大きな声では言わないけど
番外 森田と岡崎27
「あれー。ピアスどこおいた」
仕事で家を出る前、仕事中につけてる地味系のピアスが無くて探してたら、いつもは開けない奥の小さい引き出しが目に入った。
森田さんが財布とかしまってるとこだし、俺は用がないから開けたことはない。
なにげにいつもヤるときどこからともなくゴムを出すから、もしかしてそういうのここに入ってたりして、という興味だけで取っ手を引き、中をのぞいて、息が止まった。
*
遅めの昼食をコンビニで済ませることにして、駐車場にトラックを入れる。
市街地から少し外れた場所にあり、大型車でも駐車できるのでたまに利用する場所だ。
エンジンを切ってシートベルトを外したところで携帯が鳴った。
てっきり会社からだと思ってディスプレイを見ると、岡崎からだったので慌てて出る。
「森田です」
「森田さん!よかった…生きてた……」
謎の涙声を出す岡崎に眉根を寄せる。仕事中に電話をしてくることなどそうない。岡崎も今日はこれから仕事のはずだ。
「どうしたの」
「どうしたのじゃないよ!勘弁してよ。俺がいるじゃん…なのになんで…今日帰ってきてよ?ちゃんと帰ってきてよ?俺、今日仕事終わって森田さんに会えなかったら死ぬから」
若干音割れするほどの岡崎の勢いに息が止まる。
死ぬとは。大ごとだ。
「岡崎さん、どうしたの」
「森田さんこそだよ、いいから、今日夜会議だよ、家族会議だよ」
「家族」
「そこじゃねーよ!わかった?死ぬからね」
「迎えに、行きましょうか」
心配だ。
「来てよ!もちろん来てよ!」
興奮状態だ。一体どうしたのだろう。
とにかく今日一日がんばって、俺もがんばるから、と、今度は優しい声音で言い、岡崎は理解の追いつかない俺との通話を切った。
*
あんなものを用意しているなんて。腹が立つ。
おかげで今日の仕事は散々だ。西尾にやつあたりしてしまったので、明日ファミチキをおごってやる約束をした。
「岡崎さんまじ神。こええけど」
「じゃあお先」
「うわ着替え早っ」
なんで下も脱いだのか知らないけどパンツ1丁の西尾を残して急いで店の通用口を出ると、森田さんの車が静かに停まっていた。
助手席を開けて森田さんの心配そうな顔を見た途端、あれは俺の見間違いだったんじゃないかと思った。
だって本人はこんなに落ち着いて平和そうに見える。
「今日、どうしたの、何かあったの」
森田さんはすぐに聞いてきた。泣きそうになる。
「引き出しの中、見ちゃったんだよ」
「引き出し?」
「あの、俺の教祖写真の横の棚の」
森田さんは心当たりがないという顔をしている。
「遺書が入ってたよ」
いしょ、と発音したところで、目にじわりと涙が浮かんだ。
「あれは、何?」
森田さんは泣きそうな俺に目をかっぴらいて動揺し、優しく肩に触れ、それから、落ち着いた声で「あれは」と言った。
「あれは、一人で生きようと思ってた時に、書いた」
「どうして?何が書いてあるの?誰あてなの?どうしてまだ取ってあるの?今も捨てられないの?」
なんのために。誰に。どうして。頭の片隅に現れる元妻の姿を必死に追いやる。
真っ白い封筒に、森田さんの上手な字で丁寧に書かれた二文字。
「岡崎さんが、心配することは、何も書いてないよ」
森田さんは、眼鏡の位置を指で直しながら少し笑った。その顔があまりにお兄さんみたいで、心臓が少し落ち着いてくれる。
その時視界に人影が映り込み、それが店から出て来た西尾だと気づくのに少しかかった。
西尾はこっちに気付かず背を向けて遠ざかっていく。
「帰ってから、ちゃんと話す。ね」
森田さんはギアに手をかけた。シートベルトをしながら、まだ残った不安を奥歯で嚙み締めた。
家に着くと森田さんは引き出しを開け、封筒を取り出し、中の便箋を出して俺に差し出した。
「読む?」
「いいの?」
「もう意味がないし、捨てるタイミングが、なかっただけで」
森田さんがそう言ってとっても優しい顔をするので、受け取って開いてみた。真っ白い便箋に、森田さんの字が並んでいる。
もし私が死んだら、家財道具などの処分をして余った預金はすべて募金してください。
