20 過去も含めてあなたが好きです
5.なつめと創樹くん
なつめは、創樹くんの家に行こう、と言って俺の手を取った。
「おいお前、これで電車乗るの」
「うん」
手を繋いだまま電車に乗るなんてこと、したことない。でもなつめがあまりに迷いなく頷いたから、放っておいた。
家に着くまで、なつめはほとんど話さなかった。
こんなことは滅多にない。
明らかに様子がおかしい。
その状況に俺はだんだん苛立ってきて、家に着く頃には空気は完全に重くなっていた。
部屋に入ってからも、なつめは話を切り出し兼ねているようだった。
「さっきから何」
俺は立ったまま、なつめを睨み付ける。何だかわからないままにされるのはムカつく。
向かい合ったまましばらく立ち尽くして、面倒になって無視して部屋を出ようと思った頃、なつめがやっと口を開いた。
「僕が、創樹くんの……」
「何が言いてえの。はっきりしろよ」
なつめは顔を上げて俺を見た。寄せられた眉には、珍しく強い意思が宿っている。
「男と付き合うの、僕が初めて、ってほんと?」
「……そうだけど」
「男と、その、するのも、僕が初めてだったの?」
なんでお前がそんな顔をしてる?
「はっ、広樹が言ったの?」
笑った俺に、なつめは表情を変えない。
クソ兄貴。余計なことしやがって。
「だったら何」
なつめは強い力を込めて俺を見ている。涙を堪えるみたいに。
なんでだよ。
なつめは俺に一歩近づいて、俺の手首を掴んだ。
「どうして言ってくれなかったの」
「聞かれなかったから」
「僕、全然知らなかった」
「知ってたら何なんだよ」
「もっと、あの時僕、もっと優しくすればよかった」
なつめの言葉の途中で、俺は思い切りその手を振り払った。
「ふざっけんな」
またその顔。悪いのは俺かよ。
「何。同情したかったの?初体験なら優しくゆっくりしようねって甘いセックスがしたかった?俺がそんなの望むと思うかよ」
「違う」
「何が。意味わかんね。今さら感傷的になってんじゃねえよ。なんでそんな顔してんの?イラつくからやめろ」
睨み付けてもなつめの目に宿った意思は揺るがない。
「お前のその優しさの押し売り、まじムカつくわ」
「どう思われてもいいよ!」
振り払った手首をなつめはまた掴んだ。今度はどんなに抵抗しても手を放さなかった。
そのまま無理矢理俺を腕の中に抱いて、なつめは続けた。
「僕は創樹くんが何と言おうと創樹くんを大事にしたい。そんな風に扱われるのは嫌いかもしれないけど僕は創樹くんが痛いのや苦しいのはいやだ。そんなのそばで見ていられない。初めてした時、もしかしたら1人で痛いの我慢したのかと思ったら、苦しいの我慢しながら男同士の知識も何も無かった僕をフォローしたのかと思ったら、僕は後悔してもしきれない」
声を震わせながらなつめは言う。
「気付かなくてごめん」
謝られるなんて最低だ。
気遣われるなんて腹が立つし、何よりあの時、初めてだと知られることは俺のプライドが許さなかった。
女と付き合ったこともあったし、男に言い寄られたこともあったけど、こいつがいいと確信したのはなつめが初めてだった。
最初に見つけたのは俺の方で、単純に見た目がいいと思った。
近づいて少し一緒の時間を過ごすと、なつめはすぐに俺の性格を理解したみたいで、何かと後ろをついてきて世話を焼きたがった。
そうされる度に、俺はこいつの主人になったみたいな気がした。常に俺が先を歩いて、こいつがずっと後を追って来ればいいと思った。絶対に主人を裏切らない、忠実なバカ犬みたいに。
だからこんなふうに謝られるのは心底腹が立つ。それなのに、なぜか俺の心はしんと静まった。
「後悔でも何でも勝手にすれば。俺はあの時したいようにした。だからお前のそんな気持ち全然いらねえよ。見当外れもいいとこ。後悔なんかしてない」
だって、あの日、あの時がなかったら、今俺たちはこうしていない。
体を離そうとすると、なつめは苦しくなるほど腕に力を込めた。
「おい。お前の大事な大事な創樹様が今苦しいんだけど」
なつめは更に俺を抱き寄せる。微かなため息が聞こえた。
「俺が苦しいのは嫌なんじゃねえのかよ」
「今は放したくない」
「勝手だな」
「もっと勝手なこと言いたい」
「なつめの分際で?」
「今日1日だけ、僕のわがままを聞いてほしいんだけど」
抱き締められたままだから、なつめの顔は見えない。でも、なつめからは今まで感じたことのない男らしさが漂っていて、あろうことかこの俺が少したじろいだ。
クソが。
「無理」
「お願い」
「出直せ」
「今日だけ。お願い。あとはもう一生創樹くんの言うこと聞くから」
「……一生。言うことを聞く」
思わずうれしそうな声が出てしまって、なつめが苦笑した。
「うん。一生、創樹くんの言いなりの人生を歩むよ」
「お前それすげえ格好悪いこと言ってんぞ」
俺が鼻で笑うと、いいんだ、と言ってなつめはまた俺を強く抱き締めた。
「僕は人生を全部かけても惜しくないくらい、創樹くんにベタ惚れなんだから」
少し黙ってから、なつめはそっと体を離して真っ直ぐな目をして言う。
「だから、例え創樹くんのプライドを踏みにじったとしても、あの時創樹くんを大事にできなかったこと、僕は後悔しちゃうよ。もうどうしようもないのにね。ウジウジしてて、ごめんね」
まぁでも言わないよね、創樹くんだもんね、と言ってなつめは困ったように笑った。
「僕には痛いこといくらでもしていいから、暴言吐きながら殴ってくれてもいいから、僕は創樹くんの気持ちを少しでもわかりたい」
開いた口が塞がらない。こいつはどこまでドMなんだ。そして。
「お前どんだけ俺のこと好きなんだよ」
なつめは眩しそうな顔をして俺を見る。
「とても言葉になんかできないよ」
さっきまでは最低な気持ちだった気がするけど、今は普通。
「普通」
唐突な俺の言葉の意味がわからなかったらしく、え、と呟くなつめの首に、俺は腕を絡めて誘う。
「今は普通の気持ち。で、さっきのお前の願いを叶えてやってもいいと思ってるけど?」
頭を引き寄せてなつめの唇をゆっくり舐める。
