大きな声では言わないけど

15 釣り からの



「スカッと晴れたねぇ」
「おう」
「気持ちいいねぇ」
「だろ?」

彰人くんが僕を見て微笑む。
家を出たのはまだ朝の早いうちで、それでもその時間には既に汗ばむような暑気が立ち上っていて、暑くなることが容易に想像できるようだったのに。

「涼しいなぁ」

僕は釣り竿を両手で支えながら深呼吸をした。
レンタカーを借りて彰人くんと1時間くらいドライブして着いたのは、木の生い茂る川辺。重なる枝葉で深い日陰ができて、その下でのんびり釣りをするのは本当に気持ちがよかった。
僕は全然釣れないけど、来てよかったな。

「創樹くんたちも来ればいいのにね」
「あの2人はアウトドア来ねえだろ」
「うん。全然興味ないって言ってた。でも勿体ない」
「広樹はうるさいから連れて来たくない」

創樹くんの予想が当たっていて僕は笑ってしまった。

「さっき、創樹にメールしたんだろ?」
「うん。場所と時間を教えろって言われてたから」

大体の場所と川辺の写真と「今から釣ります。すっごくいいとこだよ」という一文を付けて。返事はないけど、ギリギリ電波があってよかった。
彰人くんは眉間にシワを寄せて少し黙った。

「嫌な予感がする」
「え」
「うるさい気配が近づいてる気が」

そこで対岸の低木がガサッと音を立てた。

「わぁっ」

僕はびっくりして彰人くんの腕に掴まってしまった。

「あ、キツネ!」

顔を出したのはかわいい顔をしたキツネで、こちらをじっと見たあとですぐに姿を消した。
僕と彰人くんはしばらくキツネが顔を出したところから目を離せずにいた。やがてどちらからともなく顔を見合わせて、くすっと笑い合った。

「キツネなんかいるんだ」
「俺も初めて見た」

なんだか得をした気分になって、僕たちはまた笑った。そこで、彰人くんの腕を掴んだままだったことに気付いた。

「あ、ごめんね」

慌てて放して少しよろけてしまい、足元の砂利で更にバランスを崩しかける。
倒れるかと思った瞬間、あぶね、という声が聞こえて腕を引かれた。気づいたら彰人くんの胸に寄りかかっていた。
少し見上げる位置に、息を飲むほど整った顔が。

「……あ、ありがとう」
「コケたら痛そうだし。砂利」

そう言って笑いかけられ、危うくバリタチの看板を下ろしかけた時、今度は後方の少し高くなった、僕らの車がある方からバキッという音がした。
振り向くと、大きな岩影にあるごく細い若木が倒れるのが見えた。

「……あんな木でも倒れるんだね」
「……だな」

僕たちはなんだか釈然としないまま、釣りに戻った。







岩影で2人の動向を観察してたら、なつめと彰人が期待以上に接近して、それを見た広樹が掴まっていた木を片手で折り倒した。
兄ちゃんハンパねえ。

「創ちゃん。俺はもうだめだよ。うふふ。なっつを丸焼きにしよう」
「静かにしろよ、バレたらつまんねぇだろ」
「俺は今が一番つまんないよぉ!」
「わかったからちょっと正浩、広樹をなんとかしろ」
「広樹、もう少し我慢したらほら、好きなだけ彰人くん独占していいから」
「ぐぬぬぬ」

俺も広樹も運転ができない。免許があるけど。
それで、前に広樹が連れてた彰人に一目惚れした、俺たちの高校の同級生である正浩に、運転その他もろもろを頼んだ。
正浩は、俺の計画を聞いたら二つ返事で乗ってきた。
ちなみに広樹にはその計画は内緒で、ただ単に、彰人と楽しく一泊イチャイチャできるよ、でもいきなり出て行って釣りの邪魔して怒られるより、十分釣らせてやって機嫌良くなった彰人を独占したいだろ、と言って説得してある。
まぁ俺には違う目的があるんだけど。
家を出発したとこから尾行がうまく行き過ぎて、なつめからのメールの意味がなかった。
到着して大量の荷物を下ろしてから、2人の釣り場へ様子を見に来たのだった。
なつめから釣り開始のメールが来てから1時間。俺と正浩はそこを離れたがらない広樹を引きずり、キャンプの準備に取りかかることにした。
つってもまぁ主に動くのは正浩だけど。

