番外 森田と岡崎16

俺が車を降りた直後、森田さんの車のドアが開いて、中から部屋着のままの森田さんが出てきた。

それだけで、安心して泣きそうになった。
森田さんもこちらに歩いて来た。
途中で気がついて自然と笑ってしまった。

「森田さん。靴、右と左違うの履いてるよ」

え、と下を向いた森田さんに駆け寄ろうとした俺の脇を、幸二さんの車が追い抜いて行った。

俺は笑う。森田さんに向かって。

そんなに慌てて出て来たの。
追いかけてくれたの。

そばまで寄ると、森田さんの表情がかちこちに固いことに気づいて驚く。

「岡崎さん」

次の瞬間、俺は森田さんの腕の中にいた。

「岡崎さん…俺は」

森田さんは優しく背中を撫でてくれた。固くなっていた心が少しずつほぐれていく。
たったそれだけのことで、俺は。

「岡崎さんがいないと、もう…どうしていいか、わからなくなると、思うから」

撫でてくれる手と、少し緊張したような森田さんの声が、どんどん俺に温かさをくれる。
森田さんにだけ、満たされる。

「うち寄る?」
「…うん」

へへ、と笑ったら、森田さんがもう一回抱きしめてくれた。

家に入って向かい合って座って、そしたら森田さんは、迷いながら、つっかえながら、話し始めた。

「まだ、俺は…多分、前の人にしてしまったこと、消えなくて、岡崎さんを傷つけるの、怖い、結構、すごく怖くて…でも、まだ、その、前の人が好きとか、それは無いし、」

それは無いんだ。森田さんは言い切った。それが嬉しくて、本当に嬉しくて、真面目に話してる森田さんを前にして少しニヤけそうになる。

今すごくわかった。俺、かなりの感じで嫉妬してたんだ。あんなに森田さんの中に残っていた、前の奥さんに。
やだなぁ。かっこわる。

「岡崎さんだけ、しか、今の俺にはいない、…それはほんと、本当にそうで…ただ、俺のこと、岡崎さんが、…好き、とかは、そういう自信とか、は、全然なくて…だから、さっき、俺はまた失礼なことを、言ってしまった…」

森田さんの声が少しずつ弱くなってきて、へこんでるのがわかる。

さっきは結構キツいことを言った。なのに森田さんはちゃんと話をしようとしてくれている。

「俺、岡崎さんの、その、気持ちを…受け止めるのが、信じるのが、怖かった、今も……」

手を握った。森田さんの手は乾いていて、大きくて、少し冷たい。

「どうして、岡崎さんがここに、いてくれるのか…正直、ほんと、ちょっと、意味がわからなくて、あっ、意味が、というか…自分に、なんの価値があるのか、わからなくて…でも、岡崎さんが来てくれて、俺は、生きる意味とか、目標とか、明日が楽しみとか、そういうことを、考えるようになった」

森田さんはそう言って、手を強く握り返してきた。

森田さんの瞳は相変わらずとても綺麗に澄んでいる。

「話を、ちゃんと、俺、話すのが下手で、時間もほんと、かかる…けど、岡崎さんは、いつも、俺の話を待って、聞いてくれて…それもすごく…焦らなくていいような、気がして、岡崎さんには、結構たくさん、これでも、話せて」

そっか。森田さんは俺に、存在価値を下さいって言ったけど、本当は森田さんが、俺に、存在価値をくれてるんだね。

「離れたくないです、俺は…だから、あなたが死んだらなんて、考えるのも、嫌だ。…それで、俺は弱くて、辛いから…忘れるって言ったけど…忘れるわけがない。ごめん……ごめん」