「なあ、抱きたい?どんなふうに抱いてくれんの?」
「創樹、くん」
「お前の好きなように、じゃねえのかよ。結局俺が主導権握っていいの?もうこんな機会やらねえぞ」
「待って。こっち、来て」
一瞬迷ったように見えたなつめは、もうきっぱりした顔をしている。
なんだこれ、男みたい。
なつめは俺をベッドにゆっくり寝かせて、その上に覆い被さってきた。両手を取られ、しっかり握られる。
じっと見つめてくる瞳には曇りがない。打算もない。
何か言うかと思ったけど、なつめはそのまま俺にキスをした。何度も触れるだけのキスを繰り返す間、なつめは俺の唇を見ていた。少し伏せられていつもよりキツく見えるその目に煽られるようにして唇を僅かに開くと、なつめが舌を捩じ込んできた。
「ん……」
思わず自分の口から漏れた声に驚く。
なつめに主導権を握られるのはほぼ初めてで、むかつくけど新鮮で少し興奮した。
ゆっくりゆっくり舌を吸われた。角度を変えながら、大事なものを扱うみたいな舌の動きに、俺はいつの間にか夢中になる。
「創樹くん、あの」
やがて唇を離したなつめは、濡れて赤くなった唇で、迷いながらもとんでもないことを言う。
「……目隠し、していい?」
「は?」
「目隠し……」
「はぁ?」
「えっとあの、創樹くんの目を、」
「お前なに言ってんの?」
「怖い!」
なつめは震え上がっている。
することはあってもされることは一生ないと思ってた。まあでも。
「どうしてもしたいのか」
「うん…」
「知ってると思うけど、俺は少しでも痛いことされたら萎えるからな。お前と違って」
嫌ではない。なつめなら許してやってもいい。
「うん、知ってる。絶対そんなことしないよ」
なつめは優しく笑ってそっとキスをして、薄手のタオルを折って慎重な手つきで俺の目を覆った。
「きつくない?」
「平気」
頬に唇が押し当てられた感触。
次に首と耳の近くにもキスをされて、くすぐったくて顔を背けた。
服を着たままの胸になつめの手が触れた。
なつめの息づかいしか聞こえない。
近い。
こんなふうになつめにだけ集中するみたいなの、なんかハズいだろうが、と思って抵抗しかけたら、なつめが満足そうにため息をついた。
「ああ。幸せ」
至近距離で、そんな穏やかな声を出すな。
「創樹くん、大丈夫?嫌じゃない?」
なつめは俺の気持ちを受信しようとして、いつもアンテナを張っている。
「嫌だったら殴ってる」
「すっごくかわいいよ。赤ちゃんみたい」
「大丈夫かお前」
なつめは幸せそうに、ふふふと笑った。
「もし創樹くんが赤ちゃんだったら、僕すごく甘やかしちゃうだろうな」
「お前……赤ちゃんプレイとかしたいのか…引くわ……」
「えっ、や、え、考えたことなかったけど、ちょっと今想像したら興奮した」
内心キモいと思いながら、俺は甘えた声で言ってやる。
「ママァ」
「はっ」
「ママー」
「あっ僕ママなんだ」
「マーマーぁ!」
「ふ、なぁに、そうちゃん」
「ママ、おっぱい」
「あらっ、もう。そうちゃんたら」
「に、ピアス開けてもいい?」
「めーッ!」
「ふん。キモいんだよ変態が。今度オムツ穿かせてやるから安心しろ」
「全然安心できません!」
なつめのわがままっての、全然出てこねえな。これじゃいつもと同じだろ。
俺はおかしくなって、少し笑った。
すると、なつめがまた唇にキスをする。
「そうやってずっと笑っててほしい」
切ないみたいな声でなつめは言って、俺が返事をする前に激しいキスが降ってきた。
「んんっ」
「創樹くん」
舌を絡めながら頭と首、肩を撫でられた。
なつめの手はそのまま、服の上から腕や手や脇腹に触れていく。
見えない中で触られるのってこんな感じか。
なつめしか感じない。
今、俺の頭も体もなつめでいっぱいだ。
恥ずかしさより、これからなつめが、自分が、どうなるのかという好奇心が勝る。
目を見られないで済むから、悪くはない。
初めての感覚は新鮮だった。
唇が離れて行って、それでも俺を撫でる手は止まらない。
相変わらず聞こえるのはなつめの息遣いだけで、それは少しだけ荒い。
「……お前今なに考えてんの」
思わず聞くと、なつめはふっと笑った。
「好きだ、好きだ、って思ってたよ」
今初めて思ったけど、なつめの声は優しい。
もっと聞きたいと思っている自分に驚く。
なつめのペースにハマってる。
「あとは?」
「あと?」
「他にはなに考えてる?」
なつめの手が頬に触れる。
「創樹くん、かわいいな、とか」
「あとは?」
「こんなふうにするの初めてだから、ちょっと興奮するな、とか」
「あとは?」
「どこにキスしよう、とか」
なつめの声はだんだん囁きに近くなって、それでも俺の耳に、はっきりと届く。
「あとは?」
「何から脱がせよう、とか」
「エロい」
「ごめん」
「いいよ」
なつめはまた、ふふ、と笑った。
その吐息が耳をかすめて、俺は思わず身震いした。
あ、と小さく溢れた声を飲み込むように、なつめが唇を塞いだ。
俺の体を撫でる手は一向に服の中に入ってこない。
なつめのくせにこの俺を焦らすとか。腹立たしい。
「早く」
若干酸欠になりながら、俺は言う。
「早く、脱がせて」
*
「早く、脱がせて」
創樹くんにねだられて、僕は我を忘れそうになった。
そんなんじゃだめだ。僕は下唇を噛んで自分を戒める。
僕が原因で創樹くんが苦しむなんてこと、絶対に嫌だと思っていた。
出会った頃から僕にとって創樹くんは、守って甘やかしてあげたい存在で、ワガママを言って僕を困らせてほしかったし、僕は彼の言うことなら何だって聞きたかった。
でももしかしたら僕は、あの時創樹くんにたくさん、あり得ないことをしていたかもしれない。
今さらそれを謝ったりしたのは完全に僕のエゴで、それによって僕が満足したって仕方がない。
創樹くんの過去はもう修正できない。だったらどうしたらいいかと考えて、僕は今日、誓いを立てることにした。
今まで以上にあなたを大切にします、って。
言葉だけじゃなくて、僕の全部を使って伝えようと思った。
それを創樹くんにちゃんと受け止めてもらえるように、僕は創樹くんに目隠しをした。