「正浩!テントどうにかして!なんだこれ、もっと分かりやすく作れっつーの」
「正浩、疲れたから先にイス出せ」
「あれ、なんか釘みたいの折れた。まぁいいや。ねぇ正浩、喉乾いた!冷たいのどこ?」
「うっわなんか広樹にキモい虫ついてる」
「ふん。虫なんかどうでもいいもん。俺が怖いのはあっくんを失うことだけ」

2人でぎゃあぎゃあ言ってたら、もくもくテキパキともう片方のテントを完成させた正浩が呆れ顔でこっちを見た。

「お前たち…テントは2人用と4人用でいいんだな?」
「2人が俺とあっくんだからね!」

すかさず広樹が叫ぶ。
わかったわかった、と言いながら、俺は正浩と目を合わせてニヤリと笑う。
あー!夜が楽しみすぎる!
ちょっと勃った。







「あ、きたかも」
「彰人くんすごいね!」

僕は全然釣れないのに、彰人くんはもう5匹目だ。
太陽はまだ高い位置にあって、早起きをしたからか、なんだか得した気分だ。今日は得してばっかりだな。

「彰人くん」
「んー」

かかった魚をルアーから外して、彰人くんが僕を見る。

「連れてきてくれてありがとう。本当に楽しいね」

素直な気持ちを伝えたら、彰人くんは照れたみたいに顔を少し下へ向けた。魚をバケツに丁寧に入れる。

「いや。俺もよかった。なつめ連れてきて」

キュンてしちゃった。これはモテるはずだよ。

「そろそろ腹減んない?」
「そうだね、お昼にしよっか」

僕たちは小さい七厘とスーパーで適当に買ったお肉を持って来ていて、彰人くんが釣った魚も焼くことにした。

「なんか少しかわいそうだけど」
「うん。2匹だけ焼いて大事に食べよう」
「うん」

神妙な気持ちでバケツの中を覗いていたら、彰人くんがふっと笑った。

「なつめは優しいんだな」

なんだこれ。僕は乙女ゲームの主人公みたいになっていないだろうか。絶対になっている。そしてこれから何らかのハプニングが起きて2人でどこかこのあたりで一夜を過ごすことになって。
選択肢が。

①一緒に寝ようって言ってみる
②おやすみ、と背を向けて寝る
③一枚しかない毛布をかけてあげる

とかになって、どれを選択しても結局彼の腕の中で朝を迎えることに。やばい。R指定じゃないか。
僕、バリタチなのに!
とか考えていたら魚が美味しそうに焼けていた。

「はい」
「ありがとう」

彰人くんが焼けたのを取ってくれて、それを串ごと受け取る。

「いただきます」
「いただきます」

心を込めて言ってから、かぶりついた。

「おいしいね」
「ん」

彰人くんが川の方を見ている。

「本当に気持ちいいね」
「そうだな」

その横顔もイケメンだ。
僕たちはしばらく黙って魚を食べた。

「あ、ぼーっとしてたらお肉も焦げちゃうとこだ」

僕は慌てて焼けたお肉をお皿に取り、彰人くんに渡した。

「はい」
「さんきゅー」

その時、網に残っていたお肉の油がバチッと音を立てて、僕の顔に跳ねた。

「あち!」
「大丈夫か?」

目をつむって痛かった瞼を押さえていたら、その手をそっと掴まれて退けられ、向こうから彰人くんの顔が覗く。

「どこ。目か?」
「うん…瞼…」
「ちょっと見せて」

近い…近いよ彰人くん…あっ、だめ…僕には創樹くんが…創樹く…創樹くんごめんこんな…。

「ぅおおおおおああああああああああなっつぅぅ!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

聞こえるはずのない声が聞こえたと思ったら彰人くんが僕の後ろを見て変な顔をした。
そして僕の背中に衝撃が。
このエンディングは、スーパーバッドエンドに違いない。







広樹の我慢が限界を超えて、昼過ぎに合流することになってしまった。まぁ、なつめは十分彰人に接近しただろう、きっと計画は大丈夫だ。
思いっきり膝蹴りを食らったなつめの体が大丈夫かわかんないけど。
と思いながら、正浩と一緒に3人へ近づく。

