姫は王子のもの。

「ぁん!…もぅ…イヤだ、あぁっ……」
「いい、の間違いでしょ?姫野、気持ちいいって言って?」
「い……いや…っ」

本城はベッドの上で壁によりかかり、膝に姫野を座らせて、その体を背後から抱き寄せ、Tシャツを捲り上げて指先で胸の突起をぷにぷにと押し潰し、摘まみながら、ちゅ、ちゅ、と音をたてて首筋に吸いついていた。
もうこんな行為ばかりを長時間続けていて、まだ服を着たままの姫野が焦れてより強い愛撫をねだるのを、本城は待っていた。

「気持ちいい、ってエロく言えたら、やめてあげる」
「んんっ…もうっ、わかんない…」

本城が耳の裏側を舐めながら言うと、姫野が弱々しく首を横に振った。

「姫野、がんばって言いなよ、もうパンツぐちゃぐちゃなんじゃないの?」
「やぁぁっ!」

乳首を指先で強く摘まんで引っ張りながら耳に舌を入れると、姫野は背中を反らせて喘いだ。目の前に晒された首筋と喉仏に、本城は思う。
どうしてこんなに俺を狂わせるんだ。
もっといじめたい。
もっと嫌がる声が聴きたい。
姫野の全部を支配して俺のものにしたい。
他の人間にこんなこと思ったことないよ。
どうして姫野相手だと、俺はこんなに──
目の前で姫野が始めたことに思考を全て持っていかれる。

「…ゆき…気持ち、いいから…もっと、えっちなこと…俺に、して…っん…」

姫野は言いながら自分の乳首を摘まんで、こりこりといじり始めた。
本城がいいだけ弄ったそこは、色づいて誘うように腫れている。
自分で煽って言わせておきながら、急激に熱くなる自分の体に少し焦った本城は、姫野からTシャツを剥ぎ取り、体の向きを変えさせて、自分と向かい合うように膝を折らせ、脚を開いて座らせた。





戸惑った姫野はちらりと本城の顔を窺った。本城はいつもの優しい笑みの中に、たぎるような熱を孕ませて姫野を見ていた。
怒ってるから、じゃ、ないよな?
姫野は、その目に射竦められて動けない。大好きな目。身体中の細胞が、本城を求めて粟立つようだった。





「あぁん!」

乳首にしゃぶりつくと、姫野が本城の肩に手をかけて声をあげた。
音をたてて何度も吸う。吸い付いたそこを、親指と人差し指で摘まんで柔らかく潰しながら、口を離して姫野の顔を見た。

「あっ…あっ…」

ひっきりなしに声を洩らす赤い唇に空いている方の手をやり、奥に指を突っ込む。

「んん…んちゅっ…」

途端に指に吸い付く姫野を最高にかわいいと思いながら、乳首を弄る指に少し力を込めた。
ん、ん、と鼻から甘い声を洩らす姫野の腰が時々誘うように揺れた。
本城は濡れた指を抜いた。

「んはぁ…きもちい…っゆき…」

乳首に歯を当てて先端を舌先で撫で、舌を回して柔らかい皮膚を舐めまわしながら、姫野の唾液で濡れた指でもう片方の突起を擦った。
ぷくぷくと滑って逃げるそこを執拗に責める。

「やぁぁ…ぅう…もうっ…」

姫野の腹筋がびくっと波打った。
本城は、姫野のジーンズのファスナーを下ろし、べたべたに濡れた下着の中から、姫野の固く勃ったものを露出させた。その刺激だけで、はくはくと浅い呼吸を繰り返して、姫野の体が強ばる。
脱力した姫野の手を、彼のそこに導いて握らせながら、本城は優しく低い声で囁く。

「姫野が自分でしてるとこ、見たい」

姫野は一瞬潤んだ瞳を見開いてから、眉間に皺を寄せていやいやをした。

「してよ…ねぇ、お願い姫野」
「やだ…そんなのっ、」
「ほら、できるでしょ?もっとかわいい顔、たくさん見せて。見られるの、好きだろ?」
「…やだよ、恥ずかしい…っううぅ…」

ああもうそんな顔するなよ。もっと嫌がること、したくなる。
手を重ねたまま姫野の自身を握り込ませて、ゆるゆると動かしながら、恥ずかしがって下を向いてしまった姫野の顔を覗き込むようにして、その表情を目を細めて観察した。

