大きな声では言わないけど

番外 森田と岡崎3



同窓会に行く人の気が知れないと、俺はずっと思っていた。

過去の自分や友人や思い出を懐かしみ、変わったり老けたりしたことを自慢し合いながら飯を食うことのどこが楽しいのか、全く理解できないと思っていた。

気が合うやつとはずっと付き合いが続いているはずだし、それ以外の人間に会いたいと思う意味がわからなかった。

そして今もやっぱり理解できないままだと思いながら、俺は手元の携帯の液晶を見つめる。

『今日、中学の時なかよかったやつらと飲んだよ!軽いどーそーかいみたいな感じでなつかしくてヤバかった!ぎゃーぎゃーうるさかった女子がママになっててまじあせったんだけど!!』

だからなんだと言いたいのを我慢する。
メールなので、返信をしないことでその気持ちが伝わってしまうかもしれない。
どっちでもいい。
どっちだっていいんだ。

うるさい。岡崎。

俺は携帯を閉じる。

岡崎からは、こうやってたまに一方的にくだらないメールが来る。俺は返信したことがない。それでも岡崎は送ってくる。

岡崎の店へ配送に行った時に、森田さんメール見た、と聞かれて、はいと答えるのがもう恒例になりつつある。

今までの俺の人生の中で、思い出して楽しめるような時代などは無い。
それに、ずっと続いている気の合う友人というものも、俺には存在しない。




「ずっと思ってたんだけど、森田さんの方が年上なのに、なんで俺に敬語使う?」

伝票にサインしながらさらっと放たれた言葉にまた苛立つ。
そう思うならお前も敬語を使え。
と思うが、無言で伝票を受けとる。

岡崎は相変わらず忙しそうで不健康そうだ。
でも俺が納品に行くと必ず出てくるようになった。
不可解極まりない。

「森田さん、22歳くらい?」
「25です」
「ええっ!まじで!若く見えるね!言われない?」

一瞬首を横に振ることで否定を示し、毎度です、と言って会話をぶったぎる。

「またメールするね」

綺麗な笑顔を向けられ、迷惑だからメールをやめてほしいとは言えなかった。

最近の俺は、岡崎に対する「どうして」で埋め尽くされそうだ。

人と密に交わることをずっと避けてきた。こっちが拒絶すれば大抵は向こうも俺を拒絶した。
親や兄弟すらそうだった。

最低限の付き合いだけをこなし、あとは1人でいるのが楽で面倒がなく、このままが一番幸せだと思うのに。

どうして岡崎は、拒否し続ける俺から離れようとしないのだろう。





 *





『また一緒に図書館行っていい?』

メール作成画面を開いたまま寝たらしく、気づいたら起きる時間になってた。

「はいはい、また今日も仕事ですか、本当にクソおつかれさま俺ー」

また燃料切れだ。気分が落ち込む。

店長が戻るまであと1週間。予定通りに行けばだけど。
動けない店長の代わりに店を回して、バイトのみんなの不満が溜まらないようにコミュニケーションをとる。
発注や店の管理は分担すればいいんだけど、そこはバイトの中では俺が一番わかってる自信があるし、教えてる暇もないし。

店長戻ってきてもしばらくは前みたいに動けないだろうし、今の状況っていつまで続くんだろう。

落ち着いたら店長に盛大に甘えよう。休みもらおう。つか有給もらってもいいくらいじゃね。まじでもうこれ社員になれんだろ。

休みもらったら、森田さんと会いたい。
図書館以外の場所で、ちょっとだけでも会えないかな。
森田さんが好きそうな場所を思い浮かべる。

広くて人があまりいないような公園、とか。
すっげえ田舎の川辺、とか。
ビルの屋上、とか。
色気ない場所ばっかだな。

でも基本、人がいない場所が好きだろうな。
美術館とか、何かの展覧会みたいなのも好きそう。

森田さんはきっと、タバコの煙が嫌いだろう。
ゲーセンやパチンコ屋みたいにガチャガチャうるさい場所も嫌いだろう。
休みの日のショッピングモールとか人気のカフェとかも嫌いだろうな。

森田さんの好きなものや苦手なことを想像するだけで、どうしてこんなに癒されるんだろう。

仕方ないから今日もがんばるか。

携帯の液晶に視線を落とし、メールを作り直した。





 *





今日のメールはまた一段と意味不明だ。

『森田さん、いつもありがとう。』

俺は何もしていない。メールを無視し続けて、配送の時は逃げるようにして岡崎に背を向ける、ということ以外。

考えたら、少し申し訳なくなった。

それにしても、何への礼だろう。
失礼な態度に対する皮肉?