「お前ら何してんだ」

彰人は呆れ顔だ。

「あっくんのばか!なっつに優しすぎるぅ!ばかばかばか!」
「ご、ごめんね広樹くん僕はそんなつもりじゃ…創樹くんもいる…あれ、そちらは」

広樹に背中に乗り上げられたまま、なつめが正浩の方を見る。

「高校の同級生の正浩。これが俺のなつめ」
「どもー」
「こんにちは。なつめです」

なつめがなんか照れてる。

「あきくん久しぶりー」
「おう。…で?」

彰人は半ば諦め顔だ。

「俺らキャンプすんだよ、あっちで」
「キャンプ?お前らが?冗談はよせ」

彰人が顔を引き吊らせる。

「まじだって。正浩がいろいろ用意するから行こうっつうから仕方なく来たんだけどテントも2つあるから2人も泊まれよ、絶対に」

強引に話をつける。

「夜バーベキューだから用意すんの手伝え」

そして巻き込む。







3人が持ち込んだお酒の量がとてつもない。

「これでも足りないかなって思ったんだけど」

広樹くんが照れたようにえへへと笑う。

「あきくん、サガリ焼けたよー。あーん」
「正浩やめてよ!あっくんにあーんできるのは俺だけだからね!」
「彰人、あーん」
「創ちゃん!ズボン下ろすな!何をあーんするつもりだよ!」

創樹くんがとんでもない。僕は創樹くんの気を逸らす。

「創樹くん、お肉焼けてるよ」
「ん」
「なっつくんはまだビールあるー?」
「うん。ありがとう正浩くん」

僕は正浩くんとは今日が初対面だ。見た目はちょっと軽い感じだけど、面倒見が良くて明るい。さすが、この双子と付き合いが続いているだけある。
彰人くんはいろいろと閉口することが多くて、炭を足したりお肉や野菜を焼いたり、もくもくと働いている。

「おいなつめ、彰人と2人で遊んでどうだった」

創樹くんが僕に聞く。

「どうって…?楽しかったよ」
「それだけ?」
「それだけ…だけど」
「彰人はイケメンだろ?」
「うん」
「あいつは中身も男前だよな」
「そうだね、確かに」
「抱きたくなった?」
「なっ!意味がわかんないんだけど!」
「ちっ、まだ酒が足りねえな。飲めよ、なつめ」

創樹くんが謎のメッセージを残して離れて行く。
何はともあれみんな楽しそうでいいな。夏休みの思い出としては最高の夜だ。
本当にいい日だな。
もうすぐ陽の落ちる空を見上げて、僕は幸せな溜め息をついた。







「それはさておき、僕は彰人くんを抱きたい」

出た!なつめの酒癖!
もうかなりの深夜だ。
朝早かった彰人は酒を飲んで割と早く眠気に襲われ、皆でわいわい花火をした後で、適当な時間に起こして、と言いながらテントに入り仮眠している。
なつめも朝早かった筈なのに酒で何かが覚醒している。
チャンス!
俺の計画は、昼間に2人で釣りして仲良くならせて、あわよくばちょっとときめいたりしてもらい、夜に酔って覚醒するであろうなつめに彰人を襲わせやすくして、それを焚き付けてどさくさに紛れて俺も彰人を襲おうというものだ。
完璧だ。
でも今、広樹がテントに入っていった。酔ったぁとか言ってたけど絶対に嘘だ。あいつが酒に酔うわけがない。
正浩は俺から聞いていたなつめの酒癖を間近に見て、目を丸くして「本当だ、すげぇ」と呟いている。
俺は2人を目で黙らせて、テントの中の声に耳を澄ました。

