大きな声では言わないけど

番外 森田と岡崎19



岡崎は今日の夜、来てくれるだろうか。
朝、あんなことをしておいて、気になって一日中上の空だった。

昼も夜もほとんど食事が喉を通らず、帰宅後畳に寝転がって岡崎のことを考える。

不安でどうしようもない。今まで過ごしたこの短い期間が特別な奇跡だったような気がして、それが今にも手元からすり抜けて行くような気がして、苦しくなり、体を折って丸まった。

伏せた写真立てが目に入り、体をずるずると這わせて近寄った。考える間もなく手が勝手にそれへ伸びる。

理不尽に伏せられていたというのに、写真の岡崎は変わらずそこで笑っている。眩しいくらい明るい笑顔だ。

好きだ。
この人のことが、痛いくらい好きだ。
苦しい。

諦めろ。諦めろ。

こんなに深く濃い気持ちを、俺は今までどこでどうやって育てていたのだろう。



それからどう過ごしたのかわからない。
玄関の扉が開く音で我に返った。

「…ただいま」

岡崎は明らかに様子がおかしかった。
いつもの笑顔も浮かべていないし、どことなく暗い表情だ。
ギクリとする。
やはり別れ話をされるかもしれない。

ぎゅっと拳を握って正座した。

「おか、おかえり…」
「ん…」

岡崎は手に持っていたコンビニのビニール袋をキッチンに置くとこちらに向かいかけ、キッチンに戻って袋からペットボトルを2本取り出して、それから改めて俺の向かい側へ座った。
目の前にミネラルウォーターが置かれる。

「ありがとう」
「んー」

しばらく気まずい空気が停滞する。
深夜2時。すぐそこは繁華街だが、今日は火曜だから比較的静かだ。

ちらりと見ると、岡崎は下を向いて服をいじっている。白のポロシャツで、柄のデザインがちょっと凝っている。
服のセンスがいいところも、憧れのような気持ちで、好きだ。
やはり好きだ。どこをどうとっても好きで仕方ない。
どうしたらここでまた笑ってもらえるだろう。

「岡崎さん」
「…んー」

目が合う。
触れたい。この綺麗な人の肌に触れたい。
拒まれるだろうか。そもそも、俺はこの人に触れていいのだったろうか。

俺の心を見透かしたように、岡崎は薄く笑う。

「どしたの。なんかあったんでしょ。今朝からおかしいし…俺こんなだけど結構強いし傷ついたりしないから正直に言ってよ」

薄笑いは段々、あの諦めたような笑顔に変化した。

戻っていく。お互いがお互いになんの影響力もなかったあの頃に戻っていく。

「元妻となんかあったんだ。そうでしょ」

モトツマ。
それが何を意味するのか一瞬わからなかった。

「…違う、それは」
「…なんだ」

俺をじっと見て少し安心したような顔をした岡崎を見て、思う。
もしかすると、岡崎も不安に思っているのだろうか。無理をして強がって笑って、だからあんな楽しくないような笑顔になるのか。
俺が、何も言わないから?
俺の様子がおかしいから?

そうか。こういう時が、言葉にしなければいけないタイミングか。
怖がってはいけない。ここで怯んで失う方が余程怖い。

「岡崎さん、あの、俺は、…勝手に昨日、落ち込んで…もう、もう、岡崎さんがここに、来てくれなかったら…辛い、と、思って、悩んでいました」

岡崎が少し首を傾げる。驚いたようだ。

「そっ、それだけです。俺が今、思ってるのは、それだけです」

あとは何を言えば。必死に考えていると、岡崎は少し怒ったような顔をする。

「なにー?なんで、俺がもうここに来ないんだって?なんでそうなった?」

口調が思いの外強かったので焦る。
間違えたくない。けれどもう遅いのか。

「昨日俺が友達んとこ行ったから?森田さんち来なかったから?」

ひとつ頷くと、岡崎は一度思い切り眉間に皺を寄せた。
それから、ふは、と吹き出して笑った。

ああ。岡崎が笑った。ちゃんと笑った。

「なにそれ!びびるからまじやめてくんね!」

ははー、と岡崎が笑うたびに、自分の緊張が解けていく。体が軽くなっていく。

「ごめん、ごめんね森田さん。寂しかったんだ?」

寂しかった。そうなのか。俺は、寂しかったのか。

「それだけ?もう。そっち系のマイナス思考かわいいからやめて。苦しい。かわいすぎて苦しい!」

かわいすぎるという表現の、自分との違和感に居心地が悪くなる。
同時に、そっち系のマイナス思考の意味するところがわからず混乱した。
岡崎はなおも笑いながら言う。

「俺さー、昨日俺がいないうちになんかあったんだと思って。元妻から連絡来ていい感じで話ししたとか、なんかそういうこと。だから俺今日仕事全然ダメだったー。オーダー忘れまくるし久しぶりに店長に怒られっし賄いも残した!」