僕はたまに創樹くんに目隠しをされるけど、それってすごくいい。創樹くんのことが全身でわかるから。
いつも視覚に頼って生きている僕たちは、触覚や嗅覚や聴覚や味覚でも、愛する人を感じられるということを忘れがちだ。
創樹くんは両手を投げ出して仰向けになって、僕の手や言葉を待っている。
いつもより幼く素直になってしまったみたい。
僕はゆっくり創樹くんのパーカーのジッパーを下ろして、白いTシャツを見下ろした。
胸の部分が少しツンツンしていて、乳首がどこなのかすぐわかってしまう。
なんだか息が荒くなってしまった。
僕の変態は治らない。
その周りをなんとなく指でなぞると、創樹くんは体をもぞもぞと動かした。
僕は指を動かしながら、もう一度創樹くんに深いキスをする。
創樹くんは僕の舌を一生懸命吸ってくれる。いやらしいキス。ピチャピチャと音がした。
そのまま首筋に吸い付くと、創樹くんは甘い息を吐いた。
指で摘まんだ乳首に、Tシャツの上から舌を這わしていく。
「っ、なにしてんの」
創樹くんは自分の胸を手で触ろうとして僕の顔に触れて、乳首を舐めている僕の舌に気づいた。
「バカ、お前、シャツ濡れる」
「直に舐める?」
「……好きにすれば」
創樹くんの呆れたような声に僕はまた興奮する。
「濡れて乳首が透けてきちゃった。どうしよう、エロい」
「実況いらねえよバカ」
怒られた。
違う違う、自分の性欲に負けてはいけない。我慢しなきゃ。たくさん、大事だって伝えなきゃ。
半袖のTシャツの袖をまくって脇の下に舌を這わすと、創樹くんがイヤらしい声を上げた。
「あぁっん、やめろ、」
「気持ちいい?」
創樹くんは僕の頭を抱き込んだ。
声があまりにかわいくて、それから、言った通りに僕に委ねてくれているのが嬉しくて。
溢れた感情をぶつけるように、腕の上からぎゅっと抱きついて創樹くんの動きを封じてから、また脇に舌を差し込んだ。
「やっ、やめろ、って、あっん!」
手を動かせない創樹くんは、背中を反らせて快感から逃げようとする。そうすることで、Tシャツから透けた乳首が強調されてしまっている。
僕はまたそこに吸いついた。
「ひっや、やめろ!早く脱がせろっつってんだよぶん殴るぞ!」
やりすぎた。
「ごめんね」
パーカーを脱がせてから、Tシャツをどうしようか迷った。
首から脱がすと目隠しが取れてしまいそうだ。
そうするともう二度とそんなことさせてくれないような気がして、首のところにためておくことにした。
白い肌を晒した創樹くんが「寒っ」と言ったから、僕も急いで服を脱ぐ。
誰にも言ったことがないけれど、僕は家で毎日少しだけ筋トレをしている。
僕自身、自分の体に大して興味はないから今まではしたことがなかったけど、創樹くんがたまに、僕の筋肉の付き方が好きだと言うから。
ムキムキにはなりたくないけど、現状を維持するためだ。
これは創樹くんにも秘密。笑われそうだし。
上半身だけ脱いだ状態で創樹くんに覆い被さると、創樹くんはあったけぇと言った。
その唇をまた塞ぐ。
どうしてこんなにキスしたくなるんだろう。
ちゅぷちゅぷと音をたててキスしながら、僕は創樹くんの脇腹からお腹、おへそのあたりを撫でた。
「手、エロいって……変態野郎」
キスの合間に罵られる。
下を脱がせていきながら、僕は創樹くんに聞きたかったことを恐る恐る口にした。
「どうして……僕を選んでくれたの」
創樹くんの頬が、上気して少し赤いような気がした。目が見えないから感情の動きがはっきりわからない。
「初セックスの相手と初カレ?」
「あ、はい」
あまりにすんなり返されて思わず敬語になってしまいながら、創樹くんのズボンをずり下ろす。
「初カレは別に。見た目よかったし、それ以外特になにも」
僕は創樹くんのこういう身も蓋もない物言いが好きだ。
「セックスしてもいいと思ったのは、なんかお前、無理しなそうだったから。俺痛いのとか萎えるし、いざとなったら挿れてからでもやめろっつったらやめそうだったから」
「……怖かった?初めての時」
僕は創樹くんの唇を見ていた。隠れていて見えない瞳には、今何が浮かんでいるだろう。
知らなくてごめん。ほんとに。
「つか、自分が萎えないか心配だった。俺実はタチだったりしてとか。でも」
創樹くんは手を伸ばして僕の頭を探り当て、髪の毛を軽く握り込んだりすいたりした。
「お前が優しいから、すっげえ感じた」
手が下りてきて、僕の頬をクニっとつねる。
「やっぱ学食でお前を見つけた俺の目に狂いはなかったなと思ったし」
創樹くんの指が僕の唇を撫でて、僕はそれを舐める。
「だから、変なことばっか考えるのやめろ。別に平気だったから。お前が暗いのとかまじキモい」
僕はしばらく創樹くんの指をしゃぶっていた。しばらくしてからうん、と返事をして、僕は創樹くんのパンツを下げ、そこにキスをした。
「ああっ」
予測できない動きに、創樹くんの声はいつもより甘くて余裕が無さそう。
「ありがとう。でも」
下からつーっと舐め上げてから、一旦口を離す。
「優しいのは創樹くんだよ」
言ってから、口に全部を含んだ。
*
なつめが意味のわからないことを言ってフェラを始めた。
俺、優しいとか言われたことないんですけどー。自分でも全然思わない。対極にいると思う。
だから、なつめしか知らない、俺すら知らない俺がいるのか、それともなつめがアホなのかどっちかだ。
「目隠しでしゃぶられんの、結構クる」
「んん…」
なつめの片手は常に俺の腰を撫でている。
その触れ方があまりに柔らかくて、また、なつめの心中が気になった。
「エロいことしながら…っ、何考えてんの」
なつめはそれに応えずに、俺のを更に激しく舐める。腰が勝手に動いて、なつめの喉の奥に先っぽが届いた。喉が締まって気持ちいい。
「はぁっ、イきそう」
腰を撫でていた手が、俺の手を握った。今度は強い力で。
激しい音をたててしゃぶられ、絶妙な力加減で根元を扱かれて、俺はなつめの口に射精した。
「ああ…はぁ……」
脱力してぼうっとしていると、体をまるごとなつめに包まれた。