…んん……ん?
あっくんごめん 起こした?
広樹、寝るの?
あっくんと寝る
おいで
ゴソゴソ
うふ…ねぇ
ゴソ ゴソ
う、こら
あっくん、ちゅーして、んん
ちゅ
ちゅ くちゅ
んふ、ん、あっ
ゴソ、ゴソ
あん…だめぇ…外に聞こえちゃうぅ
誘ったのお前だろ
んっ ちゅっ くちゅ

「うわー何これ。ムラムラする」

正浩がごく小さな声で言う。

「彰人くんの掠れた声エロいね」
「2人で釣りして楽しかったか?」
「うん。彰人くんはとにかく顔も中身もイケメンすぎてもう」
「好きになりそう?」
「どうかなぁ、それはわかんないけど抱きたいなぁ」

最低!なつめ最低!大好き!

「なつめ、ちょっと我慢しろ、後で抱いていいから」

わくわくしすぎて吐きそうだ。

んんっだめ、勃っちゃった
ガサ ゴソ
あっん、ぃやぁん、あっくん、あぁっ
声出しすぎ
だってぇ
くちゅ
あっ!や…
ちゅぽ じゅぷ
あっく…舐めちゃだめぇ

「エロっ」
「エロいね」
「エロすぎる」

くそ。広樹ばっかりずるい。俺も彰人にフェラされたい。

や、イっちゃうよぉ…ん…ぅ……ゃあ、…っく、はあっ…ぁ……

彰人に飲ませるとは。
いいなぁー。
テントの外側で男が3人ムラムラしている。広樹ほんっとあいつ。

「はぁ~酔い覚めたぁ~」

広樹がすっきりした顔でテントから出てきて殺意を覚えた。
トイレに向かった広樹を見送った俺たちは行動を開始した。
彰人のいるテントに体を滑り込ませる。

「自分満足して彰人は放置かよ」
「じゃあ彰人くんの処理は僕が」
「俺外であきくんの声聞いてる!見えない方がエロいんじゃないか、もしかしたら」
「じゃあ広樹帰ってきたら引き止めとけよ」

正浩を外に残してテントの入り口を閉める。

「我慢できなくなったら飛び込むから」

正浩の声を聞きながら彰人を覗き込むと、うつ伏せで眠っているみたいだ。
なつめがその体に覆い被さって、頬にキスをした。俺はとりあえず彰人の視界に入らないようにして見守る。

「ん…ひろき…?」

彰人が目を覚ます。
なつめが彰人の耳元で、彰人くん、彰人くん、と囁いている。

「え…なつめ?ちょっ…んっ」
「僕とも気持ちいいことして…彰人くん、いい匂い」

なつめが彰人の体をまさぐりながら首筋をくんくんと嗅いだ。なつめのエロさも2割くらい増してる。
なつめの手がTシャツを捲ると彰人の腹筋がちらりと覗く。
やべー!

「なつめっ、…」
「彰人くん…僕今日彰人と2人で遊べて本当楽しかったよ…」
「それは…俺も、だけど、」
「少しだけ…少しだけ触らせて…?」
「だ、だめだ、なつめ、お前創樹は?」
「創樹くんは大丈夫」

そうそう全然大丈夫だ。仏の顔で見守っているから。
体は彰人の方がでかいのに、なつめは覚醒してるし彰人は寝起きだし、多分なつめ相手だから手荒なことをしない。だから体勢は覆らない。
なつめが彰人の首筋を舐める。

「なつめ!やめろっ」
「気持ちよくしてあげるよ彰人くん。さっきは不完全燃焼だったでしょ?」

彰人が焦ったような顔をして、その隙になつめが彰人の股間に手を伸ばそうとし、彰人がそれを阻止した。

「やめっ」
「だめ?僕のこと嫌い?」
「いや、嫌いなわけないけど、っ、こういうのは」
「僕を受け入れて…心も、体も」

いけ!

