大きな声では言わないけど

30 なつめのプチモテ期



「彰人くん彰人くん」

なつめが、双子のいない1講目が終わったところで俺を呼ぶ。少し気まずそうな顔をしていて、俺は自然となつめに耳を寄せた。

「ちょっと相談があって…少しいい?」

適当に空き教室に入り、向かい合って机の上に座った。

「どしたの」
「あの…多分彰人くんはたくさん経験してると思うんだけど、その」

言いながらだんだん顔を赤くする。

「女の子に、あの、告白されて…」
「誰?知ってるやつ?」
「バイト先の子で、高校生なんだけど」
「うん」

なつめはコーヒーショップでバイトをしている。
年下には特に人気がありそうだ。優しいし、穏やかだし、憧れる気持ちはわかる。

「断ったんだ。僕には創樹くんがいるし。だけど、諦められないって泣いちゃって、でも僕は何もできないし…」

なつめらしい。

「友達でいいから、たまに遊びに行ったりしてもらえないかって、頼まれて。少し考えてほしいって、保留させられてしまった」
「なつめはどうなの。友達でいたいの」
「僕は……断りたいとは思うんだけど…うまく言ってあげられる方法が考えつかなくて、それで彰人くんに聞きたくて」

ごめんね、こんなこと、となつめは俯きがちに言った。
優しい。でも、それが仇になることもある。

「ちょっと優しすぎんじゃね。まあ、悪いとは言わねえけど」
「そうかな…彰人くんならどうする?」
「きっちり断る。変な期待させる方がかわいそうだろ」
「そっか…そうだね」
「ふらなきゃいけない時点で傷つけてんだから、あんまり気にしすぎんなよ。仕方ねえんだし」
「そうだね」

なつめはどこか痛そうな表情で笑う。
もしかして。

「創樹とどっちにしようか迷ってたりすんの?」

聞くと、目を丸くしたなつめは首を横に振った。

「そんなことは考えもしなかった」
「ふぅん」
「ねえ彰人くん」

なつめの目は少し、不安そうだ。

「付き合ってる人がいるって言ったんだ。その子に。そしたら、どんな人かって聞かれた。僕、男の子だってことは言わなかったんだけど、もしかしたら、言えなかったのかなって後で考えたんだ。普段は意識なんかしないし、創樹くんがかわいくてかわいくて仕方がないんだけど」

言いたいことが、なんとなくわかる。

「男の子と付き合ってること、僕は胸を張ってその子に言えなかったのかなって思ったら、なんかすごく、創樹くんに失礼な気がした」

なつめはそう言って俯いた。
優しい。なつめは、優しすぎる。

「そんなの、当たり前じゃねえの」

俺だって、親に今普通の顔して言えるかって言ったら。

「偏見とかもさ、ある人の方が多いだろうし。別に胸張って言わなくたって、なつめが創樹を大事にしてやればいいだけの話じゃねえ?」

そう、そうか、と、なつめは呟く。

「もう少し適当に考えた方がいいよ、なつめは」

肩をぽんとたたくと、やっと少し明るい笑顔を浮かべた。

「また、相談するかも。彰人くんに話してすごくよかったよ」

いつも癒してもらっているから、こんなのはお安い御用だ。今だって、双子が永遠に来なければ心は穏やかだと思ったところだ。
なのに、携帯が鳴る。

『あっくぅん、今どこどこどこぉ?教室着いたよ!早く来て?』

うるせえのが来たわ、と笑い合いながら空き教室を出る。
その時は、この話はこれで終わったと思っていた。



数日後、4人で大学を出たところで、女の子が駆け寄ってきた。
その子はなつめの顔をまっすぐに見上げる。

「三上さん」

なつめが呟いて、すると女の子は、少しいいですか、どうしても話したくて、と、泣きそうな顔で言う。

創樹も広樹も興味津々な様子でそれを見ていた。

店だと人がいっぱいいるし、店長うるさいし、と、その三上さんはまくしたてるように言う。平常心でないことは容易に見て取れた。きっと本当は大人しいタイプだろう。つやつやの黒髪を胸まで垂らしていた。