なつめも全部脱いだらしく、足の付け根になんか固くて熱いものが当たっている。
「勃ってんの?」
「…うん」
「次はなに」
揶揄するように言うと、ゆっくり目隠しのタオルが外された。寝起きみたいに眩しくて顔をしかめる。
「もういいのかよ」
「うん。顔見たくなっちゃった」
俺の首にひっかかっていたTシャツを、なつめがそっと脱がせる。
久しぶりに見るなつめの顔は、よく知っているなつめの顔だ。見飽きた顔だと言ってもいい。
でもこいつが、今俺の全部に触ることのできる唯一の人間。
なつめは気遣わしげに俺の目のあたりを撫でると、ふにゃりと笑った。
「ああ、やっぱり目が見えた方が安心する。創樹くんのかわいい目」
そう言ってまぶたに何度もキスをした。
「もっと触んなくていいの?俺に」
優しく笑っているなつめに誘うような目をして言うと、なつめは俺の体を起こして膝の上に抱えた。
「さっ、…さわ……触るよそりゃあ!」
「なんだ、そのうぜえテンションは」
「だって創樹くんが無限にエロいから!」
なつめは向かい合った俺の胸に顔をうずめた。
「全然がまんできないよ…」
何言ってんだ。
「俺が我慢しろって言った時以外は我慢すんな。めんどくせえから。どうでもいいから早く触れよ」
俺からキスを仕掛けると、なつめも性急な動きでついてくる。ローションで解す間も、なつめは何度も俺にキスをした。
男とのヤり方は1から10まで俺が教えた。俺と出会わなかったら、なつめはこんなこと知らないままだっただろう。やばい。そう思ったら興奮した。
「そんなに俺のこと好きかよ」
いつもの癖で睨み付けるようにして聞くと、なつめは俺の体を強く抱き締めた。
孔の縁に熱いのが当たって、それからすぐ、なつめが中に入ってくる。
「ああっ!なつめ」
「好きだよ……ほんとに」
俺を見る目があまりに真剣で、俺は一瞬動けなくなった。
なつめはそんな俺を見て少し表情を緩め、俺のを握って扱きながらゆっくり腰を動かし始める。
「…っあ、は…ん……いい、なつめ…」
「っ、僕も…すごい…気持ちいい」
今日は俺も感傷的になっているらしい。少し、気持ちが抑えられなくなった。
なつめにしがみついて鎖骨のあたりに唇を押し当て、赤い跡を残す。
「お前は、俺の」
言ってからなつめの顔を見ると、なつめも俺を見ていて、うれしいよ、と小さく呟いた。
腰も手も止まっていて、それでもなつめが中にいるだけでイきそうなくらい感じた。
「お前もすっかり男好きだな」
なんだか悔しくて半笑いで言ってやると、なつめは困ったような声で言う。
「男の人を好きな人がどんなか僕はよくわからないけど、僕、創樹くんじゃなかったら好きになってないよ」
止まっていた手がまた動き始めて、俺はイくのを堪えながらなつめの声を聞いていた。
「僕にとってあなたがどれだけ大事な人か、創樹くんはわかってる?」
眉根を寄せ、我慢しているのがまるわかりな表情でなつめは腰を突き上げ始めた。
「あっう、あ、あんっなつめ、ああ、あっ、」
「わかって。もっと感じて。僕を」
お前にはまだ教えてやんねえ。俺がこんな風に人に執着すんのなんか初めてだってこと。
脱力して2人でベッドに倒れ込み、なつめの頭を撫でると、なつめはその手を取ってキスをした。
「創樹くんはやっぱり優しい」
言っていることの意味がわからない。
「ふん。頭おかしいんじゃねえの」
「僕にはわかるよ。僕はいつも創樹くんしか見てないんだから」
その言葉でふと思い出した光景には、彰人と正浩と、べらべら余計なことを話すクソ兄貴。
「ひとつ言いたいんだけど」
なに、と俺を見たなつめに、俺はわざと冷ややかな視線を投げる。
「お前は創樹くんだけだとか言うけどな、酔ったとき彰人にも正浩にもキスしてたけどどういう了見なの?」
「え!」
「つかお前、彰人のちんこ弄ってたからな」
「うそ!」
「しかも俺が目の前で彰人とか正浩とキスしたってニコニコ笑ってたし。まあ無双タイムだったから覚えてないだろうけど。そのせいでクソ兄貴も泣いたし」
他にもいろいろあるけど、今日はこのくらいにしてやる。
なつめはしばらく口を開けたまま俺を見ていたけど、やがて俺の両肩をガシッと掴んで高らかに宣言した。
「創樹くん、僕もうお酒やめるよ!」
「いややめんな、つまんねえから」
「そんな!創樹くんを裏切るなんてこと僕にはっ……!」
「そういう優等生発言のがうぜえから酒よりそっちやめろよ」
「創樹くん…」
なつめは若干目を潤ませて俺を見る。眉毛も下がって困った犬みたいだ。
んー……。
「……メイド服出すからちょっと待て」
「なんでこのタイミングで!」
「うるせえ!お前は俺の言うこと聞いて黙ってついて来ればいいんだよ変態マゾ野郎が!」
「はい。旦那さま」
結局乗り気じゃねえか。
「僕、ほんと一生ついて行くよ、いい?」
「勝手にすれば。犬」
一生離れられないようにしつけてやるから、覚悟すればいい。微笑んでいるなつめの頭を、わしわしと撫でてやった。
なつめは、創樹くんの家に行こう、と言って俺の手を取った。
「おいお前、これで電車乗るの」
「うん」
手を繋いだまま電車に乗るなんてこと、したことない。でもなつめがあまりに迷いなく頷いたから、放っておいた。
家に着くまで、なつめはほとんど話さなかった。
こんなことは滅多にない。
明らかに様子がおかしい。
その状況に俺はだんだん苛立ってきて、家に着く頃には空気は完全に重くなっていた。
部屋に入ってからも、なつめは話を切り出し兼ねているようだった。
「さっきから何」
俺は立ったまま、なつめを睨み付ける。何だかわからないままにされるのはムカつく。
向かい合ったまましばらく立ち尽くして、面倒になって無視して部屋を出ようと思った頃、なつめがやっと口を開いた。
「僕が、創樹くんの……」
「何が言いてえの。はっきりしろよ」
なつめは顔を上げて俺を見た。寄せられた眉には、珍しく強い意思が宿っている。
「男と付き合うの、僕が初めて、ってほんと?」
「……そうだけど」
「男と、その、するのも、僕が初めてだったの?」
なんでお前がそんな顔をしてる?
