大きな声では言わないけど

33 小さい頃の4人と、かわいいかわいいケモミミ郁ちゃん

※未芦かずらさんというすてきな絵を描く方のオリジナルキャラクター
ケモミミ(犬種:バセンジー)の郁ちゃん
という子をお借りして、
本編4人組が小さい頃に郁ちゃんに出会ったらというお話を書きました。

かずらさんは本当にすてきな、上品な絵を描かれる方です。
私は郁ちゃんが本当に好きです。かわいい。
かずらさん、ショタ郁ちゃんをお貸しいただいて本当にありがとうございます。










最近、てつお先生には悩みがありました。

「てつおせんせい!みて!おにぎり!あっくんのごはんつくってるのー!」

そんなてつお先生に、ひろきくんが粘土で作ったおにぎりを得意げに見せに来てくれます。

ふわふわした髪の毛に、ぱっちりした目、バラ色の頬。
お人形のような顔のひろきくんは、同じクラスのあきひとくんが大好きです。

隣に立つあきひとくんの手をしっかり握っていますが、あきひとくんはブロックで遊んでいる他のお友達の方をチラチラ見ていて、心ここに在らずです。

そして。

「せんせーなつめくんがまたなかしたー!」

見に行ってみると、泣いている男の子の脇に、両手を握りしめて立っているのはなつめくん。その後ろに、ひろきくんの双子の弟、そうきくんが泣きそうな顔をして立っています。

「どうしたの?」

てつお先生が聞くと、なつめくんが先生を見上げて言います。

「だってこいつそうきくんにいじわるしたもん!だからわるいこげんこつしたんだもん!」

なつめくんはそうきくんのためとなると無茶をするきらいがありました。

それを聞いたそうきくんはますます目をうるうるさせて、てつお先生の黄色のエプロンの裾をきゅっと握りました。

「しぇんしぇ、に、おこぁれるかぁ…なちゅ、だめよ、いたいのしたぁ…」

グスグスと泣き出してしまったそうきくんを抱っこしながら、なつめくんとその男の子に、1度ずつごめんなさいをさせます。

……男の子同士のカップルが二組もいる……

それが、てつお先生の悩みでした。



四人は仲良しグループです。
仲が良いのはとてもいいことです。

しかし、ひろきくんがあきひとくんに抱きついたり隙があればちゅちゅをしようとしたりするので、あきひとくんは少し困っていることもあるようです。

そっと顔を逸らしたりしています。
そっと逸らすというところが、背の順で一番後ろの無口なあきひとくんの優しさだと、てつお先生は思います。

しっかりしていて優しい顔のなつめくんは、そうきくんを守ることに幼い人生の全てをかけているようなところがあります。
泣き虫で気弱で言葉の発達の少し遅いそうきくんを、いつも近くで見ていて、救いの手を差し伸べます。

なつめくんはそうきくんの気持ちを読み取ることに長けています。そのため、なつめくんが代弁してやることで、そうきくんの言葉の発達がますます遅れないか、てつお先生は少しだけ心配です。

それでもそうきくんはなつめくんとは上手にお話ができるようで、楽しそうに笑うこともあり、まあ、見守るしかないと思っていました。



そんなある日。
てつお先生の受け持っているバラ組さんは、公園に遊びに来ていました。



「せんせい!たいへんたいへーん!」

ひろきくんが走って来ます。

「あのね!こうえんのあっちのほうでね!おみみがふわふわのこがいたのー!」

お耳がふわふわ?犬か猫でも見つけたのかな?

「しっぽもあるんだよ!すごいねぇ!」
「そう、すごいねぇ。ワンちゃんかな?ねこちゃんかな?」
「んー?ちがう…」

ひろきくんが首をひねるのを見て、てつお先生も首をひねります。

「せんせー!せんせー!」

今度はなつめくんが走って来ます。

「せんせーきて!ふわふわのこがいるから!はやく!」
「なつめくんも見たの?犬?猫?」
「わかんないからきてよ!たぶんおともだちだとおもうけど、そうきくんがないちゃうから!」
「お友達?」

