大きな声では言わないけど

27 チワゲンカ 彰人vs広樹



創樹くんと教室に入ったら、まず彰人くんが目に入って、隣にいるはずの広樹くんを探すと、なんと。

「どうしたの、お前ら」

創樹くんがニヤニヤしながら最後列に座る彰人くんに近づく。
広樹くんは、彰人くんの対角線上の前の方の席に1人で座っていた。

彰人くんは机にだらりともたれている。珍しい。僕と創樹くんは彰人くんを挟むようにして席を取った。

「何かあったの?」
「……喧嘩した」

彰人くんが言った時の、その向こうの創樹くんの顔。こんなに楽しそうな、無邪気でかわいらしい笑顔は滅多に見られない。
ほっぺがふくっとしてバラ色になり、まるいおめめがきゅっと細くなる。
僕といてもこんなふうにはあまり笑わない。
複雑…!

「なになに、何があった、言えよ」
「喧嘩つか、怒らせた」

はあ、とため息を吐く彰人くんは、本当に参っている模様。ぴりりとしたイケメンフェイスに疲れが滲んでいる。

「浮気でもしたのか、最低だなお前は」
「創樹くん、嬉しそうに言う言葉じゃないよ」
「あいつは浮気だと思ってるかも」
「なに、俺をめちゃくちゃにする夢でも見た?」
「女と買い物行っただけ」

彰人くんが言った途端、教室にバシッという音が響いた。音のした方を見ると、広樹くんがバッグを思い切り机に叩きつけたところで、中から教科書を出している。
広樹くんの周りから、人がさささーっといなくなった。

「おお、怖えな。つか今の話聞こえてたとかどんだけだよ、化け物かあいつ」

創樹くんが楽しげに言った。

「女の子と買い物?」
「高校んときの友達で。そいつ彼氏もいるし、そもそも彼氏の誕プレ探すのに付き合っただけなんだけど」
「2人で?」

彰人くんはうんざりしたような顔で頷く。

「急だったし、それを前もってあいつに言わなかったから」
「ああ…それは……」

広樹くんなら許さないだろう。

「もう知らないって言われてそれっきり電話も出ねえしメールも無視される。さっき話しかけたけどスルーされた」
「あらら、それはもう、ご愁傷さまですね」

かなり憔悴している様子の彰人くんの横で、創樹くんは始終たのしそうだ。

「とりあえず僕、広樹くんの横に座るね」

僕は荷物を持って広樹くんの隣に移動した。

「隣、いい?」

話しかけると広樹くんがこっちを見上げた。
う、上目遣い…

「なっつぅ……」

ああ、これは。相当泣いたんだろう。目が腫れている。

「なっつ、なっつ」
「大丈夫だよ広樹くん」

うるうるした目で見つめられながらすがるように呼ばれて、思わずなにかを請け負う僕。

「喧嘩しちゃったの?」

座りながら聞くと、広樹くんは、ぷいっと口を尖らせた。

「喧嘩じゃないもん。あっくんが悪いんだもん。だって……」

あ、大変、泣いちゃう!
涙声になる広樹くんの頭を思わず撫でる。

「あとでゆっくり聞くからね、泣かないで」

広樹くんは、こくっと頷いて目をこすった。











「あらー、やいちゃうねー、彰人」

なつめが広樹の頭を撫でるのが見えたから言うと、彰人はそれを見てため息をついた。
駄目だ。楽しすぎて笑顔が全然引っ込まん。

「なんでバレた?」
「昨日の夜、1日何してたか聞かれて普通に話した」
「バッカじゃね。言うなよ」
「……やましいことねえなら言うだろうが」

だめだこいつ。

「あっくんはまだまだだねー大っ嫌い」

広樹の話し方の真似をして声高めで言ったら、彰人が一瞬ぎょっとした。
俺ら、声同じだから。

こいつらの喧嘩とか、楽しみ尽くしてやる…!キャハッ!











