大きな声では言わないけど

16 彰人の入浴



「おっきいお風呂?行く!俺も行きたい行く行く俺も行くーっ!」
「…いいよ、1人で行く」
「やだやだ!行きたい行きたい行きたい!」

俺は溜め息をつく。諦めよう。

「…いいか。公共の場だからな。絶対に騒ぐなよ」
「うんっ!」
「べたっとくっついたりすんなよ」
「うんうん!」
「抱きつくのもだめだぞ」
「はぁい!」
「俺に触るなよ」
「…なんか…寂しいよあっくん…」
「お前が我慢できる気がしねえんだよ」
「なるべくがんばるからっ!努力するから!善処するから!お願いお願いおねがぁい!」

家の給湯器が壊れたのだ。
管理会社に連絡すると、修理は明日になると言われ、今夜は近所の小さな温泉施設に行くことにした。
つい口が滑ってそれを広樹に言ってしまったのだ。
非常に面倒なことになった。

小綺麗なその施設には、引っ越してきたばかりの頃に一度来たことがあった。小さいながらも内風呂がいくつかと2種類のサウナがあり、その時はそれなりに賑わっていた。
今日は夜遅いのでそれほどでもない。

「ねえ、あっくんあっくん」
「何」

脱衣場のロッカーの前で服を脱ごうとしたら、広樹が小声で話しかけてきた。とりあえず周りに気を遣っているらしい。えらいえらい。

「服脱がして」

即時前言撤回。

「死ね」
「うわぁ、久しぶりに言われた」

広樹はなんだか楽しそうだ。

「じゃああっくん脱がしてあげようかって早っ!もう脱いだの?タオルいつ巻いたのさ!くそっ!チラ見しようと思ってたのに!」
「先行ってるから」
「あぁん、待ってよ」

洗い場で頭を洗っていると、広樹が隣に座った。

「あっくん早い」
「お前が遅いんだ。女子かよ」
「…あっくん女の子とお風呂行ったことあるんだ…」

まただ。
5人でキャンプしたあの日以来、広樹のやきもちや独占欲がかなり激しくなっていて、ちょっとしたことを気にしてすぐに落ち込む。
付き合い始めた頃に戻ったみたいだ。

「まあ、あるけど」
「……ふぅん」

広樹は頭にシャワーをかけ始めた。ふわふわの髪が濡れていく。
とりあえず放っておいて顔と体を洗い、ゆっくり頭を拭きながら、隣の広樹に目をやる。
広樹はシャンプーを終えてコンディショナーに手を伸ばした所だった。

「お前コンディショナー使うんだ」
「え?使うよ?だってパーマで傷んじゃうんだもの。家ではトリートメント使うよ。あっくんはしないの?」
「しねえな」
「した方がいいよ?傷むよ?ハゲるよ?まぁ俺はあっくんがハゲても好きだけど」

広樹が丁寧に髪を洗うのを、膝に片肘をついて見守る。

「だからお前の頭、いっつもいい匂いすんだな」

つい普通のトーンで呟いてしまった。広樹の隣に座っていたおやじが一瞬ぎょっとした顔でこちらを見た。

「もうっやだぁあっくんたらぁ!いっつも嗅いでるのぉ?あっくんもすっごくいい匂いするよ?俺はイケメンの匂いって呼んでるんだけど」
「わかった。もうわかったから早く終わらせろ。先風呂入ってる」
「うん!すぐ行くからまだ出ないでね」
「ん」

おやじの視線が痛くて俺は先に湯船へと向かった。



「あっくん、お風呂気持ちいいね」
「後でサウナ入るけどお前は?」
「サウナって入ったことない」
「まじか」
「なんか苦手で、暑くて」
「じゃあ先に出てれば」
「いやだ!一緒に行く」
「倒れるぞ」
「いいの!大丈夫!ダメそうだったら出るから」
「具合悪くなりそうだったらすぐ言えよ」
「はぁいっ。イケメンあっくんまじイケメンーエロいーイケメンー」
「変な歌やめろ」

サウナには誰もいなかった。

「むわっ、あつっ」
「大丈夫か」
「うん!わー貸し切りだね」

俺たちは並んで座って、しばらくぼうっとテレビを見ていた。

「あっく、ふぅ、あっつい」
「無理すんな。出てなんか飲んでれば」
「やぁだぁ、あっくんと、ふぅ、いっしょに、ふぅ、」
「いやいやいやいや、ふぅふぅ言ってんだろ。じゃあ水風呂入ってまた戻って来い」
「ああ!水風呂ってそのためにあるの?」