できれば親のいない子どもの役に立つようにしてもらえるとありがたいです。
連絡すべき家族はいません。
森田誠吾
「やだー!なにこれー!」
それはあまりにも寂しい遺書で、気を紛らわすためにふざけて言ったけどそうしないとガチ泣きしそうなやつだった。
20代前半でこんな覚悟決めて生きてるやつなんかいねえよ。
「一人で死んだら、大家さんに、迷惑がかかると思って」
「まあねえ…」
「それに、特に趣味もなく、働いてって、そしたら貯金が結構、貯まっていくし…それで、誰かが幸せに、なるといいなと」
思い切り抱き着いてしまった。悲しい。悲しすぎる。
「森田さんまじ俺がいてよかったね!」
ほんとやばかったってこれは。あぶねえよ。人として。こんな逸材がだれにも気づかれず一人で死んでいかなくて本当によかった。みつけてよかった。
「うん。よかった。本当に」
抱き返してくれる森田さんはこの頃に比べて幸せだろうか。誰かじゃなくて、自分の幸せをちゃんと願うことができているだろうか。
「それで、最近ちょっと、あれで…相談したいことが、あって」
「何よ!聞くってなんでも。とにかく話して」
うるさい仔犬みたいにまとわりつく。
「貯金が、結構…になったから、車、買い替えようかと思ってて」
「車?」
「岡崎さんも、一緒に、もしよかったら、どんな車がいいか、見にいったり、してくれると」
「いいよいいよ」
意外。車とか、壊れるまで乗るのかと思ってた。
「デ、デー…ドライブ…に…一緒に…行く……」
照れて最後まで言えない森田さんがかわいい。
「ドライブデートするのに2人でいい車みつけようって言いたいの?」
顔を覗き込むと、目を逸らしながらうなずく。
「燃費いいやつがいいね」
「岡崎さんは、若いのに、しっかりしてる」
「じじいみたいな言い方すんなよー」
「岡崎さんより、じじいなので」
とりあえず近々中古車雑誌を買ってくることにして、今日はぎゅーっと抱きついて眠ろう。
森田さんの過去の影がひたすら怖い。
ほんとに心臓に悪い1日だった。
過去の孤独な思い出は部屋の電気と一緒にぱっちんだ。
-end-
2017.4.3
「あれー。ピアスどこおいた」
仕事で家を出る前、仕事中につけてる地味系のピアスが無くて探してたら、いつもは開けない奥の小さい引き出しが目に入った。
森田さんが財布とかしまってるとこだし、俺は用がないから開けたことはない。
なにげにいつもヤるときどこからともなくゴムを出すから、もしかしてそういうのここに入ってたりして、という興味だけで取っ手を引き、中をのぞいて、息が止まった。
*
遅めの昼食をコンビニで済ませることにして、駐車場にトラックを入れる。
市街地から少し外れた場所にあり、大型車でも駐車できるのでたまに利用する場所だ。
エンジンを切ってシートベルトを外したところで携帯が鳴った。
てっきり会社からだと思ってディスプレイを見ると、岡崎からだったので慌てて出る。
「森田です」
「森田さん!よかった…生きてた……」
謎の涙声を出す岡崎に眉根を寄せる。仕事中に電話をしてくることなどそうない。岡崎も今日はこれから仕事のはずだ。
「どうしたの」
「どうしたのじゃないよ!勘弁してよ。俺がいるじゃん…なのになんで…今日帰ってきてよ?ちゃんと帰ってきてよ?俺、今日仕事終わって森田さんに会えなかったら死ぬから」
若干音割れするほどの岡崎の勢いに息が止まる。
死ぬとは。大ごとだ。
「岡崎さん、どうしたの」
「森田さんこそだよ、いいから、今日夜会議だよ、家族会議だよ」
「家族」
「そこじゃねーよ!わかった?死ぬからね」
「迎えに、行きましょうか」
心配だ。
「来てよ!もちろん来てよ!」
興奮状態だ。一体どうしたのだろう。
とにかく今日一日がんばって、俺もがんばるから、と、今度は優しい声音で言い、岡崎は理解の追いつかない俺との通話を切った。
*
あんなものを用意しているなんて。腹が立つ。
おかげで今日の仕事は散々だ。西尾にやつあたりしてしまったので、明日ファミチキをおごってやる約束をした。
「岡崎さんまじ神。こええけど」
「じゃあお先」
「うわ着替え早っ」
