大きな声では言わないけど
37 バレンタイン・デイ
ゼミの教室はいつも以上にざわついて、妙に浮き足立っている。
男女入り乱れて話し声や笑う声が響き、小声では隣の広樹にも届かないくらいの喧騒だ。
なぜなら今日がバレンタインデーだから。
「広樹くんはいこれ」
「わぁい！」
「はい彰人くんも」
「おう」
「はいなつめくん」
「あ、ありがとう」
「創樹くんも」
「……」
「創ちゃんありがとうは？」
ゼミの全女が全男に１つずつチョコを配って歩いているのだ。
広樹は単純にチョコレートが好きなので喜んでいる。
創樹は相変わらず仏頂面を浮かべ、なつめはいちいち笑顔で礼を言っている。
俺は。
（これ、暗にホワイトデーに同じことを要求されてるんじゃないのか…）
そもそも大学はこの時期長い春休み期間だ。
それを、あらゆる通信手段を駆使されてほぼ全員が集められている。
女子力というのは恐ろしい。
そうだ。
そもそも女子力とは、一般的に使われている意味合い（綺麗好きだとか料理やお菓子作りができるとか整理整頓ができるとかかわいい服を着ているとか）ではないと俺は思っている。
だってそんなものは男にも簡単にできることだからだ。
少し几帳面なら誰でもできるし、少し器用なら誰でもできるのだ。
そんなことよりこの強引さだ。この強引さは、男にはない。それが女子力だ。
俺の持論。
「あっくんどうしたのボワーッとして」
少し見ない間に広樹の手は綺麗にラッピングされたチョコでいっぱいになっている。
「よかったな。たくさんもらって」
「うん！あっくんのも食べてあげてもいいよ？」
「プニプニ太るぞ」
「聞こえないもん」
なつめがひときわ大きな箱を受け取っている。
「あの、ガトーショコラ焼いたの…」
「え、もしかして1ホール入ってる？」
「うん…」
「そっかぁ、ゆっくり少しずつ食べるね。ありがとう」
明らかに顔を上気させたその女は、なつめの顔をまっすぐ見ることも叶わないようだ。
「彰人くん、これ、どうぞ」
いつの間にか俺の前にも女がいて、小さなビニールの袋を差し出していた。
「おう」
「食べてくれる？手作り」
「さんきゅ」
するとその女は俺に顔を近づけ、あのね、彼女いる？と小さな声で聞いた。
「いるよね！大好きな人いるもんね！」
広樹の叫び声により、女は退散していった。
「すげえな」
「ちゃんと言わなきゃダメでしょー？もう世話の焼ける」
「よく聞こえたなって言ってんだ」
「あっくんのことでは俺神さまみたいになれるんだ」
「化け物の間違いじゃねえの」
創樹がニヒルに笑いながら言う。
「ムカつく！創ちゃんはいい加減お礼の言える大人になりなさい！」
少し放っておくとすぐ喧嘩になる双子の間に入りながら、なつめの受け取ったケーキの箱の大きさに俺は多少ビビっていた。
顔も見られないくらい恥ずかしいくせに、ケーキをホールで手渡してくる。
女子力、凄まじい。
持ち帰るにしても荷物の整理が必要になって、俺たちは一旦席についた。
用事が済んですっきりした顔の女子がさーっと捌けていく。
「すごい！すごい量だ！あっくんのも合わせたらすごい！チョコレート祭りだ！うれしいなぁ…」
「勝手に俺のを数に入れるな」
「これが全部ガチムチイケメンからのチョコだったら俺はお前を捨ててやる」
「創樹くん、泣きそうだからやめてね…」
「それにしてもなつめのホールケーキすごくね？」
ひときわ目立つその箱を、なつめは少し困ったような顔で見つめた。
「なっつそんなに食べられる？もらってあげてもいいんだけど、まずはあっくんのを殲滅しないとだから」
「殲滅はやめろ、つーかお前何目線なの」
「全女子のあっくんへの気持ちをシャットアウトしないとだから」
「聞けよ」
なつめは困った顔のまま笑って、そして言った。
「気持ちはうれしいんだけど、ほんとは僕ガトーショコラがちょっと苦手で」
俺と広樹は同時に「あぁ」と返事ともため息ともつかない声を発していた。
そんな素振りは微塵もなかったけれど。
チョコレートは食べられても、ケーキとなると話が変わるらしい。