あーいいよいいよそういうことなら、と簡単に言いそうになるくらい、俺の心はもう軽くなっていた。

「俺もひどい言い方した。森田さんみたいに優しく話せないんだー。怒鳴ったりしてごめん……びっくりした?」

森田さんは、しばらく迷ってから、びっくりした、と言って少し笑った。

森田さんは肝心な時に、俺が欲しいと思う時に、ちゃんと思うことを言ってくれる。いっぱいいっぱいな感じで、がんばってくれてるのがよくわかる。
なんてかわいいんだ。

森田さんの首に両腕をかけて顔をのぞき込むと、森田さんはちらっと俺を見る。

「生きて、死なないで、居て下さい。ここに」

うん。
そうする。

もう聞かない。あんなこと。得する人がいない。

こんなに純粋な気持ちをぶつけられて、ヤってもらえないからって拗ねていた自分が恥ずかしくなった。

いい加減、前向こう。今は。

大事なことだから、ちゃんと、今度、話をしよう。今日はもういい、満足した。
とっても満ち足りてしまった。

なんか小腹がすいて、カップラーメンを作って2人で並んで食べた。

無言でズルズルすすって、その音がおもしろくて笑ったら、森田さんも笑った。

仲直りの後のカップラーメンは、あのラーメン屋に負けないくらいおいしかった。



いろいろが満たされると眠くなる。
明日は森田さんが朝から仕事だ。

「森田さん、帰る?」

なぜかわからないけど、当然帰るだろうと思っていた。
動揺したみたいに動きがぎこちなくなる森田さんに、あれ、と思って抱きつく。

「それとも、泊まってくれるの?」

どかっと音がして、それが押し倒された音だと気づいたのは口に舌を突っ込まれてからだった。

んっ、ふ、んんっ
はぁ、はぁっ

どちらの口から漏れる音か、わからないくらい激しいキス。

森田さん

岡崎さん 岡崎さん

呼び合う合間に、どんどん濡れて行く。

舌の根元が疲れるくらいキスをして、一度離れた森田さんが、上からぎゅうっと抱きしめてくれた。

「はぁ…激しいー…」

ふふふと笑った。
次に森田さんが耳元で囁くのを聞いて、俺はそのまま固まる。

「岡崎さん……したい、です」

したい、したいって、したい…って…。

「今日、今からとかは、あの、難しい、感じですか…無理なら、また、今度で…」

俺が黙ってるから不安になったのか、森田さんはつっかかりながら申し訳なさそうな顔をした。

「したい、って、何を」

一応、確認。言ってほしい。聞きたい。森田さんの声で。

咳払いをして、森田さんが言う。

「…セックス、したい」

いやぁん!と叫びそうになるのを堪えて森田さんを見上げる。

「俺も。俺もしたい。森田さんとセックスしたいよ」

ちゅうちゅうと、今度はゆっくり何度もキスをした。

幸せ。幸せ。幸せ。

「ゆっくりすれば今からでも大丈夫。男は感じても勝手に濡れないから女みたいにいきなり突っ込めないけど、だからちょっと時間かかるけど、それでも、抱いてくれる?」

言いながらなんだかドキドキして顔が熱くなる。
森田さんは、言う通りにするので、と言って、俺の首筋をじゅうっと吸った。

「あんっ」

だめだ。絶対、挿入までに一回イっちゃう。

風呂入って準備して、それからこっちが先に主導権を握る。そうしよう。

「お風呂入るねー。一緒に入る?」

ぶんぶんと顔を横に振る森田さんに、愛しさが込み上げて苦しくなった。

先にシャワーを浴びてもらっている間、そわそわして落ち着かなくて、キッチンのシンクを磨き始める俺。

「俺でも緊張とかすんのな」

苦笑したところで、挙動不審の森田さんが風呂から出てきた。

部屋着を着る動作でガキガキ音がしそうだったから、押してベッドに倒す。

「緊張してる?」
「すっ、し、します」
「俺も。……でもね、緊張なんか忘れるくらい、気持ちよくしてあげる」

言った。言ってしまった。自分のテクを盛ってしまった。
でもそんくらいかっこつけたい。

逆効果だったのかそのまま固まった森田さんを残し、シャワーを浴びる。

少し時間をかけて準備をして、そしたらその間になんと勃起した。
こんなの初めて。

風呂を出て新しいパンツだけ身につけ、ベッドの方を覗くと、森田さんがさっきと同じ格好で横たわっていた。

おいおい死んでないだろうな。
そっと近づくと、不安げな瞳がこっちを見た。

「森田さん。フェラしたい」

森田さんをベッドに座らせ、自分は床に座って向かい合う。

そわそわしてる森田さんの部屋着のハーフパンツを下ろした。
黒のトランクス。
喉が鳴った。
手を伸ばす。

「岡崎さんっ」

手首を掴まれた。

「ん?」
「あの、俺、ちょっとあれ、あの、」
「大丈夫、大丈夫だよ」

何が不安?男にフェラされるの怖いかな。
それとも見られるのが恥ずかしい?