いや、とその考えを否定する。
岡崎はわざわざそんなメールを送ってくるほどひねくれた性格ではない気がした。

少し考えて、俺は初めて、返信ボタンを押した。





 *





「岡崎岡崎、肉落ちてるよ」

キッチンの隅っこで、立ったまま賄いの焼肉丼を掻き込みながら携帯を開いた俺に、キッチンスタッフが慌てたように声をかけてきた。

いやごめんね、せっかく忙しい中わざわざ作ってもらってる大事な賄い散らかして。

だって。

『何のことですか。』

森田さんのメールって、森田さんからだってすぐわかるな、多分。
こんなシンプルなメール送ってくるやつ俺の友達にいないし!あー!やべー!

「やべーだろ!」
「大丈夫?」
「あ?あー違う!すんません、ちょっとボーッとしました」

ボーッともするって!森田さんから返事来たの初めてだから!今日は記念日だねこれは。

キッチンスタッフに謝りながら落とした肉を拾う。

なんで返信する気になったんだろう。意味不明だったから?意味不明だったら返事くれるってことなら、俺は今から象形文字を習得します。
あ、それじゃだめじゃね。メールで象形文字使えねえし!
やばい!幸せ!

短い休憩時間に高速チャージしたエネルギーをフル活用して、今日はがんばろう。

森田さんの顔を思い浮かべながら、返事を打った。





 *





程なく送られたメールに、俺はまた眉間の皺を深くした。

『ありがとう!森田さんまじありがとう!』

俺の疑問は解消されないままだ。

どうしてこんなに言葉が通じない。
多分、思考回路が全然違うのだろう。

これ以上構うのはやめようと思った。岡崎と関わるとイライラしたり振り回されたりして、気持ちが乱されて面倒だ。

他の人には壁を作っている分、一定の距離を保てて楽なのだ。
どうして岡崎とはそうならないのだろう。岡崎との距離の取り方がわからない。

面倒だ。本当に。

携帯を閉じ、図書館で借りた本に手を伸ばす。本を読んでいる時間が一番好きだ。

結局何がありがたかったのか全く心当たりがなく、疑問は宙に浮いたまま。

ありがとうと人に言われるようなことをしたことは、今まで生きてきて一度もないはずだ。

岡崎の勘違いか何かだろう。
あいつだってきっとすぐに忘れる。聞いたとしても更に混乱させられるだけだ。

しばらく悶々としながら本を読み、集中できないまま俺はいつの間にか寝入ってしまった。





 *





「昨日のは奇跡。昨日のは奇跡」

自分に言い聞かせて、落ち着こうと努力する。

森田さんにハマってからの俺は自分から見てもマジでキモい。

森田さんからの返信は結局あの一言だけで、何がお気に召したのか全然わからなかった。
メール保護るのなんか、何年ぶりだろう。

「14番の客、たち悪いね」

忙しい時間帯に入ってバタバタし出した頃に、ホールスタッフの1人がこそっと話しかけてきた。

「なんすか、俺見てない」
「やけ酒だかなんだか知らないけど、顔色悪いのにめちゃくちゃ酒頼んでる」
「うえー。トイレでやってくれればいいすけど」

居酒屋で働いていれば、人がおえーっとなるとこを見るのにも慣れてくる。

でもこっち側の人間にも2種類いて、そういうの見ると自分も具合悪くなっちゃうやつと、別に平気で片付けられるやつと。
俺は後者だ。

嫌な顔ひとつせずに片付ける自信がある。
笑顔で「気になさらないで下さいね」と微笑む自信も。
実際そういう女の客に、あの時の対応に惚れたとコクられたこともある。

ちょっと困ったような顔して、付き合ってる人がいるからって断った。

俺には自分の汚物を見た男にコクる神経がわからなかったし、客だから笑顔で対応するけど、自分をコントロールできないやつを本当は心底軽蔑してるから。
ま、その前にゲイだけど。

隣のテーブルに料理を運ぶついでに14番を覗いたら、本当に顔色の悪いオッサン(推定36歳)が1人でガバガバ飲んでいた。



「岡崎さんどうしよう、隣の入り口でお客さんが吐いた」
「はー?ちょっと。俺行くからこれ出しといて」
「今日隣休みです」
「わかった」

店の左隣は、創業何十年とかの古い時計屋だ。
店長が店を出してすぐの頃は、静かだった自分の店の隣にうるさい居酒屋ができたってあんまりいい顔をされなかったらしい。今はわりと普通の付き合い。それが、店長が日頃その時計屋に気を遣ってる結果だってのを知ってたから、もしうちの客が隣に迷惑かけてたらと思って足がはやる。