行ってきまぁす、と言って広樹がふらふらと出て行った。
入れ替わるように誰かが1人で入ってくる。別に気にしていなかったのに、いきなりすぐ横に座られて少し驚く。

「にいちゃん、イケメンだね」

は、と思ってそっちを見ると、いかにも鍛えてますみたいな体格の、いかにも……な人がこっちを見てにやりと笑った。

「さっき、洗い場で君の後ろにいてさ。聞いてたよ、会話。あの小さい子、恋人?」

はあ、まあ、と答えると、そいつがなぜか間を詰めてきた。

「いいね。君はタチ?」

なにがいいのか全然わからん。

「ちょっとさ、たまには掘られてみたくない?」
「みたくないですね」
「そうか?じゃあ譲る」
「は?」
「掘られてやるからさ。うん。君なら全然いける。なんなら3人でも」
「水風呂すごい!あっくん水風呂効果すごいよーってお前誰だ!近すぎだろうが!」

広樹がさささっと走り寄って俺の膝に向かい合わせに乗り上げた。

「あっくん、なぁに、このおじさんは」

広樹が横目でそいつを睨む。

「まだ26なんだけど」
「知るかアホが!」

すかさず広樹が噛みつく。こうなると俺は口を挟めない

「君の恋人はなかなか失礼な子だね」
「うっさい!帰れ!」
「はいはい。じゃあ君、また今度な」
「今度は永遠に来ません」

広樹が怒りで白目を剥き始めたので、その背中をさすってやる。
そいつが出て行って2人になると、広樹が抱きついてくる。
いつ誰が入ってくるかわからなかったけど、広樹の真剣な顔を見たら退けられなかった。

「あっくんはいつもそう…」
「なに?」
「見てないとすぐ誰かが触ろうとする」

広樹の声は完全にいじけている。

「俺も触りたくなっちゃったじゃん…でもあっくんに怒られるし」
「いやもうがっぷり触ってんじゃねえか」
「うるさい!イケメンは黙れ!」

広樹が俺相手にキレている。おもしろすぎる。

「あっくんのせいで疲れたからフルーツ牛乳買って」
「お前残すだろ」
「一緒に飲もう?」
「俺コーラがいいのに」
「じゃなかったら今ここで犯してもらう!」
「買います」
「……やっぱりフルーツ牛乳いらないから犯して?」

あれ、とんでもない方向に。



「やあっ、あ、だれか来ちゃう、きちゃうよぉっ」
「お前が、く、犯せって言ったんだろ」
「あつい、とけちゃう、あっくんのちんちんあつぅいっ、はぁんっ」
「お前ん中も…あつい」

どうしていつもこうなんだ、と思いながら、サウナの段に手をつく広樹を後ろからガンガン突き上げる。

「や!だめ!もぅ…ぁ、ゃんっいくぅ、いくもういくぅっ、ぐ、あ」
「っう…」
「ああ…あっく、の、せいし…いっぱぁい、出てるぅ…」

できるだけの後始末をして(タオルが2本死んだ)、意識が朦朧とし始めた広樹を支えてサウナを出ると、さっきのいかにも…なやつがニヤニヤしながら近づいて来た。
そして俺たちにしか聞こえない声で言う。

「見てたよ、小窓から」

血の気が引く。

「大丈夫、誰にも言わないよ。やっぱり君すっごくエロいね。必死でタオルで隠したけど、ガン勃ちしちゃったよ」
「きも、ち、悪いんだよ、おっさん」

広樹が息も絶え絶えに言うと、そいつはまたにやりと笑う。

「かわいい系は好みじゃなかったんだけど、君もすごくいいよ。声聞いてみたいな。ね、3人でさ、」

俺は広樹を自分の後ろに隠して言う。

「こいつは、俺のなんで」

繋いだ手がぎゅっと握られた。



翌日、俺がどんなふうにそいつを追い払ったかを声真似してなつめたちに聞かせていた広樹の額に、俺は思いっきりデコピンを食らわせた。
広樹は涙目になって痛がりながら、でもすごぉく嬉しかったよぉ、と俺に抱きついた。
俺はさっきと同じ場所にさらにデコピンを追加投入した。
恥ずかしいだろうが。アホ。




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