「…岡崎さん、何があっても、あの、好きです、俺は」

ん、うん。
何だろう。
とりあえず笑顔を返して、改めてトランクスを下げた。
出てきたものの大きさに若干息を飲む。
ゲイ動画で見るデカめの外国人レベルだ。

意識の向こうで自分が、「結構念入りに慣らしたけどゆっくりじゃなきゃ無理サイズ」とインプットしたのがわかった。

「おかっざきさん、あの」
「なーにー」
「電気を…消したい…」
「えー」

顔を上げたら、真っ赤な顔をした森田さんがいて、一瞬、森田さん相手ならタチでもがっつりいけそうだと思う。
まあ、ネコでお願いしたいけど。

「全然消したくない」
「っ、消し…なんで…」
「見たい」
「み…!……恥ずかしい、です…」

これは。

「これがタチの気持ち…」

どういう意味か…、という顔をした森田さんに優しく微笑む。

「じゃあ、豆電球でどう?」

紐を引っ張って薄暗くして森田さんの足元に戻って、さらにエロくなったように見える森田さんのそこを至近距離でガン見する。

まだ、ふにっとした状態。

そっと手を伸ばして、そっとそっと触れる。

森田さんの体がぴくりと動いた。

「挿れる時は、ゴムつけて、ローションも塗るからね。わかんなかったらちゃんと俺がしてあげるから、大丈夫」

言ってから、この手順は女とヤったことがあればわかるかと思ったけど、森田さんは神妙な顔でうなずいた。

根元から真ん中あたりをゆっくり優しく扱いて、先端を口に含む。

「っ、」

森田さんの息が微かに詰まった。
それだけで、自分のがドクッと反応したのがわかる。

少し吸う。
じゅる、と音がなった。
扱く手はゆっくり。
舌で根元からねっとり舐めて、また先端を口の中に。

少し、硬くなってきた。

しばらく夢中で舐めて、全然口に入りきらないなと思いながらふと上を見上げた。

森田さんはなんとも言えない顔で俺を見ていて、目が合った瞬間ふわっと笑った。

あー。早く。この人が欲しい。ヤりたい。触られたい。激しくされたい。

でもどうして、そんな、微妙な顔をしてるんだ。

「岡崎さん」
「ん」
「…なんか、…あの…俺、それ、してみたい、んですけど」
「ん?」

口を離して体を起こすと、森田さんが動いて、体勢を入れ替えた。

俺はベッドに座って、膝の間に森田さんがいる。
見下ろす俺と、見上げる森田さん。

手が伸びてきた先はパンツじゃなくて頭だった。
下から引き寄せられてキスをする。

舌の動かし方がぎこちないけど、すごく気持ちがいい。誘うように動かすと、ちゃんと乗ってくれる。

かわいい。好き。

「…甘い」

少し唇が離れた時にそう言われて、死ぬほど照れた。

腕を伸ばしてその頭を抱く。そしてまたキスをする。

森田さんの手が、パンツにかかった。

「ん…」

期待しすぎて森田さんの舌を軽く噛んでしまう。

さわさわと、パンツの上から森田さんが俺を撫でる。

もうガチガチだ。

ゆっくり、ゆっくり、パンツの中に手が入ってくる。
ぷるりと外に出されたそれを、キスをやめた森田さんが見下ろして、どんどん顔を近づけて。

口を開けて、一瞬躊躇して、そして。

「ああっ…」

かぷっと、俺のが森田さんの口に。
もう最初から、余裕なんか完全に無い。











岡崎にそこを舐められている間、気が気ではなくて全く集中できなかった。

こんなに綺麗な人が、自分の前に跪いて、そんな、自分の汚いところを、口に含んでいるなんて。

何かの間違いだと思いたくなる。
それに、別の問題もあってとても緊張した。

ふと見上げてきた岡崎は、いつも背負っている重いものを下ろしたように見えた。たれ目が、いつもより垂れて見える。
かわいい。
自然と笑みがこぼれて、それは岡崎にも伝染した。

してもらうより、自分がさせてもらうほうが、しっくりくるような気がした。

そして、さっきからもやもやしていることを、俺はずっと聞けないでいる。

口に含んだ岡崎は、熱く濡れていた。











「んっ、…あ…っ、は、あぁ……」

息が乱れて頭がぼうっとして、今にも気を失いそう。だらだらと汗をかいている。
快感に耐えるのに必死で何も考えられない。

森田さんにフェラされてるっていうその光景だけで10回はイけそうな気配。

音を立てないようにしてるのか、すごく静かで丁寧なフェラで、それがまた森田さんらしい。

「森田さん、っあ…もうだめ、少し待って…」

頭を撫でたら、森田さんが顔を上げた。

「後で…また、していい?」

何それ。かわいすぎんだろ。犯したい。
いやちょっと待って違う。あー。何なのもう。

おもむろに立ち上がった森田さんは、俺が座っているその後ろに座って上を脱ぎ、膝の中に俺を抱え込んだ。
背中に直接、森田さんの体温を感じる。

後ろからそっと、腹の辺りを撫でられた。

「…は…っん……」

だめ。

「森田さん…」
「…ん…?」

ああ。
んって言った。耳元で森田さんが、ん、って言った。それだけで、首筋が粟立つ。

「ねえお願い、もう、っ、して」
「…し……」

もどかしくてくるりと振り返り、噛みつくみたいにしてキスしながら押し倒すと、森田さんが下から抱きしめてくれた。

お互いの下着を取り去って、腰を擦りつけるように動かす。
森田さんも、ちゃんと勃ってた。
よかった。
すごく、すごく、安心した。

俺でも、勃つんだ。

眼鏡を外した森田さんが、跨った俺の太ももにそっと触れる。

「あぁ…森田さん…早く…早く、して」

ちょっと触られただけなのに、体が震えて鳥肌が立った。

「岡崎さん」

森田さんが急にきっぱり、でも優しい声で、俺を呼ぶ。
俺の方が、動揺してるみたい。

「どうしたら、いいですか」
「あの、…後ろ…に、入れるから…ローション、塗らなきゃなんだけど…」
「…それは、その…俺がしても、いい?」
「…したい?」
「したい…」
「…うん…じゃあ、して…」

