大きな声では言わないけど

番外 森田と岡崎15



「ねえ、森田さん。まだ寝ないの?」

森田さんは、布団にうつ伏せになって本を読んでる。
深夜3時。
俺は仕事終わりでまぶたが重すぎる。今にも寝そうなんだけど、今日は精神的にちょっと疲れて、だから森田さんになでなでしてもらって寝たかったのに。

「もう少し、読んでから」

森田さんは俺の方を見もしない。

「森田さん」

多分、推理小説の1番楽しいとこなんだ。ページが最後の方だし。わかるけど。でも。

うぜーと思いながらも口に出してしまう。

「ねえ。俺と本とどっちが大事なの」

そしたら森田さんはぱっとこっちを見た。目が合うとキョドキョドしながらも、俺にそっと手を伸ばす。

「何よりも、俺は、岡崎さんが、大事ですよ」

そう言って、さらっと、本当にさらっと笑って、俺のおでこを撫でてくれる。

むう。
それならいいけど?

と思って、もうスヤスヤした気持ちになっちゃう俺。

それ以上は何も言わないし、すぐに本に戻ってしまう森田さん。

俺の眠気はもう限界で、ページをめくる音に安心して目を閉じる。

森田さんって、計算じゃなくて、生まれつきの男たらしなんでは。

そういう人って初めて会ったなぁ、と思いながら、俺は眠りについた。







次の日の開店直後。
面倒な客が来た。

「平井。行かなくていいから」

不安そうな顔をした後輩の女子に声をかける。

「忙しくなったら呼ぶからあんまホール出んな」
「…すみません」

そのおっさんは、何を勘違いしてんのか、居酒屋の店員には何をしてもいいと思ってる。

「いらっしゃいませー。お飲物は」
「きぬこちゃんは?」
「今日はキッチンが忙しいので平井は中にいます」

にこやかに、きっぱりと。
なんだよ、男しかいねえのかよ、とかブツブツ呟いて、焼酎のロックをオーダーするおっさん。
多分そのうち平井を呼べって始まる。

おっさんに気に入られた平井はいろいろセクハラされて、精神的にきていた。

居酒屋で働く以上そういうの軽く流せないときついから、平井も平井でまだまだだ。

でもまあ、まだ若いしな。
2こしか違わないけど。
それに、おっさんのセクハラもちょっとひどい。

平井は全然まだまだだけど、ちゃんと真面目にがんばるタイプだから、店長や年上のキッチンスタッフからの支持があつい。
だからこういう時も、みんなで連携して助けてやれる。
キッチンスタッフが代わりに少しホールに出たりして。