「あれー、なっつくんだ」
「正浩くん久しぶり」
「正浩ー!」

たたたっと駆け寄った広樹くんが、正浩くんに抱きつく。

「なになに、広樹ひでー顔。ウケんだけど。つか2人?珍しくね?」

結局、大学のラウンジでグチを聞いたけれど広樹くんは終始俯いて言葉少なで、とても心配になってしまった僕は、広樹くんを引っ張って正浩くんが働いている居酒屋さんに来た。

「席空いてる?」
「あーっ、と……カウンターしか空いてないな」
「いいよね」
「ねーっ」

広樹くんがかわいいお返事をする。

「じゃ、ボックス席空いたらお声かけますね」

正浩くんが、営業スマイルでスラスラ答える。社会人だな。かっこいい。

「あきくんは?どした?」
「知らないもん」
「はー?もしかしてケンカ?どうせお前がワガママ言ったんだろ」
「言ってないぃ!俺悪くないもん!」

正浩くんが火に油を注ぐ。

「なっつくん大変だね、子守り」
「そんなことないよ」
「なっつは正浩と違って優しいんだから!もう仕事戻れば?」

広樹くんは差し出されたおしぼりで手を拭きながらプリプリしている。

「正浩くん、森田さんとは会ってる?仲良くなった?」

何気無く聞くと、正浩くんがぽわんと赤くなった。

「あ、何、なんかいいことあったの?」
「やー…ちょっとさ、あー……なっつくん今度飲まねー?」
「うん、もちろん」
「報告あるー」
「あら、なんかすてきなことだね」

正浩くんの照れ隠しのようなしかめ面に、嬉しくなって笑ってしまった。
ふと隣を見ると、なんと広樹くんが布のおしぼりをちぎっている。

「広樹くん!」

おしぼりってちぎれるの?
正浩くんはそれを見て笑っている。

「どんだけなの!キモいんだけど!弁償しろ」
「だって……」

広樹くんの目にどんどん涙が溜まっていく。

「うわめんどくせー。泣くなよ、高校の頃から変わんないねお前は」
「うるしゃいよ…」
「大丈夫だよ、広樹くん。泣かないでね、ね。おいしいもの食べようね」

こくりと頷き、広樹くんは無言でメニューの「大ジョッキ」を指差した。











忙しい時間帯に入ってからも、カウンターが気になって仕方がない。
なにやらイケメン彼氏とケンカしたらしい広樹と、それを必死になだめるなっつくん、という図からちょっと外れて来ている気がしないでもない。

さっきから、なっつくんが広樹を撫でたり抱きしめたり撫でたり撫で回したり、そのうち舐めまわし始めるんじゃないかとひやひやする。広樹も広樹で全然抵抗しないばかりか頭をなっつくんの肩にコテン、とかしてるし。

「なっつくんは酒癖がちょっとアレだからな」

まだ1杯目だけど、創樹に連絡してあきくんに迎えに来てもらうか。
別にあの4人がどうなろうと正直どうでもいいっつかまあ、こじれたらこじれたで面白そうではあるけど。

同僚の店員たちもチラ見してるし。さすがにおっぱじまりはしないと思うけど。
なっつくんには今度森田さんのこと話さなきゃだし、創樹にバレて酷い事されたらかわいそうだしな。

俺は隙を見て、創樹にメールをした。











「あはっ!楽しいことになってるみたいだよ!うふふん」

今日は笑顔垂れ流しだ。止まんね。正浩からのメールを隣の彰人に見せると、やつは眉根を寄せて舌打ちをした。

『なっつくんと広樹が店来たけどなんかぺたぺたしてるよー。いいの?』

広樹がなつめと一緒に帰って行ったので、俺と彰人はファーストフードで時間を潰していた。いつ連絡来るかわかんねえし、と帰るに帰れずしょげ返っている彰人は見ものだった。