どうしようどうしよう、すげえ照れる。

森田さんは起き上がり、俺を優しく仰向けに倒した。
パタリと倒れた俺は、そう、早く脚を、開かなきゃ…。

どうしよう、照れるってば。

急に、温かい感触。森田さんがまた俺にフェラをしている。

「あっ、あ」

掠れた小さな声が出た。

今度は、さっきより激しい。音も出てる。
じゅる、ちゅ、ちゅぷ、じゅ、じゅ。

「っん、森田さん…」

だんだん何も考えられなくなって、早く、早くほしいって、無意識に森田さんの手を握っていた。

「森田さんっ、もう、だめ…!あっ」

いつの間にかローションを出していたみたいで、森田さんの指が濡れていて、迷うように、ゆっくり、それが後ろに回る。

見て。触ってほしい。
死ぬほど恥ずかしいのに、見てほしい。
その欲が恥ずかしさを簡単に超える。
うつ伏せになって、ケツだけ上げて、両手でゆっくり開いて見せる。

「ここ…濡らして…?」

はあはあと息が荒くなる。無意識に、そこがひくひく収縮するのがわかる。

「うん…」
「触るの、嫌じゃないの?」
「全然…」
「…よかった」

森田さんの指がそこに触れた。

「っ、ん…」
「痛くない、の?」
「入れて、ね、指、入れて、あぁ…」

ゆっくり、指が、森田さんの指が。

「あっ、ああぁ!」

いきなりメーターが振り切れて、指一本でイった。しかも、まだ第一関節くらいしか入ってないのに。

腰が痙攣して、シーツが濡れて、森田さんの指を締め付けるのを感じた。

「あ…ごめっ、俺、もう、…」
「…岡崎さん……」

呟くように俺を呼んだ森田さんは、ゆっくり、奥まで、指を入れた。

「あっ……う……」
「痛くない…?」

必死で頷く。

こんな風に、自分の体が森田さんに弄られて、突っ込まれて、イって、イかせて、そういうことを、何度か想像したりもしたのに。

全然違う。森田さんに触ってもらう感覚は、今までのと全然、全然違う。
打ち震えるみたいな、心の底から、体の中心から気持ちいいと思えるような、そんな感覚を俺は初めて知った。

気持ちいい?と静かに聞かれて、うん、と答える。
多分森田さんにはわからないだろう。こんな幸せな気持ちになるなんて。

何。これは。少女漫画の主人公みたい。
いや少女漫画ではこんなことにならねえよ。
待ってでももしかして描かれてないだけであいつらだってきっとヤってる、あんなイケメンとかわいい子なんだから。

ああ気持ち良くて死にそうだ。

お腹すいたような気がする。さっきラーメン食ったのに。

思考がバラバラになっていろんなとこに飛んで、でも森田さんの指に集中すればすぐケツでイきそうな気がした。

「森田さんだめだ、もう挿れて」

一瞬止まった森田さんは、う、あの、と言って、これ、入りますか、と消えそうな声で呟いた。

「大丈夫だからゴムつけていい?」

体を向かい合わせにしてから聞くと、森田さんは俺の目を見てうなずいた。

何なのなんなのもう。綺麗な目しちゃって。処女かよ。なんて清いんだよ。いや処女だろう、童貞じゃないけど処女だろう。
とか混乱しながらローションとゴムを手に取る。森田さんのそこは、えっと、…えっと…。

普通サイズのゴムでフィットするのか心配しながら、軽く扱いてゴムをつける。
キツキツだ。根元の方、入りきってない。大丈夫か。ヤってる途中で脱げちゃうんじゃないか。
これは、次回から大きいやつ買わないと。