「はっ、広樹が言ったの?」
笑った俺に、なつめは表情を変えない。
クソ兄貴。余計なことしやがって。
「だったら何」
なつめは強い力を込めて俺を見ている。涙を堪えるみたいに。
なんでだよ。
なつめは俺に一歩近づいて、俺の手首を掴んだ。
「どうして言ってくれなかったの」
「聞かれなかったから」
「僕、全然知らなかった」
「知ってたら何なんだよ」
「もっと、あの時僕、もっと優しくすればよかった」
なつめの言葉の途中で、俺は思い切りその手を振り払った。
「ふざっけんな」
またその顔。悪いのは俺かよ。
「何。同情したかったの?初体験なら優しくゆっくりしようねって甘いセックスがしたかった?俺がそんなの望むと思うかよ」
「違う」
「何が。意味わかんね。今さら感傷的になってんじゃねえよ。なんでそんな顔してんの?イラつくからやめろ」
睨み付けてもなつめの目に宿った意思は揺るがない。
「お前のその優しさの押し売り、まじムカつくわ」
「どう思われてもいいよ!」
振り払った手首をなつめはまた掴んだ。今度はどんなに抵抗しても手を放さなかった。
そのまま無理矢理俺を腕の中に抱いて、なつめは続けた。
「僕は創樹くんが何と言おうと創樹くんを大事にしたい。そんな風に扱われるのは嫌いかもしれないけど僕は創樹くんが痛いのや苦しいのはいやだ。そんなのそばで見ていられない。初めてした時、もしかしたら1人で痛いの我慢したのかと思ったら、苦しいの我慢しながら男同士の知識も何も無かった僕をフォローしたのかと思ったら、僕は後悔してもしきれない」
声を震わせながらなつめは言う。
「気付かなくてごめん」
謝られるなんて最低だ。
気遣われるなんて腹が立つし、何よりあの時、初めてだと知られることは俺のプライドが許さなかった。
女と付き合ったこともあったし、男に言い寄られたこともあったけど、こいつがいいと確信したのはなつめが初めてだった。
最初に見つけたのは俺の方で、単純に見た目がいいと思った。
近づいて少し一緒の時間を過ごすと、なつめはすぐに俺の性格を理解したみたいで、何かと後ろをついてきて世話を焼きたがった。
そうされる度に、俺はこいつの主人になったみたいな気がした。常に俺が先を歩いて、こいつがずっと後を追って来ればいいと思った。絶対に主人を裏切らない、忠実なバカ犬みたいに。
だからこんなふうに謝られるのは心底腹が立つ。それなのに、なぜか俺の心はしんと静まった。
「後悔でも何でも勝手にすれば。俺はあの時したいようにした。だからお前のそんな気持ち全然いらねえよ。見当外れもいいとこ。後悔なんかしてない」
だって、あの日、あの時がなかったら、今俺たちはこうしていない。
体を離そうとすると、なつめは苦しくなるほど腕に力を込めた。
「おい。お前の大事な大事な創樹様が今苦しいんだけど」
なつめは更に俺を抱き寄せる。微かなため息が聞こえた。
「俺が苦しいのは嫌なんじゃねえのかよ」
「今は放したくない」
「勝手だな」
「もっと勝手なこと言いたい」
「なつめの分際で?」
「今日1日だけ、僕のわがままを聞いてほしいんだけど」
抱き締められたままだから、なつめの顔は見えない。でも、なつめからは今まで感じたことのない男らしさが漂っていて、あろうことかこの俺が少したじろいだ。
クソが。
「無理」
「お願い」
「出直せ」
「今日だけ。お願い。あとはもう一生創樹くんの言うこと聞くから」
「……一生。言うことを聞く」
思わずうれしそうな声が出てしまって、なつめが苦笑した。
「うん。一生、創樹くんの言いなりの人生を歩むよ」
「お前それすげえ格好悪いこと言ってんぞ」
俺が鼻で笑うと、いいんだ、と言ってなつめはまた俺を強く抱き締めた。
「僕は人生を全部かけても惜しくないくらい、創樹くんにベタ惚れなんだから」
少し黙ってから、なつめはそっと体を離して真っ直ぐな目をして言う。
「だから、例え創樹くんのプライドを踏みにじったとしても、あの時創樹くんを大事にできなかったこと、僕は後悔しちゃうよ。もうどうしようもないのにね。ウジウジしてて、ごめんね」
まぁでも言わないよね、創樹くんだもんね、と言ってなつめは困ったように笑った。
「僕には痛いこといくらでもしていいから、暴言吐きながら殴ってくれてもいいから、僕は創樹くんの気持ちを少しでもわかりたい」
開いた口が塞がらない。こいつはどこまでドMなんだ。そして。
「お前どんだけ俺のこと好きなんだよ」
なつめは眩しそうな顔をして俺を見る。
「とても言葉になんかできないよ」
さっきまでは最低な気持ちだった気がするけど、今は普通。
「普通」
唐突な俺の言葉の意味がわからなかったらしく、え、と呟くなつめの首に、俺は腕を絡めて誘う。
「今は普通の気持ち。で、さっきのお前の願いを叶えてやってもいいと思ってるけど?」
頭を引き寄せてなつめの唇をゆっくり舐める。
「なあ、抱きたい?どんなふうに抱いてくれんの?」
「創樹、くん」
「お前の好きなように、じゃねえのかよ。結局俺が主導権握っていいの?もうこんな機会やらねえぞ」
「待って。こっち、来て」
一瞬迷ったように見えたなつめは、もうきっぱりした顔をしている。
なんだこれ、男みたい。
なつめは俺をベッドにゆっくり寝かせて、その上に覆い被さってきた。両手を取られ、しっかり握られる。
じっと見つめてくる瞳には曇りがない。打算もない。
