。でも『好きだ』とか言ってきたり。ねえ何だと思う?」
「浮気だね」
「えーっ無理ぃ」
「待て。泣くなって。とりあえず生クリーム山盛り飲みな」
気を落ち着かせるために生クリームをすくって食べた。おいしい。アイス食べたい。
目にたまった涙は溢れはしなかった。
「うける」
「うけない!」
「お前はほんと、恋に悩むのが好きだねー」
「ええ?全然好きじゃないよ……」
何を言っているんだろう。
首をかしげると、正浩は「お前が好きなのはあきくんだもんね」と言った。
「心配すんなって。あきくんが浮気なんかするわけないじゃん。バカじゃないの」
「でも……」
「自信持てとか言ってるわけじゃないよ、あきくんの人間としての尊厳の話をしてるんだよ」
「正浩、なんか頭良くなったの?」
「俺は図書館で本を借りるタイプの居酒屋店員だからなー」
キリッとした顔を作る正浩に、それはごっちゃんの影響でしょ、と思う。まったく信じられない。勉強したくなくて進学しなかったんだと思ってたのに、今では休みの日に図書館に行くらしいのだ。
ごっちゃんはいい人で、優しい。安心できる人だ。多分嘘を言わないし、調子いいことも言わないから、一緒にいても疲れない。
正浩にはもったいないけどぴったりだ。
「ごっちゃんて優しいパパみたいだよね」
「誰がお前んちのパパにさせるか」
「うちはお父さんいるもん」
「森田さんがパパってことは俺がお前らのママだよ」
「むりぃ!」
「俺だってお前らなんか生みたくねーわ」
「意外とかわいいかもよ、育ててみる?」
正浩には効かないとわかっているけど、首を傾げて目をパチパチしてみる。
正浩は「まじやめろ吐きそうおえー」と言いながら口に手を当てた。
あっくんには効果覿面なのにな。まあ、こういう人だから友達でいられるんだけど。
正浩はコーヒーを一口飲んだ。飲んでから、少し笑って言う。
「でもほんとはパパになりたかった人なんだよなー」
メガネの奥の目が一瞬伏せられた。
ちょっと簡単には返事ができなくて、俺もココアに口をつける。
正浩もいろいろ、悩むことがあるのかな。こんな子だったかな。もっと考えないタイプだったのに。これもごっちゃんの影響か。
「ノンケ相手だと余計なこと考えがちだけどそれもごっちゃんを愛する醍醐味と思えばぁ?」
ストローでぐるぐるしても、冷たいココアと生クリームはなかなか混ざり合わない。
「世界中の女どもからごっちゃんを奪ってやったと思えばぁ?」
俺だってあっくんを誰にも渡さない。だってあっくんが俺を選んでくれたんだもの。
性別は同じだけど同じ人間だし。
「んー」
正浩は長い腕を上に伸ばして大きく伸びをして、にこりと笑った。
「やっぱ飲みに行かね?」
「行く行く!おごり?」
「おごらねーけどノロケ話を聞いてやる」
「えぇ!」
「そんな顔くしゃくしゃにして嬉しそうにしなくても」
急いでココアを飲もう。
「アイスココアに生クリームって、なんか最初いいけど飲みかけの時グロいな」
正浩は顔をしかめながらココアを見た。
混ざり合わないけど、それでもいいんだ。
生クリームもココアも、俺はどっちも好きだから。
-end-
2017.8.5