森田さんの視線を感じて顔を見たら、慌てて目を逸らされた。

なに。俺のこと見てたの。興奮するからやめて。

そういうの、言葉に出して笑顔を作って、出会ったタチを誘ってきた。
そんな経験は今この瞬間、全部リセットされて、森田さんが俺を見てたんだって事実に目一杯照れる。

好きな人だ。どうしよう。俺、好きな人とセックスするの初めてだ。

ローションボトルを軽く握り締めた。

「岡崎さん…触りたい…おいで、こっち」

お互い膝立ちになって抱きしめ合う。
熱い。熱い。森田さんも汗をかいてる。

「…痛そうな、気がして…」
「大丈夫。ゆっくりすれば。さっき自分で拡げたし。中濡らしてもらったし」

自分で、と呟く森田さんはきっと拡げるの意味をわかっていないだろう。

「一緒に、気持ちいいことしよ?」

森田さんのそこにさわさわと触れながら言う。ちょっと上目遣いで。
すると森田さんは、上目遣いを返してきた。こつりと、額がぶつかる。

なに。もう。

「岡崎さんは、…だめだ…もう…だめ」

森田さんはそう言って、目を逸らして微かに笑った。そしてまた、俺を見る。
俺はそれを見て、真顔になる。

そこで、お互い、何かが切れて。

もつれ合うようにベッドに転がって、森田さんはローションを手に出し、自分のを濡らす。
それで俺に覆いかぶさって。キスをして。キス。キス。舌を絡めて。
森田さんが少し体勢を立て直して、俺が広げた足の中のそこを見て。自分のに手を添えて。

「ん…あ…」

少しだけ、入った。

「あっ」

ちょっとだけ、意識が飛びかける。
目を閉じて、深呼吸。
森田さんは声を出さない。息も、静か。でも、俺を、俺の肌を、もう片方の手で撫でている。

「ゆ、っくり…入れて…」

やっとのことでそれだけ伝える。
息をするので、精一杯。

じわり。じわり。
森田さんが、俺の中に、入ってくる。
森田さんが、俺に。

「…ああ…」

どのくらい入ったの。まだ、全部じゃないの。
見られないし、聞けない。
深呼吸。
できる限り、力を抜く。

「あっ…は…っ……く……ん」

いつの間にか瞼に力が入っていて、ダメだダメだと力を抜く。抜くついでに少し目を開ける。

森田さんは、俺を見ていた。
俺の顔を。
俺の顔を、一生懸命、見ていた。

手を伸ばして、腕を使えるだけ使って、森田さんの体を引き寄せる。角度が変わって、森田さんのデカさを中でまともに感じてしまった。

「ああっ…やばい…」

森田さんは何も言わない。
何も言わないで、俺の肩を抱いてくれて、本当に少しずつ、腰を進めている。

優しい。好き。好き。好きだよ。

「大好き…」

囁くと、森田さんの腕に力が入ったのがわかる。

「ああ…森田さん…もっと…全部…入れて…」

森田さんは、何を言っても乱暴にしない。
丁寧に。誠実に。
仕事と同じ。
そう思うと少し微笑ましくて、体の力も少し抜ける。
そういう性格なんだよね。
そういうところが、大好きなの。

そう思ったと同時。正常位で入れてもらってるケツに森田さんの肌が触れた。
また、森田さんが腕にぎゅっと力を入れた。ほっぺとほっぺが密着する。

「森田さん…入った?」

そのほっぺにキスしてからまたくっつく。

「……うん」
「…どう?」
「………岡崎さんだ」
「そうだよ…俺だよ」
「おか、岡崎さん…」
「うん」
「岡崎さんは、そ、だ、だいじょうぶ」
「大丈夫だよ」
「そう、か……」

森田さんはそこで、ふーっと息を吐いた。

「気持ちいい」

そしてそう、はっきりと言った。

それを聞いて。俺はもう、もう、また、すぐ、簡単に。

「やばいイきそう…」

やばいやばい。

「森田さん…」

腰を下から揺する。

「あっ…んん…」

すっげえ。感じる。すげえ。やばい。

「ああっ…!」

森田さんが少し動き出す。

「ねえ待って、まじやべえ、ほんと、ん、やば、ああ、あっ」

どうしようこれもうやばい。

「ああっ!」

息を吸って背中を反らして快感を逃がす。腹が密着する。
そしたら森田さんが「あ」って小さい声を出した。

目をちゃんと開いて森田さんを見る。薄暗い中で見えるのは、森田さんの、後頭部の髪と、肩と、背中の上の方。
少しだけ動いている。それが見える。

好きだから、森田さんだけ好きだから、どこにも行かないで。
できるだけの力で抱き締めた。

「もりた、さんっ、あ…ああ、きもちいぃ…もっと、して、もっと…!」

ん、と言って、森田さんの動きも少しずつ大きくなった。
安いベッドがギシ、ミシ、と音をたて始める。

「ああっ、あ、あっ、や、ああ、」

しがみついて少し腰の位置をずらすと、また、当たる場所が変わって。

「はぁっ、あ、すっげえ…」

森田さんが上半身を少し起こして俺を見た。

「岡崎さん…」
「んー…」
「…ちょっと…我慢が…」
「え?」
「できなくなってきた…」

我慢?