「あっ…ああっ…あぁ…!」

姫野がだんだんと、羞恥より快感を追うことに支配されて、その声も次第に大胆になる。
先走りを纏ってくちゅくちゅと音をたて始めたそこから本城が手を離すと、姫野は一瞬だけ戸惑いの色を浮かべたが、それもすぐに消えた。
自分のものを一人で上下に擦っている姫野を、少し呼吸を荒くした本城が見つめる。

「姫野、すっごくやらしいよ。やらしくてまじかわいい」

本城の言葉に興奮したのか、姫野の手の動きが激しくなっていく。

「…あんっ、ゆきや、…あぁっ」

喘ぎながら呼ばれて、本城は自分の中心が、どく、と波打つのを感じた。
姫野の手の中のものは限界まで張り詰めていて、ぬらぬらと濡れて光り、ぐちゃぐちゃになっていた。

「っあぁん、もう…出そう…」
「いくとき、俺の名前呼んで?」

恍惚の表情で呟いた姫野の頬に、本城が追い討ちをかけるように柔らかく触れる。
姫野は眉をぴくっと動かして本城と視線を絡ませながら、内腿を痙攣させて一際声を大きくした。

「ああっ…!っいく……ゆきや…ゆきや!あああぁ!」

姫野のそこから、ビュクビュクと白濁が吐き出された。ぼたぼたとシーツに垂れ落ちるそれに構わず、2人は見つめ合っていた。

「んん…っはぁっ…あぁ…」

姫野は絞り出すように何度か自身を擦り、荒い呼吸を落ち着けるように目を閉じた。
俺の顔見ながらいくとか、どんだけ煽るんだ。
本城はまだ肩で息をしている姫野を押し倒しながら、その唇を覆った。
無理矢理舌を挿入し、唾液が溢れるのにも構わずに蹂躙する。
器用に姫野のジーンズと下着を脱がせながらふと顔を見ると、姫野の視線とぶつかった。

「…ゆきや…怒って、る…?」

ふいに聞かれて、一瞬なんのことかと考えを巡らした本城に、姫野が重ねて言った。

「さっきの…学校で、俺が…中川のライブ、行ったし…」
「あぁ、そのこと。気にしてたの?」

本城が微笑んで言うと、姫野は気まずそうに目を逸らし、口を閉ざしてしまう。





ことの発端は、本城がいつも通りに姫野を迎えに来た教室で、姫野のクラスメイトの中川が放った一言だった。

「今日またライブあんだけど、姫さぁ、そろそろ観に来ねぇ?」

中川はバンドをやっていて、そのライブがある日は、チケットを握りしめて友人たちに声をかけて回る。
いつもなら。
いつもなら姫野は、少し考えて、行かない、と断りを入れるのだ。
何かと構ってくる、少し仲のいいクラスメイトという関係の中川のその誘いを姫野が受けたことはなかった。それは音楽にさして興味がないからで、中川もそれを知っていて、その上で毎回声をかけてくる。
でも今日は、そばに本城がいた。先に気を遣ったのは中川だった。

「あぁ、ごめん本城。姫、今日はデートか」

中川の他意のないその一言に、姫野の余計な意地がむくりと頭をもたげた。
いつもいつも、本城とばかり一緒にいると思われたくない。本城がいないと生きていけないやつ、と思われるのは、気に入らない。