2人に手を引かれて行ってみると、泣いてしまったそうきくんの手を、困り顔のあきひとくんがそっと握っているところで、動物らしきものはもういませんでした。

「あれぇ?どこいっちゃったのー?」

ひろきくんがその辺の茂みの影を覗いたりして探します。

「かえるっていってた」
「そうきくんはどうして泣いちゃったのかな?」
「そうきは、そのこがかえってさびしいっていってないた」

あきひとくんが教えてくれました。

「ワンちゃん?」

そうきくんをあやしながらてつお先生が聞くと、四人とも首を横に振ります。

「ねこちゃん?」
「ちがうー。おはなししたから、もうおともだちだよ。いくくんっていうおなまえだって」

ひろきくんが一生懸命説明しますが、それはどうやら人間の男の子だったようでした。

「そっか。じゃあ、この辺に住んでるお友達なのかな?」

てつお先生が聞くと、みんなが曖昧な顔をして、口々にお話を始めました。

「おみみがふわふわの、わんちゃんみたいのおみみだったよ」
「…おままえ、おしってくぇたの…」
「そうちゃん、おままえじゃないよ、おなまえだよ、おしってじゃないよ、おしえてだよ、わかった?」
「…ひぉたん…」
「ひおたんじゃないよ、ぼくはひろちゃんだよ、わかった?」
「んん…」
「こーんなしっぽもあった!ちゃいろの」
「さわっていいよっていったから、なでなでした」
「かみのけは、うしろがね、ママみたいにながぁいの」
「おみみがぴっぴってうごいたよねー!」
「…かぁいいの…」

みんなの話を合わせても、全く実態がつかめません。

「そうかぁ。また会えるといいね」

てつお先生が話をまとめようとすると、あきひとくんがボソッと言います。

「あした、ようちえんにあそびにいくねって、いってた」

わぁ、と、他の3人は表情を明るくします。



次の日。

「しぇんしぇ…」

なにやら小さい声が聞こえて振り返ると、珍しく興奮で上気したような顔をしたそうきくんがエプロンを引っ張っていました。

「そうきくん、どうしたの?」
「いくたん、きたかぁ…しぇんしぇも、きて…?」

いくちゃん、というのが、昨日みんなが口々に話していた例の不思議な子だと思い出し、てつお先生はそうきくんの手を引いて園庭の隅へ行きました。

木々に囲まれたそこで、てつお先生は自分の目を疑いました。

ひろきくんとなつめくんに耳やしっぽを撫でられてほやほやと笑っている少年がいたのです。

少年。
見た目はかわいらしい少年です。
青色のおズボンに、白いパーカーを着ていました。
しかし、そのふわふわした髪の毛の間から、獣の耳が見えていました。犬のような、三角のお耳です。
それから、おズボンの後ろからふさふさのしっぽまで生えています。

「てつおせんせい!いくくんがほんとにきてくれたのぉ!」

ひろきくんが嬉しそうに言います。

「あっ、ひろきくんだめだよ、ちいさいこえでいわないと…」

なつめくんがたしなめます。
てつお先生の存在に気づいた少年が振り返りました。

てつお先生を見て少し首をかしげ、それからにこっと笑いました。

「こんにちは!ぼく、いくっていうの」

えっとね、こういう字だよ、と得意げに、木の枝で地面に字を書きます。
それはかろうじて、「郁」という漢字に見えました。

「せんせい、ごあいさつしないの?」

あまりに驚いて声が出なかったてつお先生に、ひろきくんが聞きました。

「あっ、ああそうだね…こんにちは郁くん。僕はみんなの先生で、てつおといいます」
「てつおせんせいはとってもやさしいんだよ」
「みんなすき」

なつめくんとあきひとくんが説明してくれます。

そうきくんは、人見知りの彼には珍しく、郁くんに近寄って嬉しそうにお耳を撫でています。

「いくたん、おみみ、ふわふわねぇ…」
「そうなの。ぼくのみみふわふわなの。でもきみのかみのけもふわふわだね!ふわふわ!」

郁くんとそうきくんはお互いの頭を撫で合い始めました。

「郁くんは、どこから来たの?」

てつお先生が聞くと、あっち、と言って住宅街の方を指差しました。

「おうちがあるのかな?」

ついつい探るような聞き方をしてしまいます。

「あるよ!パパとママとごしゅじんとごしゅじんのおとうととすんでるの。しろいおうちだよ」

ご主人。ということはやはりこの子は犬なのだろうか。
犬の妖精さんなんだろうか。

てつお先生は、自然とメルヘンの世界へと誘われて行くのでした。

「郁くん、あの、先生もお耳触っていいかな?」

郁くんは驚いた顔をして先生を見上げ、それから「にしー」っと笑いました。

「いいよ!せんせいもさわっていいんだよ!」

そっと手を伸ばすと、郁くんはニコニコしながらてつお先生へ頭を近づけました。

ふわっとして、あたたかい、子犬のようにつやつやした毛につつまれた、耳。

「う…うわぁ……ふわふわだ…」

てつお先生は自分が今圧倒的に癒されていると感じました。
世界がパステルカラーに見えて、まるで絵本の中に入り込んだみたいです。
口元がほころんでしまいます。

「わー、せんせいにこにこでよかったねぇ」

ひろきくんもニコニコ笑っています。

「せんせい、しっぽもさわらせてもらったほうがいいんじゃない?」

なつめくんが、郁くんに「ね」と言います。

「いいよ!しっぽもいいんだよ!」

郁くんはしっぽをぱたぱたと動かしてみてくれました。

「おお、しっぽは動くんだね?いいの?触っていい?」

てつお先生はもう夢中になってしまいました。

「いいよ!でもあんまりつよくぎゅってしたら、いたい」
「うん、うん、わかった……おおお…ふわふわだ……」
「あと、おみみもうごくよ」
「え、あ、本当だ!動いた!かわいい!かわいい!」