「我慢て?」
「…痛い?」
「痛くないよ?」
「これからも?」
「…これから?」
「まだ…もう少し…あの…乱暴を、しても、少し…」

森田さんの声で聞く「乱暴」という言葉に、すごく興奮した。

「して…乱暴して」

丁寧にキスをするつもりが、ちゅっとしたところで森田さんが大きく動いて、森田さんの腕に必死でつかまることしかできなくなる。

「あっ、あ、あんっ、う、は、はぁ、は」

そうして少し激しく出し入れされるとよくわかる。
森田さんのデカさはちょっと普通じゃない。やっぱり。

「嫌だったら…言って…全部」

森田さんは体を起こして、俺の下半身を自分の太ももの上に乗せた。
肩から上だけをベッドに預けて、あとは森田さんに全部もっていかれる。

森田さんが俺を見下ろして、少しずつ激しく、腰を動かしていく。

「ああ、まじ、で…やばい…ん…っ」

少しずつ、森田さんの息遣いも荒くなっていくのがわかる。
そのことに、すごくすごく、幸福な気持ちが増していく。

「だめだ、っ、もりたさん、や、だ、ごめん、俺またイきそうっ、イく、あ、あ、」

勝手に腰がくねっと動く。甘えるみたいに。吸い付くみたいに。
森田さんが「はあ」と息を吐いて、それで、俺はまたイった。
触られてもいないのに。

「はぁ…ん…もう、いやだ、俺、ごめんね…」

恥ずかしい。

恐る恐る見ると、森田さんがまた、俺を見ている。

「岡崎さん、ごめんじゃないよ」

そう言って、森田さんは嬉しそうに笑った。少しじゃなくて、ちゃんと笑った。

「全然、ごめんじゃない」

俺はなんだか泣きそうになる。
そんな顔をして俺を見るの。
好きなの?俺のこと。

「岡崎さん、綺麗…」

囁いて、森田さんはまた、腰を動かし始めた。

「ああ…」

もう俺はぐちゃぐちゃだ。また、すぐ感じ始めて、ずくずくと、血が集まっていく。

「岡崎さん、俺、さっき、車で…すごく、心臓が止まるかと、思った」

もう、結構な激しさで腰をぶつけながら、森田さんは話し始める。
俺は、喘ぎながらそれを聞いている。

「あの人の、そばには、もう…いかないでほしい」

あのひと。幸二さんのこと?

「叶うなら…できるなら」

あぁっ

「取られるのは…嫌だ…」

ん、っ、あ、森田さん、

「こういうの…迷惑かとも、思うけど、っ、我慢、するべきだとも…思うけど」

あ、は、あ、はあ、っは、ああ

「ほんと…すごく…やきもち…苦しい」

森田さんは、目を細めて、俺の腹を見た。そこには俺の精液が飛び散っている。

「ごめんね、もう行かない、幸二さんのとこには行かないから、ちゃんと、繋ぎ止めてて…俺のこと、ちゃんと、見てて」
「はい…見てる」

森田さんがまた体位を変える。
入ったままで、少し苦労して、俺がうつぶせになった。中を擦られて、何度も何度も声が出てしまう。
喉が少しやられてきた。
その上から森田さんが重なって、後ろから、上から、突かれる。

「あっ、あー、ああ、あ、ん、あ」

首筋に、森田さんがキスをする。ちゅ、ちゅ、と柔らかく、それから少し強めに吸われる。

「痕、つけて、赤くして、森田さん」
「…うん」

もう少し強めに。

「あっ、ん…ついた?」
「少し」
「もっと、もっとつけて?」

うん、と言って、森田さんは俺の言うとおりにしてくれる。
今度は少し、ピリッと痛い。

「あぁ…すっごい…やばい…」
「…ついたよ」
「森田さん…好き…」
「…俺も…俺も好き…」

ああ。

「待って3回目はだめ、まだ我慢する…」
「…ん?」

シーツをぎゅっと握りしめて、後ろの森田さんが動きやすいように腰だけを少し上げる。
森田さんが、シーツを掴んだ俺の手を上から握って、馬乗りになって、すっごく奥の方を突いた。

「あぁぁっ」

思い切りケツを突き出す。
引き抜かれて、また入れられる。また、引き抜かれる。
繰り返すうちに、森田さんの動きがすごく激しくなってきた。

「もり、た、さん、っく、うう…あっ、あ、あああっ、あ」

揺すられるままになって、もうこのまままたイかされるんだと思ってたら、後ろから抱き上げられてお互い膝立ちになって、抱かれて上半身が密着したまま、腰だけぶつけられる。