普段の行い、大事。

注文されたものをテーブルに運ぶたび、おっさんは俺の顔を見上げる。
そして舌打ち。

俺だって好きでお前の顔見に来てるわけじゃねーよ。

「きぬこちゃん呼んで。一回」

一回もクソもあるか。そういう店じゃねーんだよ。キャバ行く金ねえからってうちを使うな。

「平井は忙しいので、俺で我慢して下さい」

あからさまにため息をつかれるけど、おっさんの表情が少し緩む。

「きぬこちゃんかわいいよな」

ニヤニヤしながら焼酎をあおる。
そうですか。俺にはわかりません。

「お前もそういう目で見ることあるだろ?あんだけかわいいんだから」

ねーよハゲ。

「さあ。どうっすかねー。忙しくて同僚の顔見る暇とかないんすよ」
「そんなわけあるかよ」
「いや本当ですって」

はは、と空笑いして、呼ばれた他のテーブルのオーダーを聞く。

はー。キモいキモい。ストーカーとかやめてよ。めんどくせえから。

あー森田さんに会いたい。

一件急な団体が入ってバタバタする。ホールの人出が足りないので平井を団体の方へ。

そしたら運悪く、例のおっさんがトイレに行くのと鉢合わせたらしい。俺が気づいた時には平井は肩を抱かれて半泣きになっていた。

「店長すんません、平井が」

強面の店長におっさんを任せる時が来た。

「お客様。すみませんね」

その一言でささっと平井を取り返した店長が、怖い顔で微笑む。
おっさんはぴくっとして逆ギレしかけ、それでも店長の顔を全然見ない。

怖いよね。わかる。

ちょっとおっさんに同情しながら、裏の事務所に戻った平井の様子をうかがうと、ぽろぽろ泣いていた。
あーあーあー。

「あとで慰めてやるから泣くなー。今はお前の力が必要でしょーよ、団体どうすんの、ほら泣くなって」

ティッシュをバサバサと10枚くらいまとめて手渡してやると、平井は違うんです違うんですと言いながら顔を上げる。
まあわかる。悔しいんだろう。

「はいはい。大丈夫大丈夫。顔拭け。ブスになるよ。ほらがんばるぞ」

はい、と返事をしてやっと泣き止んだので、キッチンの店長のところへ戻る。

そこから様子を見ると、おっさんはキョロキョロ落ち着かない感じで飲んでいた。

「どうします」
「一杯」
「はい」
「平井は」
「あと1分」

店長おごりの焼酎を一杯おっさんの元へ運ぶ。
それ飲んだらおとなしく帰れ。

あー。もう。森田さんに会いたい。






「ただいまー」

森田さんの家の玄関を開けると、布団に転がっていた森田さんが顔を上げた。

「おかえり」
「会いたかった!」

森田さんの読んでいた本を取り上げて横に置く。仰向けの森田さんに覆いかぶさるようにして抱きついた。

「疲れた」
「…お疲れ様です」

森田さんも抱き返してくれる。
あったかい。

「疲れた疲れた疲れた」
「…大丈夫?」
「森田さんも俺に会いたかった?」
「…うん」
「ほんとにー?」
「本当、に」

どこまでもどこまでも、何回でも何回でも、しつこくたくさん甘えてしまいそうで、とても怖い。
こんな弱々しい俺は一体どこから出てきたんだろう。こんな俺は今まで一体どこに隠れていたんだろう。

怖いけど、死ぬほど幸せ。爆発しそう。

「岡崎さん、次、休みは、いつ」
「んー…わからん…どうだったっけ?」

今、後輩の西尾が姉ちゃんの結婚式で沖縄に行ってて連休をとってるから、俺は休めない。

「とりあえずあと4日は仕事」
「岡崎さん…疲れてる…なんか、元気ない…?」

森田さんが下から俺の顔をちらちらのぞく。

「森田さん。ねえ、エロいことしよ」

首筋をつーっと指でなぞると、森田さんの腹筋がびくっとした。

「今日は俺がするね…?」

お腹から下へ、手で撫でていこうとしたら、ぱっと抑えられてしまう。
恨みを込めて顔を見ると、森田さんの目が動揺していた。

「いや……あ……あの…」
「なにー」
「俺が、します」
「…なんで?」
「…触りたい、から、俺が、岡崎さんに」

握られた手に、森田さんが恐る恐るキスをする。

「指、舐めて」

畳に片手をついて、森田さんを見下ろしたまま、その唇を指でなぞる。森田さんは少し目を細めて口を開けた。
その奥へ、中指を入れる。

「あぁ…」

ゆっくり閉じた口の中。濡れた粘膜が俺を包む。
じゅっと音をたてて、中が締まる。

「ん…っ」

森田さんが俺の指を舐めてる。俺が無理矢理舐めさせてる。

エっロい。

口が少し開いたすきに、人差し指と薬指も滑り込ませた。舌を凌辱するみたいに、3本の指でかきまぜる。
少し苦しそうに眉をひそめる森田さん。激しくエロい。

森田さんの腰にまたがって座り、畳についていた手で眼鏡にかかった前髪を撫でる。

余裕で勃った。

部屋着の上から股間を撫でると、森田さんはすぐ抵抗して起き上がってしまった。

「なんでダメー?」
「い、いや、お…俺は…いいので」
「なんで」

森田さんが素早く動く。何だと思うひまもなく、形勢が逆転。
両手首を抑えられて上からキスをされた。何度も。

「ん…っ」

ずるい、と言いたくて開けた口に、すぐに舌が入ってくる。

「ん、く」

上顎をなぞられて、変な声が出た。
少し抵抗しようとするのに体が全然動かない。
目を開けたら、眼鏡の奥できちんと目を閉じてる森田さんが見えた。

森田さんだ。森田さんが俺にキスしてる。

俺もちゃんと目を閉じて、森田さんに倣う。

やけに体が熱い気がした。

しばらく夢中でキスをして、ふと思いついて目を開け、舌を少し噛んでみる。

「…っ、」

息を詰まらせて、森田さんは俺を見た。
そして、俺の舌を探して歯で挟み、軽く軽く、噛んだ。

「う」

全然痛くない。でもなんか、森田さんの犬歯が俺の舌に刺さったと思ったら。

「んん…ふ…う……」

自分の鼻息が荒くてびっくりする。
森田さんが舌を離した。

「噛んだりするの…好き?」

森田さんの声、優しい。

「痛いのは嫌なんだけど、森田さんに噛まれるのは、なんか、ちょっとやばい」
「やばい…?」

俺に聞き直しながら、森田さんは俺のズボンに手をかけた。

「…う…ん」

それだけで腰が浮いちゃう。

「さわっ、さわって、いい?」

うん、と頷くと、森田さんがズボンを脱がせてくれた。

待って、この展開こないだと同じ!手コキで俺だけイって、なのに俺は森田さんに触れないっていう、あの流れ!

