大きな声では言わないけど
10 自分と向き合う講義中
経済学史は必須科目なので、俺たちは4人とも単位を取らなければならない。担当の中年講師は最後に小テストを兼ねた出欠を取るので、この講義の出席率は終わりに近づくに従って良くなる。
1講目だということも大きく影響して、開始直後の教室はすかすかだ。
『そうきくんたち遅いね』
隣に座ったなつめが、ノートに走り書きをして見せてくる。
広樹と創樹は揃って寝坊したらしく、まだ来ていなかった。
『1回がっつり怒られればいいのに』
俺は自分のノートに書いてなつめに見せた。
教室は静まり返り、講師のぼそぼそとした声だけが聞こえていた。これならテキストを自分で読んだ方が効率がいい。つまらない講義だ。
『最近広キくんとデートした?』
『してない あいつレポートやらないから終わるまでおあずけ』
なつめがくす、と笑った。
『なつめたちは?』
『あんまり 今バイト忙しくて 家で会うくらい』
『家でなにすんの』
何気なく書いた質問になかなか返事がなくて、横目でチラ、と窺うと、なつめが心なしか顔を赤くしていた。
それを見て気まずくなり、慌てて書き加える。
『あいつ料理とかする?』
なつめがシャープペンを動かす。
『しない ぼくもしない』
『い』の隣にフライパンに目玉焼きの絵が添えられる。
『絵うまい』
『そう?テキトー』
そう言いながらも、黒板前でもごもごと講義を続ける講師の簡単な似顔絵を30秒ほどで仕上げる。
『おーすげー』
書きながら、なつめと目を合わせて笑った。
ああ、なんだこれ、すっげえ平和。なつめは本当癒し系だ。俺の心が休まるのは恋人のそばじゃない。なつめの横だ。
束の間の安らぎを噛み締めていると、微かにドアが開く音がして、後ろのドアから入ってきたのは広樹と創樹だった。知らないうちに教室の8割の席が埋まっていて、広樹は俺の横が埋まっているのを見てあからさまに落胆した。舌打ちまでしそうな顔で、創樹が俺に向かって投げたキスを叩き落とした。
苦笑するなつめにまた質問を投げる。
『あいつのどこが好き』
なつめは迷うことなく書き始める。
『ぼくのこと ぜんぜん見てくれないとこ』
広樹と創樹は、俺たちの5列前に空席を見つけて座った。座る直前、広樹が振り返って俺に小さく手を振った。
『あと、かわいい』
なつめが書き加えた。
『やきもちとか やかない?』
『少し たまに でもぼくは多分追いかけまくる方が合ってる』
『へー。俺には無理』
『相手がこっちのことばっかり気にして自由じゃない感じの方がぼくは苦手 気持ちが離れちゃったらそれまでな気がして そうきくんはあんな感じで結局一緒にいてくれるから、フラれることなんか永遠にない気がするのが 安心
↑ながー(笑)』
今度は俺がくす、と笑う。
広樹が咳をするのが聞こえた。
『あきひとくんは 広キくんのどこが好き?』
俺は考えた。即答できるほどちゃんと言葉にしたことがなかったから。
『犬 みたいなとこ きゃんきゃんうるさいけど』
『ご主人さま大好きだしね』
すぐ盛るし、と思ったがもちろん書かない。
なつめの手の下で、顔が広樹、体が犬の生き物がぶんぶん尻尾を振っている絵がすぐにできあがる。
『へこむこととかあっても 広きがうるさくしてると忘れる』
俺以外はどうでもいい、という態度が俺に与える安心感。
俺もなつめも、双子にもらってるものは同じだった。種類は全然違うけど。
創樹がちらりと振り返り、なつめの顔を見てニヤ、と笑った。
『何あの顔』
なつめは、さあ、と言うように首を振った。
よく見ると双子も筆談をしているようだ。
今度は広樹が振り返って俺を見て、へら、と笑った。
『なんだろね』
『うぜー』
『あきひとくんは料理するの?』
『少し 1人暮らしだからイヤでも』
『今度なんか作って』
『いいよ うち遊びにくれば』
『何がとくい?』
『チャーハン』
『たべたい』
なつめは、皿にこんもりと盛られたチャーハンを描いた。小さなレンゲも添えられた。
*
講義に遅刻して行ったらあっくんの隣にはなっつと知らない誰かが座ってて、俺の入る隙がなかった。もう。あっくん席取っといてくれてもいいのに。
隣であっくんに向けて投げチューした創樹を睨み付けながら、真ん中より少し前の席に座る。振り返ったらあっくんもこっちを見ていたので手を振った。
『さいきんあきひととあそんでないんじゃねーーーーの』
創樹がノートに落書きをしている。俺はいらないプリントを出して返事を書いた。
『おあずけプレイのまっさい中』
『こないだなつめにナースふくきせた もえた』
驚いて咳き込んだ。静かな教室に響き渡る。くそぅ。
『へんたい』
『おまえもじゃん こうしゅうトイレとかでしてんじゃねーよ』
『なんでしってんの!』
どこでバレた?