なつめに告ったのはこの子か。

「三上さん」

なつめは今度ははっきりその子を呼ぶ。
優しいながらも、きっぱりした顔をして。

「この間も言ったけど、僕、付き合ってる人がいて」
「はい、そうですよね、だから私、友達でも」
「…いや、でも」
「この後何かありますか?2人で少し話せませんか」
「三上さん、ごめん。僕、三上さんとはバイト先の、」
「優しくねえな、話くらいいいだろうが」

なつめの言葉をぶった切って、創樹がとんでもないことを言った。なつめはそれを聞いて動きを止めた。

「おら、話して来いよ」

創樹はなつめと三上さんを両手で押した。
三上さんは、俺たち3人にすみませんと頭を下げてなつめを見た。

なつめは少し振り返って創樹を見る。
その表情に、俺は自分の胸まで痛むような気がした。
きっとなつめは今、創樹の言動に深く傷ついたんだ。

止めた方がいいと思うより先に、なつめは三上さんと歩き出してしまう。

「お前」

創樹に声をかけるけど、なつめたちと反対方向に向かって歩いていく。広樹は俺を見上げている。

「あっくん」

なんだか急に広樹が愛しく思えて、頭を撫でてやってから、一緒に創樹を追いかけた。

「おい創樹、お前、待っててやれよ」

創樹を追いかける。広樹もついてきた。

「家で待つし」
「お前さ、なつめにもう少し優しくしろよ」

堪り兼ねて言うと、創樹は懐疑的な目を俺に向けた。

「彰人お前、なつめからあの女のことなんか聞いてんの?」
「いや知らねえけど」
「好きにすりゃいいだろ。なつめが決めることだし」
「待てって」
「うるせえな。口出してくんなよ。お前そんなお節介だった?」

創樹は馬鹿にしたように笑って、駅へ向かって歩いて行った。

俺はその辺りで立ち止まり、なつめを待つことにした。

「お前、弟と一緒に帰るか」
「んーん。あっくんと一緒にいる」
「そっか」
「ねえあっくん、なっつと創樹、なんでケンカにならないんだろね」
「なつめが折れるからだろ」
「うん」

広樹に手を握らせながら待っていると、やがてなつめが小走りに戻って来た。
1人だ。

「あの子は?」

広樹が聞く。

「帰ったよ」

答えながらなつめが周囲を見回す。

「なっつ、創ちゃんね、先に行っちゃったの」
「あぁ…そっか」

なつめは力なく笑った。

「今日バイトだっけ、創樹くん」
「わかんない」
「…会いたいな」

はは、と笑うその顔は少し辛そうだ。

「なあ、なつめさ、創樹にちゃんと言いたいこと言ってんの?」
「言いたいこと」
「さっき、三上さんと無理矢理2人にされたのだって、嫌だったんだろ。そういうの、なつめの気持ちさ、あいつわかってやってんの?」
「わからない」
「なつめばっか我慢する必要ねえだろ」

俺の言葉に、なつめは首を横に振る。

「僕は我慢してないよ」

俺と広樹は顔を見合わせた。

「なつめ、修行僧なの?」
「そんなに優しくしたら創ちゃんがもっとワガママになっちゃうよ?」
「いやお前には言われたくねえだろ」

俺たちをにこやかに眺めていたなつめは、創樹に会いに行くと言って行ってしまった。

「なっつって幸せなのかなぁ」
「さぁ。まあ、そうなんじゃねえの」
「俺は創ちゃんとは付き合いたくない」
「俺も無理」
「あっくんは俺がいいでしょ?俺しかダメでしょ?」
「帰るか」
「ねぇ、そうだよね?ね?」

