大きな声では言わないけど
番外 森田と岡崎12
暑い。
「暑いねー」
岡崎が隣で、だらっとした声を出す。
盆に乗せた2つのグラスの中身は水と炭酸水。
氷が溶けて、薄く水滴のついたグラスがカラリと音を立てた。
「でも畳、きもちいねー。冷たい気がする」
寝転がった畳の上。
横を向いて見ると、岡崎は体ごとこちらを向いていて目が合った。
慌てて逸らす。
岡崎がふと笑う。
目に焼きついた、岡崎の、真っ直ぐな瞳。
「眠くなる」
「…出ますか、どこか」
「えー暑いからいいよ。森田さん、どっか行きたい?」
窓は全開。昼間の繁華街は、静かだ。
「いえ、俺は…」
「本でも読むかー」
「何か、持って来た?」
「森田さんに借りてるやつ、1日1ページしか進んでないから」
「ああ…無理なら、やめても…」
「やだよ、読むよ。もう少し貸しておいて」
ふと、不安に襲われる。
「あの、これ、…楽しいですか、今日」
せっかく岡崎が来たのに何もしていない。どこにも出ていない。かと言って、うちには楽しめるものがない。
外気に反して体が冷えそうになる。
まるで暑さを感じさせないような、岡崎の綺麗な顔が笑む。
「ずっとこうしててもいいよ。もう、どっこにも行かなくていいな。今日これから仕事とかまじありえねー」
岡崎はうつ伏せになって脚をばたばたさせた。
なぜか眩しくなって目を細めた。
深夜遅くにうちに来て、岡崎は午後には仕事に行く。
「俺ちょーがんばってねー?」
「7連勤、ですもんね」
「そうだよー!そしてその次9連勤だしね。もう怖えよ、一生これで終わりそう」
「でも、責任持って、やってて…偉い」
岡崎は、見た目に反して根は真面目だ。店の店長に恩があるから、と、義理堅い。
それを言うと笑って否定されたので、きっと、周りにはそう思われたくないんだと思った。
「そう?じゃあ頑張るか」
そして、切り替えがくっきりしている。
ドキドキしながら手を伸ばして髪を触ると、岡崎は手に擦り寄ってくる。
「もっと撫でて」
傷んだ髪に指を通すと、岡崎はしばらく目を閉じていた。
ほんの出来心で、脇腹を人差し指でつついてみる。すると、こちらが驚くくらいに岡崎の体が跳ねた。
「ひゃ!ちょっと!何すんの!」
「ご、ごめん」
「ダメなんだって俺、くすぐったがりだから」
警戒して俺から少し離れて眉をひそめる岡崎に、もう一度手を伸ばす。次は首に。
「やーめっ!くぅ!あっふふふふ、ちょー!」
鎖骨と顎に指を挟まれて抜くに抜けない俺と、それでさらに追い詰められる岡崎。
これは、少し、楽しいのでは。
いつまでも見ていたいと思っていたら、岡崎がゴロゴロと畳の上を向こう側へ転がって行った。手が離れる。
「アホんこ森田さん!」
「アホんこ…?」
次の瞬間、さっきの倍くらいの速さで岡崎がこちらに転がってきた。
そのままの速度で思い切り俺に体当たりする。
「うっ、痛い」
「仕返しだ!こちょこちょ!…あれ?」
「俺、効かないんで」
「おい!ズルい!……暑い…」
「動くから…」
「森田さんのせいだしね!」
2人並んで転がり、本を開く。紙さえ温度を持っているように思えるほど、暑い。
「涼しい本を、読んだ方が、いいかも」
岡崎がきょとんとした顔でこちらを見る。
「涼しい本?」
「それ、なんか、内容が、暑くないですか」
「あー…んー…?」
ピンとこない様なので、さくっと読めるサイコホラーの短編集を取って渡した。
「これは、なんか、冷える感じが、すると思います」
「怖いやつ?怖いやつ?」
岡崎は楽しげに言いながら早速ページをめくる。そしてすぐに読み始めた。
なんとも言えないような、甘い、抱きしめたくなるような感情を覚える。
それを押し留めて、冷蔵庫からグラスに飲み物を足した。
俺も本を開く。
しばらくして、ほわぁ、と変な声がしたので顔を上げると、岡崎が目を見開いて俺を見ていた。
「ど、」
「何これ何これ!こわっ!なんでこんなの思いつくの!森田さんよくこれ1人で読んだね!」
興奮状態だ。
「ふおー、俺今日夜1人でトイレ行けないかも」
「……そしたら、ついて、行くので」
悪いことをしたと思って言うと、岡崎はぱあっと笑顔になった。
「なんだー、じゃあ大丈夫。で、今日も来ていいってことね?」
「あ、はい、岡崎さんが、いいなら、どうぞ」
んふふ、と笑って岡崎は首を傾げた。
最近思うことがある。
岡崎の喉仏の形が、好きだ。
前から、好きだったような気がする。
気のせいだろうか。
暑い。
とても、暑い日だ。
-end-