何か言うかと思ったけど、なつめはそのまま俺にキスをした。何度も触れるだけのキスを繰り返す間、なつめは俺の唇を見ていた。少し伏せられていつもよりキツく見えるその目に煽られるようにして唇を僅かに開くと、なつめが舌を捩じ込んできた。
「ん……」
思わず自分の口から漏れた声に驚く。
なつめに主導権を握られるのはほぼ初めてで、むかつくけど新鮮で少し興奮した。
ゆっくりゆっくり舌を吸われた。角度を変えながら、大事なものを扱うみたいな舌の動きに、俺はいつの間にか夢中になる。
「創樹くん、あの」
やがて唇を離したなつめは、濡れて赤くなった唇で、迷いながらもとんでもないことを言う。
「……目隠し、していい?」
「は?」
「目隠し……」
「はぁ?」
「えっとあの、創樹くんの目を、」
「お前なに言ってんの?」
「怖い!」
なつめは震え上がっている。
することはあってもされることは一生ないと思ってた。まあでも。
「どうしてもしたいのか」
「うん…」
「知ってると思うけど、俺は少しでも痛いことされたら萎えるからな。お前と違って」
嫌ではない。なつめなら許してやってもいい。
「うん、知ってる。絶対そんなことしないよ」
なつめは優しく笑ってそっとキスをして、薄手のタオルを折って慎重な手つきで俺の目を覆った。
「きつくない?」
「平気」
頬に唇が押し当てられた感触。
次に首と耳の近くにもキスをされて、くすぐったくて顔を背けた。
服を着たままの胸になつめの手が触れた。
なつめの息づかいしか聞こえない。
近い。
こんなふうになつめにだけ集中するみたいなの、なんかハズいだろうが、と思って抵抗しかけたら、なつめが満足そうにため息をついた。
「ああ。幸せ」
至近距離で、そんな穏やかな声を出すな。
「創樹くん、大丈夫?嫌じゃない?」
なつめは俺の気持ちを受信しようとして、いつもアンテナを張っている。
「嫌だったら殴ってる」
「すっごくかわいいよ。赤ちゃんみたい」
「大丈夫かお前」
なつめは幸せそうに、ふふふと笑った。
「もし創樹くんが赤ちゃんだったら、僕すごく甘やかしちゃうだろうな」
「お前……赤ちゃんプレイとかしたいのか…引くわ……」
「えっ、や、え、考えたことなかったけど、ちょっと今想像したら興奮した」
内心キモいと思いながら、俺は甘えた声で言ってやる。
「ママァ」
「はっ」
「ママー」
「あっ僕ママなんだ」
「マーマーぁ!」
「ふ、なぁに、そうちゃん」
「ママ、おっぱい」
「あらっ、もう。そうちゃんたら」
「に、ピアス開けてもいい?」
「めーッ!」
「ふん。キモいんだよ変態が。今度オムツ穿かせてやるから安心しろ」
「全然安心できません!」
なつめのわがままっての、全然出てこねえな。これじゃいつもと同じだろ。
俺はおかしくなって、少し笑った。
すると、なつめがまた唇にキスをする。
「そうやってずっと笑っててほしい」
切ないみたいな声でなつめは言って、俺が返事をする前に激しいキスが降ってきた。
「んんっ」
「創樹くん」
舌を絡めながら頭と首、肩を撫でられた。
なつめの手はそのまま、服の上から腕や手や脇腹に触れていく。
見えない中で触られるのってこんな感じか。
なつめしか感じない。
今、俺の頭も体もなつめでいっぱいだ。
恥ずかしさより、これからなつめが、自分が、どうなるのかという好奇心が勝る。
目を見られないで済むから、悪くはない。
初めての感覚は新鮮だった。
唇が離れて行って、それでも俺を撫でる手は止まらない。
相変わらず聞こえるのはなつめの息遣いだけで、それは少しだけ荒い。
「……お前今なに考えてんの」
思わず聞くと、なつめはふっと笑った。
「好きだ、好きだ、って思ってたよ」
今初めて思ったけど、なつめの声は優しい。
もっと聞きたいと思っている自分に驚く。
なつめのペースにハマってる。
「あとは?」
「あと?」
「他にはなに考えてる?」
なつめの手が頬に触れる。
「創樹くん、かわいいな、とか」
「あとは?」
「こんなふうにするの初めてだから、ちょっと興奮するな、とか」
「あとは?」
「どこにキスしよう、とか」
なつめの声はだんだん囁きに近くなって、それでも俺の耳に、はっきりと届く。
「あとは?」
「何から脱がせよう、とか」
「エロい」
「ごめん」
「いいよ」
なつめはまた、ふふ、と笑った。
その吐息が耳をかすめて、俺は思わず身震いした。
あ、と小さく溢れた声を飲み込むように、なつめが唇を塞いだ。
俺の体を撫でる手は一向に服の中に入ってこない。
なつめのくせにこの俺を焦らすとか。腹立たしい。
「早く」
若干酸欠になりながら、俺は言う。
「早く、脱がせて」
*
「早く、脱がせて」
創樹くんにねだられて、僕は我を忘れそうになった。
そんなんじゃだめだ。僕は下唇を噛んで自分を戒める。
僕が原因で創樹くんが苦しむなんてこと、絶対に嫌だと思っていた。
出会った頃から僕にとって創樹くんは、守って甘やかしてあげたい存在で、ワガママを言って僕を困らせてほしかったし、僕は彼の言うことなら何だって聞きたかった。
でももしかしたら僕は、あの時創樹くんにたくさん、あり得ないことをしていたかもしれない。
今さらそれを謝ったりしたのは完全に僕のエゴで、それによって僕が満足したって仕方がない。
創樹くんの過去はもう修正できない。だったらどうしたらいいかと考えて、僕は今日、誓いを立てることにした。
今まで以上にあなたを大切にします、って。
言葉だけじゃなくて、僕の全部を使って伝えようと思った。
それを創樹くんにちゃんと受け止めてもらえるように、僕は創樹くんに目隠しをした。