「森田さんも脱いでよ」

ためらいながら上を脱ごうとする森田さんに、首を振って見せる。

「違う。下。俺も下脱いでるんだからー」
「え、い、下、は、」
「いいよね、ね、脱いで」

触りたい。勃ったの触りたい。えっちな森田さんが見たい。

すごく迷いながらのろのろデニムに手をかける森田さん。その手に手を重ねて、気持ちだけ手伝う。

森田さんのパンツはトランクス。黒の。

「ああやばい…どうしよ…イきそう」

まじで。森田さんのパンツだと思っただけで俺のがぴくぴくしてる。

てか脱ぐの遅いし。まだ腰までしか脱げてない。
でもその格好もエロい。

「森田さんはいっつも焦らすね。俺、普段と違ってこういう時に我慢とかあんまり得意じゃないんだけど」

森田さんは言葉につまった。
ムラムラする。もう。ほんっと。
この人いつになったら、感情を抑えきれないよ、みたいな顔すんの?

「俺が上に乗る」

半脱ぎの森田さんを無理矢理押し倒して腰の上に乗っかる。

「あー…やばい、あたる」

お股の下に、パンツに包まれた森田さんの、あれが。

「おかっ、おかざきさん」
「へへ、なんか発音へんだよ」
「だっ…いや…あの」
「てかやばい、俺このままイけそう」

ゆっくりゆっくり腰を前後に動かす。
まじでイけそうだけど我慢する。森田さんもあんあん言ってほしい。

「ねー…ほら、触って、すごくね、俺の」

森田さんの手を取ってパンツの上から俺のに触ってもらったら、森田さんが超びくびくした。

「ね?すごいよね」
「あ…ああ…」
「森田さんで、俺、こんなになっちゃうんだよ」

こくこくっと頷く森田さんに、ゆっくりゆっくり顔を近づける。
意識してお股もすりつけたりしながら。

森田さんの顔はどんどん赤くなって、目を逸らしたりまた見たり、忙しい。

かわいい。ほんとに。

キスをする寸前、森田さんが目を閉じたのをいいことに、勢いよく口づけて唇を吸って舐める。
びっくりしたらしい森田さんが目を開けて体を起こそうとして、それを上から押さえつけて、ちゅ、ちゅ、って音をわざと大きくしながら無理矢理キスをした。

だんだん抵抗が弱まって、するといきなり森田さんが俺の体に腕を回した。腰のあたりを鷲掴みにされて、森田さんが下から腰を浮かしてくる。

「んっ、ふ、んん」

あたる。
あたってる。
やだ。いやらしい。

「あっ、ん」

キスはどんどん激しくなる。唇の感覚が麻痺するくらい。
森田さんの腰の動きは激しくないけどなんかエロくてぐらぐらした。ぐらぐらしすぎてキス中断。

「岡崎さん、腰、細い」
「ん、そう?でも結構、がんばれるよ」
「ちゃんと…食べないと」

食べないと、とかそんなことを言いながら、いやらしい腰の動きをやめない森田さん。
俺も少し動かしたら、タイミングがいい感じに合ってしまった。

「んああっ」

自分で不意打ちを食らって、声が出た。

「んん…気持ちいい」

森田さんが今度は俺のケツを鷲掴みにする。

「岡崎さんは、そんな、声、出すんですね」

ぼーっとしたような顔をして、森田さんは俺を見上げている。

「いつもと違う?」
「あんまり、違わない」

俺は高い声でかわいく喘いだりできないけど、好みに合うならいいな。

「かわいい」

呟くみたいにかわいいって言われて、我慢ができなくなってきた。

「だめ…森田さん…俺」
「…岡崎さん」
「イっちゃいそう…」

大きく息を吸って吐くけど、もうだめかも。

「イっ、イく、や、あっ、やべえ、待って、」

腰を動かしてこすりつけていた俺のそこを、森田さんがパンツから出して握った。
突然ダイレクトな刺激を与えられて、逃げようとする俺の腰を片手でがっつり押さえられる。

「…う…っあ、は…あぁっ」

森田さんの、着たままの服に、俺の精液がちゅぷっと飛んだ。

…また。
また俺だけ手コキでイった。
森田さんは、うっすら微笑んで俺を横に下ろした。

また。森田さんはもうエロい雰囲気をどっかにやってしまった。

森田さんに添い寝しながら、ちらりと見た森田さんの股間。
パンツ越しに見るだけだけど、多分、森田さんはもう勃起していない。

疑い始めたらきりがないのはわかってるんだけど。
もしかして森田さんって、俺じゃあんまり興奮しないんじゃないの?