『やっぱりか』
ハメられた!
『あきひとはコスプレとか好きじゃない?』
『わかんない したことない』
『おまえがきたらよろこぶんじゃねーの? むかつく!』
『なっつ そうきのどこがいいのかわかんない』
『あいつは』
創樹は振り返ってなっつを見たようだった。
『おれのぜんぶじゃね』
『はいはい』
『あきひとこそ なんでおれよりおまえなのかわかんね』
『あっくんは』
俺も振り返ってあっくんを見た。驚くほどイケメンでにやけてしまった。
『おれがかわいいからじゃなーい?』
『滅びろ』
散々ひらがなだったくせに滅びるという漢字が書けるのが怖い。
『そうちゃんはなっつの』
『そうちゃんやめろ』
『どこが好きなの』
ずっと聞きたかったこと。あっくんにアピールしまくる創樹と、それを黙認してるなっつ。二人の考えてることが俺には全然わからない。
まあ俺はあっくんが俺を見ててくれれば他はどうでもいいんだけど、単純に疑問に思った。
この子たち、何で繋がってるのかなって。
『ちん』
『やーーーめーーー』
ギリギリで阻止しました、弟の経済学史のノートが18禁になるのを。
繋がってるってそっちじゃなくて!
『体いがいで!!!』
創樹は顔を上げて少し考えている。
創樹も考えることってあるんだね。びっくりです。
『なにしてもゆるしてくれる』
なんだ。うちの創樹ちゃんはただの甘えん坊さんじゃないか。
へぇ。へーえ。
あとであっくんとなっつにも教えよう。
『なつめに言ったらコロス』
ちっ。舌打ちをしそうになる。
でも、それなら創樹はあっくんと付き合うのは無理だ。あっくんなんかなんにも許してくれないから。あっくんにはやっぱり俺だけ。
『ひろきは?あきひとのからだで どこが』
『体げんていか』
『なかみなんか どうせ ぜんぶだろ』
『あたりまえ』
『さいきんどこでヤった?』
『いざかやの こしつ』
『さいてー』
『あとどこでだったらあっくんもえるかなー』
『こうぎ中のきょうしつ』
『やだぁ!もえる!あーたちそう』
『なつめに似合いそうなじょそうコスは?』
『バレエのチュチュ』
『やべえ たった』
『さいてー』
『お前まじなつめのじょそうこんど見てみろ!はかい力すげえから!』
『えーべつにいい』
あれ、プリントが一杯になっちゃった。
*
「小テスト全然できなかった…」
「俺も」
広樹と創樹は結局講義も聞かずにずっと筆談をしていたらしい。
「何話してたの?」
なつめが聞く。
「なっつとあっくんには秘密!」
「今後の展望?希望……目標?みたいなそんな感じ」
創樹がニヤニヤしていて気持ちが悪い。
「広樹くんも食べたことある?彰人くんのチャーハン」
「あるある!激ウマだよ!」
「創樹くん、今度作ってもらおうよ」
「俺は彰人の体の味の方が」
「創樹くん!」
「創樹深刻にキモい」
「創樹ぃ!断固阻止する!」
創樹はもはやただのセクハラ親父だ。その創樹が思い出したように話し始めた。
「こないだ正浩から電話来た。彰人狙いたいんだけど同盟組まないかって」
「あいつ…」
広樹が白目を剥いている。
「2人なら力ずくでなんとか…」
「やめろ!創樹、さっきのなっつに言うからね!」
「てめえ!きったねぇぞ!」
さっきの、が何を指すのかわからない俺となつめは顔を見合わせた。
色んなカップルがいるものだ。大事なのは2人の気持ちと相性で、周りがどう思おうと2人が幸せならその関係に揺るぎはない。
「あっくんあっくん、次同じ講義だよね?一緒に行こうね?隣に座りたい!許されるなら膝の上に座りたい」
「許さない」
-end-
経済学史は必須科目なので、俺たちは4人とも単位を取らなければならない。担当の中年講師は最後に小テストを兼ねた出欠を取るので、この講義の出席率は終わりに近づくに従って良くなる。
1講目だということも大きく影響して、開始直後の教室はすかすかだ。
『そうきくんたち遅いね』
隣に座ったなつめが、ノートに走り書きをして見せてくる。
広樹と創樹は揃って寝坊したらしく、まだ来ていなかった。
『1回がっつり怒られればいいのに』
俺は自分のノートに書いてなつめに見せた。