「やば、すっごい、あっ、あぁ、気持ちいいとこにあたる…」
「…岡崎さん」

なんか。すげえ森田さんがえっちなんだけどどうしたらいいの。
どこに隠してたの、こんな、こんなことされるなんて。

「岡崎さん」

はあ、はあ、と荒い呼吸のタイミングが合ってしまってすごくやばい。

「もりたさん、や、やばいっ、イきそ、イく、だめだ、あ、あっ」

だめだって言ってるのに、森田さんは俺のガッチガチのを持って、手のひらを亀頭に押し当ててぐりぐりしてきた。

「や!だめ!出ちゃうっんんん」

すげえ甘えた声が出てキモい。
肌がパンパンあたる音を聞きながら、ケツの中が収縮するのがわかった。

「っ、う」

森田さんが呻いて、緊張の糸がぶちっと切れる。

「ああっ、あ!いっ…は、あ、や、やだ、あっ待って、放して、だめ、だめ森田さんやばい、出る、」

精液を少し吐き出した俺のが、また別のなんかに襲われる。
やばいって言ってんのに森田さんが亀頭を弄るのをやめない。
ケツの中の森田さんが、びくびくしてるのもわかる。
射精してる?

わかんない、何も

「あ、出るって、う、」

透明の液体が勢いよく飛ぶ。

「あぁ…っ、どうしよ止まんねえ…」

止まらない、と思ったら止まった。

息をするので精一杯だったのが少し落ち着くと、後ろの森田さんの呼吸も荒いのがわかった。

「…森田さん、イったの?」

聞くと、膝立ちの格好のままで後ろからぎゅうっと抱き締められて、肩口に埋められたその頭が、1回、頷くのがわかった。

「えー…気づかなかった…死ぬとこだった…」

エロ森田に殺されるとこだった。
そう思ったら少し笑っちゃって、そしたら体の力も抜けて、ベッドに崩れる。森田さんも一緒に崩れた。

ぎゅうぎゅう抱かれて何度も後頭部や首の後ろにキスをされながら、うそだろ俺潮吹いたよ死にてーんだけどとぼんやり考えた。
何回かタチでヤった中で、一人だけそういう、潮吹きやすい体質のやつがいて、そんで初めて見たーと思ってたけど、まさか自分が吹くと思わなかった。
混乱。

てか、森田さんいつイったの。声も全然出ないしイくとか言わないしほんとにイったのかな。

不安になって、体を動かす。
中に入ってた森田さんが、ズルズルと抜けて行った。

「ああ…」

それだけで気持ちよくて体が震える。

振り返って森田さんのを見ると、かろうじてまだ引っかかっていたゴムの中に、白いのが。

あ。
ほんとだ。
イってたんだ。

「…ん?」

森田さんが恥ずかしそうにもぞもぞと、手でそこを隠す。片手でゴムを外して素早くティッシュに包んだ。

「ちょっと、見せなよ、お兄さん」

声がちょっと嗄れている。喘がされすぎた。ふふふ。

「おにいさんじゃ、ないんで…」
「そこかよ」
「岡崎さん、おれ、…嫌なこと、しなかったですか…声、喉、大丈夫?」

今度は正面から抱き締められた。
そうか、不安なのかな。

「大丈夫よ。されてないよ。いいことしかされてない」

思いっきり抱き締め返した。

「森田さんって想像の1000倍くらいえっちですね」
「……岡崎さんは…」
「森田さんはむっつりすぎて困った人ですね」
「おか、岡崎さんは、」
「はあもう体がもつかしら、あたしこの先抱き殺されるのかしら」

遮って遊んでたら森田さんが黙っちゃった。

「ごめん。何?俺が」

安心と気怠さで、少し眠くなってくる。

「俺は、岡崎さんが、綺麗で、俺が触るの、もったいないって、8回か、9回くらい思いました」

森田さんの声も心地いい。

「8回か9回ってのがいい。森田さんぽい」

大げさにしたり嘘言ったりしない森田さん。

「でもそう考えると8回か9回って結構多いね」
「…そう、かな」
「あぁ。しちゃった。森田さんと」

満足のため息を吐いたら、森田さんが、「聞いてほしいことがある」と言った。











話さなければいけないことがあった。
本当は、セックスをする前に、ちゃんと話さなければならなかったのかもしれない。
でも、我慢できなくて、誰にも取られたくなくて、早く岡崎に触れたかった。

触れてみると、話さなければと思っていたことなんかどっかへ行った。
目の前の岡崎にだけ、意識も視線も奪われた。
本当に、こんなに綺麗な人が、自分の手の中で、こんなに幸せそうにするなんて。
と、そんな気持ちで夢中で抱いていたら、ちゃんと、最後まで、できていた。

自分がどう生きてきて、どんなふうに間違って、何を心配して、岡崎に触れられずにいたか。絶対に言わなければいけないという事はない。
でも、岡崎に聞いてほしいと、今、俺は思っている。