「なっちゃんやるなあ、さすが俺の奴隷」
「……迎えに行く」
「早くしないと手遅れになるかも!なっちゃん興奮するとすごいから!」
「おい早く行くぞ」

うける!焦ってる!ひひひ。

「えー1人で行けば」
「なつめが酔ってんならブレーキ係が必要だろ」
「俺は別にそのままでもいいけど」
「創樹まじで頼むって……」

うおお、なにこれ、珍しい。殊勝な彰人。
仕方がないので一緒に行ってやることにした。優しい俺。

「おう。あきくん久しぶりー」

店に着くと、正浩が苦笑しながら出てきた。

「広樹は?」

彰人が焦ってる。キョロキョロしすぎ。おい。どんだけ必死なんだ。

「個室空いたから入ってもらった」
「はー。やべえだろ、もう事後だったりして、はは」
「まじどこ」
「あの奥」

彰人がずんずん歩くのについて行く。ガラッと引き戸を開けると。

「広樹?」
「あ。彰人くん、迎えに来てくれたの?」

なつめがほっとしたような顔をしていた。

「寝たの?」

彰人が聞く。寝た?!と思ってわくわくしながら覗くと、広樹がなつめの膝枕でまじ寝してた。なんだそっちか。

「個室入ったらシクシク泣き出しちゃって……泣き疲れて寝ちゃったよ」
「ありがと。……なんてグチってた?」
「なんかね、もうグチっていうか、寂しくて寂しくてって感じだったよ」

俺たちも個室に入る。彰人がなつめの膝からそっと広樹の頭を抱き上げて、自分の膝に乗っける。なつめが俺の隣に来たので、いい子いい子してやった。

「なんかエロい展開になった?」
「エロ?いや、ないよ、そんなの」

照れながら否定するなつめ。あれ、こいつ酔ってねえな。

「お前飲んでねえの?」
「一杯だけ付き合って、あとウーロン茶飲んでたよ」
「くそ、何やってんだよ死ねよ」
「えっ」
「なあなんで?なんで飲んでねえの?」
「いや、広樹くんがかなりやられてて、もしかしたらおぶって帰らなきゃいけなくなるかもとか、思って…」
「真面目かよ、ほんとキモいわお前」
「えー」
「なつめ、ありがと」

彰人がほっとしたような顔をしてる。むかつく。あーつまんね。
優しく広樹の頭撫でながらでろでろした顔してるし。

「広樹、起きて」
「んー……」
「あはは、広樹くん子どもみたいだねえ」
「短くねえ?お前らの喧嘩短くねえ?」
「創樹くん、そんなこと言わないで、ね」
「広樹」

頭なでなでされて、広樹が目を擦りながら目を開ける。

「あれ……あっくんだ!」

がばっと起きて、彰人の首に抱きつく。

「ごめん。広樹」
「いーよぅ、もう、広樹ね、怒ってないよ?」
「ごめん、もうしないから」
「あのね、寂しかったの。俺もいっぱい無視してごめんね?」
「うん」

ぎゅうぎゅう抱き合う2人。

「なにこれ。俺ら空気じゃね」
「よかったね、ほんとよかった」

ニコニコしているなつめに、なんかちょっとムラムラする。

「お前さあ、広樹の世話してる間、俺のこと放置してくれてなにやってんの?」
「あ、ごめんね、広樹くんが一人になっちゃうと思って…」
「俺と広樹、どっちが大事なわけ?」
「そんな、ね、何言ってるの、創樹くんより大事な人なんかいないよ?」
「ほんとかよ」
「本当だよ。ごめんね、創樹くん」

なつめが控えめに俺をぎゅっとしてくる。こいつの困った顔まじそそる。

「おいおい、お前らそーゆーのはよそでやってくんねー」

正浩がため息をつきながら、飲み物を運んできた。

「正浩ちゃんとなつめに飲ませとけよ使えねえな」
「なっつくんは自分でセーブしてたんだって。偉くね?ちゃんと介抱側に徹してたよ」
「正浩くん、今度ほんとに飲もう?いつ休み?」
「ああ、待って。今度さ、森田さんも一緒にメシりたいんだけど」
「へえ、お前あの人とそんな仲良くなったの?」
「いやあ……」
「は?きめえ。なにその顔」
「うっせ」
「よかったねえ」

またニコニコしてるなつめと、ニヤニヤしてる正浩。
なんだよみんな幸せそうにしやがってつまんねー。
いつのまにか、場もわきまえずディープにちゅっちゅし始めていた彰人と広樹に、俺は思いっきりおしぼりを投げつけてやった。





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2014.3.2
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