ガトーショコラを焼いた女は、まあ、ちょっと運がなかった。
「なっつ、苦手なんだよぉーって言ってやればよかったのに」
「うん…その方が良かったかな…」
「まあ、仕方ないんじゃね」
「ダメだよあっくん、優しさが人を傷つけることもあるんだよ？あとでそれを知ったら悲しくなるよ」
「なんか、おとなしそうな子だから、どうするのがいいのかとっさにわからなくて…」
なつめは真剣にガトーショコラ女のことを考えているようだ。
「でもそうだよね…僕嘘ついたことになるよね」
「まあ、仕方ねえよ、そんな気にすんなって」
「そうだよなっつ。気にしないでガトーショコラ俺にちょうだい」
「お前はなんなんだ」
「正直に言って謝った方がいいかな…」
なつめがほうと息を吐いた。
机の上のケーキの箱が、途方に暮れているように見えた。
「なーなーお前さー」
その時まで、俺も広樹も、なつめでさえも、創樹の発する空気が違っていることに気づかなかった。
目を細めながら、ゆっくりなつめに近づく。
俺はその時、創樹がなつめを殴るのではないかと思って咄嗟に立ち上がった。そのくらい、創樹は殺気立っていた。なかなか感情を表に出さない創樹にしては本当に珍しいことだった。
でも創樹は殴ったりはしなかった。なつめの方へ突き出した手でなつめのシャツの襟元をぐいと掴み、驚くなつめに顔を寄せた。
「くだらねえことばっか言ってんじゃねえよ」
ほとんど口を動かさず、低い声で放たれた言葉を辛うじて聞き取り、呆気にとられた俺と広樹。
なつめは固まって、でもまっすぐに創樹を見返していた。それを睨みつけ、なつめの服を突き放すようにして、創樹は教室を出て行こうとする。
俺たちは顔を上げ、そこで気づいた。ドア付近で話をしていた集団の中にガトーショコラ女がいたのだ。
創樹はそこへツカツカと歩いて行き、「どけよアホが」と言い放って出て行った。
俺は広樹を見る。
広樹も俺を見上げる。
その表情は心底驚いている。
双子の兄でさえ見たことのない創樹。あれは。
「ヤキモチ？」
広樹が思わずといった感じで呟いた言葉に弾かれたようになつめが立ち上がり、何も言わずに創樹を追って行った。
小学生のような妬き方だけど、あれが創樹なりの感情表現なのだろう。
気になって落ち着かず、立ちつくした俺の手を広樹が握る。
「あっくん見に行こ！楽しそう！」
少女漫画のようにキラキラした目で俺を見上げる広樹の背景に、お花畑が見えた気がした。
ガトーショコラ女は、本当に、まあ、気の毒だった。
「いた！あっくんこっち！」
図書館に入る手前。静かで人のいない空間に、創樹がこちらに背を向けて立ち、その向かいには行く手を阻むようになつめがいた。珍しく、少し険しい顔をしている。
広樹に連れられてそばの階段の影にしゃがみ込むと、どさくさに紛れて広樹が俺にキスをした。避けきれずにおとなしく受けてやると、エスカレートして股間に手を伸ばそうとする。
「バカか！」
「誰もいないしぃ。もうっ、あっくん静かにして」
イラっとしたので、フワフワするようにセットされた髪の毛を撫でつけてぺちゃんこにしてやっていると、創樹の声が聞こえてきた。
「なんだよ。どけって。邪魔なんだけど」
普段通り、落ち着いた創樹の声だ。
「何か、嫌なことしちゃったんだよね？」
なつめの声はいつもと少し違う。
「なっつ、怒ってる？」
広樹が小さく言う。俺にもそう聞こえた。
「は？自意識過剰なんじゃね」
「くだらないことって、言ったよね。何考えた？僕に教えてほしい。それに、他の人傷つけちゃダメでしょ」
「お前ならいいってこと？何しても？」
「そうだよ。僕にしてよ。全部、僕にして」
なつめの受け止め方は全部をかけている感じがして、創樹は幸せなやつだなぁと俺は思う。
「言ったでしょ、僕は、創樹くんの嫌がることなんか全然したくない。だから教えて欲しいんだよ」
創樹は黙った。
「じゃなきゃ、僕は創樹くんに嫌われちゃうかもしれないよね？嫌だよ、そんなの…」
なつめの声から力が抜けて行く。
素直に言えよ、と俺は思う。