2014.5.29
暑い。
「暑いねー」
岡崎が隣で、だらっとした声を出す。
盆に乗せた2つのグラスの中身は水と炭酸水。
氷が溶けて、薄く水滴のついたグラスがカラリと音を立てた。
「でも畳、きもちいねー。冷たい気がする」
寝転がった畳の上。
横を向いて見ると、岡崎は体ごとこちらを向いていて目が合った。
慌てて逸らす。
岡崎がふと笑う。
目に焼きついた、岡崎の、真っ直ぐな瞳。
「眠くなる」
「…出ますか、どこか」
「えー暑いからいいよ。森田さん、どっか行きたい?」
窓は全開。昼間の繁華街は、静かだ。
「いえ、俺は…」
「本でも読むかー」
「何か、持って来た?」
「森田さんに借りてるやつ、1日1ページしか進んでないから」
「ああ…無理なら、やめても…」
「やだよ、読むよ。もう少し貸しておいて」
ふと、不安に襲われる。
「あの、これ、…楽しいですか、今日」
せっかく岡崎が来たのに何もしていない。どこにも出ていない。かと言って、うちには楽しめるものがない。
外気に反して体が冷えそうになる。
まるで暑さを感じさせないような、岡崎の綺麗な顔が笑む。
「ずっとこうしててもいいよ。もう、どっこにも行かなくていいな。今日これから仕事とかまじありえねー」
岡崎はうつ伏せになって脚をばたばたさせた。
なぜか眩しくなって目を細めた。
深夜遅くにうちに来て、岡崎は午後には仕事に行く。
「俺ちょーがんばってねー?」
「7連勤、ですもんね」
「そうだよー!そしてその次9連勤だしね。もう怖えよ、一生これで終わりそう」
「でも、責任持って、やってて…偉い」
岡崎は、見た目に反して根は真面目だ。店の店長に恩があるから、と、義理堅い。
それを言うと笑って否定されたので、きっと、周りにはそう思われたくないんだと思った。
「そう?じゃあ頑張るか」
そして、切り替えがくっきりしている。
ドキドキしながら手を伸ばして髪を触ると、岡崎は手に擦り寄ってくる。
「もっと撫でて」
傷んだ髪に指を通すと、岡崎はしばらく目を閉じていた。
ほんの出来心で、脇腹を人差し指でつついてみる。すると、こちらが驚くくらいに岡崎の体が跳ねた。
「ひゃ!ちょっと!何すんの!」
「ご、ごめん」
「ダメなんだって俺、くすぐったがりだから」
警戒して俺から少し離れて眉をひそめる岡崎に、もう一度手を伸ばす。次は首に。
「やーめっ!くぅ!あっふふふふ、ちょー!」
鎖骨と顎に指を挟まれて抜くに抜けない俺と、それでさらに追い詰められる岡崎。
これは、少し、楽しいのでは。
いつまでも見ていたいと思っていたら、岡崎がゴロゴロと畳の上を向こう側へ転がって行った。手が離れる。
「アホんこ森田さん!」
「アホんこ…?」
次の瞬間、さっきの倍くらいの速さで岡崎がこちらに転がってきた。
そのままの速度で思い切り俺に体当たりする。
「うっ、痛い」
「仕返しだ!こちょこちょ!…あれ?」
「俺、効かないんで」
「おい!ズルい!……暑い…」
「動くから…」
「森田さんのせいだしね!」
2人並んで転がり、本を開く。紙さえ温度を持っているように思えるほど、暑い。
「涼しい本を、読んだ方が、いいかも」
岡崎がきょとんとした顔でこちらを見る。
「涼しい本?」
「それ、なんか、内容が、暑くないですか」
「あー…んー…?」
ピンとこない様なので、さくっと読めるサイコホラーの短編集を取って渡した。
「これは、なんか、冷える感じが、すると思います」
「怖いやつ?怖いやつ?」
岡崎は楽しげに言いながら早速ページをめくる。そしてすぐに読み始めた。
なんとも言えないような、甘い、抱きしめたくなるような感情を覚える。
それを押し留めて、冷蔵庫からグラスに飲み物を足した。
俺も本を開く。
しばらくして、ほわぁ、と変な声がしたので顔を上げると、岡崎が目を見開いて俺を見ていた。
「ど、」
「何これ何これ!こわっ!なんでこんなの思いつくの!森田さんよくこれ1人で読んだね!」
興奮状態だ。
「ふおー、俺今日夜1人でトイレ行けないかも」
「……そしたら、ついて、行くので」
悪いことをしたと思って言うと、岡崎はぱあっと笑顔になった。
「なんだー、じゃあ大丈夫。で、今日も来ていいってことね?」
「あ、はい、岡崎さんが、いいなら、どうぞ」
んふふ、と笑って岡崎は首を傾げた。
最近思うことがある。
岡崎の喉仏の形が、好きだ。
前から、好きだったような気がする。
気のせいだろうか。
暑い。
とても、暑い日だ。
-end-
2014.5.29