「中川、俺、行く」

え、え、と少し慌てて姫野と本城を交互に見た中川に、本城を無視する形で姫野は更に言葉を重ねた。

「どうせ暇だし。一回行ってみたい」
「ああ、そう、か?…あ、じゃあ本城も一緒に、」

中川がおずおずとチケットを差し出し、ぱっと笑顔を浮かべて本城に話しかけるのを遮って、姫野は本城に言い放った。

「だから、今日はさよなら」





「怒ってないよ」

本城は姫野に覆い被さったまま、黒髪の頭を撫でる。
唇に何度も触れるだけのキスを落としながら、姫野は何もわかっていない、と本城は思う。
俺が姫野を怒るなんて、少なくともあの程度で怒るなんてこと。あり得ないのに。
今日だって、さよなら、と言う姫野の横顔を見ながら、きっと俺がいなくても平気だってことを中川に見せたいだけだろう、って、愛しさが溢れてきて苦しくなったんだ。
もう重症だと思いながら、そう、わかった、と心からの笑顔を返した。
帰宅して夕飯を食べ終えた頃、姫野から短いメールが届いた。
会いに来て、って。その一言に、姫野の気持ちの全てがこもっている気がして、それを思うとすぐにでも抱き締めたくて、姫野の家へ急いでしまった。
意地。姫野から意地を取ってしまったらきっとつまらない。いつも従順なだけの姫なんて。
でも結局、姫野は不安になって俺を振り返る。俺はいつもそれを待っている。
セックスをする時に意地悪するのは、怒ってるからじゃない。
普段、するすると俺から逃げていく姫野をいつも喜んで追いかけて、2人になった時にちゃんとこの腕の中に捕まえて、その間だけ、姫野が俺だけを見るように。
怒ってなんかいない。怒ってないよ。だから──

「だから、」

姫野。そのままで、そのままの姫野でいて。俺のそばに。
結局、自分も不安なんだろうか。思いながら、本城は姫野の鎖骨に噛みついた。
本城の首に姫野の腕が回されて、その手がおずおずと金色の髪を撫でる。

「…だから…?」
「だから、これ、どうにかしてよ」

本城は胸が痛いほどの本心を飲み込んでから、姫野の手を自分の下着の中に突っ込んだ。
手に触れたものがピクピクと反応して、濡れていて、ひどく熱い。
姫野は顔を真っ赤にして硬直した。

「姫野って…何回しても照れるね。さっきはすごい誘いようだったのに」
「っ…」
「そういうとこも、好き」

言って、肩に噛みつく。
はぁ、と息を吐いた姫野の黒い髪からピンク色に染まった耳が覗いて、そこにも噛みつく。
耳たぶを唇ではむはむと挟んで、そこを舌でちゅくちゅくと吸った。

「っう…」

不意に姫野の手が本城の下着の中で動き、屹立を握って、本城の口から呻き声が洩れた。
それに誘われるように姫野の口からも吐息が洩れて、指が繊細に動き出す。先走りがにじみ出た先端を擦って、ぬちゃぬちゃと音をたてる。
本城は手を伸ばしてベッドサイドのローションを取り、緩く勃ち上がった姫野の自身に直接垂らした。

「あっ!つめた…ひどい、本城…」

恨めしそうに本城を見上げる姫野の目に、本城の嗜虐心が僅かにくすぐられた。
少し冷静になると呼び方が名字に戻っちゃうんだよな。
本城は若干乱暴に姫野のそこを擦り上げると、すぼまりの奥へと指を進めた。

「ああっ…!っはぁ…は…」

上体を反らした姫野の中を指でくにくにと押しながら、ローションを掴んでさらに姫野に垂らした。

「ああ!んやっ、ゆき…」
「あーあ。ぐっちゃぐちゃだね。痛いことして犯しちゃいたい」

本城は平然と言い放ちながら、指を増やした。
少しだけ、姫野が怯えたような顔をして、本城は慌てて、嘘、そのくらいかわいいってことだよ、と言い足した。
安心したように目を閉じた姫野を見ながら、そんなことするわけないのに、と内心苦笑した。
かわいい。本当。俺の言うことに左右されて、乱れて、鳴いて。
指を抜いて入口に自身を押しつけると、姫野が息を止めた。