店を出て隣を覗くと、例の14番のおっさん(推定36)がおろおろしていた。

「大丈夫ですか」
「あっ……はい」
「片付けておくので、お帰りお気をつけて」

早く帰れ、二度と迷惑かけんじゃねえぞという気持ちを込めて営業スマイルを浮かべると、だらしねえおっさんにも何か伝わったのか、そそくさといなくなった。

「いい大人が。ふざけんなよ」

汚れた歩道を冷ややかに眺めながら呟く。

時計屋のショーウィンドからは薄暗い店内が見えた。人気はない。

「休みっつかもう閉店時間過ぎただけじゃね」

早く片付けてまず詫び入れないと。

「何だそれ。うるさいと思ったら」

声が降ってきて見上げると、住宅になってるらしい2階の窓から時計屋のおじさんが見下ろしていた。

「すみません。すぐ掃除します」
「店長さんはどう?」
「来週には戻る予定です。……本当に、すみません」

明日改めて菓子折でご挨拶だな。
あー。どんどん俺がデキる男になっててつらいんだけど。
何かに向けて嘲笑しながら、店にバケツを取りに戻った。





 *





『あさって図書館行く?』

岡崎からのメールだ。

俺が行くなら何だと言うのだろう。また一緒に本を読むのだろうか。それともただの質問か。それとも誘いなのか。
とにかく明後日は仕事なのでそんな予定はない。

『行きません。
仕事なので。』

返事を返す。

送信してからはっとした。
自然な流れで何を。岡崎にはもう構わないようにと思っていたのに。

思ってから、別に不自然なことではないと思い直す。聞かれたことに答えただけだ。何でもない。

ほう、とため息がこぼれた。

どうしていちいち自分の行動に理由をつけなければいけないのだ。自分が頑固で融通のきかない性格なのはわかっている。それによって多分、必要以上に人を遠ざけていることも。

でも疲れるんだから仕方がない。疲れるんだ。本当に。

1時間ほどして、もうすっかり寝る支度をした頃にまたメールが来た。

『今休憩中。あさって仕事かー!俺休みなんだけど、夜、メシくいにいかない?』

すぐにメールを返した。

『行けません。
寝ます。
では。』

岡崎は実は、俺が思うよりも友達が少ないのだろうか。





 *





ドMに目覚めそうなんだけど。
素っ気ない文面にもニヤニヤしてしまった。

断られるのはわかってた。森田さんが俺と2人でメシなんか行くわけがない。
ただ森田さんからメールが欲しかった。それだけ。

返事、してくれた。
ありえない。こんなちっせえことでニヤけるの抑えらんないなんて。

「明後日はまた寝て終わるな」

たまには広樹たちでも誘ってメシるか。さすがに仕事ばっかで腐りそうだし。
幸二さんに会うのもいいかも。
とにかく明後日は誰かと一緒にいよう。

最近、休みの日に1人だと、森田さんのことしか考えられなくてちょっと落ちる。
今なにしてるかな、仏頂面で仕事中かな、休みで図書館にいたりして、ちょっと行ってみようかな、とか思ったらもう終わりだ。
どんどん会いたくなって、一瞬顔見るだけでいいからって考えて、心臓がドキドキしてきて胸が苦しくなる。

メールでさえ返事くれたら奇跡みたいな関係の人を、どうして俺はこんなに好きなんだ。
そしてこんなに好きなのに、俺は一生森田さんと手さえ繋げない。

女装して女って嘘ついて出会ったらどうかな、とか、キモいことまで考えた。
背と声でバレるし。無い。

つか。
森田さんって女にすら興味無さそう。エロ本とかも一切見なそう。なんなら難しい小説の意味わからん表現でヌいたりしちゃいそう。

そこまで考えて、森田さんのオナニーシーンを想像しそうになって慌てて掻き消す。

なんであんなにストイックそうなんだ。
なんであんなに清潔感あるんだろう。潔癖な感じですらある。

女、いたこともあるかな。
奥手そうだけど。
今は、そういう人、いないのかな。
聞きたいけど、聞きたくない。聞いたって仕方がない。いてもいなくても俺の立ち位置は変わらないんだから。