僕はたまに創樹くんに目隠しをされるけど、それってすごくいい。創樹くんのことが全身でわかるから。
いつも視覚に頼って生きている僕たちは、触覚や嗅覚や聴覚や味覚でも、愛する人を感じられるということを忘れがちだ。
創樹くんは両手を投げ出して仰向けになって、僕の手や言葉を待っている。
いつもより幼く素直になってしまったみたい。
僕はゆっくり創樹くんのパーカーのジッパーを下ろして、白いTシャツを見下ろした。
胸の部分が少しツンツンしていて、乳首がどこなのかすぐわかってしまう。
なんだか息が荒くなってしまった。
僕の変態は治らない。
その周りをなんとなく指でなぞると、創樹くんは体をもぞもぞと動かした。
僕は指を動かしながら、もう一度創樹くんに深いキスをする。
創樹くんは僕の舌を一生懸命吸ってくれる。いやらしいキス。ピチャピチャと音がした。
そのまま首筋に吸い付くと、創樹くんは甘い息を吐いた。
指で摘まんだ乳首に、Tシャツの上から舌を這わしていく。
「っ、なにしてんの」
創樹くんは自分の胸を手で触ろうとして僕の顔に触れて、乳首を舐めている僕の舌に気づいた。
「バカ、お前、シャツ濡れる」
「直に舐める?」
「……好きにすれば」
創樹くんの呆れたような声に僕はまた興奮する。
「濡れて乳首が透けてきちゃった。どうしよう、エロい」
「実況いらねえよバカ」
怒られた。
違う違う、自分の性欲に負けてはいけない。我慢しなきゃ。たくさん、大事だって伝えなきゃ。
半袖のTシャツの袖をまくって脇の下に舌を這わすと、創樹くんがイヤらしい声を上げた。
「あぁっん、やめろ、」
「気持ちいい?」
創樹くんは僕の頭を抱き込んだ。
声があまりにかわいくて、それから、言った通りに僕に委ねてくれているのが嬉しくて。
溢れた感情をぶつけるように、腕の上からぎゅっと抱きついて創樹くんの動きを封じてから、また脇に舌を差し込んだ。
「やっ、やめろ、って、あっん!」
手を動かせない創樹くんは、背中を反らせて快感から逃げようとする。そうすることで、Tシャツから透けた乳首が強調されてしまっている。
僕はまたそこに吸いついた。
「ひっや、やめろ!早く脱がせろっつってんだよぶん殴るぞ!」
やりすぎた。
「ごめんね」
パーカーを脱がせてから、Tシャツをどうしようか迷った。
首から脱がすと目隠しが取れてしまいそうだ。
そうするともう二度とそんなことさせてくれないような気がして、首のところにためておくことにした。
白い肌を晒した創樹くんが「寒っ」と言ったから、僕も急いで服を脱ぐ。
誰にも言ったことがないけれど、僕は家で毎日少しだけ筋トレをしている。
僕自身、自分の体に大して興味はないから今まではしたことがなかったけど、創樹くんがたまに、僕の筋肉の付き方が好きだと言うから。
ムキムキにはなりたくないけど、現状を維持するためだ。
これは創樹くんにも秘密。笑われそうだし。
上半身だけ脱いだ状態で創樹くんに覆い被さると、創樹くんはあったけぇと言った。
その唇をまた塞ぐ。
どうしてこんなにキスしたくなるんだろう。
ちゅぷちゅぷと音をたててキスしながら、僕は創樹くんの脇腹からお腹、おへそのあたりを撫でた。
「手、エロいって……変態野郎」
キスの合間に罵られる。
下を脱がせていきながら、僕は創樹くんに聞きたかったことを恐る恐る口にした。
「どうして……僕を選んでくれたの」
創樹くんの頬が、上気して少し赤いような気がした。目が見えないから感情の動きがはっきりわからない。
「初セックスの相手と初カレ?」
「あ、はい」
あまりにすんなり返されて思わず敬語になってしまいながら、創樹くんのズボンをずり下ろす。
「初カレは別に。見た目よかったし、それ以外特になにも」
僕は創樹くんのこういう身も蓋もない物言いが好きだ。
「セックスしてもいいと思ったのは、なんかお前、無理しなそうだったから。俺痛いのとか萎えるし、いざとなったら挿れてからでもやめろっつったらやめそうだったから」
「……怖かった?初めての時」
僕は創樹くんの唇を見ていた。隠れていて見えない瞳には、今何が浮かんでいるだろう。
知らなくてごめん。ほんとに。
「つか、自分が萎えないか心配だった。俺実はタチだったりしてとか。でも」
創樹くんは手を伸ばして僕の頭を探り当て、髪の毛を軽く握り込んだりすいたりした。
「お前が優しいから、すっげえ感じた」
手が下りてきて、僕の頬をクニっとつねる。
「やっぱ学食でお前を見つけた俺の目に狂いはなかったなと思ったし」
創樹くんの指が僕の唇を撫でて、僕はそれを舐める。
「だから、変なことばっか考えるのやめろ。別に平気だったから。お前が暗いのとかまじキモい」
僕はしばらく創樹くんの指をしゃぶっていた。しばらくしてからうん、と返事をして、僕は創樹くんのパンツを下げ、そこにキスをした。
「ああっ」
予測できない動きに、創樹くんの声はいつもより甘くて余裕が無さそう。
「ありがとう。でも」
下からつーっと舐め上げてから、一旦口を離す。
「優しいのは創樹くんだよ」
言ってから、口に全部を含んだ。
*
なつめが意味のわからないことを言ってフェラを始めた。
俺、優しいとか言われたことないんですけどー。自分でも全然思わない。対極にいると思う。
だから、なつめしか知らない、俺すら知らない俺がいるのか、それともなつめがアホなのかどっちかだ。
「目隠しでしゃぶられんの、結構クる」
「んん…」
なつめの片手は常に俺の腰を撫でている。
その触れ方があまりに柔らかくて、また、なつめの心中が気になった。
