大きな声では言わないけど

35 広樹と痴漢



「あっくん!おはよー!」
「おう」
「あ、広樹くんおはよ」
「なっつおはよ」
「腹減った」

お昼の学食でみんなと合流するなり、午前中ずっと言いたくてたまらなかったことを報告する。

「あのね、今日、朝ね、電車で痴漢にあった」

怖かったし、気持ち悪かったから、早くみんなに言いたくて。

「え、痴漢?!さ、触られたの?体?大丈夫?」
「うん。おしり」

あわあわしてるなっつ。優しい。
創樹はノーリアクションで、お昼ご飯を選びにカウンターに行っちゃった。さすがわが弟。

「あっくん。怖かったよぅ。おしり触られたんだよ、広樹のぷりぷりかわいいおしり。あっくんのなのに」

うるうるした目で見上げてアピールすると、あっくんは唇をぷくぅと前に出した。
なにその顔。
ちょーかわいいんですけど。

「女と間違えられたんじゃね」
「そうなのかな。電車すごい混んでて」
「どんな人だったの?」
「なんか普通のサラリーマンみたいな人。おじさんじゃなかった。と思う…あんまり見なかった」
「そんなピンクの服着てっから」
「確かにちょっと、今日の服かわいいね。帽子もあるし、顔が見えなくて女の子と思ったのかな」

白いTシャツに薄いピンクのカーディガンを羽織った俺を、あっくんとなっつが何とも言えない顔で見ている。

「だって、これかわいかったんだもん…欲しかったんだもん…試着してみたら店員さんもかわいいって…」
「うん。広樹くんにすごく似合ってるよ」
「でもなあ。まあ、気をつけろ」
「わかった」

あっくんのかわいい顔が見られたからそれでいいかって、俺はもうそれで痴漢のことを綺麗に忘れてしまった。





夕暮れの、大学からの帰り道。
2人になると、あっくんは周りに誰もいないのを確認して、そっと肩を抱いてくれた。

「お前さ」
「んー?なぁに?」
「明日朝何時」
「明日?」
「何時に駅着く」
「明日も1講目からだから、えっと、8時15分くらい」
「…俺も行くわ」
「…ん?」
「俺も。電車。一緒に乗る」
「あっくんも1講目?」
「昼から。俺は。お前と違って単位足りてるから」
「ふぇぇん」
「また痴漢あうの嫌だろ。だから一緒に行ってやるって言ってんの」

睨まれたけど、感動で上書きされる。

「え!優しい!愛してる!抱いて!ねえ!抱いて!今すぐ」
「うっせ。うっせえ。鋼鉄のパンツ履かすぞ」
「蒸れる!」
「痴漢とかキモ……怖かったろ」

あっくんはボソボソ言って、俺の帽子をとんとんと触った。

「ちょっと。やだった。怖かった」

優しいあっくんの肩に頭を寄せる。
改めて、体が硬直して動かなくなっちゃったことを思い出す。
女の子だったらもっと怖いんだろうな。
痴漢、あかん。





「あっくん!おはよ!」
「おう」

翌朝、あっくんは本当に、最寄りの駅で待っていてくれた。
俺よりずっと早く家を出て。
優しい。愛を感じる。俺、愛されてる。うふふ。

「今日もイケメン」

のんきに呟く俺をほっといて、あっくんはホームをきょろきょろ見回している。

「お前のこと触ったやつ、今ここにはいねえの」
「あー…わかんない、本当に顔見てないの。背の高さはあっくんくらいだったけど」
「ふーん。…痴漢とかほんとだっせえな」

あっくん、怒ってる。かっこいい。愛されてる。どうしよう。うれしい。

「大学のトイレで抱いてもらおう」
「心の声が漏れてんだけど」

ホームに入ってきた電車はすでに人で満ちている。

「この時間だからな」

人の流れに乗ってぎゅうぎゅうと反対側のドアの方へ進む。あっくんはずっと、俺のうしろにいてくれた。
電車が走り出して、向かい合おうとして体の向きを変えたら、あっくんに肩を掴まれて後ろを向かされる。