教室は静まり返り、講師のぼそぼそとした声だけが聞こえていた。これならテキストを自分で読んだ方が効率がいい。つまらない講義だ。
『最近広キくんとデートした?』
『してない あいつレポートやらないから終わるまでおあずけ』
なつめがくす、と笑った。
『なつめたちは?』
『あんまり 今バイト忙しくて 家で会うくらい』
『家でなにすんの』
何気なく書いた質問になかなか返事がなくて、横目でチラ、と窺うと、なつめが心なしか顔を赤くしていた。
それを見て気まずくなり、慌てて書き加える。
『あいつ料理とかする?』
なつめがシャープペンを動かす。
『しない ぼくもしない』
『い』の隣にフライパンに目玉焼きの絵が添えられる。
『絵うまい』
『そう?テキトー』
そう言いながらも、黒板前でもごもごと講義を続ける講師の簡単な似顔絵を30秒ほどで仕上げる。
『おーすげー』
書きながら、なつめと目を合わせて笑った。
ああ、なんだこれ、すっげえ平和。なつめは本当癒し系だ。俺の心が休まるのは恋人のそばじゃない。なつめの横だ。
束の間の安らぎを噛み締めていると、微かにドアが開く音がして、後ろのドアから入ってきたのは広樹と創樹だった。知らないうちに教室の8割の席が埋まっていて、広樹は俺の横が埋まっているのを見てあからさまに落胆した。舌打ちまでしそうな顔で、創樹が俺に向かって投げたキスを叩き落とした。
苦笑するなつめにまた質問を投げる。
『あいつのどこが好き』
なつめは迷うことなく書き始める。
『ぼくのこと ぜんぜん見てくれないとこ』
広樹と創樹は、俺たちの5列前に空席を見つけて座った。座る直前、広樹が振り返って俺に小さく手を振った。
『あと、かわいい』
なつめが書き加えた。
『やきもちとか やかない?』
『少し たまに でもぼくは多分追いかけまくる方が合ってる』
『へー。俺には無理』
『相手がこっちのことばっかり気にして自由じゃない感じの方がぼくは苦手 気持ちが離れちゃったらそれまでな気がして そうきくんはあんな感じで結局一緒にいてくれるから、フラれることなんか永遠にない気がするのが 安心
↑ながー(笑)』
今度は俺がくす、と笑う。
広樹が咳をするのが聞こえた。
『あきひとくんは 広キくんのどこが好き?』
俺は考えた。即答できるほどちゃんと言葉にしたことがなかったから。
『犬 みたいなとこ きゃんきゃんうるさいけど』
『ご主人さま大好きだしね』
すぐ盛るし、と思ったがもちろん書かない。
なつめの手の下で、顔が広樹、体が犬の生き物がぶんぶん尻尾を振っている絵がすぐにできあがる。
『へこむこととかあっても 広きがうるさくしてると忘れる』
俺以外はどうでもいい、という態度が俺に与える安心感。
俺もなつめも、双子にもらってるものは同じだった。種類は全然違うけど。
創樹がちらりと振り返り、なつめの顔を見てニヤ、と笑った。
『何あの顔』
なつめは、さあ、と言うように首を振った。
よく見ると双子も筆談をしているようだ。
今度は広樹が振り返って俺を見て、へら、と笑った。
『なんだろね』
『うぜー』
『あきひとくんは料理するの?』
『少し 1人暮らしだからイヤでも』
『今度なんか作って』
『いいよ うち遊びにくれば』
『何がとくい?』
『チャーハン』
『たべたい』
なつめは、皿にこんもりと盛られたチャーハンを描いた。小さなレンゲも添えられた。
*
講義に遅刻して行ったらあっくんの隣にはなっつと知らない誰かが座ってて、俺の入る隙がなかった。もう。あっくん席取っといてくれてもいいのに。
隣であっくんに向けて投げチューした創樹を睨み付けながら、真ん中より少し前の席に座る。振り返ったらあっくんもこっちを見ていたので手を振った。
『さいきんあきひととあそんでないんじゃねーーーーの』
創樹がノートに落書きをしている。俺はいらないプリントを出して返事を書いた。
『おあずけプレイのまっさい中』
『こないだなつめにナースふくきせた もえた』
驚いて咳き込んだ。静かな教室に響き渡る。くそぅ。
『へんたい』
『おまえもじゃん こうしゅうトイレとかでしてんじゃねーよ』
『なんでしってんの!』
どこでバレた?