どうしてくれんのうちの野菜炒め超うまいのに、と言いながら岡崎は立ち上がる。

何一つ解決していない。俺の中に、岡崎への薄暗い独占欲は残ったまま。
それなのに、岡崎がいて、笑ってくれるだけで、今が幸せで仕方がない。

終わるな。この時間がずっと、ずっと続けばいいのに。

キッチンで袋を取り、それを持ってまたこっちへやってくる。
中から取り出したのはスナック菓子の袋だ。

「なんか意味もなくポテチ買ったりした。食う?」
「…うん」
「なーんか安心したら腹減った…ここ来るまで怖くてさ。今日絶対来いとか、あんな感じで言うし。別れ話かと思ったんだから。普通に、会いたいから来いよって言ってよ」
「お、俺も、別れ話、かと」
「なんでだよ。俺普通にしてただけじゃん」
「…そうか…」
「そうだよ。ねえ。ちょっと今、『会いたいから来いよ』って囁いてみて?」
「そんなふうに、は、言えない」
「言ってよ。森田さんに言われたらすげー嬉しくて死んじゃうよ」

袋を開けながら岡崎は言う。

「森田さんは、不幸になりたいの?好きなの?不幸が」

違う。全然違う。強く首を横に振ると、岡崎はふと笑った。

「自分から不幸になりに行くのやめなよ。何があっても俺が幸せにしてやるからさー」

ズドンと、胸を撃ち抜かれるような衝撃。

「…岡崎さん、かっこいいね」
「そうだろ!知ってるー」

撃ち抜かれた場所から飛び出したのは、色とりどりの細かな星。
それらは岡崎の綺麗な笑顔を反射して、キラキラと光る。



風呂から上がった岡崎を見て、触りたい、と思わず口にして、すると岡崎は余裕の表情でするりと近づく。
俺を早く森田さんのものにして、と囁かれてキスをされ、なるべくゆっくり押し倒す。

だったらもうどこにも行かないでほしいと強く思ってしまう。
さすがにそれは、そんなことは、ちゃんと大人で社会人の彼には望んではいけない。
あとどれくらい一緒に過ごせば、岡崎の不在に慣れるのだろう。

岡崎は、自分の将来について考えることがあるだろうか。









見栄を張った。幸せにしてあげられる自信とか、あんまないのに。
俺はゲイで、森田さんはもともとノンケだ。不安はずっとついてくるのかもしれない。
森田さんはいつでもノンケに戻れる。戻したくないけど、戻る可能性なんかすっげえある。

でもがんばろって思う。森田さんのためにもっと強くなろうって思う。
森田さんを見てたら、俺が守ってあげなきゃってすごく思うんだ。

こうやって俺の心にとめどなく湧き出してくるものは、愛情以外の何ものでもないと思った。

ポテチ食ってシャワー浴びて、そしたら森田さんが俺に「触りたい」って言った。
この人の、いきなり欲望に忠実になるタイミングがつかめない。
いつもドキッとしてしまう。

朝は罪悪感しかないみたいな顔で俺のをしゃぶってたくせに、今は初めて俺に触るみたいな純情そうな顔で俺のおでこやら髪やらを撫でる。

耳の後ろを指でかくようにされて、猫になったみたいだ。
寿司屋のカウンターで、森田さんに猫に例えられたことを思い出した。

「猫みたい?」

聞くと、森田さんは少し恥ずかしそうにうなずく。

「かわいい…猫…みたい…」

なんだよそれ。うれしい。
舌を絡ませてキスする。
俺にマタタビをくれ。ゴロゴロ言わせて。

森田さんの奥の方まで味を確かめて、少し上がった息の中で見上げる。

「セックスで元気になるならいくらでもするけど」

今朝みたいに、激しく求められるのもいい。

「でも、辛そうな顔見ながらイくのはもうやだな…できれば、俺のことかわいくてかわいくて幸せでたまんねーやべーすげー気持ちよくておかしくなりそうって顔が見たいんだけど」