「俺がお前の後ろにいねえと意味ねえだろ」
「あ、あ、そっか」

痴漢対策で来てくれたんだった。あっくんの顔見たくて忘れてた。
背中にあっくんの体がぴったんこくっついてる。守られてる感が半端ない。うれしい。
ほんとかっこいい。シャレになんない。

「あっくん、ねえ、俺のこと愛してる?」

首だけ後ろに傾けてあっくんに聞いた。あっくんは無言。

「ねえ。愛してる?」

無言。
周りの人が何人か、むずむずと身動きした。

「ねえったら。あっくん。愛してるかって聞いてんの」

無言、と同時におしりに違和感。と言っても痴漢じゃない。

「いたいぃ…」

おしりのほっぺをつねられてる。

「やめてほしければ黙れ」

低い声怖い。

「痛いです」
「黙るか」
「黙ります」

ふう。

窓の外はお天気。毎日見てる景色だけど、あっくんと一緒だとキラキラして見える。
うれしいな。

「あっくん今日バイト?」
「いや。休み」
「ほんと?!帰りご飯食べて帰ろ!」
「おう」
「何食べる?また駅前のとこの中華屋さん行く?」
「んー」
「やったやった。幸せ。ねえ、愛してる?……いたい…すみません…黙ります」

その時、耳元にふっと息がかかった。

「駅トイレ寄ろうぜ」

聞こえるか聞こえないかの音量のあっくんの声に、膝から崩れ落ちそうになった。




「あっ、あっくん…だめ…せっかく早く出たのに…1講目間に合わないよう…」
「…あ?こんな時だけ真面目ぶんのやめねえ?いつも気にしねえくせによ」
「だめ、あんっ、ちくびやぁ…」

個室に入ってシャツをめくられてねちねち乳首ばっかり触ってくるあっくんに、股間が爆発寸前。

「ねえ、あっくん、下もさわってよぉ、もう、お願い」
「はー?下?ここか?」

あっくんはにやっと笑って、俺のおしりを揉んだ。
俺はあっくんの体と壁の間に挟まれるかたちになる。

「ちがうぅ」
「なにが?」
「あっ、ああん」

乳首をこりこりされて、脚をもぞもぞ動かして逃げようとすると、あっくんが俺をさらに壁におしつけて乱暴にキスしてきた。

「んんー…」

かっこいい。かっこいい。とろける。
だんだん我慢ができなくなってきて、あっくんの体に股間をすりつけた。

「ねえ…あっくん…」
「やだ」
「なんでぇ」
「それで自分でイけば。見ててやるから」

あっくんがおしりをもみもみしてる。えっち。

「さわってくれないの?」

見上げる。上目遣い上目遣い。

「…じゃあお前もケツ貸して」
「協力する!」

2人とも膝までズボンと下着をずらして、あっくんは俺を後ろから抱き締めた。

「ああっん…」
「…股借りっからお前自分で扱け」
「ええ…やだ…してよ…なんで挿れないの?」
「あとがめんどくせえから」
「じゃあ俺のして?」

あっくんは舌打ちしながら俺のを扱いてくれる。

「ああ、ん、あっ、ぁ」

あっくんのあついのが股の間に滑り込んでくる。

「あっくん、んん」
「お前…っ…しばらく電車一人で乗んなよ」
「え…朝?あっ、ああ」
「混んでる時」
「じゃあ、…あっくんがいっつも、して」
「…いてやっから…俺が、後ろに」

うれしい。

「ねえ、愛してる?」

電車の中で聞いた時と同じく、首だけ傾けて聞く。

「…」

また、耳元で微かな声。
今度はちゃんと、言ってくれた。



それからしばらく、あっくんはバイトで仕方ない時以外は本当にいつも一緒に電車に乗ってくれた。

「今週は毎日一緒に乗れるね、あっくん」
「おー」
「あっくんは単位たくさんあっていいな。ずるい」
「…お前なあ…」
「毎日駅のトイレ寄る?」
「寄らねえ」
「寄ろう?」
「寄らねえ」

変なことを言うと、おしりをつねられる。
いたぁい。





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2015.8.31
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