「いやっだめだろ、待て、なつめ」
「彰人くん…今だけ…お願い…」

彰人はなつめに弱い。それを心得てるっぽいなつめは腹黒い。
なつめがキスしながら彰人の手を掻い潜って腰に触れる。
パンツを下ろそうとするなつめの手に必死で抵抗する彰人。ついに我慢の限界。
俺が。
彰人の頭上から彰人の腕を押さえつけた。

「は?!創樹お前!やめろバカが!」

ほら、俺が相手だと抵抗も本気。

「ちょっとだけちょっとだけ先っぽだけ舐めて」
「ふざっけんな!なつめも…っぁあっ」

は?
……は!

なつめの手がモノに触れたらしく、彰人の口から低く抑えた喘ぎ声が漏れて、俺となつめは一瞬固まった。
うおお!エロい!

「あっ彰人くん、なんてエロいの。僕もうだめだよ、挿れたい、彰人くんに挿れたい、ぐちゅぐちゅに犯してあんあん言わせたい」
「はっやめ、やめろっなつめ、まじこんな、っちょっ、おい創樹てめえ!!放せボケが!」
「俺もほしいぃ彰人のチンコほしいのぉ」
「殺すぞ!」

ちょっと鬼の形相が過ぎるぞ彰人。

「あれぇ?なっつと創樹は?」

テントの外からのほほーんとした声が聞こえた。

「なんか散歩してくるっつってどっか行ったよ」

正浩が適当に返事をした次の瞬間

「広樹!」

彰人が叫んだ。
ばかやろう、ちょっと考えろよ今この状況を広樹に見られたらお前も含めて皆殺しだっつーの。
俺は彰人の口を唇で塞いだ。とりあえず舌を突っ込む。

「あれ?今あっくんに呼ばれた気が…」
「寝言じゃねーの?まぁいいからこっち座れよ、お前さ、」
「いたたた痛い痛い」

舌を噛まれた。

「酷い!彰人酷い!」
「どっちがだコラどけよ!」
「あっくん?創ちゃんもいんの?…ってこらなにしてんだ!」

見つかった。タイムオーバーだ。
広樹が尋常じゃない力で俺となつめをはねのけて彰人を救出して外に引っ張り出した。なつめと俺も、とりあえず今回は満足して外に出る。
エロかったね、エロかったな、と言い合っていたら、広樹の様子がおかしくなった。







とんだ災難に遭って酔いも眠気もすっ飛んだ。
広樹がそこから俺を救い出し、テントから引っ張り出して、わーっと何か叫んだり喚いたりするかと思っていたら、静かに俯いたまま何も言わない。右手は俺の二の腕を掴んだままだ。
いつもと違う広樹の様子に、皆少し焦った。生まれたときから広樹と一緒にいて、動揺することなどないように思える創樹ですらも、ぎょっとしたような顔をした。
広樹は顔を伏せて静かに泣いていた。か細い泣き声をあげながらしくしくと泣くその姿に、俺は庇護欲を掻き立てられた。
肩を抱いて、2人でみんなのいる場所から少し離れる。広樹は素直について来た。
川とは反対側の、小高く開けた場所に出る。そこで立ち止まって広樹を正面に立たせ、どうした、と聞くと、広樹が小さな声で話し出した。

「俺さ、創樹とか見ててさ、あとあっくんのことかっこいいって言う大学の女の子とか見ててさ、ほんとはさ、俺があっくん独り占めしたらだめだったのかなって思うときあるよ」

俺は言葉を失った。

「独り占めしてるくせにやきもちまでやいてさ、すごいわがままなんじゃないかって、たまにだよ、すっごいたまにだけど、ほんとは俺が悪いのかなって思うときあるよ」

涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに濡らして、しゃくりあげながら想いをぶちまける広樹が愛しくて、心臓が音をたてた。

「俺はお前だけのものでいてぇよ」

言いながら抱き締めると、小さく声を上げながら、広樹はまた泣き出した。

「お前のやきもち、嬉しいよ。本当は、いつも」

うざいとかうるさいとか思いながら、俺にはもうそんな広樹がいない毎日なんか考えられないのに。
広樹でもそんな殊勝なこと考えたりするんだな。かわいいやつ。
その背中を撫でたり軽くたたいたりしながら、広樹が落ち着くのを待つ。
頭のてっぺんと額にキスをしたら、広樹が下から俺を見上げた。瞳も睫毛も濡れていて、いつもよりさらに幼く見える。目尻に滲んだ涙を羽織っていたカーディガンの袖で拭ってやると、広樹はくすぐったそうに目を瞑った。
前髪を掻き上げて、そこにもう一度キスを落とした。