「姫野、1人でするとき、さっきみたいに俺の名前呼ぶの?」

姫野はまた頬を染めてもごもごと何か言った。

「なに?」

聞き返すと、何でもないっ、と言ってそばにあった枕を抱え、顔に押し付けてしまった。

「ねぇ、呼んでくれてるの?」

言いながら半分ほどを埋める。

「んーーっ!」

くぐもった嬌声があがる。中がきゅっと締まって、本城から優しい眼差しを奪っていく。
本城は枕を外して姫野を見下ろしながら、中途半端に抜き挿しを繰り返した。

「あっ、あっ、あぁ、っはぁっ」
「1人でここ擦って、ゆきや、って呼びながらいくの?」

姫野のものを扱きながら本城がさらに聞くと、中がまた締まり、危うく搾り取られそうになる。
本城が、もう少し保つようにと気をそらした、その時。

「…いっつも、ゆきが、俺のに触ってるの、思い出しながら、して、そしたら、すぐいける、から…」

姫野が苦しそうな声で言った。本城は遠慮のない律動を始める。

「あ゛ぁぁぁ!あっ、あっ、んあぁ、待っ…」

ぱん、ぱん、と汗ばんだ肌がぶつかる音が響く。

「あ゛、あぁっ、あぁっ、いや…もうだ、め…」

姫野がぎゅっと目を閉じて、そこから涙が伝い落ちた。

「…泣かないで。姫野…」

本城はやっとそれだけ言うと、姫野を擦る手を激しくした。

「だっ…て、ああああっ、だ、だめ!もう、ああん…!」
「っ、出る…未琴っ…」
「や、いや!やあああぁぁぁ!!」

本城が一際強く腰を叩きつけて姫野の中で熱いものを吐き出すと、それを感じた姫野が本城の手の中で白い粘液を飛ばした。

また。まただ。姫野は俺からいろんなものを剥いでいく。
俺は姫野の前で、自分が普段どれだけ余計なことを考えて無駄に愛想を振りまいているかを思い知らされる。
本当は姫野がここにいてくれるだけでいいのに。
でもそれさえも綺麗事かもしれない。本当に願うことは。俺の本心は。
乱れ飛んでバラバラになった理性が戻る直前、本城は姫野を抱き締めながら、自分の怖いような欲望の欠片を微かに認めた。





中川のライブを、姫野は少しも楽しむことができなかった。
本城のことが気になって。さすがに怒っただろうか。昨日、一緒に本屋に寄る約束をしたから。
でも、さよならと言った時の本城の笑顔は、本心だったと思う。
こうして、許されて安心する自分が嫌い。ぐだぐだ考えているうちにライブが終わった。
明日、中川に感想を聞かれたら困るくらいに印象がない。
今度は、もし気が向いたら、本城と行こう。気が向いたら。

えろいことする時は、本城が酷いことをする。
俺はなぜかいつもそれに抗えなくて、それどころかもっと欲しくなってしまって、たくさん気持ちが溢れてきて、でもそれをちゃんと言ったことはない。
あまりにも本城が俺を見るから。
綻びが見つかって本城の熱が冷めるのが怖くて、最中でさえ、俺はいつもどこかで気を張っている。
もっといろんな顔を見せてほしいと言う本城に、俺はいろんな顔を隠したままだ。今日もまた、顔が見えないように、後ろから抱き締められて。



「姫野、どうして泣いてた?」

本城の声が姫野の髪の間を通って耳に届く。

「…別に」

姫野は感情を抑えた声で答えた。

「なんか、嫌だった?」
「あんなの!嫌に決まってる!自分でするの見られるなんて…っ」

思い出すだけで爆発しそうだ、と姫野は顔を強ばらせながら思った。
すると本城の体が起きる気配がして、振り向くと上から真っ直ぐに真摯な眼差しが降ってきた。

「ごめん」

本城は囁くように言ってから、姫野の頬に優しいキスを落とした。

「姫野のいろんな顔が見たくて、全部全部見たくて、そう思う自分をいつも押さえられなくなるんだ。好きで好きで、かわいくてかわいくて、めちゃくちゃにしたくなる。でも、姫野が嫌ならもうしない。絶対。…ごめん」

伸びてきた手が姫野の前髪をすいて、額にもキスを落とす。

「俺は姫野のこと、大事にしたい」

真顔で言い切る本城を、姫野は半ば信じられない思いで見ていた。
どうしたらそんなに素直に気持ちを言葉にできる?俺にはできない。絶対。
それに。それは違って……。
いろいろな言葉が渦巻いて、そして結局。

「…別に、もう二度とするなとは言わないけど…」

俺には、目を見ないでこう言うのが精一杯だ。
だけど、優しく細められたグレーの瞳が近づいて、唇にキスをされて、その口が、そっか、と言って、俺はそれで、全てをわかってもらったような気になってしまう。
言葉にしないでも全部わかってくれて、それを許してくれることを、俺は本城に求め過ぎている。それに甘えることでしか、愛されていることを確かめられないなんて。
本城が俺に求めていることはなんなの。
俺はそれにどれだけ応えられているの。
苦しいほど好きだから、確かめるのが怖い。

「…今度は、ライブ、一緒に行く」

また甘えた俺に、長い腕が強く絡んで、本城がくすっと笑った気配がした。
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