裸の上半身に、森田さんはゆっくり指を滑らせた。

「…じゃあ…そういう顔を、する」
「…させてあげる」

みてろ。

「…ん」

森田さんの指が乳首をかすめる。勝手に背中が反って、声が出る。
はぁ、はぁ、と息が上がっていって、濡れたもので擦られたくなる。

「なめて…」

胸を突き出すようにすると、森田さんはゆっくり舌を出して舐めた。

「…っ、あ」

ぺろり。

「ん、んん」

ぺろり。

「はぁっ、」

ちゅ。

「んっ!」

ちゅう。

「あっ…あ…」

もう、勃起しすぎて痛くなってくる。

森田さんの頭を撫でながら、舌で感じまくって腰が動いた。

上に乗りたい。森田さんの顔が見たい。

「森田さん、もっと俺の体見てよ」

起き上がろうとすると、森田さんは従順にどいてくれる。そのまま押し倒して森田さんの腰にまたがった。

ああ。勃ってる。俺で勃ってる。
この人が自分に欲情してるんだって確認するたびに死ぬほどうれしくなる。毎回、毎回。初めての時みたいに。

「勃ってるね」

わざと言葉にしてやると、森田さんは目を泳がせて顔を逸らした。

「俺の、どんなとこで勃つの。体?顔?声?」

顔を近づけて、肩や脇腹や腰骨を、服の上からなぞる。
目が合わない。

「どこ?」
「…ぜ、んぶ…」
「俺がほしい?」
「ほしい…」
「俺の何がほしいの?今、一番ほしい場所は?」

ハーパンの中に手をつっこんで、きわどいとこを触った。
森田さんは少し、息を乱す。

「くち…」

そう言って森田さんは、俺の目を見ずに一直線に唇を見てくる。
えろ。

その手を取って、指を俺の唇に押し当てる。

「唇、どこにほしい…?」

答える前に、中指をしゃぶる。
森田さんは体を震わせた。

「…待って…俺は…」
「待たない。言って。どこ」

手を引っ込めようとする森田さん。人差し指を噛む。

「う…」

声出した。かわいい。好き。早く。早くヤらせて。

「言えよ」

ちょっと強く言うと、森田さんは一瞬ぎゅっと目をつむった。
そして、きれいなきれいな目で言う。

「岡崎さんの…す、好きなように…してほしい…」

小さな、でもしっかり、はっきりした声で。

「じゃあさ、ちんぽ舐めてって、言って」

ハーパンを強引に脱がせながら言う。
いやらしいことをたくさん言わせたい。この、重い口に。

森田さんは息を飲む。
早く言え。言って。もう興奮しすぎて鳥肌が立ってる。
まだなんにもしてないのに、ケツに挿れられた時みたいに気持ちいい。

「言い換えないでね。ちんぽって言って。ちゃんと」

う、と短くうなった森田さんはきっと、言い換えようとしてたんだろう。

「お、かざきさん…」
「だめ、許さないよ。早く言いな」
「…おかしくなる…」

そう言って顔を手で覆ってしまった愛しい人を、俺はもう我慢できなくて襲ってしまう。
それは次までの宿題にしよう。

パンツを下ろして出てきたものは今日も元気にでかい。焦らすことも忘れてそのまま深くくわえる。

「んんっ、ん、ぐ」

しゃぶりながら気持ちよくて喘ぐ。
森田さんは体をビクつかせて、息を止めた。

しばらく先端の方を舌でこすったり締め付けたりして、それから急に、深くまでしゃぶる。

「く、あ、あっ」

あ。森田さんが、喘いだ。
やばい。もうだめ、早く、早くほしい、これ、俺に、俺にちょうだい。

唾液だらけにしたそれを離して、パンツは履いたまま脚の通ってるとこをずらしてローションを塗りたくる。
もう一秒だって待てない。早く。早く。

うわごとみたいに森田さんを呼んで、森田さんも俺を呼んだ。

ぬるぬるになったそこを、森田さんの先端でぐりぐりと撫でる。軽く押し込む。

「あんっ、あ、あ、ほし、い、森田さん、早く、んっ、」
「っ、…岡崎さん…こ、コンドーム、して、な、」
「いいよ…いい…ナマでしたい…」

ナマで。ああ。壮絶に気持ちいい。

「あー…入るっ…入っちゃう…森田さんのおっきい…すっげえ…かてえ…あ、ん」

半分くらい入ったとこで、カリのとこまで抜く。

「っ、う、ん…」

不意打ちに、森田さんがまた声を出した。

「ねえもっと感じて、ね、俺の体、気持ちいい?俺ん中、どんな感じ?」