自分が蔑ろにされたみたいで腹が立ったって。なんでもない女のことなんかでそんなに悩むなって。
言え。
少しの沈黙の後、創樹が口を開いた。
「…別に。お前の好きにすれば。他のやつんとこ、行きたいなら行けよ」
血が熱くなる気がした。バカ創樹。本当はそんなこと思ってないくせに。
なつめがキレて喧嘩になったらフォローした方がいいかどうか考える。ふと見ると広樹は笑いを堪えている。
この兄…悪魔か…。
「じゃあ、好きにする」
なつめのきっぱりした声が聞こえてびっくりした。心配になって覗いてみると。
「……なつめってすげえな」
「あぁん。つまんない。もう仲直り」
なつめがぎゅうぎゅうと創樹を抱きしめている。人通りがなくてよかった。
「うざい」
「大好き」
「キモいから」
「大好きだよ、創樹くん」
頬ずりしそうな勢いで、それはもう、ぎゅうぎゅうと。
「ねぇあっくん」
「あ？」
「ちゅーして？」
「はいはい。来年な」
「今年！いまぁ！」
「うるせえ」
かじりつこうとする広樹を叩き落としながら、なつめがどれだけ創樹を大事にしているか、どれだけ創樹を理解しているか、考える。
「あの、もしかしてなんだけど…ヤキモチ、やいてくれたの？」
「誰がやくか。ふざけんな。調子のんなよクソ変態殺すぞ」
「あはは、ごめんね…でも嬉しいよ」
なんだ。拍子抜けするほどなつめの愛が深い。
「すげえ。まじで。俺尊敬するわ、なつめのこと」
「あっくん、俺は？俺のことは？」
「お前、尊敬って意味わかってんの？尊敬されるような人間なの？人間なのお前？」
「人間でしょうよ！」
「性欲の神じゃねえの」
「え？神様？やっぱり？」
なぜか少し嬉しそうにする広樹を哀れんでいたら、なつめが幸せそうな顔をして創樹を連れて行った。
「俺らも帰るか」
「なんだーつまんなーいもっと修羅場になるかと思ったのにー」
「コンビニ寄る」
「何買うの？」
「チョコ」
「え！あんなにあるのに？」
俺がお前にあげるチョコだ。あほ。
-end-
2016.2.13
みなさんもどうぞおいしいチョコレートを！！
ゼミの教室はいつも以上にざわついて、妙に浮き足立っている。
男女入り乱れて話し声や笑う声が響き、小声では隣の広樹にも届かないくらいの喧騒だ。
なぜなら今日がバレンタインデーだから。
「広樹くんはいこれ」
「わぁい！」
「はい彰人くんも」
「おう」
「はいなつめくん」
「あ、ありがとう」
「創樹くんも」
「……」
「創ちゃんありがとうは？」
ゼミの全女が全男に１つずつチョコを配って歩いているのだ。
広樹は単純にチョコレートが好きなので喜んでいる。
創樹は相変わらず仏頂面を浮かべ、なつめはいちいち笑顔で礼を言っている。
俺は。
（これ、暗にホワイトデーに同じことを要求されてるんじゃないのか…）
そもそも大学はこの時期長い春休み期間だ。
それを、あらゆる通信手段を駆使されてほぼ全員が集められている。
女子力というのは恐ろしい。
そうだ。
そもそも女子力とは、一般的に使われている意味合い（綺麗好きだとか料理やお菓子作りができるとか整理整頓ができるとかかわいい服を着ているとか）ではないと俺は思っている。
だってそんなものは男にも簡単にできることだからだ。
少し几帳面なら誰でもできるし、少し器用なら誰でもできるのだ。
そんなことよりこの強引さだ。この強引さは、男にはない。それが女子力だ。
俺の持論。
「あっくんどうしたのボワーッとして」
少し見ない間に広樹の手は綺麗にラッピングされたチョコでいっぱいになっている。
「よかったな。たくさんもらって」
「うん！あっくんのも食べてあげてもいいよ？」
「プニプニ太るぞ」
「聞こえないもん」
なつめがひときわ大きな箱を受け取っている。
「あの、ガトーショコラ焼いたの…」
「え、もしかして1ホール入ってる？」
「うん…」
「そっかぁ、ゆっくり少しずつ食べるね。ありがとう」
明らかに顔を上気させたその女は、なつめの顔をまっすぐ見ることも叶わないようだ。
「彰人くん、これ、どうぞ」
いつの間にか俺の前にも女がいて、小さなビニールの袋を差し出していた。