『やっぱりか』
ハメられた!
『あきひとはコスプレとか好きじゃない?』
『わかんない したことない』
『おまえがきたらよろこぶんじゃねーの? むかつく!』
『なっつ そうきのどこがいいのかわかんない』
『あいつは』
創樹は振り返ってなっつを見たようだった。
『おれのぜんぶじゃね』
『はいはい』
『あきひとこそ なんでおれよりおまえなのかわかんね』
『あっくんは』
俺も振り返ってあっくんを見た。驚くほどイケメンでにやけてしまった。
『おれがかわいいからじゃなーい?』
『滅びろ』
散々ひらがなだったくせに滅びるという漢字が書けるのが怖い。
『そうちゃんはなっつの』
『そうちゃんやめろ』
『どこが好きなの』
ずっと聞きたかったこと。あっくんにアピールしまくる創樹と、それを黙認してるなっつ。二人の考えてることが俺には全然わからない。
まあ俺はあっくんが俺を見ててくれれば他はどうでもいいんだけど、単純に疑問に思った。
この子たち、何で繋がってるのかなって。
『ちん』
『やーーーめーーー』
ギリギリで阻止しました、弟の経済学史のノートが18禁になるのを。
繋がってるってそっちじゃなくて!
『体いがいで!!!』
創樹は顔を上げて少し考えている。
創樹も考えることってあるんだね。びっくりです。
『なにしてもゆるしてくれる』
なんだ。うちの創樹ちゃんはただの甘えん坊さんじゃないか。
へぇ。へーえ。
あとであっくんとなっつにも教えよう。
『なつめに言ったらコロス』
ちっ。舌打ちをしそうになる。
でも、それなら創樹はあっくんと付き合うのは無理だ。あっくんなんかなんにも許してくれないから。あっくんにはやっぱり俺だけ。
『ひろきは?あきひとのからだで どこが』
『体げんていか』
『なかみなんか どうせ ぜんぶだろ』
『あたりまえ』
『さいきんどこでヤった?』
『いざかやの こしつ』
『さいてー』
『あとどこでだったらあっくんもえるかなー』
『こうぎ中のきょうしつ』
『やだぁ!もえる!あーたちそう』
『なつめに似合いそうなじょそうコスは?』
『バレエのチュチュ』
『やべえ たった』
『さいてー』
『お前まじなつめのじょそうこんど見てみろ!はかい力すげえから!』
『えーべつにいい』
あれ、プリントが一杯になっちゃった。
*
「小テスト全然できなかった…」
「俺も」
広樹と創樹は結局講義も聞かずにずっと筆談をしていたらしい。
「何話してたの?」
なつめが聞く。
「なっつとあっくんには秘密!」
「今後の展望?希望……目標?みたいなそんな感じ」
創樹がニヤニヤしていて気持ちが悪い。
「広樹くんも食べたことある?彰人くんのチャーハン」
「あるある!激ウマだよ!」
「創樹くん、今度作ってもらおうよ」
「俺は彰人の体の味の方が」
「創樹くん!」
「創樹深刻にキモい」
「創樹ぃ!断固阻止する!」
創樹はもはやただのセクハラ親父だ。その創樹が思い出したように話し始めた。
「こないだ正浩から電話来た。彰人狙いたいんだけど同盟組まないかって」
「あいつ…」
広樹が白目を剥いている。
「2人なら力ずくでなんとか…」
「やめろ!創樹、さっきのなっつに言うからね!」
「てめえ!きったねぇぞ!」
さっきの、が何を指すのかわからない俺となつめは顔を見合わせた。
色んなカップルがいるものだ。大事なのは2人の気持ちと相性で、周りがどう思おうと2人が幸せならその関係に揺るぎはない。
「あっくんあっくん、次同じ講義だよね?一緒に行こうね?隣に座りたい!許されるなら膝の上に座りたい」
「許さない」
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