虚しくてため息、とか、自分暗くてだせえ。

やっぱり明後日は幸二さんとヤろう。





 *





岡崎の店に納品に行った。

岡崎が飛んで来た。

正しくは、急いでいたらしい岡崎が走りながらよろけ、俺にぶつかった。

咄嗟に肩を支えると、思っていたより少し筋肉がついた二の腕に触れた。

岡崎はなぜか酷く動揺したように見えた。
すぐ目の前でいくつものピアスが揺れていた。

そんな顔も一瞬でへらりとした笑顔に戻り、俺はまたイラついた。

少しだけ見えたその戸惑ったような顔が、岡崎の本当の顔なんだろうか。

外見だけで判断しないでと言ったその中身を、本当は見られたくないんじゃないだろうかと、そう思うくらい岡崎は気まずそうだった。





 *





「ああーっ!うおーっ!」
「何。今日お前落ち着きないね」
「やべーんだって。森田さんに肩つかまれた、こうやって」
「ああ。例の業者?」

休みの日、幸二さんと会ったけどなんとなくそういう気持ちにならなくて、メシを奢ってもらってるところ。

「なんで?キスされたの?」
「ちげーし!でもキスされるかと思った。まじ焦ったから!」

嘘。
キスされるなんて思うわけがない。
こんなに近くてもキスできないんだと思った、ってほうが近い。

「はは、子どもみたい。キラキラしてるよ、顔」

幸二さんの指が俺の唇に触る。
いつもはエロいと思うだけの指。これが森田さんの指だったらと想像して勃ちそうになった。
思わずその指を舐めた。

「……今日はヤんないんじゃなかったのか」

幸二さんの目が誘うように細められる。

「やっぱヤろ」

幸二さんの手を引いて立ち上がる。
幸二さんは、俺の誘いを断らない。



昨日、俺は隣の時計屋に前日の件の謝罪をしに行った。

開店前、仕込み手伝ってる間に平井に菓子折り買うのを頼んだ。なんやかんやしてたら開店直前になっちゃって、俺は菓子折りを持って小走りにキッチンを出た。

振り向き様、西尾に予約席のセッティングを指示したら、バランスを崩してよろけた。
小走りの勢いのまま倒れかけたところに、納品しに来た森田さんがいた。らしい。知らなかったんだけど。

森田さんは俺の肩を掴んで受け止めてくれた。はっとして顔を上げたら、めちゃくちゃ近くにあの濁りのない目があって、寝不足もあったからか少し気が遠くなった。

森田さんが俺に触った。
理由はなんにせよ、森田さんが俺に。
森田さんの指が、俺の両肩を掴んで、それで。
それで。
少ししたら、すっと離れていった。

俺はすぐに取り繕うみたいな笑顔を浮かべてしまった。
だって、手が離れるのをすごく恨めしそうに見ちゃった気がしたから。
ずっとこうしてて。ずっと俺に触ってて。
そういう気持ちがこぼれたら、もう終わりだと思ったから。

ありがとうとかごめんとかご苦労さまとかまたねとか、何か会話した気がするけど、どんな内容だったか全く覚えていない。
その後の時計屋への謝罪だってどんな風だったか思い出せない。

ただ、店に戻って仕事をこなしながら幸せに浸ろうと森田さんのことを思い出したら、切なくてしゃがみこんでしまった。
ねえ。まじで好きなんだって。
もう、辛えよ。









「今日、すごかったな」

幸二さんがパンツを上げながら言った。

「んー」

俺もパンツを上げながら答える。

「森田さんのこと考えてた?」
「いや」

また嘘だ。
後ろから俺を犯してるのが森田さんだったら、この荒い息づかいが森田さんのだったらって考えながらイった。

「ヤる時、俺のこと森田さんって呼んでもいいんだよ」

幸二さんは静かに言う。
俺は笑いながら首を横に振った。

バイの幸二さんはきっと俺の気持ちをわかっている。求めても求めても絶対に手に入らない人を好きなゲイの気持ち。わかってて言ってくれたんだ。

他の人とヤりながら大事な人を思い出して、名前を叫びそうになる気持ち。
それでも絶対に呼んだりしない。名前を呼ぶのはその人に向けてじゃなきゃ全然意味がないって、いちいち絶望する気持ちを。

絶望して絶望して絶望し切って、そして明日また森田さんのことを考えて幸せに浸るんだ。
どうしようもない。
どこにも行けない。

明日も、森田さんに会いたい。






-end-
2013.5.30
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