「おう」
「食べてくれる？手作り」
「さんきゅ」
するとその女は俺に顔を近づけ、あのね、彼女いる？と小さな声で聞いた。
「いるよね！大好きな人いるもんね！」
広樹の叫び声により、女は退散していった。
「すげえな」
「ちゃんと言わなきゃダメでしょー？もう世話の焼ける」
「よく聞こえたなって言ってんだ」
「あっくんのことでは俺神さまみたいになれるんだ」
「化け物の間違いじゃねえの」
創樹がニヒルに笑いながら言う。
「ムカつく！創ちゃんはいい加減お礼の言える大人になりなさい！」
少し放っておくとすぐ喧嘩になる双子の間に入りながら、なつめの受け取ったケーキの箱の大きさに俺は多少ビビっていた。
顔も見られないくらい恥ずかしいくせに、ケーキをホールで手渡してくる。
女子力、凄まじい。
持ち帰るにしても荷物の整理が必要になって、俺たちは一旦席についた。
用事が済んですっきりした顔の女子がさーっと捌けていく。
「すごい！すごい量だ！あっくんのも合わせたらすごい！チョコレート祭りだ！うれしいなぁ…」
「勝手に俺のを数に入れるな」
「これが全部ガチムチイケメンからのチョコだったら俺はお前を捨ててやる」
「創樹くん、泣きそうだからやめてね…」
「それにしてもなつめのホールケーキすごくね？」
ひときわ目立つその箱を、なつめは少し困ったような顔で見つめた。
「なっつそんなに食べられる？もらってあげてもいいんだけど、まずはあっくんのを殲滅しないとだから」
「殲滅はやめろ、つーかお前何目線なの」
「全女子のあっくんへの気持ちをシャットアウトしないとだから」
「聞けよ」
なつめは困った顔のまま笑って、そして言った。
「気持ちはうれしいんだけど、ほんとは僕ガトーショコラがちょっと苦手で」
俺と広樹は同時に「あぁ」と返事ともため息ともつかない声を発していた。
そんな素振りは微塵もなかったけれど。
チョコレートは食べられても、ケーキとなると話が変わるらしい。
ガトーショコラを焼いた女は、まあ、ちょっと運がなかった。
「なっつ、苦手なんだよぉーって言ってやればよかったのに」
「うん…その方が良かったかな…」
「まあ、仕方ないんじゃね」
「ダメだよあっくん、優しさが人を傷つけることもあるんだよ？あとでそれを知ったら悲しくなるよ」
「なんか、おとなしそうな子だから、どうするのがいいのかとっさにわからなくて…」
なつめは真剣にガトーショコラ女のことを考えているようだ。
「でもそうだよね…僕嘘ついたことになるよね」
「まあ、仕方ねえよ、そんな気にすんなって」
「そうだよなっつ。気にしないでガトーショコラ俺にちょうだい」
「お前はなんなんだ」
「正直に言って謝った方がいいかな…」
なつめがほうと息を吐いた。
机の上のケーキの箱が、途方に暮れているように見えた。
「なーなーお前さー」
その時まで、俺も広樹も、なつめでさえも、創樹の発する空気が違っていることに気づかなかった。
目を細めながら、ゆっくりなつめに近づく。
俺はその時、創樹がなつめを殴るのではないかと思って咄嗟に立ち上がった。そのくらい、創樹は殺気立っていた。なかなか感情を表に出さない創樹にしては本当に珍しいことだった。
でも創樹は殴ったりはしなかった。なつめの方へ突き出した手でなつめのシャツの襟元をぐいと掴み、驚くなつめに顔を寄せた。
「くだらねえことばっか言ってんじゃねえよ」
ほとんど口を動かさず、低い声で放たれた言葉を辛うじて聞き取り、呆気にとられた俺と広樹。
なつめは固まって、でもまっすぐに創樹を見返していた。それを睨みつけ、なつめの服を突き放すようにして、創樹は教室を出て行こうとする。
俺たちは顔を上げ、そこで気づいた。ドア付近で話をしていた集団の中にガトーショコラ女がいたのだ。
創樹はそこへツカツカと歩いて行き、「どけよアホが」と言い放って出て行った。
俺は広樹を見る。
広樹も俺を見上げる。
その表情は心底驚いている。
双子の兄でさえ見たことのない創樹。あれは。
「ヤキモチ？」