たどり着いたその考えに、胃が少し重くなる感じがした。

俺にはしてくれるけど、自分は嫌だってパターンもある。

でも、もしそうだとしても。森田さんが一緒にいてくれて好きって言ってくれることの方が大事だ。

最悪、できなくてもいいんじゃないの。
やだけど、でも、仕方ない。
それで森田さんとの関係が変になっちゃうくらいなら、そんなの我慢する。

暗くなりそうな顔に力を入れて、森田さんに笑いかけたら、森田さんは目を逸らして、でも笑ってくれた。

こういう顔をこの距離で見られるなら。
ずっとこうしていられるなら。











俺の隣にぴったりとくっついた岡崎の体が熱いと思った。
額に額をくっつけると、岡崎がくすぐったそうに笑う。

「やだもう。森田さんのえっち」
「…岡崎さん」
「なーに」
「熱、ない?」

え、ねつ?と言って岡崎は自分の額に手を当てた。

「風邪引いてないよ?」
「うち、体温計、ないから」
「大丈夫だって」
「買ってきます…薬とか」
「え、大丈夫だよ。熱?ないって」
「岡崎さん。寝てて」

慌てて立ち上がり、24時間やっている店を思い浮かべる。

「えー森田さん待ってよ、じゃあ俺も行く」

動こうとする岡崎の肩を触る。
この人はすぐ、無理をするから。

「いい子に、してて」

寝かせると、岡崎の顔が赤くなった。
熱が上がったのかもしれない。

おとなしく布団にくるまった岡崎を確認し、アパートを出た。




買い物を済ませて家に帰ると、岡崎は起きて携帯をいじっていた。

「お帰りー」
「寝てなきゃ…岡崎さん」
「大丈夫だって」
「…体温計、はい、計って…ご飯、作るから」
「ご飯!」

スーパーの袋から米とネギと卵を出す。

「森田さん、ご飯作れるの?」

立ち上がって台所に来ようとした岡崎を押し戻して布団に座らせる。念のためもう一度額に手を当てるが、やはり熱い気がする。

「なんか具入れて、ご…おかゆ…作ります」
「ひぇー」

岡崎が変な声を出した。

ネギを刻みながら、昔のことを思い出した。

彼女はたまに熱を出した。その度におかゆを作った。真冬の深夜に毛布を買いに出たこともあった。

思い出したくない。まだ、思い出にはなっていない。
少し、胸が苦しい。

「森田さんのご飯」

後ろから、平和な声が聞こえる。

岡崎がいる。俺には。今。

電子音がしたので振り返ると、体温計を脇から取り出した岡崎が、罰の悪そうな顔をした。

「何度?」
「7度…」
「…ほぼ8度、ですね」
「うー」
「…寒くない?」
「全然。元気だけど…」

強がるその顔の色も、あまり良くない。

ガスコンロの上では、小さな土鍋がくつくつと音をたてて。
米が炊けている。
岡崎のための、ご飯。

具はネギと卵と鶏胸肉。味付けは塩と少しのごま油。

「ねえ森田さん。ちょーいい匂いする。腹減った」

布団に横になったまま、はははと笑うそれは、空元気だろうか。

土鍋を布団まで運ぶと、岡崎が意外そうな顔で俺を見る。

「森田さん、料理しないって言わなかった?あんまりしないよって意味?」
「…熱いから、気をつけて」

レンゲですくったおかゆを、口を尖らせてふうふうと、慎重に冷ます岡崎。

ふと、愛おしさがこみ上げる。

大切な人だ。今の俺にとって、大切な大切な人だ。

「明日、仕事、休む?」
「やふめないおー」

咀嚼しながら難しい顔をする岡崎。

「てかうめーし!何これ!何この技!うけんだけど!」
「…休めない?」
「うん。明日も西尾いないから。絶対休めない。店まわんない」

凛としたその表情に、岡崎の仕事に対する責任感を見る。

西尾というのは岡崎の後輩だ。よく話に出てくる。

「…食べたら、薬…あと、たくさん寝て」
「うん!うめー」

パクパク食べて笑う。
森田さん、と、少し掠れたその声が呼ぶ。
なんの熱だ?意味わかんね、と言って首をかしげる。

動けなくなる。何も言えなくなる。
愛しくて愛しくて仕方がない。

自分から触れる勇気はないし、触れられるのは怖い。とても怖い。
なのに。

岡崎と、セックスがしたい。





-end-
2014.9.18
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