「広樹のわがまま、俺がいつも聞いてやってんだから」

それ以上泣き顔を見ていたら歯止めがきかなくなりそうで、その頭を抱いて自分の胸に押し付けた。

「お前にやきもちやかれたいっていう俺のわがままくらい、広樹も聞けよ」

やきもちをやけ。
それで、広樹が俺のことしか見てないって、もっと俺に実感させろ。
俺はもしかしたら、広樹よりずっと欲張りなのかもしれない。
辺りが少しだけ明るくなってきた。
俺たちのいる場所は小高い丘になっていて、朝日が昇れば遠くの山が深緑の木々越しに見渡せるはずだ。
俺と広樹はくっついたまま佇んでいた。

「こっから朝焼けが見えるかもな」
「本当?」
「もう少しここにいよう」
「うん…」

少し腫らした目で俺を見た広樹が笑った。
俺はそのぽてっと熱い瞼にキスをした。







「ちっ、アホ兄貴が。あんなことくらいでピーピー泣きやがって」

彰人が泣いた広樹を連れて離れるのを見送りながら、思わず呟く。

「創樹ひどいね、兄貴の彼氏襲っといて」

正浩がニヤニヤしながら言う。

「だって彰人がエロいんだもん。それが元凶だろ」
「相変わらずめちゃくちゃだなお前」
「うっせぇな、ピアスぶっちぎるぞ」
「怖いことを言うな」
「正浩くん、外で聞いてて楽しいことなかったんじゃない?」

なつめが聞くと、正浩がなつめに近づいた。いや、近い。近いだろそれ。

「彰人くんの声はよく聞こえなかったし、なんか想像してたより一途に広樹のこと大好きっぽくて吹っ切れそう。それより俺、なっつくんの優しい攻め声がやばかった」

正浩が何気なくなつめの腰に腕を回す。

「正浩くんってネコなの?」
「タチもいけるけどどっちかっつーとネコ。相手による」
「僕相手だったら?」
「なっつくんには攻められたい」

おい。

「お前ら俺を置いて行くな」
「創樹、やきもち?」
「俺も交ぜろ」
「ひえー、外道」

自分を差し置いて正浩が笑う。なつめはまだ無敵タイムらしく、ふわふわと笑うだけだ。
大きい方のテントに正浩を押し込んでから俺も中に入る。なつめが入って入り口のファスナーを閉めたら、なつめが俺にキスをして押し倒した。