まとわりつく広樹をあしらいながら、少しなつめのことを心配してみた。










家に着くとすぐ、なつめから電話が来て、もうすぐうちに着くと言ってきた。

「創樹くん」

俺を呼びながらそっと部屋に入って来たなつめは、ベッドに入っている俺に驚いたようだ。

「ど、どうしたの、具合悪いの?」
「なつめ」

腕を広げて抱きしめろ催促をすると、どこか安心したみたいな顔で、覆い被さるようにして俺を布団ごと抱き締めた。

「会いたかったよ」

さっきまで一緒にいたのに、なつめはそんなことを言う。

「さっきの女は?」
「大学の前ですぐ別れて、彰人くんたちのところに戻ったんだけど、創樹くんはもういなかったから」
「用は済んだの?」
「…済んだよ」
「お前のこと好きなの?」

なつめは少し迷ってから、なんで僕なのかな、と言って微笑んだ。

「俺でいいわけ」

ふと、口に出してみる。
女じゃなくていいのか、お前は。
別に卑下するわけでも殊勝なわけでもない。
ただ、単純に、それでいいのかと聞いてみたかっただけだ。

なつめは傷ついたような顔をした。さっきも、女と話をつけて来いと言った時も、この顔をした。
ゾクゾクする。
ああ、もっと傷つけたい。
お前を深く深く傷つける。
そしたらお前はどうする?