自分も意識が飛びそうだけど、森田さんも体にものすごく力が入ってる。おれの腰に当てられた手が、骨まで届きそうなくらい、そこに食い込んでる。

「すごく、気持ち、いい、岡崎さん…おかしく、なりそう、っ、」
「なって、おかしくなって…俺ももう、限界…」

パンツの上から自分のペニスを揉むと、もうイきそうになって焦る。
森田さんが急に、腰を思い切り突き上げてきた。

「ああっ!あ!やぁっ!」

はあ、はあ、と息をしながら次々に奥に与えられて、気絶しそうになる。
片方の手が腰から離れて、乳首をぎゅっとこすっていく。

「んんっ、やば、ああっ、すっげえ…!」

俺の中がどんどん森田さんの巨根で広げられていく。だめだ、もう他のやつなんかに抱かれたりできない。
森田さんの。
この体も、心も、もう全部、森田さんのだ。

イきそうだと思った時、森田さんが俺の手を自分のほっぺに当てた。
激しくセックスをしてるくせに、まだこの人はきれいな目をしてて、その上こんなことを言う。

「っ、俺は…ちゃんと、岡崎さんを好きで、かわいくて…気持ちよくて、頭がおかしくなりそうだって、いう…顔をしてますか、今」

真剣な顔。繋がってるとこは、激しくグチャ、グチョ、と音を立てたまま。

「してるよ、ちゃんと…」

優しくていやらしい顔。

「でも、言って」

体を前に倒してキスをしようとしたけど、森田さんの突き上げが激しすぎて全然できない。
あっあっあっあって声を出すことしかもうできなかった。

「岡崎さん…大好きだよ」

言われた瞬間ぱちんと何かが切れた。最後に残ってた理性みたいなもんが。

「ああっ!いやぁっ!死んじゃう!」

女みたいな声が出た気がする。
壮絶な快感が全身を包んで、馬鹿みたいに精液がたくさん出て、すげえ飛んで、ケツも締まって、森田さんが今までで一番激しく唸った。



イく時「うあああ」って言ってたな、森田さん。
ってやっと感じられたのは、イってから1分以上たってからだった気がする。

今までした中で一番激しいセックスだった、と思って、ふふふ、と笑ってしまった。

俺の下で森田さんがもぞもぞと動いた。

「すげえうれしいセックスだった」

耳とこめかみに、ちゅっ、ちゅっ、とキスを落とす。
幸せ。幸せだ。死んでもいい。

「俺も、あの…うれしい…なんか…」

そう言った森田さんが、何かを噛みしめるみたいな顔をした。

今だったらなんでも素直に言えそうな気がした。

「ひとつお願いがあんだけど」

長いこと一緒にいたいから、言うべきこと。

「店でこないだみたいなこと、しないで。反則。あれは」

なるべく優しく。嫌なわけじゃないって、伝わるかな。

「…ごめん」
「いいの。でもだめ。店で今みたいなことしたくなったら、つかあんなキスされたら絶対したくなるから、そしたら人生終わる」
「うん……ごめん」

顔をあげると、森田さんもこっちを見てた。

「なんか…どうしても…触りたくなって、しまって」

小さい声。あー。いじめてる気分。

「それは俺もだけど」

節度。落ち着き。生真面目さ。仕事中のそういうところが、俺は。

「俺ね、仕事はちゃんとしたいの。森田さんにもそうしてほしいし。そういう、仕事に真面目な森田さんが好きなんだ、俺」
「…はい…気をつける…」

森田さんの心がしょぼしょぼしていくのが見えるみたい。

「ごめん、本当に、あの…」

やばい。かわいい。けどすごい罪悪感わく。
流されそうだ。いいよいいよ、いつでもなんでもしていいよって、言っちゃいたい。

「その代わり、店で我慢できたらその日の夜、死ぬほど抱いていいよ」

意地の悪い顔でそう言ってやると、森田さんはものすごく素直に、すっごくうれしそうな顔をして笑った。

うわあ。なんなのこの人。まだまだ全然つかめねえ。

そうしてその約束は、森田さんの配送があるたびに、ちゃんといちいち果たされることになる。






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2015.5.31
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