「んっ…」
「創樹くん…かわいいよ…」

がんがん舌を入れられて口の回りがぐちゅぐちゅになった。

「なっつくん俺にもー」

俺の目の前で正浩がなつめに擦り寄る。そして目の前でなつめと正浩がキスをした。
2人とも舌使ってる。
……ふぅん。

「正浩」

俺はなつめを押し退けて正浩の唇を舐めた。

「あらら、創樹、酔ってんの?」

正浩がニヤニヤしながら俺にのし掛かる。

「俺とヤるとこなっつくんに見てもらう?」
「創樹くんのえっち」

なつめが小首を傾げて見ているのになんでか腹が立って、片手で正浩の首を抱き寄せてキスをしながらもう片方の手でなつめのものを服の上から触った。

「欲張りだなぁ創樹くんは」

なつめが俺の下着の中に手を突っ込んでペニスを擦り始めた。

「んっふ、ぅ、あぁっ、なつ、」
「創樹ヤる時そんな声出すんだ」

正浩が目を細めて俺を見下ろす。

「かわいいでしょ、僕の創樹くん」
「誰がお前の創樹くんだよ」
「えー、僕のじゃないの」

無性にイライラした。

「お前が俺のだろ」
「創樹なに怒ってんの」

一気に萎える。

「……もうやめる」

がばっと起き上がってあぐらをかくと、2人が一瞬顔を見合わせた。

「創樹くん、どうしたの」

なつめが聞く。

「どうもしねぇ。ヤる気失せた」
「じゃあ俺なっつくんとヤっていい?」
「……好きにすれば。俺出ててやるから」
「えー見ないの?なっつくんが攻めるとこ」

俺がテントを出かかると、後ろから抱きしめられた。

「創樹くん、創樹くんがしないなら僕もしないから、一緒にいてよ」

なつめが耳元で呟いた。

「……ヤればいいじゃん。正浩と」
「創樹くんがいないとこではしない。彰人くんにしたのも創樹くんがいたからだよ。ね、3人でお話しよう。だから出て行かないで。僕といて」

あー、うるせえ。
背中をなつめに預けて寄りかかる。
ふと見ると、正浩が気持ち悪いほどニヤニヤしていたので、肩に踵落としをくらわす。

「ってぇな!何!」
「キモいんだよニヤつきやがって。チャラ男が」
「いや、広樹も創樹も相手最高だなーと思ってさ。そんなに安心した顔しちゃって」
「お前は一生フラれ続けろ」

なつめが腕に力をこめるから、それ以上の攻撃はやめた。







「あいつは兄貴のくせに、ガキの頃から欲しいものは欲しい欲しいって言って真っ先にかっさらってた」

創樹くんがぽつりと言った。
僕たちは、僕を真ん中に仲良く川の字に並んで寝袋の上に寝転んでいた。

「昔から甘ったれてた。すぐ泣くし」

こんな話をするなんて、創樹くんも少し酔ってるのかもしれない。

「それで抑制されてこんなひん曲がった弟ができたのか」

僕の右にいる正浩くんが言ったら、左から右へ何かが飛んだ。

「いてっ。うわ、うちわ飛んできた」

正浩くんがパタパタ扇ぐ。

「まぁどうでもいいけどな。そんな話」

創樹くんが話を打ち切る。

「創樹くんも彰人くんがよかった?」

答えは返ってこなかったけど、左手をぎゅっと握られた。ほんと、珍しい。こんなこと。
僕は嬉しくなってしまった。

「僕は創樹くんがいいよ」
「なつめぇ、愛してるぅ」

ふざけた声を出しながら、創樹くんが抱きつく。

「なっつくぅん、俺も彼氏ほしいよぉ」

正浩くんも右から抱きついて来た。

「なつめ、ちんこ狙われてるから適当に誰か紹介してやれば」
「正浩くんどんな人が好きなの?」
「俺で勃起する人なら誰でも」
「お前最低」
「いやそこ重要だろ、まずそこクリアしねぇとだろ」

他愛ない会話をして笑っていたら、いつの間にかみんな寝入ってしまった。



で、だ。
僕の記憶ってどこに行ったんだろう。
いくら考えても、花火以降から川の字になるくらいまでの記憶が飛んでいる。気づいたら創樹くんと正浩くんに挟まれてすごい狭いスペースで寝ていた。
外がもう明るい。
テントを出て、朝特有の気持ちのいい空気の中でぼうっとしていたら、彰人くんと広樹くんが丘の方から戻ってきた。
どこに行ってたのか聞こうとしてやめた。
広樹くんが僕を見て殺気立つのがわかったからだ。普段はふわふわした髪の毛も逆立っている。
僕、またなんかやらかしたのか…。
死にたい…。
具体的には何もわからなかったけど、とにかく僕と創樹くんと正浩くんは広樹くんに猛省を求められ、その締め括りが運転だった。
僕がレンタカーを運転してその後部座席に彰人くんと広樹くん。正浩くんの車に創樹くん。
彰人くんたちはあまり寝ていなかったみたいで、今は2人ともぐっすり眠っている。
彰人くんと向かい合い、膝を跨いで子どものように抱っこされて眠る広樹くんが、寝言でたまにあっくん、と呼ぶ。彰人くんはそんな広樹くんを抱え直す。
2人とも寝てるのに、夢の中でも一緒にいるのかな。
たまにバックミラーでその微笑ましい姿を確認しながら、僕は車を走らせた。

楽しい楽しい夏の思い出。(一部欠落)





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