てつお先生はもう我を忘れそうです。

「いくくん、すきなごはんなぁに?」
「ぼくね!みーとぼーるすき!」
「ぼくはハンバーグ!」
「ぼくはおやさい」
「あ、ぼくもおやさいすき」
「いくくん、あとは?みーとぼーるだけ?」
「ぼくはきゃべつもすき」
「…きゃめつ、ぼくも…」
「そうちゃん、きゃめつじゃないよ、きゃべつだよ、わかった?」
「…んん…」
「あとね!ぼくはあっくんのこともすきだけど!」
「たべものじゃないじゃん!そしたらぼくもそうきくんのことすき!」
「先生は犬の妖精さんが好きだな、ははは」

メルヘン。

「せんせい、たのしそう」
「ね。おとなのひとじゃないみたい」
「そうきくん、ふわふわでよかったね」
「んん…ふわふわの…かぁいい…」

仲良しグループは、てつお先生があまりに幸せそうなので、放置してやることにしたようです。

それから、我に返ったてつお先生と5人のおチビちゃんたちは、木陰でだるまさんがころんだをして遊びました。

「だるまさんが…ころんだ!」
「そうちゃんだめだよ、うごかないおあそびだよ」
「なちゅのとこいく…」
「そうきくんおいで!こっち!おててつなごうね?」
「んん…」
「あきひとくんぜんぜんうごかないね!すごいね!」
「あきひとくんまだスタートのとこにいるし」
「だるまさんがころんだ!」
「あ!いくくんのおみみうごいた!」
「えーうごいた?ぼくおみみすぐうごいちゃうの!よくきこえるから!」
「郁くんはやっぱり犬の妖精さんなのかな?!アメイジング!」
「せんせい、へんなこといってるー!」
「よくきこえるってすごいね!」
「すごい!」
「そうかな?いまあっちでふじょしのひとがくしゃみしたよ」
「えーぜんぜんわかんない!」
「いくくんすごい」
「…ふじょしのひとって、なぁに?」
「えっとね!わかんない!」

たっぷり遊んだ頃、他の先生の声が聞こえました。

「てつお先生!そろそろ時間ですよー!」

もう帰りの時間のようです。

「はぁい!」

てつお先生はお返事をして、おチビちゃんたちを見ました。

みんなが口々に、えーと言います。そうきくんはめそめそと泣き出してしまいました。
お別れが寂しいのです。
郁くんのおみみとしっぽは、元気なくたらりと下がってしまいました。

「みんな。また遊べるよ。郁くん、また遊びにおいで」

ね、と言うと、おチビちゃんたちはしぶしぶ頷きました。
まだ泣いているそうきくんを抱っこして、郁くんが園庭を出るのをみんなで見送ります。

「またね!」
「またね!」
「またおみみさわらせてね!」
「いいよ!」
「せ、先生にもまたさわらせてね!」
「いいよ!せんせいもいいんだよ!」
「いくたん…ばばぃ…」
「ふわふわそうたんばいばい!」

郁くんは、笑顔で大きく手を振って帰って行きました。


それから園に戻り、みんなを帰してから、てつお先生は先輩のあきと先生とお話をしました。

「てつお先生、今日は5人でだるまさんがころんだでしたね」
「そうなんです。え、いや、6人でしたけど」
「え?仲良しグループとてつお先生でしょ?」
「いや、あと…」
「誰かいました?見えなかったなぁ」

てつお先生は思います。

やっぱり妖精さんだったんだ!心の綺麗な子どもたちにしか見えないんだ!
感動…!

自分にも見えていたことは棚に上げます。

「なんですか。今日は随分機嫌がいいんですね」

あきと先生が笑顔で聞きます。

「なんでもないです」
「なんですか。教えて下さい」
「ダメですったら、あ、あきと先生、こんなところで…」
「いいでしょ…もう誰もいないし」
「ダメです…あっ、あきと先生ったら…」
「みんなを帰したら、てつお先生は僕が独り占めしますよ、ふふふ」
「…あ、もう…いけない先輩…」

こうして幼稚園の夜は更けていきます。

郁くんは、その3日後、仲良しグループと5人でまただるまさんがころんだをして遊びました。
後からそれを聞いたてつお先生は、自分も会いたかったと大層悔しがったそうです。

めでたしめでたし。

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