広樹が思わずといった感じで呟いた言葉に弾かれたようになつめが立ち上がり、何も言わずに創樹を追って行った。
小学生のような妬き方だけど、あれが創樹なりの感情表現なのだろう。
気になって落ち着かず、立ちつくした俺の手を広樹が握る。
「あっくん見に行こ！楽しそう！」
少女漫画のようにキラキラした目で俺を見上げる広樹の背景に、お花畑が見えた気がした。
ガトーショコラ女は、本当に、まあ、気の毒だった。
「いた！あっくんこっち！」
図書館に入る手前。静かで人のいない空間に、創樹がこちらに背を向けて立ち、その向かいには行く手を阻むようになつめがいた。珍しく、少し険しい顔をしている。
広樹に連れられてそばの階段の影にしゃがみ込むと、どさくさに紛れて広樹が俺にキスをした。避けきれずにおとなしく受けてやると、エスカレートして股間に手を伸ばそうとする。
「バカか！」
「誰もいないしぃ。もうっ、あっくん静かにして」
イラっとしたので、フワフワするようにセットされた髪の毛を撫でつけてぺちゃんこにしてやっていると、創樹の声が聞こえてきた。
「なんだよ。どけって。邪魔なんだけど」
普段通り、落ち着いた創樹の声だ。
「何か、嫌なことしちゃったんだよね？」
なつめの声はいつもと少し違う。
「なっつ、怒ってる？」
広樹が小さく言う。俺にもそう聞こえた。
「は？自意識過剰なんじゃね」
「くだらないことって、言ったよね。何考えた？僕に教えてほしい。それに、他の人傷つけちゃダメでしょ」
「お前ならいいってこと？何しても？」
「そうだよ。僕にしてよ。全部、僕にして」
なつめの受け止め方は全部をかけている感じがして、創樹は幸せなやつだなぁと俺は思う。
「言ったでしょ、僕は、創樹くんの嫌がることなんか全然したくない。だから教えて欲しいんだよ」
創樹は黙った。
「じゃなきゃ、僕は創樹くんに嫌われちゃうかもしれないよね？嫌だよ、そんなの…」
なつめの声から力が抜けて行く。
素直に言えよ、と俺は思う。
自分が蔑ろにされたみたいで腹が立ったって。なんでもない女のことなんかでそんなに悩むなって。
言え。
少しの沈黙の後、創樹が口を開いた。
「…別に。お前の好きにすれば。他のやつんとこ、行きたいなら行けよ」
血が熱くなる気がした。バカ創樹。本当はそんなこと思ってないくせに。
なつめがキレて喧嘩になったらフォローした方がいいかどうか考える。ふと見ると広樹は笑いを堪えている。
この兄…悪魔か…。
「じゃあ、好きにする」
なつめのきっぱりした声が聞こえてびっくりした。心配になって覗いてみると。
「……なつめってすげえな」
「あぁん。つまんない。もう仲直り」
なつめがぎゅうぎゅうと創樹を抱きしめている。人通りがなくてよかった。
「うざい」
「大好き」
「キモいから」
「大好きだよ、創樹くん」
頬ずりしそうな勢いで、それはもう、ぎゅうぎゅうと。
「ねぇあっくん」
「あ？」
「ちゅーして？」
「はいはい。来年な」
「今年！いまぁ！」
「うるせえ」
かじりつこうとする広樹を叩き落としながら、なつめがどれだけ創樹を大事にしているか、どれだけ創樹を理解しているか、考える。
「あの、もしかしてなんだけど…ヤキモチ、やいてくれたの？」
「誰がやくか。ふざけんな。調子のんなよクソ変態殺すぞ」
「あはは、ごめんね…でも嬉しいよ」
なんだ。拍子抜けするほどなつめの愛が深い。
「すげえ。まじで。俺尊敬するわ、なつめのこと」
「あっくん、俺は？俺のことは？」
「お前、尊敬って意味わかってんの？尊敬されるような人間なの？人間なのお前？」
「人間でしょうよ！」
「性欲の神じゃねえの」
「え？神様？やっぱり？」
なぜか少し嬉しそうにする広樹を哀れんでいたら、なつめが幸せそうな顔をして創樹を連れて行った。
「俺らも帰るか」
「なんだーつまんなーいもっと修羅場になるかと思ったのにー」
「コンビニ寄る」
「何買うの？」
「チョコ」
「え！あんなにあるのに？」
俺がお前にあげるチョコだ。あほ。
-end-
2016.2.13
みなさんもどうぞおいしいチョコレートを！！