「あの女の方がいいかなとか、ちょっと迷ったんじゃねえの」
「どうしてそんなこと言うの?」

なつめは俺の顔をじっとみて、そして、もう一度ぎゅうと抱き締めた。

「僕も入っていい?」

頷くと、なつめは布団の中に入ってきて、また俺を抱き締める。力一杯だ。
苦しい。

「いじわる」

呟くなつめが甘える犬みたいに見えたので、よしよし、と言ってキスをしてやる。

「お前の優しさって毒みたい」

まわる。全身に。

「毒?」
「毒ってか、麻薬?やべえわ。体に悪そう」

断じて嫉妬ではないと決めて、なつめの指を口に入れた。

「創樹くんは、結構繊細だよね」

強めに噛んでいるのに、なつめは綺麗に笑う。

「誰が繊細だ。死ね」
「大好きだよ。ねえ、もっと痛くして」

なつめが切ないような顔をするので、もっと、ぎりりと、歯を立てる。

「創樹くん」

俺の唇となつめの指。そこになつめの舌が絡んで、くちゅ、くちゅ、と音を立てて俺たちが濡れていく。

そういえば最近、ちゃんと襲っていない。

「好きにしていい?」

聞いてやるだけ俺も優しくなったものだ。まあ、駄目とは言わせないけど。

なつめの上に乗って服を脱がす。キスをする。デニムの上からペニスをなぞると、なつめの体がヒクついた。

「ヤりたい?」

したくないと思ったことなんかないよ、と、なつめは律儀に答える。それで俺はなるべくエロく見えるように笑う。

「さすが変態」

なつめが何か言う前に唇を塞いで、乱暴に服を剥いでいく。なつめも俺の服を脱がす。その焦るような手つきが、俺を昂らせる。

「舐めたい?」

見せつけるようにペニスを出して扱くと、なつめが手を伸ばしてきた。

「うん」
「おいしそう?」
「…うん……」

まだ、そんな顔をする。もう数え切れないくらいしゃぶらされている俺のを、そんな、恥ずかしそうな顔で、舐めたいと答える。

「お前は誰のものなの?」
「創樹くんの」
「俺のなの?」
「うん。創樹くん、だけの」
「いい子だねー」

ぴたぴたと頬をペニスで触ってやると、かわいいなつめは口を開ける。

「タマ舐めて」

薄笑いを浮かべながら、丁寧に舌を使うなつめを見下ろす。
舌先でころんころんと転がして、それからゆっくり、口に含む。くぷ、と音がした。

「あぁ…きもち」

なでなでしてやる。なつめは細めた目で俺を見上げた。

「お前、女とヤってたんだよなー」

こんなに従順に、男のペニスをしゃぶったりして。
なつめが口を離そうとしたので、頭を押さえて続けさせる。

「何人と付き合ったの?何人とヤった?どんな女が好きだったの?」

そういう話は聞いたことがない。聞きたくもない。興味がなかった。過去なんかどうだっていい。
お前は、今、俺のことだけ考えろ。

「なんか、想像したらウケんだけど。お前、おっぱいとか好きだったの?」

ちょっと本当におかしくなって笑ったら、なつめが手をかいくぐって口を離した。

「僕はどこにも行かない。ここにいたい」

押し倒されて抱き締められながら、煙草が吸いたいと思った。吸ったことなんかほとんどないのに。

キスをした。くるしくなるくらい、激しく、長い。
少し気が遠くなりかけて、体の力が抜ける。

ああ。そしたらちゃんと、こいつは、俺が離れた分だけちゃんと、くっついてくる。

「抱いて。なつめ」

創樹くん、と囁く声が優しくて、また体にまわる。

「むかつく。お前」
「僕は大好き」
「そういうとこがむかつくっつってんだ」
「もう挿れたい」

体をひっくり返され、後ろから穴を舐められる。

「ひ、っ、く…」
「かわいいよ…創樹くん……」
「あ…だめ…ぐりぐりすんな…っあ、ん」

舌が入って、くにくにと動いている。振り返ってなつめを見ると、俺を舐めながらペニスを扱いていた。

「なつ、早く、ちょうだい」
「いい?」
「いいよ……ああっ!」

すぐに、腰になつめの手が触れて、硬いものが挿入される。

「はぁ…創樹くん、すごい…あっ、ああ」
「あぁん、なつ、なつめ…!」
「創樹くん、はぁ、っ、あ、」

腰をくねらせて、中になつめのが擦れるように動く。

「っく、ああ、気持ちいいよ…」
「あん、はっ、もっと突いて、犯して」
「…どうしたの…今日、ちょっと違う」

なつめが後ろから体をかぶせてきて、俺の耳を舐めた。

「あんっ」
「ああ…いいよ。気持ちいい…」

腰の動きが激しくなる。

「あっ、ああ、だめ、あっ、なつめ、は、はぁっ、ああ、」

体を反らして顔を向けると、とろんとした顔で腰を動かしているなつめが、優しく笑ってキスをしてくる。

「んふっ、く、ん、ん、ん、ん、」
「ん…ああ、だめだ、イっちゃう」

なつめが体を起こして後ろからガンガン突き始める。

「ああ!だめ、なつ!いやぁ、い、っ、イく、イく、」
「ぼくもっ、あ、出る、イくよ、創樹くん、っ」

ぎゅっと目を瞑ると、なつめが「うう」と低い声で呻いた。そんな声を聞くことはあんまりなかったから、なんだかすごく興奮した。

「イく…あ…っ!」

俺も射精したら、ペニスが抜けて、なつめの息遣いが聞こえた。

「あぁ…は…はぁ…っあー…いっぱい出ちゃった」

うつ伏せで倒れたままの俺を抱き込んで、恥ずかしそうな声で言った。

「お前、あんな低い声出んの」
「低い声?」
「イく時、うううって言ってた」
「そうだっけ?覚えてない…後ろからするの、あんまりないから、ちょっといつもと違ったね」

照れ臭そうに笑って、なつめは俺の頬にキスをした。

どこにも行かない。なつめはさっきそう言った。
別にどこに行ったっていい。まあ、いたいならいればいいけど。
面倒だから、好きにすればいい。



しばらくベッドでイチャイチャしていたら、彰人からなつめに電話が来た。

「うん、ああ、ありがとう……ううん、大丈夫だよ。うん……うん……あはは、優しいね、彰人くん」

なつめが俺の手を握りながら彰人と話している。

「もう切れば」

言うと、なつめは彰人にまた明日と言って電話を切った。

彰人、あいつは何なんだ。
なつめのことになると若干人が変わる。
まだ服を着ていなかったなつめの二の腕を噛む。

こいつは、俺の。

「めんどくせえ」
「ん?何が?」
「俺」
「創樹くんが?そんなことないよ、どうしたの?」
「うるせえ。もっと噛むぞ」
「いいよ。噛んで」
「そういえば、イヌのコスプレ買った」
「ついに動物…!」







-end-
2014.4.29
理依さまへ
40/84ページ
スキ