なんで下も脱いだのか知らないけどパンツ1丁の西尾を残して急いで店の通用口を出ると、森田さんの車が静かに停まっていた。
助手席を開けて森田さんの心配そうな顔を見た途端、あれは俺の見間違いだったんじゃないかと思った。
だって本人はこんなに落ち着いて平和そうに見える。
「今日、どうしたの、何かあったの」
森田さんはすぐに聞いてきた。泣きそうになる。
「引き出しの中、見ちゃったんだよ」
「引き出し?」
「あの、俺の教祖写真の横の棚の」
森田さんは心当たりがないという顔をしている。
「遺書が入ってたよ」
いしょ、と発音したところで、目にじわりと涙が浮かんだ。
「あれは、何?」
森田さんは泣きそうな俺に目をかっぴらいて動揺し、優しく肩に触れ、それから、落ち着いた声で「あれは」と言った。
「あれは、一人で生きようと思ってた時に、書いた」
「どうして?何が書いてあるの?誰あてなの?どうしてまだ取ってあるの?今も捨てられないの?」
なんのために。誰に。どうして。頭の片隅に現れる元妻の姿を必死に追いやる。
真っ白い封筒に、森田さんの上手な字で丁寧に書かれた二文字。
「岡崎さんが、心配することは、何も書いてないよ」
森田さんは、眼鏡の位置を指で直しながら少し笑った。その顔があまりにお兄さんみたいで、心臓が少し落ち着いてくれる。
その時視界に人影が映り込み、それが店から出て来た西尾だと気づくのに少しかかった。
西尾はこっちに気付かず背を向けて遠ざかっていく。
「帰ってから、ちゃんと話す。ね」
森田さんはギアに手をかけた。シートベルトをしながら、まだ残った不安を奥歯で嚙み締めた。
家に着くと森田さんは引き出しを開け、封筒を取り出し、中の便箋を出して俺に差し出した。
「読む?」
「いいの?」
「もう意味がないし、捨てるタイミングが、なかっただけで」
森田さんがそう言ってとっても優しい顔をするので、受け取って開いてみた。真っ白い便箋に、森田さんの字が並んでいる。
もし私が死んだら、家財道具などの処分をして余った預金はすべて募金してください。
できれば親のいない子どもの役に立つようにしてもらえるとありがたいです。
連絡すべき家族はいません。
森田誠吾
「やだー!なにこれー!」
それはあまりにも寂しい遺書で、気を紛らわすためにふざけて言ったけどそうしないとガチ泣きしそうなやつだった。
20代前半でこんな覚悟決めて生きてるやつなんかいねえよ。
「一人で死んだら、大家さんに、迷惑がかかると思って」
「まあねえ…」
「それに、特に趣味もなく、働いてって、そしたら貯金が結構、貯まっていくし…それで、誰かが幸せに、なるといいなと」
思い切り抱き着いてしまった。悲しい。悲しすぎる。
「森田さんまじ俺がいてよかったね!」
ほんとやばかったってこれは。あぶねえよ。人として。こんな逸材がだれにも気づかれず一人で死んでいかなくて本当によかった。みつけてよかった。
「うん。よかった。本当に」
抱き返してくれる森田さんはこの頃に比べて幸せだろうか。誰かじゃなくて、自分の幸せをちゃんと願うことができているだろうか。
「それで、最近ちょっと、あれで…相談したいことが、あって」
「何よ!聞くってなんでも。とにかく話して」
うるさい仔犬みたいにまとわりつく。
「貯金が、結構…になったから、車、買い替えようかと思ってて」
「車?」
「岡崎さんも、一緒に、もしよかったら、どんな車がいいか、見にいったり、してくれると」
「いいよいいよ」
意外。車とか、壊れるまで乗るのかと思ってた。
「デ、デー…ドライブ…に…一緒に…行く……」
照れて最後まで言えない森田さんがかわいい。
「ドライブデートするのに2人でいい車みつけようって言いたいの?」
顔を覗き込むと、目を逸らしながらうなずく。
「燃費いいやつがいいね」
「岡崎さんは、若いのに、しっかりしてる」
「じじいみたいな言い方すんなよー」
「岡崎さんより、じじいなので」
とりあえず近々中古車雑誌を買ってくることにして、今日はぎゅーっと抱きついて眠ろう。
森田さんの過去の影がひたすら怖い。
ほんとに心臓に悪い1日だった。
過去の孤独な思い出は部屋の電気と一緒にぱっちんだ。
-end-
2017.4.3