「エロいことしながら…っ、何考えてんの」
なつめはそれに応えずに、俺のを更に激しく舐める。腰が勝手に動いて、なつめの喉の奥に先っぽが届いた。喉が締まって気持ちいい。
「はぁっ、イきそう」
腰を撫でていた手が、俺の手を握った。今度は強い力で。
激しい音をたててしゃぶられ、絶妙な力加減で根元を扱かれて、俺はなつめの口に射精した。
「ああ…はぁ……」
脱力してぼうっとしていると、体をまるごとなつめに包まれた。
なつめも全部脱いだらしく、足の付け根になんか固くて熱いものが当たっている。
「勃ってんの?」
「…うん」
「次はなに」
揶揄するように言うと、ゆっくり目隠しのタオルが外された。寝起きみたいに眩しくて顔をしかめる。
「もういいのかよ」
「うん。顔見たくなっちゃった」
俺の首にひっかかっていたTシャツを、なつめがそっと脱がせる。
久しぶりに見るなつめの顔は、よく知っているなつめの顔だ。見飽きた顔だと言ってもいい。
でもこいつが、今俺の全部に触ることのできる唯一の人間。
なつめは気遣わしげに俺の目のあたりを撫でると、ふにゃりと笑った。
「ああ、やっぱり目が見えた方が安心する。創樹くんのかわいい目」
そう言ってまぶたに何度もキスをした。
「もっと触んなくていいの?俺に」
優しく笑っているなつめに誘うような目をして言うと、なつめは俺の体を起こして膝の上に抱えた。
「さっ、…さわ……触るよそりゃあ!」
「なんだ、そのうぜえテンションは」
「だって創樹くんが無限にエロいから!」
なつめは向かい合った俺の胸に顔をうずめた。
「全然がまんできないよ…」
何言ってんだ。
「俺が我慢しろって言った時以外は我慢すんな。めんどくせえから。どうでもいいから早く触れよ」
俺からキスを仕掛けると、なつめも性急な動きでついてくる。ローションで解す間も、なつめは何度も俺にキスをした。
男とのヤり方は1から10まで俺が教えた。俺と出会わなかったら、なつめはこんなこと知らないままだっただろう。やばい。そう思ったら興奮した。
「そんなに俺のこと好きかよ」
いつもの癖で睨み付けるようにして聞くと、なつめは俺の体を強く抱き締めた。
孔の縁に熱いのが当たって、それからすぐ、なつめが中に入ってくる。
「ああっ!なつめ」
「好きだよ……ほんとに」
俺を見る目があまりに真剣で、俺は一瞬動けなくなった。
なつめはそんな俺を見て少し表情を緩め、俺のを握って扱きながらゆっくり腰を動かし始める。
「…っあ、は…ん……いい、なつめ…」
「っ、僕も…すごい…気持ちいい」
今日は俺も感傷的になっているらしい。少し、気持ちが抑えられなくなった。
なつめにしがみついて鎖骨のあたりに唇を押し当て、赤い跡を残す。
「お前は、俺の」
言ってからなつめの顔を見ると、なつめも俺を見ていて、うれしいよ、と小さく呟いた。
腰も手も止まっていて、それでもなつめが中にいるだけでイきそうなくらい感じた。
「お前もすっかり男好きだな」
なんだか悔しくて半笑いで言ってやると、なつめは困ったような声で言う。
「男の人を好きな人がどんなか僕はよくわからないけど、僕、創樹くんじゃなかったら好きになってないよ」
止まっていた手がまた動き始めて、俺はイくのを堪えながらなつめの声を聞いていた。
「僕にとってあなたがどれだけ大事な人か、創樹くんはわかってる?」
眉根を寄せ、我慢しているのがまるわかりな表情でなつめは腰を突き上げ始めた。
「あっう、あ、あんっなつめ、ああ、あっ、」
「わかって。もっと感じて。僕を」
お前にはまだ教えてやんねえ。俺がこんな風に人に執着すんのなんか初めてだってこと。
脱力して2人でベッドに倒れ込み、なつめの頭を撫でると、なつめはその手を取ってキスをした。
「創樹くんはやっぱり優しい」
言っていることの意味がわからない。
「ふん。頭おかしいんじゃねえの」
「僕にはわかるよ。僕はいつも創樹くんしか見てないんだから」
その言葉でふと思い出した光景には、彰人と正浩と、べらべら余計なことを話すクソ兄貴。
「ひとつ言いたいんだけど」
なに、と俺を見たなつめに、俺はわざと冷ややかな視線を投げる。
「お前は創樹くんだけだとか言うけどな、酔ったとき彰人にも正浩にもキスしてたけどどういう了見なの?」
「え!」
「つかお前、彰人のちんこ弄ってたからな」
「うそ!」
「しかも俺が目の前で彰人とか正浩とキスしたってニコニコ笑ってたし。まあ無双タイムだったから覚えてないだろうけど。そのせいでクソ兄貴も泣いたし」
他にもいろいろあるけど、今日はこのくらいにしてやる。
なつめはしばらく口を開けたまま俺を見ていたけど、やがて俺の両肩をガシッと掴んで高らかに宣言した。
「創樹くん、僕もうお酒やめるよ!」
「いややめんな、つまんねえから」
「そんな!創樹くんを裏切るなんてこと僕にはっ……!」
「そういう優等生発言のがうぜえから酒よりそっちやめろよ」
「創樹くん…」
なつめは若干目を潤ませて俺を見る。眉毛も下がって困った犬みたいだ。
んー……。
「……メイド服出すからちょっと待て」
「なんでこのタイミングで!」
「うるせえ!お前は俺の言うこと聞いて黙ってついて来ればいいんだよ変態マゾ野郎が!」
「はい。旦那さま」
結局乗り気じゃねえか。
「僕、ほんと一生ついて行くよ、いい?」
「勝手にすれば。犬」
一生離れられないようにしつけてやるから、覚悟すればいい。微笑んでいるなつめの頭を、わしわしと撫でてやった。