「…俺は…、その、してる時、出せない…射精、できない、病気…病気じゃないか、そういう、体質に、なってしまってて」

森田さんは、消え入りそうな声で言う。

「…そうなの?前の…奥さんの時?」

森田さんは頷く。

「だから、俺は、ずっと、迷って…触ってもらうのも、怖くて…もし、岡崎さんが、誤解したら、取り返しが、つかないんじゃないかって、思って」
「言ってくれれば良かったのに」

すると森田さんは言った。
傷つけないか、心配だった、と。

俺じゃ森田さんがヤる気になれないんだとか、変な誤解をしないか心配だったんだ。
実際、俺はそういう誤解をしかけていた。

森田さんはまた、苦しい自分を差し置いて、相手の心配ばかり。

「……前の、奥さんは」

少しの沈黙のあと、森田さんがぽつぽつと話し出す。

「…子どもを…欲しがって」

ああ。なんてことなの。

大体見える。そのあと、2人がどうやってすれ違ってしまったか。
元妻がどうして、森田さんへの態度を変えたのか。

だって、女とヤって射精できないなら、子どもを作れない。女は、なんでだ、どうしてだって、悩むだろう。それを森田さんは、見ているしかなかった。

自分のことみたいに胸がぎゅうっと痛くなった。

「…だから、逃げられた、のかな」

森田さんはそう言って、俺の目を見て少し笑った。

その言葉に、俺は森田さんのいろんな気持ちを見た。
ずっとそう思って生きてきたんだ。自分のせいで妻が傷ついてしまったっていうのは、そういう意味だったんだ。
でも自分も辛かった。自分ではどうすることもできないその事実を抱えたまま、森田さんも自分を責め続けたんだ。

誰もそれに、気づいてやらなかったんだ。

無意識に、森田さんの顔に手を伸ばした。その微かな笑顔を消すみたいに、ほっぺを引っ張る。

俺は涙を我慢できなくなった。
深夜テンションだからだと思ってほしい。

「森田さん。辛かった、よね。ひど、い。森田さ…」

嗚咽が交じってうまく話せない。

「岡崎さん、泣かないで…違う、あの、言いたいことは、それじゃなくて、」

森田さんは困った顔をしてる。それも涙で見えなくなっていく。

どんな女だったんだろう。
ひどい。ひどいよ。森田さんがどんな気持ちだったか、お前は何もわかってあげなかったの?
お前にそれを望まれて、1人悩んだ森田さんを、お前は捨てたんだ。
俺は絶対、お前みたいなことはしない。

「森田さん、俺は、俺は、子ども、いらないし、森田さんが、いてくれたら、あと、なんもいらねーから」

お前みたいに、この人を1人になんか絶対させないから。

「ずっとずっと、一緒にいる」

指で目をこすると、森田さんの顔が見えた。
森田さんは下唇を噛んで一瞬目を閉じた。その目尻から、涙が一粒流れた。
森田さんも泣いてしまった。

「大丈夫だよ、絶対絶対いつも俺がいるからね」

俺が守ってあげる。
だから、泣かなくていいよ。

森田さんは目を開けて、赤くなった目尻で優しく笑った。
それで、強く強く抱きしめてくれた。

「だけど、岡崎さんとは、ちゃんと、できた…俺は、本当に、嬉しいです。…本当に。それを、わかってほしくて」
「そう。そっか。うん。よかった。俺もね、すごく嬉しいよ」

俺の気持ちはもう明るくなっていて、これからどうやって森田さんを笑わせようか考えていた。
なのに。

「大事に、するから」

森田さんのその言葉が、俺にはキラキラしたプロポーズみたいに聞こえて、錯覚なんだけど、そんなの、でも、嬉しくてまた泣きそうになったから、がんばって大きく笑って見せた。

いつの間にか、カーテンの隙間から光が漏れだしている。

「朝だ」
「…そう。ですね」

大事に。するから。

「次のおやすみ、どっか行こう」

森田さんが珍しくそんなことを言う。俺が森田さんの胸から少し頭を離すと、森田さんが腕枕をしてくれた。

「どこ行く?」
「岡崎さんの、行きたい所、どこでも」
「うーん、じゃあ海!」
「海」
「海パン持ってさー、じゃぼじゃぼしに行こうぜ」
「じゃあ、海で」
「いいの?」
「海パン、無いけど」
「買ってから行こう?あー楽しみ!つか早く寝ないと、ね、森田さん仕事だし。少しでも」
「…うん」
「……森田さんの好きな体位って、今日やった中にあった?」
「ない」
「ねえのかよ!えーお預けか…」

布団がいらないくらい暑かったから、そのままで抱き合って眠った。

俺にも森田さんにも、ちゃんと、朝が来た。

ね。森田さん。
夜がちゃんと、明けたね。







-end-
2014.12.17
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